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あなたが愛した私はもういません  作者: 御伽噺


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21/28

夜明け前、エリアスは王都を出発した。空はまだ暗く、街道には薄い霧が立ち込めている。馬の蹄の音だけが静かに響いていた。


ルークを含む数名の騎士が同行しているが、誰も口を開かなかった。エリアスの表情を見れば分かる。今の彼に慰めの言葉など意味がない。彼の頭の中にあるのはただ一つだった。リディアを見つけること、ただそれだけ。胸元には日記がある。まるでそれだけがリディアと繋がる最後の証であるかのように。


「南の街道沿いにある宿場町は全て調べます」


ルークが馬を並べながら言った。


「ああ」


「それから王都周辺の領主にも協力を依頼しました」


「ああ」


空返事だった。ルークは小さく息を吐く。エリアスはずっと前を見ている。その視線の先にはリディアしかいない。


昼頃、一行は最初の宿場町へ到着した。人通りはそれなりに多い。商人や旅人が行き交っている。エリアスは馬を降りるなり聞き込みを始めた。


「この女性を見なかったか」


リディアの肖像画を見せる。だが誰も首を振るばかりだった。


「知らないな」


「見てない」


「分からない」


そんな返事ばかりだった。宿屋も回った。馬車屋も回った。市場も回った。だが成果はない。夕方になる頃にはルークたちの顔にも疲労が見え始めていた。それでもエリアスだけは止まらない。夜になっても探し続けた。


「団長、もう遅いですよ」


「まだだ」


「ですが」


「まだ探していない場所がある」


その声には異様な執念が滲んでいた。見ていられなかった。本当に壊れてしまいそうだった。その夜、ようやく宿へ戻った時には深夜になっていた。エリアスは部屋に入るなり椅子へ腰を下ろす。そして日記を取り出した。もう何度読んだか分からない。それでも開いてしまう。そこにリディアがいる気がするからだ。


『今日もエリアスは忙しそうだった』


『無理をしていないか心配』


エリアスは目を閉じる。彼女はいつもそうだった。自分より他人を優先する。自分よりエリアスを優先する。だからこそ傷付いたのだ。もっと早く気付くべきだった。もっと守るべきだった。


「団長」


不意にノックが響く。


「入れ」


ルークが入ってきた。


「少し休んでください」


「休めると思うか」


ルークは黙った。


「団長」


やがて静かに言う。


「奥様は見つかります」


「……」


「だから今は休んでください」


「無理だ」


「何故です」


「俺は」


少しだけ笑う。その笑みは痛々しかった。


「見つければ終わりじゃない」


ルークは何も言わない。


「許されないんだ」


エリアスは視線を落とす。


「見つけても、俺がしたことは消えない」


その言葉に返答できなかった。その通りだったからだ。だが、そんなことを言ったところで何も解決はしない。エリアスは見つけた後どうするつもりなんだろうかとルークは考えていた。


翌日、一行はさらに南へ向かった。その頃リディアは別の町へ到着していた。東部にある小さな街だった。王都ほど栄えてはいないが、人々は穏やかで温かい。彼女は宿を借り、目立たないように転々としていた。だが心は少しも落ち着かない。市場へ行けばエリアスを思い出す。本を見ればエリアスを思い出す。花を見ればエリアスを思い出す。何をしても彼がいる。


「駄目ね…。人のあまりいないところに行かないと思い出してしまうわ」


思わず苦笑する。離れたのに忘れられない。むしろ離れたことで余計に存在が大きくなっていた。その日の夕方だった。リディアが宿へ戻ろうとした時、一人の少年が走ってきた。


「お姉さん!」


「どうしたの?」


「これ落とした?」


差し出されたのは小さな花だった。私が好きだと言った花だった。何度もエリアスが花束で贈ってくれた1番大好きな花。胸が痛む。


「ありがとう」


少年は笑顔で去っていった。リディアはその場で立ち尽くす。何故こんな時に。忘れようとしているわけではない。だが思い出すたび苦しくなる。宿の部屋でその花を眺めながら涙を流した。


同じ頃、エリアスたちは南部にある町へ到着していた。そこで初めて有力な情報を得る。


「ああ、この女性なら見たよ」


行商人が言った。エリアスの心臓が跳ねる。


「本当か」


「数日前にな。遠くへ行くというから街まで乗せていってやったんだ」


「どこへ行くか話していたか?」


「東の町へ向かうと言っていたはずだ」


エリアスは息を呑む。生きている。当たり前のことなのに安心した。


「団長」


ルークも表情を明るくする。


「追い付きましょう」


エリアスは強く頷いた。その日のうちに出発しようとした。しかし運命は残酷だった。町を出ようとした瞬間、一人の騎士が血相を変えて駆け込んできた。


「団長!」


嫌な予感がした。


「何だ」


「王都から急報です!「国境付近で反乱軍が蜂起しました!」


騎士が息を切らしながら報告する。その場の空気が凍った。


「規模は」


「6000との報告です!」


ルークが顔をしかめる。


「そんな馬鹿な」


エリアスも理解していた。この規模なら放置できない。自分はこの国を守る騎士だ。国を守る責任がある。


「団長…」


ルークが言葉を失う。エリアスは目を閉じた。ようやく手掛かりを掴んだ。あと少しで会えたかもしれない。だが今ここで向かわなければ、多くの命が失われる。騎士団長としての責任と、一人の夫としての願い。そのどちらかを選ばなければならない。


「くそっ…!」


拳を叩き付ける。ルークも見ていられなかった。やっと情報を得て、追いつけるかもしれないと言う時にあまりにも残酷だった。


そしてその時、遠く離れた場所でレオンが笑っていた。


「そうか」


酒を飲みながら呟く。


「反乱が起きたか」


偶然ではなかった。全て彼が仕組んだものだった。軍の一部を買収し、情報を流し、反乱を煽った。目的は一つ。エリアスをリディアから遠ざけること。


「あと少しだ」


レオンは窓の外を見る。


「もうすぐ完全に壊れる」


そう言ってレオンは笑っていた。


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