1話 僕は重々しく頷いた。
僕は死んだ。
きっと。
たぶん。
だって目の前に天使の輪っかみたいなのが浮いている、女の人が立っているのだから。
問題は、その人が何やらやたらサイバーな光るボンテージを着て、タバコ…いや、葉巻……?を、ぷかーっとさせていることだ。
「で、死んだわけだが」
僕は、後ろを振り返った。誰もいない。
「お前だよ!他に誰もいないだろ!」
僕は重々しく頷いた。
「やっぱり、死んだんですか。でもなぜ?」
全然身に覚えがない。僕が首を傾げていると、
「やりすぎだ」
女の人は僕に向けてぷかー、と煙を吐きながら呆れたように言った。
「自販機の取り出し口に詰まった『10円玉』を、小指一本でスタイリッシュに救出しようとして、そのまま抜けなくなって救急車を呼ぶ……。そこまではいい。だが、救急隊員の前で『いや、これは僕とこの自販機の戦いなんだ』とか言いながら無理に引き抜いて、勢い余って背後の電柱に後頭部を強打して死ぬやつがあるか」
僕は重々しく頷いた。
「……そうですか。あのアプローチは、電柱という『第三の介入』によって阻まれましたか」
「アプローチとか言うな! 抜けない小指を必死に引っ張ってる無様な姿が、全国放送のニュースで『自販機と格闘する男』として流れたんだぞ」
僕は重々しく頷いた。
「実名は……伏せられていますか?」
「バカ言え。SNSでは『10円玉の騎士』ってあだ名でトレンド入りだ。お前が指を突っ込んでいた自販機、今やちょっとした聖地巡礼スポットになってるぞ」
僕は重々しく頷いた。
まるで、自分の伝説が聖域化したことを聞き届けた、建国の英雄のような深い頷きで。
「いや、なんで満足げなんだよ! 頷きに威厳を込めるなよ! お前の死に顔、小指を庇いながら白目剥いてたんだぞ!」
……今だ。今、首を十五度の角度で固定し、三秒かけてゆっくりと戻す。これこそが、数多の映画で見てきた「全てを悟った男」の頷き。
「…………。喜べ。そんな『無駄に自意識だけは高いお前』にぴったりの転生先を用意してやった」
「次は、もっと広い『取り出し口』のある世界ですか?」
「違うわ! 二度と指を突っ込むな!」
「いいか、私の管轄は『ネオ・ヨコハマ・シティ』。超最高にクールでサイバーな世界だ。どうだ、転生したくなっただろ?」
女の人は身を乗り出し、光るボンテージの隙間から不気味なほど金属質な肌を覗かせた。
「見ろ、この世界は凄いぞ。手がもげても瞬時にクロームの義手に替えられる。内臓だってチタン製だ。脳にプラグをぶっ刺せば、どんな知識だってダウンロードできる。文字通り、肉体の限界を超えた『超人類』になれるんだぞ!」
僕は重々しく頷いた。
「間に合ってます」
「……へ?」
女の人が、咥えていた葉巻をポロッと落とした。
「間に合ってます、とはどういうことだ。お前のその貧弱な指を、レーザー砲内蔵のサイバーフィンガーに魔改造したくないのか?」
「ファンタジーの世界、ないですかね。かわいいエルフがいるような、もっとのんびりしたやつ」
僕の要望に、女の人の顔がみるみる赤黒く染まっていく。
「なんだって、どいつもこいつもファンタジー、ファンタジーって! どっかの馬鹿がトラックに撥ねられるたびに、みんな揃って剣と魔法の国に行きたがりやがって! 流行りか! テンプレか! 私のサイバーパンクの何が不満なんだよ! 汚い空気を吸って、脳をハッキングされながら路地裏で野垂れ死ぬのが男のロマンだろ!」
僕は重々しく頷いた。
「お前、重々しく頷けば、物事が重々しくなると思ってるだろ!?」
思っていない。僕はただ、自分の意志を深淵なる決意として表現しているだけだ。
「……チッ。ファンタジーの世界は私の管轄外なんだよ。向こうの神に丸投げするからな。いいか、私は向こうの規約とか知らんぞ。最低限のフォローしかしてやれないからな。あとは知らん、野垂れ死ね!」
僕は重々しく頷いた。
「『フォロー』。……期待しています」
「頷きが腹立つんだよお前は! ほら行け!シッシッ!」
女の人が背後のコンソールを乱暴に叩くと、僕の足元に虹色の、いや、どこかノイズの混じった怪しい魔法陣が広がった。
「もし向こうでサイバー化が必要になったら、また連絡します。その時は、僕のこの小指だけレーザー砲に改造してください」
「二度と来んな! 小指への執着が怖いわ!」
意識が遠のく中、最後に聞こえたのは、女の人の「あ、これバージョンが古い……ま、いっか!」という、投げやりな呟きだった。
フフッと笑ってしまったら、◯◯でダメだった、とひと言いただけるとうれしいです!(´・ω・`)
ぽんこつエルフさんは2話から登場の予定です。
明日19時に公開します。(´・ω・`)




