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第二章⑤

G県立中央高校から錦景女子高校まで自転車でおよそ三十五分。中央高校生徒会の会計、御崎ミヤビと書記である丈旗ケンは放課後、それぞれのママチャリに跨って錦景女子に向かった。そして二人は今、錦景女子の南側の校門の前に立っていた。校門は黒い鋼鉄製で高い位置は道路側へ向かって反っている。放課後は門の半分だけ内側に開かれるが、授業中など生徒の出入りが少ない時間帯は完全に閉ざされている。二人はすでに校門の近くにある警備室に行き、錦景女子生徒会の会長代理のヨシノに取り次いで欲しい旨を伝えた。警備員さんも皆女性である。女性であるが警備は厳しい。悪いことを考えただけで、その腰に差した警棒で叩かれそうである。その警備員さんの指示で警備室の裏に自転車を止め、二人は校門の外でヨシノが来るまで待っていた。警備員さんが生徒会に内線をいれてくれていたようだ。

 御崎は少なからず興奮していた。女子ばっかりのいい匂いがアドレナリンの分泌を促している。ここに来るといつもそうなる。中央高校は男女の比率が八対二。圧倒的に男子が多い。だから、錦景女子の世界は素晴らしいと思う。本当はここに通いたかった。でも両親は許してくれなかった。中央高校はG県で一番偏差値の高い高校。錦景女子は二番目だったのだ。両親にレズであることは隠している。説得は無理だった。でも、無理じゃなかったかもしれないって、今ではそう思う。錦景女子に来るたびにそう思う。セーラ服がいい。中央は紺のブレザに、臙脂色のネクタイ、灰色のスカートという中途半端なデザインなのだ。カーディガンを着てやっと、まだマシになるレベル。それすらヒステリックな体育教師にいちゃもんをつけられ、禁止になった。ただいま御崎が先頭になって鋭意抗議中である。カーディガン禁止令なんて本当にどうかしている。

「ミヤビ、どうした?」隣に腕を組んで立つ学制服の丈旗が聞く。

「……なんでも」御崎はそっぽを向いて返答。

「女子ばっかりだ、もっとはしゃげば?」

「なんか、ムカつくなぁ、」御崎は丈旗を睨む。丈旗は涼しい顔で空を見ている。「っていうか、お前こそはしゃげよ、男でしょ、素直に反応したら?」

「意地悪な奴だなぁ、」丈旗の笑顔は気持ち悪い。いや、一般的に判断すれば美男子の素敵なスマイルなのだろうけれど、でも、御崎にはボンドみたいな粘り気がはっきりと感じられる。「でも、そこが可愛いよ」

「うるさい、キモい、さっさと彼女作んなさいよ、そしていい加減私から離れてくれる? 絶対にあんたのことを好きになることなんてないから」

「俺にはミヤビしかいないんだ、ミヤビがアブノーマルだなんてことは関係ない、女の子と付き合ったって、そんなことはどうだっていいんだ、俺はプラトニックにミヤビのことを、」

「ああ、もぉ、」御崎は丈旗から五メートル離れて耳を塞いだ。「皆まで言うな」

「愛してる」

「言ったな、てめぇ!」御崎は丈旗の右足にローキック。

 丈旗は膝から崩れた。しかし、笑みを絶やさない。というより、笑みが溢れている。

「相変わらず凄いな、ミヤビのキックは、とてもいいっ!」

 拳を握って精悍な顔つきで立ち上がる丈旗は本当に気持ち悪い。御崎のローファには鉄板が仕込んであるのに。絶対に痛いはずなのに。腫れるくらいの衝撃のはずなのに、本当に気持ち悪い。御崎は心からそう思う。

「ちぃーす」

 そのどことなく優雅な声に御崎は反応する。振り向く。錦景女子の生徒会長代理のヨシノがどことなく優雅に立っていた。素敵な佇まいに御崎の顔はニヤケる。こんな素敵な女子は中央にいない。御崎は声色を整えて、何か気が利いたことを言おうとした。彼女が二人に近づいてくる。ヨシノの匂いが変わっていることに気付く。

「あ、サンセンチメンタル、」先に言ったのは丈旗だった。「変えたんですか?」

「丈旗君、」ヨシノはどことなく優雅に微笑み、腕を組む。「そういうことは彼女の隣で言うもんじゃないよ」

 錦景女子生徒会の人たちは勘違いをしているのだ。御崎が否定しても彼女たちはただ恥ずかしがっているだけだと思うのだ。全て理系の丈旗の緻密な計算のせいだ。丈旗は気持ち悪いが、なんでもパーフェクトなのだ。

「ああ、すいません、気付いちゃったから」丈旗はノーマルな女子がほっとかない素敵なスマイルで言う。

 ヨシノも微笑み返す。もしかしたらヨシノも素敵だと思っているのかもしれない。そう思うととても許せない。何か言おうと思う。でも、難しい。女子と話すのって、難しい。最近、特にそう思うのだ。男子とばかり喧嘩みたいな会話ばかりしているから。

「ほぉら、ご機嫌斜めだよ、彼女」

「大丈夫ですよ、」丈旗は歯切れよく答える。「彼女、僕が他の女の子に手を出さないってこと知っていますから」

「へぇ、一途なんだね、」ヨシノは御崎に向かってどことなく優雅に微笑みかける。「いいね、素敵な彼氏で」

 御崎はヨシノの笑顔に幸せな気持ちになる。でも、勘違いされたままなのと、丈旗が彼女、彼女と言うから苛立って最終的に丈旗の足を蹴った。さっきと同じ部分を狙った。丈旗は呻き声を上げて膝から崩れ落ちた。

「ちょ、いきなりどうしちゃったの、ミヤビ?」

 御崎は何も言えずにヨシノを見る。なんだか悔しくて涙目になる。「勘違いしないでくださいっ、私はっ」

「そうです、勘違いしないでやってください、」丈旗はゆらゆらと立ち上がる。「これが彼女の愛情表現なんですよ」

「まあ、」ヨシノはどことなく優雅に胸の前で手を合わせた。「可愛いじゃないの」

 ヨシノに可愛いと言われて昇天しそうになる。「……可愛いって、可愛いって言われた、へへっ」

「そうなんですよ、可愛いやつなんですよ」丈旗はそう言いながら御崎の肩を抱いた。

完全に油断していた。

完全に密着している。

 全身に悪寒が走り回る。

 だから。

 御崎は丈旗の鳩尾に強烈な肘打ちを食らわせた。

 そんな月曜日の放課後。



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