9.異国アピオスへ向かう
8日目。
今日はいい天気だ。この国って四季があるんだろうか。
もうすぐおさらばだけど、暖かいし気候にだけは恵まれてる気がするわね。
『ほむらの剣』&ソルトさんで馬車を調達してもらい、いよいよ隣国アピオス目指して出発だ。
とはいっても国境までは村を経由しながらなのでのんびりだ。
御者はダンカンさんが引き受ける。戦えない御者だと危ないそうだ。
この辺りは魔獣がでるので進行の邪魔にならないよう、皆さんのお小遣いのために倒してもらう契約だ。
馬車は私一人なので余裕で空いている。
名前をつなげるとアドレスになってしまう姉妹も弓の腕前がすごい。
馬車に獲物がどんどんたまっていく。
私の座ってる場所がなくなりそうだ。
「アドさんそろそろやめてあげて。今日は護衛に来てるんだから」ソルトさんが気が付いて注意しにいった。
「あらいつの間に。つい、調子にのって倒してしまったわ」レースさんがいう。
「ほんとうだわ。これじゃ申し訳ないわね。今夜はごちそう作るから許してね」とアドさん。
「本当は村経由で行くこともできたんだけど、急ぐっていうのでこっちのルートにしたのよ」
レースさんが言うのを慌ててソルトさんが止めていた。
なぜだろう?まあどうせお風呂に入れないんだから急ぐのは正解よね。
どうやら今夜は野営のようだ。
初めてかもしれない。楽しみだな。
◇
夕暮れ時。
「お肉お肉~」とくるくるまわりながら歌って料理を作るアドさん。
「いつものことなのでそっとしておいてやって」と冷ややかな目のレースさん。
「ユーリさんはすごい食べるぞ。たくさん作ってやってくれ」とソルトさん。
男衆はテントを立てている。
日本のテントにそっくりだ。
ゲームに似てると思ったけどやっぱり開発も現代人だなと余計なことを考える。
エリスさんは神様の手を借りたと言ってたけど、なにか日本と関係ある人がいるのだろうか。
馬車を背に私たちは夕食を迎えていた。
囲む焚火がまたいい味出してる。
ウサギ肉の香草シチューにサンチュのような葉でまいた猪の焼き肉。薄っぺらいナンのようなパン。
どれもすごくおいしい。
沢山食べる私を知ってるソルトさんが、次々とよそってくる。
まあ、全部食べたけど。てへ。
「いつもは馬車がなくて荷物背負うからこんなに料理道具もってこられないのよ」とアドさん。
「そうそう、ひどいときは立ったまま乾燥肉よ」とレースさん。
「冒険者は過酷なんですね」と驚く私。
「でも稼げることは確かなんだよ」ソルトさんが細い枝を焚火に投げ込む。
「冒険者になって稼いでから店を持ったり自分の夢をかなえていくんだ。ソルト先輩そうですよね?」
ダンカンさんがうらやましそうにソルトさんを見る。
そうやってお金を貯めて王国騎士を目指すソルトさんってすごいわね。
就職が決まらなくて落ち込んでる私ってちょっとわがままじゃないかしら。
裕福な日本で、冷凍食品もある優雅な暮らし。お風呂も毎日入れて、毎日綺麗な服も着ている。
自分が甘ったれすぎてこの人たちに申し訳ない気持ちになる。
護衛者たちは獲物を捌いて綺麗に包んだり忙しそうだ。
手伝いがないかと聞いてみたが、これも護衛の範囲なので気にしないでくれと言われた。
むしろ馬車に獲物載せて狩りもできるし最高だと返されてしまう。
焚火の薪がはぜてパチパチしてる。
夜は人を素直にさせるっていうのは本当の事だと思う。
ソルトさんがいてくれたから私は彼らとすんなり仲良くなれた。
コーヒーを飲みつつ剣の手入れをしているソルトさんをそっと見る。
思ったより真剣だ。
話しかけるのはまずいかな?
お礼を言いたかったけどやめとこうか。
あれ?
なんだろう?
ちょっと顔が熱い。
風邪かな?
