6-4
――来ないわけがない。わかってはいたのに、本当に来た時の絶望感たるや。今度は自分の番か。ついに断頭台の前に立った、受刑者のような心境だった。
敵編隊の内約を確認。爆撃機……H-6系統が4機。戦闘機……Su-27系統が6機。これは間違いなくJ-11であろう。そして、今回はさらに、新たに『Su-30MKK“フランカーG”』も4機加わった。何時もの爆撃機と護衛機のコンビとは若干変則的だ。この機体は、ロシアが開発した2人乗りの戦闘爆撃機『Su-30M』の中国輸出版であり、F-15E“ストライク・イーグル”の東側版とも呼べる性能を持っていた。長距離を飛行可能で、戦闘機の脅威を排除しつつ、対地・対艦攻撃をも可能とする優秀なマルチロールファイターであるSu-30MKKは、中国の対台湾戦略において確実な対地・対艦攻撃能力を保有する上ではうってつけの選択肢であった。恐らく、これも沖縄への対地攻撃か、もしくは近辺を哨戒中の敵艦船への攻撃に用いられるのだろう。
どんどんと高度を上げていき、高度2万フィートほどの所で巡航し、巡航ミサイルの発射体勢に入るに違いない。昨日、今日と、何回か経験したパターンだ。
「CMが同じだった場合の発射までの時間は?」
「15分あります。沖縄への針路は継続、今までと同じパターンです」
「妙なのが爆撃機にひっついているフランカーGだが、あれは直掩ってことでいいのか?」
「恐らくは。我々の迎撃にJ-11を向かわせ、爆撃機の直接的なエスコートはフランカーGが担当という手筈でしょう。ついでに、時間が来たら爆撃にも移るはずです。それができる機体ですから」
「とすると、問題はJ-11か……」
重本は少し離れた所から、忌々し気な目線を羽浦のレーダー画面に向けた。14機編隊のうち新しい戦力の4機は、戦闘爆撃機とはいえ高性能なSu-30Mの派生型だ。爆撃もできるような武装ではあるはずなので、色々と厄介な戦力であるには違いない。
今ここで“迎撃”に向かえる戦闘機は8機ある。バザード1と、少し九州側をCAPしているラクーン2、それぞれ4機ずつのF-15J。向こうは、Su-30MKKを含めても8機。一部は直掩に就くと考えれば、数では優勢。能力も、どれだけ悪く見積もっても五分。こっちはAWACS付き。状況認識においても、彼我戦力においても我が方が優位なのに……羽浦たちの、気分はこれっぽっちも晴れてはいなかった。自分達の持つ能力も、結局は行使する“権限”がなければ、ただの宝の持ち腐れ意外な何物でもないのだ。
一先ず、バザード1とラクーン2をそれぞれ集合させる。一番近いのはバザード1だ。ここからすぐに向かえば数分で“中距離AAMの射程距離内”に入る。
……が、
「――行かせます?」
羽浦は、一瞬あり得もしない期待を持って重本にそう聞いた。前回とは違う。今、自分が指示して迎撃に向かわせる部隊には、蒼波がいる。行かせたくないと思うのは人として当然の感情であった。武器の使用が認められない中、運がよくない限り死刑に等しい未来が待っている命令を出すことを、羽浦は躊躇った。レーダー画面では、バザード1は集合を完了し、次の命令を待っていた。コールサイン、バザード1-1~1-4。そのうち、2の数字がついているブリップに再び視線が向いてしまう。
「……」
重本の指示が中々こない。彼も迷っているのだ。視線はレーダー画面に向いているが、その気配はしっかり感じ取ることができた。だが、
「……、行かせろ。うまくやれ」
鬱屈な声を絞り出し、そう指示を出した。うまくやれなんて、一体どうやれっていうんだ。そんな愚痴を内心で呟きつつも、躊躇はしながらも、無線機にスイッチを入れた。
「――AMATERASU to BUZZARD 1-1, heading 3-4-0, ALT 210, you head for the enemy bombers.(アマテラスよりバザード1-1、方位3-4-0、高度2万1000フィートで敵爆撃機編隊に向かえ)」
