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鬼の子と最後の魔女  作者: スパイシ〜しゃけ


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交錯する依頼



 「……何ですか、あなたたちは」


 静かな声だった。


 だが、その静けさの奥には刃のような苛立ちが潜んでいる。

 ウティカは一歩前へ出ると、現れた二人へ視線を向けた。


 黒髪の大男。

 そして、その隣に立つ黒ずくめの女。

 どちらも、この場にいる誰よりも落ち着いている。まるで最初から何も脅威と思っていないような態度だった。


 カッツは腕の中のアネモネを見下ろす。

 ぐったりしている。

 顔色は悪いが呼吸はある。

 その様子を確認すると、ふう、と息を吐いた。


「……気失ってるだけだな」


 よっこらせ、とでも言いたげな気安さで抱き直す。

 そしてライゾーの方を見る。

 チトは既に歩き出していた。


 硬い靴音が、真っ白な部屋へ静かに響く。

 その姿を遮るようにツクヨミが前へ出た。


「待ちなさいよ」


 苛立ちを隠そうともしない。


「何なのよ、あんたたち」


 その目が鋭く細まる。


「それに、さっきのアレは何……」


 ちらり、とアネモネを見る。


 床へ落ちた血。

 未だ微かに残る翡翠色の残光。


 理解できない現象。

 認めたくない奇跡。


 チトもまた一瞬だけアネモネへ目を向けた。


 だが興味を示したのは、それだけだった。


「……さあ?」


 涼しい声だった。


 それ以上を語る気はないらしい。


 そのままベッドへ近づき、ライゾーの身体へ手を伸ばす。


 細い腕。

 華奢な体格。


 なのに次の瞬間には、ライゾーの身体が軽々と肩へ担ぎ上げられていた。


 まるで荷物でも持ち上げるみたいに。


「……ちょっと!」


 ツクヨミの声が裏返る。


「まだ治療が終わってないのよ!」


 しかしチトは振り返りもしない。


 そこで初めてツクヨミが切り札を出した。


「それに!」


 鋭く声を上げる。


「赤天狗一家が私に依頼したのよ!」


 部屋の空気が少しだけ止まる。


「私たちが正式に呼ばれたの!」


 その言葉には自信があった。

 金も受け取っている。


 だからこそ、それは疑いようのない事実のはずだった。


 だが。


「へぇ」


 カッツが眉を上げる。

 少しだけ意外そうな顔だった。


「そりゃおかしいな」


 その一言で、ツクヨミの眉間へ皺が寄る。


「……何ですって?」


「いや」


 カッツは肩を竦めた。


「俺たちのところにも来たんだよ」


 全員の視線が集まる。


「若いのがな」


 カッツは記憶を辿るように続けた。


「飯食ってたら、息切らしながら飛び込んできたんだよ」


 ライゾーが大変だ。


 助けてくれ。


 そんな話だった。


「だから来た」


 ただ、それだけ。

 カッツは淡々と言う。


「そっちも赤天狗から呼ばれたって話なら」


 一拍。


「話が食い違ってるな?」


 沈黙が落ちる。


 そして自然と、全員の視線がシェリルへ向いた。


 シェリルは顔をしかめる。

 胸の奥で嫌な予感が膨らんでいた。


(……あの馬鹿どもか)


 思い当たる顔がある。

 直属の若い衆たちだ。


 ライゾーが担ぎ込まれた時、一番慌てていた連中。


 お嬢どうする。


 医者呼ぶか。


 何とかならねぇのか。


 等々騒いでいた連中。


 そしてきっと誰かが言ったのだ。


 ――カッツさんたちなら。


 フェス会場でライゾーをしごき倒していたふたり。あの人たちなら何とかしてくれるかもしれない。


 そんな根拠の無い希望を信じて、勝手に飛び出した。


(余計なことしやがって……)


 内心で毒づく。


 だが同時に、ほんの少しだけ胸の奥が熱くなる。

 あいつらなりに必死だったのだ。

 ライゾーを助けようとして、自分のために。


 それを口にする気は無かったが。

 問題は別にある。


 シェリルの視線がゆっくりツクヨミたちへ向く。


 自分は呼んでいない。


 若い衆らは言わずもがな。

 なら一体誰がこの二人を呼んだ?