風邪薬も持ってくればよかった。
こういう時用の日本酒もないし、しょうがないわね。
もう寝てしまおう。
私が毛布にくるまって馬車の中で休んだ後も皆さん働いている。
ちょっと獣くさいけどこのくらいは我慢しなくっちゃね。
それよりエリスさんがいう『魔法袋』って結構すごい魔法みたい。
そっとネックレスに触れてみた。
お腹がいっぱいで満足した夜はゆるやかに更けていった。
◇
そのころ王命を受けた騎士たちは黒髪の人たちを片っ端から見つけ出していた。
銀髪のほうは王都で目撃されてないため聖女が黒髪に染めてるかもしれないと。
魚屋のオヤジや赤ん坊やあからさまに違う人まで連れていかれる。
黒髪は王都に数人しかいないのであっという間に集められて全員その日のうちに解放された。
迷惑な話である。
王都にもういないのではないかと気が付き、あわててギルドにも指令がいき、黒髪がいたらすぐに報告せよと命令がでた。
念のため隣国との通用門でもある関所にも伝令が飛んだ。
ギルドは守秘義務がある。
貴族の放蕩息子の捜索や他家の情報など、ゴシップになりそうな依頼であってもギルドから漏れることはない。
だからこそ依頼者は安心して恥ずかしい依頼も出せるのだ。
依頼者のユーリのことは隠されたし、警護を頼まれそこなった2人もすでにダンジョンに出発していたためそのままとなった。
関所への伝令。それは当然早馬によるものだ。
隣接してる国へは船でいくアノマラド港管理局と、アピオスとの境にある関所にいくことになる。
遠すぎだろと思いつつ、伝令係は馬にまたがった。
幸運にも伝達には通信機型魔導具というものは置かれていなかったようだ。
◇
9日目。
慣れない馬車の中で体が痛い。
起き上がって外に出ていい加減なラジオ体操をやってみる。
「おはよう。なんだいそれは?」ソルトさんが声をかけてきた。
「うわ!もう起きていたんですか?」
「いや、外なので見まわりの時間なんだ」
そうだった。ここは異世界、夜でも魔獣がでる世界だったのだ。
「前から思ってたけどユーリは外の世界知らなそうだな」
「お、王都なら散策しました!」
「王都か。あれを外だとはいわないなぁ」なぜか楽しそうに笑っている。
く、くやしいわね!これでもちゃんと成人してますっ!
この世界の人からみたら子供っぽいかもしれないけど。
ぶーっと膨れていたら、ほかの人たちも起きてきて笑われてしまう。
うぐぐ。
何も言えない。
冒険者から見たら私は何も知らないガキなんだろうな。確かに役立たずだ。
うむ。
子供じゃないんだからここは潔く認めよう。
本当のことなんだから仕方ない。
昨日の残りのシチューを食べて、気を取り直して出発だ。
今日はちゃんと街に泊まるから安心してくれと言われる。
やっぱり子ども扱いかい!
わかっているがむかつく。
ガタゴトガタゴト。馬車は進む。
夕方やっと国境沿いの『待機所』と呼ばれている商人の街につく。
国境が近いので、商人たちは税関を通るための荷物検査もここでやって鑑札をもらう。
この鑑札があればフリーパスとはいかないが、さくさくと進むのだそうだ。
皆さんは倒した魔獣をギルドに売りさばきにいった。
面白そうなので私もついていきたかったが、全力で止められた。
なぜに?
そして大きな帽子をかぶるようにいわれてしまう。
なぜだ。
ソルトさんが絶対だめだというのでおとなしくしておこう。よくわからないが私の容姿は危険らしい。
まあ、変なのによく絡まれる自覚はあるよ。
冒険者も変なのが多いし。あ、それでギルドいくの止められたのか。
この名もなき『待機所』という街は、一軒家ごと借りられるのが名物なんだそう。商人が商隊を組むことがおおいので、荷物検査待ちで借りる人が多いのだそうだ。
お偉いさんの諸国漫遊のための警備もやりやすいそうな。
私たちも小さめの家を丸ごと借りてくつろぐ。
お風呂もちゃんとある。日本のお風呂だ。ラッキー。
明日はいよいよ国境を越えていくんだ。
予定は一週間だったけどさすがにそんなに順調とはいえなかったわね。
エリスさん、あと一日辛抱してね。
◇
アノマラド港船着き場。
王国からの早馬の伝令はすでにここに到着していた。
馬車では数日かかる距離も、わずか一日で到達してしまうのが早馬である。恐るべき速さである。
休憩もほとんどとらず眠ってもいないのでここで馬と人を交代するのだ。
『港を封鎖して銀髪の聖女と黒髪の聖女を探せ』という伝令を伝える。
船着き場では直ちに全員帽子を取って髪の毛が染色されてないことを確認する作業に入る。
細身のシュデクさんとサンドラ奥様もそこに居合わせていた。
「黒髪の聖女をさがしております。王国からの指示ですので皆さま申し訳ないが確認作業におつきあいくだされ。」
「おい早くしろ。おれは偉いんだぞ」めんどくさくなった貴族どもが騒ぎ出す。
その騒ぎに紛れて夫婦はそっと船着き場を離れる。
黒髪でも銀髪でもない彼らに、誰も関心が向かなかったようだ。
「とりあえずヤンさんに知らせよう。あの人は元騎士だから悪いようにはしないはずだ。
ここの住人なのはわかっている。すぐに家もわかるはずだ。急ごう」
私たちを助けてくれた聖女様を今度は私たちが助けなくては。
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