10-3
≫AM07:10 宮古島東北東100海里≪
――時は来たれり。開戦から1週間。いよいよ、伊良部島・下地島の奪還の時がやってきた。
反撃の狼煙を上げる部隊は、既にその針路を西に向け、低空飛行を続けている。今までに見た機体とは違い、どこかのっぺりとしており、そして、洗礼された、比較的小柄な灰色の戦闘機。4機でフィンガーフォー隊形を組みながら、一直線に中継地点へと向かった。
「AMATERASU, this is GIRAFFE 0-1, now approaching TP-2.(アマテラス、こちらジラフ0-1、中継地点TP-2に到着)」
『AMATERASU to GIRAFFE 0-1, roger. Turn heading 2-5-0 to direct IP-1.(アマテラスよりジラフ0-1、了解。方位2-5-0に転針してIP-1に直行せよ)。攻撃開始まであと7分』
「Turn heading 2-5-0, direct IP-1。攻撃開始7分前」
明瞭かつ端的な無線会話の後、また静かになる。洗練された機体に、洗練されたパイロット。先陣を勤める部隊として、これ以上の存在は無いだろう。朝焼けの光に照らされたそのシルエットは、旧世代機とは一味違った近未来感を見るもの全員に印象付ける。
最新鋭ステルス戦闘機『F-35A』――日本で始めてF-35Aを実戦配備させた、三沢基地所在の第302飛行隊の4機が、今この宮古海峡のど真ん中を飛んでいた。
開発に遅れが発生し、さらに価格まで高騰してしまった難産気味な生い立ちではあったが、その性能は、あの値打ちや長い開発期間に見合うものとなっていた。演習をやらせれば旧世代機相手にほぼ完勝。まずもってBVRで決着がついてしまい、相手は彼らを見つける前にほぼ全滅という“リアルチート”を見せつけ、イスラエルでの初実戦以降、今では度々戦場の空に現れてきたF-35A。今度は、極東の空にて、隠密裏の空対地爆撃の任務を請け負うこととなった。
所謂、『防空網破壊任務』と呼ばれるもので、自身のステルス性をフルに発揮し、隠密裏に敵の防空網の深部に侵入。最新鋭のセンサー類を用いて目標を正確無比に破壊し、敵の防空能力を根底から破壊する。まさしく、“ドアを蹴破る者”の名に相応しい任務であり、最高のステルス性能と対地攻撃能力を併せ持ったF-35は、まさしくその代表格ともいえた。わざわざ、部隊名に『キリン(ジラフ)』とつけたのも、やろうと思えば、ライオンなどの肉食猛獣すら文字通り一蹴できる、動物界屈指の足蹴りの能力とかけたものであった。
ノックなしで上がり込んだ無礼者に対して、同じくドアを蹴り上げて殴り掛かろうという魂胆が透けて見える彼らの胴体内には、地上兵器を破壊するための武装を満載させていた。
『ETA 5 minutes. ジラフ0-1、ウェポンチェックに入れ』
「ラジャー。ビフォアーアタックチェック」
攻撃5分前となり、使用兵器の最終チェックに入る。今回は対地攻撃兵器を中心に、ウェポンベイ内の武装はセットしてきた。自衛用の短距離AAM『AIM-9X』に、精密誘導爆弾『LJDAM』である。
本当は、データリンク等によるターゲティングを以って遠距離攻撃が可能な『JASSM』や『JSOW』あたりを使って、敵の攻撃圏外からのアウトレンジ攻撃と行きたかったのだが、ソフトウェアの改修は完了したものの、武装は今年の予算で調達したばかりで届いておらず、やむなくLJDAMを用いることになっていた。
しかし、今のF-35Aにとってはそれでも何ら問題は無い。2番機が冷静な口調で報告した。
『マサイよりレーティック、前方に島影確認』
雲間より見えてきたのは、太陽の光も反射している青い海に、二つの大きな島。奥のほうにある小さいほうは、下地島と伊良部島だった。空から見る分には、隣に見える宮古島同様、至って平和な島の光景に見える。
「1番機、確認した。RETIC to AMATERASU, target visual I.D.」
『AMATERASU, roger. IP-1 ETA, 3 minutes. No GHOST, Continue approach. Over』
「Roger, continue approach.」
『見えてきた見えてきた、ついに初の実戦だ……』
そう武者震いするような声を振るいだしているのは、3番機のヌービアである。腹に抱えたLJDAMをいつでも落とせるよう、常に視線をマスターアームに向けていた。はやる気持ちを抑え、編隊飛行を続けている。