『BUZZARD 1-1 roger. 3-4-0, ALT 210. 全員編隊を維持しろ。……エンジン噴かせる準備しとけ』
バザード1は、やはりキレイなフィンガーフォー隊形を維持しながら、指示された方位に機首を向けた。いつも通りの速度で、指定された高度に降りながら。自分達だって行きたくないはずなのに、何の躊躇もない。そんなブリップの動きに、羽浦は少しだけ不気味さを感じた。
ラクーン2にも同様の指示を出した。だが、そっちに至っては、編隊を組むや否や速度を上げた。先にたどり着くのはバザード1だと思っていたが、このままだとラクーン2が先に付きそうだ。隊長のTACネームを聞いてみると、『Spark』と言っていた。昨日、巡航ミサイルを撃墜し逃げている途中、目の前で仲間を何機も落とされるのを見た、あの時の隊長だ。
「(復讐……とか考えてるんかな)」
昨日、一方的に仲間が撃ち落とされまくるのを目の前で見てしまった。ラクーン2と同じく迎撃に出向いていたベア4は全滅。最後の最後、自らを守って、海に落ちて行った。あの後、近隣にいた護衛艦や米軍の駆逐艦が、本来の任務の合間を縫って捜索を行ったが、全員の死亡が確認された。最後までスパークを守ったあの隊長に至っては、墜落時の衝撃によってか、バラバラになった大小の肉片となって引き上げられる始末だった。彼にその情報が伝わったかどうかはわからない。だが、全員生き残っているとは考えていないはずだ。ならば、その次に考えることは、大体限られる。
「(戦場は人を変えるって、こういうことなのか……?)」
だとすれば、つくづく自分は、とんでもない場所に来てしまったなと改めて考えさせられる。むしろ、自分たちは前線より後ろにいるだけ、まだマシなのかもしれない。最前線にいれば、最初あの威勢のよかった熱血漢な隊長も、頼りがいのあるベテランな雰囲気だったベア4の奴らも、そして、男顔負けの活発さによる抜群の清涼剤ぶりを発揮する“妖精”も――全員、その場で凶変してしまうのだ。
自分も、ああなってしまうのか。その恐怖感を感じながら、羽浦はレーダー画面をずっと注視していた。
――とはいえ、希望がないわけではない。昨日のように、ミサイルの撃墜は可能だ。今日も、昨日と同じように、一方に敵を引き寄せ、もう一方がレーダーの視覚に入り、巡航ミサイルを撃ったら中距離AAMで撃墜し、高速で離脱。巡航ミサイルの撃墜というところまでは、今のところ失敗はない。問題はそのあとの離脱なのであるが、それはそれ。まずは手際よく巡航ミサイルを落としていくところから考えるべし。
「(手順は基本的に同じだが、向こうも流石に警戒しだすはずだ。もう少しバザードは少し西側に大回りさせて、ラクーンとの距離をもっと話した方がいいか……)」
もう好戦的なまでに突撃しているラクーン2を囮にするというのも気が引ける話だったが、しかし、今のスパークに率いられた彼らなら、むしろ名乗り出る程であろう。向こうだって、自分たちが突っ込んでいったときのリスクは承知のはずだ。
もうすぐ接敵するが、今からなら針路修正は間に合う。重本とも相談し、若干の経路修正を行った後、その指示を両隊に通達した。
「アマテラスよりバザード1、及びラクーン2。経路修正。バザード1、ヘディング2-8-0、500フィートへディセンド。ラクーン2、ヘディングはそのまま。高度を――」
『――アマテラス、レーダー照射! レーダー照射を受けた!』
――なんて? 羽浦は一瞬思考が止まった。レーダー照射? まさか、戦闘機から? 中距離AAMを撃つためにレーダー波による捜索を行ったのか?
しかし、無線主である近藤は否定した。“戦闘機からではない”。じゃあ誰だ。まさか爆撃機からなんて言わないだろうな?