 答えは数えるほどしか浮かばない。


 この屋敷で、自分より上の人間。

 赤天狗一家会長。今は表へ出ない実父でもある。


 嫌な予感だが、一度浮かんでしまった疑念は消えない。


 この連中は一体何者だ。

 なぜ赤天狗一家の縄張りへ入り込んでいる。


 部屋の空気は先ほどまでとは別の意味で張り詰めていた。

 ライゾーの容態だけではない。

 もっと大きな何かが、今まさに顔を出そうとしていた。



「待て」


 その一言で、張り詰めていた空気がわずかに揺れた。


 ライゾーを肩へ担いだチトが足を止める。


 カッツもまた、腕の中のアネモネを抱えたまま視線だけを向けた。


 声を発したのはシェリルだった。


 先ほどまで黙って成り行きを見ていた少女は、ゆっくりとツクヨミたちへ向き直る。


 その目は冷えていた。

 だが、その怒りは感情だけではない。

 北区を束ねる一家の娘としての顔だった。


 「そもそもだ」


 静かな声が落ちる。


 「お前ら、誰に呼ばれた?」


 ツクヨミが眉をひそめた。


 「だから言ってるでしょう。赤天狗一家よ」


 「赤天狗一家の誰だ?」


 即座に返される。


 「……は?」


 「名前を聞いてる」


 シェリルは一歩前へ出た。


 「誰が依頼した」


 部屋の空気が少しずつ変わる。


 ツクヨミは苛立ったように鼻を鳴らした。


 「そんなの依頼主の都合でしょう。こっちは正式な依頼を受けて来てるのよ」


 「だったら証拠を出せ」


 その瞬間、ツクヨミの顔から僅かに余裕が消えた。

 ウティカが静かに前へ出る。


 「……構いませんよ」


 柔らかな声だった。

 黒い上着の内側から封筒を取り出し、机の上へ置く。


 「こちらです」


 厚みのある蝋封の紙だった。

 そして目に入る赤天狗一家の代紋。


 シェリルが受け取り、目を通す。


 会長印は、確かに本物に見える。

 だが、視線が最後の署名で止まった。


 「……誰だ、コイツ」


 聞いたことがない名前だった。

 少なくともシェリルは知らない。


 若い衆でもない。

 幹部でもない。


 赤天狗一家に長くいる人間なら絶対に知っているはずの立場にあるような書き方なのに、名前だけが妙に浮いている。


 違和感。

 それもかなり強い。


 「説明してもらおうか」


 シェリルが顔を上げる。


 「この名前、誰だ」


 ウティカは首を傾げた。


 「依頼窓口の方ですね」


 「知らねぇよ」


 「こちらは依頼書を受け取っただけですので」


 「ふざけてんのか?」


 ツクヨミが口を開く。


 「だから言ってるでしょ。私たちは正式に依頼を受けたの。契約も交わしてる。報酬の話も終わってる。何が問題なのよ」


 その時だった。

 部屋の奥で、すう、と襖が開く音がした。


 低い声が静かに落ちる。


 「見せてみろ」


 全員が振り返る。


 そこには老人が立っていた。

 だが、小さくは見えなかった。

 部屋の空気そのものが、その男を中心に変わっていく。


 シェリルの顔色が変わる。


 「……親父」


 赤天狗一家会長、名をシデン。

 既に表舞台から退いた男。

 そして北区の誰もが恐れ、誰もが頭を下げる男だった。


 シデンはゆっくりと書状を受け取る。

 目を通す。


 代紋を見る。


 印を見る。


 署名を見る。


 そして、一言だけ呟いた。


 「こんなモン、知らんな」


 部屋が静まり返る。


 ツクヨミの眉がぴくりと動いた。

 ウティカの笑みが僅かに薄くなる。


 会長はもう一度書状を見た。


 「この名前も知らん」


 紙を机へ放る。


 「印も細かいところが違うな、ニセモノだ」


 そして視線だけで二人を射抜く。


 「貴様ら、誰だ」


 今度は先ほどとは意味が違った。

 部屋の温度が一気に下がる。


 シェリルは言葉を失っていた。


 胸の奥にあった重石が消えている。

 親父じゃなかった。

 会長は関わっていなかった。

 疑ってしまった自分が急に恥ずかしくなる。


 次の瞬間、会長の怒声が飛んだ。


 「シェリル!」


 びくり、と肩が跳ねる。


 「ぼさっとしてるんじゃねぇ」


 鋭い目が娘を射抜く。


 「組の看板使われて黙って見てるつもりか」


 「……っ」


 「てめぇで考えろ」


 低い声だった。


 だが、何より重い。


 シェリルは唇を噛む。

 そしてゆっくり顔を上げた。


 ちょうど同時に、ばんっ、と大きな音が響く。


 真っ白な布が落ちる。

 白布の向こうは壁ではなく、襖だった。


 左右。


 後方。


 一斉に開かれる。


 そこには武装した若い衆たちがいた。

 無言で腕を組み、立っている幹部たちがいた。

 完全な包囲。

 最初から見ていたかのように。


 ツクヨミが息を呑む。

 ウティカだけが静かに笑った。


 「……おやおや」


 その声には温度が無かった。


 「これは一体どういうつもりでしょうか」


 目だけが笑っていない。


 黒く、底なし沼みたいな怒気が漏れ始める。


 「我々は依頼を受け、依頼を遂行しただけです」


 一歩前へ出る。


 「それとも最初から、このような茶番を用意しておられたので?」


 部屋の空気がきしむ。

 若い衆たちも思わず身構える。


 その時だった。


 「だから」


 カッツが口を開いた。

 誰もがそちらを見る。

 男はアネモネを抱えたまま壁へ寄りかかっている。


 だが、その声だけで場が止まった。


 「何かが行き違ってるって言っただろ」


 怒鳴りもしない。

 威嚇でもない、静かな声。

 それでも全員が耳を向ける。


 「今ここで睨み合って得するのは誰だ?」


 カッツはゆっくり周囲を見渡した。


 会長、シェリル、ツクヨミ、ウティカ。

 そしてライゾー。


 「少なくとも、ライゾーじゃないよな」


 その言葉だけが、静まり返った部屋へ重く落ちていた。

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