『向こう、やはりまだこっちが見えてないっぽいですね。もう50マイルは切ったはずですが』
『ああ。やっぱりF-35のステルスにはかなわないってこった。向こうのレーダーも少し古いからな』
データリンクによってもたらされた情報を見た4番機の声に、ヌービアが気楽そうに反応する。
敵の対空兵器の全容は、既に特戦群の調査によって明らかにされていた。ソードたちの見つけたあの地図を元に、特戦群の隊員総出で調べ上げた結果の全ては、JTFを通じて、陸海空全ての部隊に回された。当然、彼らが今見ているものも、E-767から届いたその目標地点のGPS座標であった。
敵は、中距離対空ミサイル『HQ-12』と、短距離対空ミサイル『9K331“トールM1”』、さらに、近距離防空用として『95式25mm自走機関砲』を配備していた。この三層の防空網で以って敵を迎え撃とうという腹であったが、HQ-12は比較的新しいこともあり、たったの1基しか持ち出せず、下地島の『司令部』に配備するにとどまった。また、トールM1やPMZ-95も、新型の配備に伴い追いやられたのを持ってきたはいいものの、如何せん旧式すぎた。レーダーも今の時代となっては比較的古いもので、使用している周波数帯の関係上、ステルス機を見つけるのにも向いていない。
今回のF-35Aの対地装備がLJDAMでも十分といったのは、まさにこれが理由であった。敵の対空兵器は、あの小さな島を守る上では少々過剰ともいえる量であったが、ほとんどが旧式。しかも、落としやすい場所にご丁寧に置いてくれている。当然罠を警戒したが、周辺を探索した特戦群によれば、それらしい痕跡は見当たらなかったという。
ゆえに、初陣にして先陣を飾る彼らであったが、正直な話、F-35Aにとっては“簡単なお仕事”過ぎて、少々退屈にすら思えたのだ。その気分を隠すことなく面に出すヌービアの声は、なんとも間抜けなものだった。
『さっさと叩いて帰りましょうや。F-35Aにとっちゃあ楽な仕事でしょうし』
『油断するな、ヌービア。ミサイルはまだしも、自走機関砲は光学/赤外線追跡もできる。あまり低く行き過ぎるなよ』
『了解です、副隊長殿。相変わらずお堅いご様子で』
マサイからの忠告にも、ひらりひらりと受け答えするヌービアだったが、マサイも引かなかった。
『堅いは余計だ。それに、例のステルス機がやってこないとも限らん。E-2Dを落とし、E-767すら捉えられなかった奴だ』
『ていっても、BVRじゃなくて真正面から接近戦挑むような“素人連中”ですけどね。あんなのステルス機の戦い方じゃないっすよ。今回みたいな対地攻撃ならまだしも、空中戦におけるステルスの本分は、安全な遠距離からの一方的な攻撃という名の“いじめ”ですよ?』
『わかってる。だから油断するなといっているんだ。次の瞬間アラートなっても知らんぞ』
呆れた口調でそう返すマサイ。ただ、この話は、レーティックとしても気になっていた。いつものような仲のいい口論を片耳で聞きながら、レーティックは考えた。
「(実際、あれはステルス機の戦い方ではない……JTFから届いた報告が正しいなら、2回とも自ら接近し、近距離から攻撃している。BVRに専念するそぶりすら見せていない。ステルス機の戦い方とは思えん。一体何を狙っている……?)」
ステルス機同士の戦いであるならば、一説では、互いが互いを見つけられず、最終的には前時代的な格闘戦を繰り広げることになるとも言われてはいる。だが、実際はそう単純ではなく、もっと一方的に事が決まるのが常だ。格闘戦も強いといわれているJ-20といえど、たった2機で格闘戦を仕掛け、数的不利にもかかわらず二度も生還を果たしている。1から10まで意味が分からない。
レーティック自身は、アメリカにおいてF-35Aの戦い方というものを一から叩き込まれた人間でもある。だがその中に、こんな無謀な戦法は無かった。もっと安全策をとり、様々な情報を統合して、一番“ローリスク”なやり方を常に取っている。当然、これは戦争の世界では当たり前の話だ。
「(なぜ格闘戦を仕掛けた? 仕掛けないといけない理由でもあったのか? BVRミサイルがなかったわけではあるまい。近距離戦闘を実施する上で、得るものでもあるのか? それとも――)」
「――何かをたしかm――」
『アマテラスより獰猛なキリンの諸君。おしゃべりは終わりだ。IP-1到達。攻撃開始1分前。マスターアームオン』
