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BLUE DREAM  作者: 柊ゑ純花
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DAY DREAM -IRIS-

“彼女”目線


あの展開を越えてないので、正直要るのか、とも思いました。

ただなんとなく、書きたかっただけ。


ありがとう

ホイッスルに合わせて、右足の指に力を込める。別世界にタイムトリップしたような、青い世界へ。

全身包まれるように、音は聞こえづらい。だけど、風を切るように、水の中を進んでいく。

浮力に耐えられなくなると、現実世界が顔を出す。一気に耳が騒がしくなる。視界は、眩しいだけで、正直よく分からない。


「内海55秒83、菖蒲56秒35、森若・・・」

「・・・。」


吐き出した息を回収し、また一息吐く。夏休みに入ってから55秒が超えられない。それどころか、今日は昨日より1秒もタイムが落ちている。


「ななか、ちょっと。」


コーチがお冠だ。何も言い返す気にはなれなかった。そんな時、見学に来ていた全日本代表監督が通りがかった。


「煮詰めるよりも、一度休んでみてはどうかな。」


思わぬ発言に混乱した。言われるがまま、着替えて更衣室を出る。誰も何も話しかけてこなかった。後ろめたさが募る。

このまま帰って、明日また泳げるの?休んだ時間、何をすれば糧になるの?

校門を出たとき、呑気に揺れる木々をみて、ため息が出た。


「あれっ、こないだの人。」


先週、フェンス越しに目が合った人。まさか同じ服だなんて、思わず引いてしまった。白い半袖に黒いズボン、短髪、眼鏡なし、特徴は、シャツからぴらぴら揺れるミシン糸。


「見てたでしょ、こないだ。先週くらいかな。そこで。」

「あっ、すいません。あの、別に、悪事を働いてたわけでは・・・」

「あははっ!そんなこと言ってないのに。」

「ああ・・・すいません。」

「さっきから謝ってばっかり。後ろめたいことあるの?」

「い、いや。そういうわけでは、ない、です。」


5つくらい年上の気がするけど、大学生とか社会人とか、何か生活感が感じられない。


「お兄さん、こっちなの?」

「へっ?」

「ヤダ、もう。ボーッとして。」


うーん、人畜無害そうだ。


「ちょっと付き合って。」


そう言って、謎のお兄さんにグチをこぼした。


「今日ね、練習サボっちゃったんだ。昨日のタイムが良くなくて、朝からコーチが怒鳴るの。『そんなことで勝てるのか!』ってさ。勝ちたいけど、勝つことばっかり考えて速くなるわけじゃないし。何に勝ちたいのかよく分からない。去年のタイムで100分の1秒って言われてもさ、相手だって速くなってるはずだし、何をどうすればいいか、ぜーんぜん、分からないよ。ねえ?」


お兄さんの顔を見たら、首から顔が引けていた。


「・・・ごめんなさい。こんな話されても困るよね。ところで、話は聞いてくれてた?」

「えっ?あー、」


すごく分かりやすくて面白かった。濃くて深い黒色の瞳。一瞬逸らされたけど、私が映っているのが見えると嬉しかった。


「えっと、すいません。」

「・・・うん、よしっ。嘘は良くないからね。」


水泳の話はやめよう、筋肉なさそうだし、スポーツはやってないかもしれない。


「お兄さん、何歳?お兄さんでいいの?もっとちゃんと敬語使った方がいい?」


また、驚かれた。この人、会話する気がないのかな。


「今のままでいいよ。」

「そっ。」


唐突に、この声が好きだ、と思った。低すぎず、安定して、落ち着く。


「お兄さん、大学生?」

「いや、フリーター。」

「今からバイト?」

「いや、散歩。」


ニートじゃなくて、フリーターなの?それで、散歩?


「突っ込まない方がいい?」

「何を?」

「えっ・・・」


さっきから全く会話になってない。真実を話せない理由がある。きっと、聞いてはいけないんだ。

それ以上は何も話さなかった。知りたいのに、聞けない。すごく切なくて、苦しくて、心臓がキリキリとした。



ダーン



交差点を通り過ぎるトラックが見えた。直進できる横断歩道はない。右か、左か。私は別れを決意した。


「お兄さん、どっち行くの?」

「僕は、右に。」

「そっか。私はこっちだから、ここでお別れね。ありがとう、お兄さん。」

「いや、感謝されるような・・・」


キスをした。私を見る潤んだ瞳が、心に刺さる。ちょっとだけ、後悔した。



あれから、あの人が高校の側を通ることはなかった。会えないと思うほど、会いたいと思うほど、忘れるように泳ぎ続けた。

インターハイ前日、夢を見て飛び起きた。どれだけ泳いでも、53秒台を出す絶好調ぶり。


「大会は明日なのに。逆に心配だよ・・・」


どういうことか、当日にもあの人が夢に出てきた。

スタート台に立つ私は、とても冷静だった。号砲のタイミングとシンクロするように飛び込む。自分の思うように、ぐんぐんと水が体に沿って流れていく。

ただ一心にゴール壁を目指した。電光板に灯る『1』という数字を見て、嬉しさが止まらなかった。

やっと、会える!約束してないけど。そう信じていた。



気付けば二学期が始まっていた。

普段、ニュースなんて見ないのに、顔写真に引き込まれるように見てしまった。

―――先月中頃、都内の河川敷で発見された男性の焼死体は、DNA鑑定の結果、と―――

あんなに特徴のない人だと思っていたのに、こんなにも一致するなんて想像もしなかった。


会えないことよりも、何も知らない自分が悔しかった。


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