アマテラスからの攻撃準備命令だ。先ほどまでの思考は脇に置き、すぐに頭を戦闘モードに入れる。兵装のロックを解除し、さらに、4機はバラバラに散開した。目の前にある大型カラーディスプレイに表示されているウィンドウの一つは、伊良部島・下地島の地図を表示しており、そこに重ねるように、4本の矢印が描写されている。彼らが今回用いる、爆撃侵入のコースであった。
『キッカーの諸君。君たちの爆撃が、反撃の号砲となる。地上の人質救出部隊は、君たちの爆撃を合図として作戦を開始する。誤爆には注意しろよ。社会的に死ぬからな』
「了解。なに、GPS誘導だ。寝てても当てられる」
そう軽口を叩きながら返すレーティック。
今回のF-35Aは、データリンクによるデータを元に、EOTSを用いてレーザーを照射し、そこにLJDAMを落とすだけである。自慢の最新鋭電子装備であるAN/AAQ-40 EOTSは、赤外線とレーザーを用いて高精度の画像を取得できるため、これを目標に照射して、LJDAMを落として終わりである。寝てても当てられるというのは、そこまで根拠の無い比喩というわけではないのだ。
E-767から、リンク16を通じてGPSデータが更新される。相変わらず位置は固定されており、やはり気づいた様子が無い。島はもう目の前だ。島の4方向から同時に攻め込み、一瞬にして爆撃し終える。
そして、ついにその時が来る。
『……ETAリミット。アマテラスよりジラフ、エンゲージ。狼煙を上げろ』
交戦許可。その瞬間、短い返事と共にEOTSを起動。位置はわかっているため、EOTSのFLIR追跡を使って特定の場所の目標の画像を取得する。ディスプレイに新たなウィンドウが表示され、明るく高画質な白黒映像が表示された。そこには、自らが狙うべき目標の一つ、『9K331“トールM1”』の発射機があった。
「いいか、最優先は発射機だ。他は無視しろ。攻撃手段を奪え」
レーダー車両等といった補助車両は全て無視という段取りであった。今のF-35Aは、ウェポンベイ内にJDAMを2発しか搭載できないため、これっぽっちも無駄遣いできないのである。実際、攻撃するべき目標は、全部で8つ。一発も無駄にできないギリギリであった。
一応、予備部隊として後方にさらに4機のF-35A部隊が準備してはいるが、初撃で全て終わらせるほうが楽である。ターゲティングは完了し、あとはLJDAMを投下するだけとなった。緩い角度で降下しながらウェポンベイの扉を開け、JDAMを冷たい外気に露出させる。
「ジラフ0-1、クリアードアタック。ファイヤ。レディ……、ナウッ」
投下のコールと共に、LJDAMが機体から切り離され、重力に従い落下を始めた。さらにもう一発。すぐ近くにいたPMZ-95にも素早く照準し、LJDAMを切り離す。
他の機体もLJDAMを投下し始めた。全てが狙い通りに落下して行き、F-35Aは悠々としまの上空に差し掛かる。
「レーザーオン。レイジング」
レーザー誘導開始。この時からLJDAMは、F-35Aから放たれるレーザーの反射波を捉えて、そこに目掛けて誘導されていく。そして、この時になってようやくF-35Aを見つけたのか、地上が慌しくなった。レーザー波を捉えたのか、はたまた肉眼で見つけたのか定かではないが、その様子は、ETOSの画面を通じて確認できていた。
「遅い」
だが、今更であった。この時既に着弾数秒前。今頃になって動かしたところで、すぐに移動することなどできるわけもなかった。
そして、LJDAMは指定したとおりの目標に、見事命中。着弾による爆炎と土煙が発生し、跡形も無く消し飛んだことをパイロットたちに教えている。それは一ヶ所だけではない。合計8ヶ所。伊良部島と下地島のいたるところから立ち上っていた。
「ヒット、ヒット。2ターゲットデストロイ」
隊長の報告と共に、他の僚機からも同様の報告が上がった。一気に8両の対空目標の撃破に成功。これでミサイルや機関砲の発射は叶わなくなった。事実、彼らは堂々と島の上を飛んでいるにもかかわらず、ミサイルは一発も飛んでこない。携行SAMを持った兵士もいるはずだが、高度の問題も相まって、狙いきれないようだ。敵の対空能力は一気に全滅したといっていい。
『アマテラス、ラジャー。よくやった。今後続のジラフ2-1を呼び出す。彼らの到着を待って交代せよ』
「ジラフ0-1、ラジャー。全機、集合しろ。周辺を監視する」
レーティックの呼びかけに答え、3機のF-35Aが隊長機に集まり、再度フィンガーフォー隊形を組む。確認するまでも無く、全員無傷だった。まっさらな“肌”を太陽の光が反射し、どこにも傷がないことを示している。
『ほらぁ、やっぱり楽勝じゃないすか。奴らにコイツを捉えるのなんて無理ですよ』
『今回はな。帰るまで気を抜くなよ』
『帰るまでが遠足って言葉思い出すなぁその言葉……』
相変わらず余裕をぶっこいているヌービアとそれを咎めるマサイ。いつものことだとレーティックも無視していると、少しして、アマテラスから無線が飛んでくる。
『アマテラスよりジラフ0-1。対地攻撃に出向ける機はあるか?』
「ジラフ0-1よりアマテラス。JDAMはもうない。機関砲を使うしかないが、どうした?」
『地上から速達の依頼だ。人質奪還第3班から、伊良部高校正門南の交差点付近に装甲車1を確認。形勢不利なので排除してくれとのお達しだ』
反撃の狼煙が上がったと同時に、人質奪還部隊はすぐさま動き出し、敵勢力の排除に動き出した。開戦当時、伊良部島・下地島にいた住民は合計で約4000人もいたため、伊良部島内にある複数の学校に分散する形でおいたのだが、そのうちの一つを奪還する部隊からの対地支援要請だった。この時いた装甲車は、歩兵支援のために来ていた『93式装輪装甲車』。万一の脱走の際に備えて周辺を警戒していたが、ここに来て、伊良部高校より南にある交差点の少し北側に陣取ってしまったことで、まともに身動きができなくなっていた。
対地支援の戦闘ヘリはまだ来ておらず、交差点を攻撃できそうな位置にもいられないため、F-35Aからの対地攻撃を頼らざるを得ないというわけであった。
『誰行きます? 俺でもいいっすよ』
「いや、俺が行こう。コルド、ついてこい。撃ちもらしを頼む。マサイ、ヌービアをつれて空から携行SAMの警戒を頼む」
『了解です、隊長』
『コルド、了解。今行きます』
『たいちょ~、すぐ隣人質ですからね~。誤射しないでくださいよぉ~』
「わかってる。任せろ」
レーティックとコルドが編隊から抜け、一気に高度を下げる。F-35Aに搭載されている機関砲は、米軍が今まで使っていた20mmバルカン砲ではなく、AV-8B“ハリアーII”にも搭載されていたものを改良した『GAU-22/A 25mmガトリングガン』である。対空だけでなく、対地攻撃まで想定したこの機関砲は、毎分4200発という高連射速度を発揮する。装甲車程度なら余裕で破壊できる代物だった。
『GPSデータを送った。気をつけろ、周辺は田園地帯で開けているが、携行SAMがまだ潜んでいる可能性もある』
「了解。一気に駆け抜ける」
エンジンを少し吹かし、一気に加速するレーティック。コルドもそれに続き、低空を高速で飛びながら目標となる装甲車を眼前に捉えた。HMDは目標となるWZ-523Aに照準円を重ね、引き金に指を置く。狙われたほうはこちらにはまだ気づいた様子は無い。銃声が煩すぎて、戦闘機の音が中々聞こえにくいのだ。それでも、一人がF-35Aの接近に気づいたらしく、こちらを向いて何かを叫んでいる。
――だが、もう遅かった。
「FOX3。FOX3」
機関砲の発射コールと共に、引き金を引く。GAU-22/Aガトリングガンからは、煙と共に膨大な量のHEIAP弾が放たれる。装甲目標を破壊するために作られたこの弾に抗う術など無く、命中した瞬間一瞬にして爆発。まだギリギリ上部の機関銃座が生きていたものの、そこも、後ろから飛んできたコルドが確実に狙い撃ちしたことで、今度こそ沈黙した。爆発に巻き込まれ、これらの車両を盾に銃撃戦を展開していた兵士たちも吹き飛んでしまった。交差点は炎に包まれるが、少なくとも、脅威は排除されたに違いない。
「ターゲットキル。装甲車1両を破壊」
『コルド、確認しました。ナイスキルです』
合流したコルドもレーティックを労った。E-767からも目標破壊を確認した旨の報告を受け、そのまま他の部隊と合流し、元の高度に戻る。結局、SAMは飛んでこなかった。
『ジラフ2-1が合流した。0-1、ヘディング0-8-0。アルト250』
「了解。ヘディング0-8-0、アルト250」
帰還命令が出た。自分たちの出番はこれまでだ。後は、後続が対地支援を継続する。いずれ、F-2が飛んでくることにもなるだろう。
『……やっぱ即行で終わりましたね。俺帰ったら寝ていいっすか?』
『寝たらお前の頭にJDAM落とすぞ』
『うわぁ、怖い』
そんな漫才を聞きながら、レーティックは帰り際、島のほうを見た。黒煙の柱が複数個所から上がるだけで、空から見る分には何も変わったことはない。だが、この島の情勢が、大きな転換を迎えているのは間違いなかった。
「……ジラフ0-1、RTB」
作戦の成功を祈りながら、レーティックは帰還を宣言した……