「戦術電子戦システム確認しろ。シンボルはなんて言ってる?」
『それが……』
『“AEW”のレーダー波だって言ってる……』
「早期警戒機ッ?」
羽浦は自らの聞き間違いを疑った。今まで、AEWなんて出てこなかった。味方のAEWのレーダー波は対象外に設定しているはずなので間違いなく別の誰かのものだが、そもそも今、こちらでもAEWを捉えていないのでわかりようがない。探知範囲外にいるとしても、敵がAEWを持っているなどという情報は今までになかった。
しかし、ラクーン2からも続けざまに同じ報告が飛んできた。そして、レーダー画面上では、護衛に就いていたJ-11が、2機ずつに分かれて、バザード1とラクーン2に接近してきている。
「全機、反転して退避しろ。まだ向こうはミサイルの射程外だ、すぐに逃げろ!」
一先ずそう指示するしかなかった。向こうがAEWを引き連れてきているとなれば、少なくとも、バザード1とラクーン2の動きは捉えられている可能性が高い。両隊共に、来た道を引き返すように逃げ始めた。とはいえ、その先は沖縄諸島。途中からそれに気づいたのか、バザード1が西に、ラクーン2が東の方向に逃げ始める。
「誰か、AEW捉えた奴いないか? たぶんもっと北にいるはずだ」
「予測飛行区域を警戒しているE-2Dがいます。そっちに問い合わせますか?」
「すぐに頼む。たぶん護衛機付きでいるぞ」
重本の指示は、直ちに近隣を飛んでいるE-2D早期警戒機にリレーされる。幸いにして報告はすぐに来た。新代がすぐに重本の下に駆け寄る。
「北方を監視していたヤタガラス3からです。向こうでも今探知したと。データリンクが今来ます」
その通りに、レーダー画面にデータがアップロードされる。自らが捉えた反応だけでなく、友軍機が捉えたデータも画面上に表示すると、確かに、E-767の探知範囲外ギリギリのところに、3機の反応が映っていた。うち1機は、反応が少し大きめだ。
「こいつか。データ照合は?」
「今出ます。……出ました。2機はSu-27系統、恐らく護衛のJ-11。そしてもう1機は、An-12系統に合致しました」
An-12。旧ソ連、現在のウクライナにあるアントノフ設計局が開発した4発ターボプロップ輸送機である。古い機体だが、東側諸国を中心に広く浸透した機体であり、中国もデットコピー版のY-8輸送機を保有している。当然、ロシア機ではないはずだ。
「Y-8輸送機が、まさか単機でそこにいるわけないしな。それに、Y-8は派生型が大量にあったはずだ。てことは……」
「早期警戒機版の、『KJ-200 AEW』に違いありません。比較的新しい機体で、国産の新型AESAレーダーを装備しています」
「そんなもん持ってるなんて情報なかったぞ……」
重本は頭を人差し指でかきながら呆れたように言った。
Y-8輸送機を下地にして国産したKJ-200は、その性能には謎が多い機体の一つとされていた。機体上部には、平均台のように細長くのびる箱型のアンテナ・フェアリングを装備し、E-767のように回転させる必要がない。元々人員輸送に適した設計ではなかったためか、初期には不具合などが多発したが、改良を重ねた現在では、中国のAWACS『KJ-2000』を補完する警戒アセットとしての役割を仰せつかっていたはずだった。早期警戒機という機密度の高い兵器であるため、取り扱いも慎重になっているはずで、中国側も、今までに所在が確認できていないとして各国に報告した機材の中に、この機種を入れていなかった。
――つまり、少なくとも今日あたりになって、この時のためにわざわざ分捕ってきた兵器ということになる。無茶苦茶だ、今までは巡航ミサイル攻撃時にこれ持ってこなかったのに。いつもと同じ爆撃じゃないのか? 羽浦は内心で頭を抱えた。
「(冗談は勘弁してくれ、戦術が組み立てられなくなる)」
双方が空中戦をするとなった際、AWACSやAEW等といった監視アセットがある方が、敵情を把握しやすいので戦術を組み立てることが容易になる。実際、日本と極東革命軍の場合、前者の方はE-2DもE-767も、地上には固定レーダーサイトすらもあるので、それらの情報を統合して、空にいる味方が次にどのような行動をすればいいかを想定できる。
一昨日、スカイアメリカ225便を出迎える直前に起きた防空戦闘がその最たる例だ。こちらが多くの情報を把握していたがために、その後の主導権を握ることができた。多少の損害は出たが、向こうは戦闘機が全滅した。これほどの大勝を成し遂げたのは、「情報を制する者は戦を制す」という言葉通りに動いたからに他ならない。
……しかし、今回はその“アドバンテージ”も消えた。AEWとはいえ、向こうが監視アセットを持ってきた以上、こちら側の動きも完全に把握された。そうなれば、あとは勝敗を左右するのは、「ファーストルック・ファーストショット・ファーストキル(敵より先に見つけ、先に撃ち、先に落とす)」という現代における空戦の大原則を、誰が実行するかである。ファーストルックは、AWACSやAEWが担当するとして、問題は残り二つだ。これは、先に撃ち、先に落とすための“権限”がなければ、何の意味もなさない。
「(――落とせない。先に見つけても意味がない)」
バザード1とラクーン2は、邪魔になる増槽を捨てて西に東に逃げ始める。もうすぐ中距離AAMの射程に入る。こうなれば先に撃った方が圧倒的に優位だというのに、逃げて逃げて逃げまくるしかない。しかも、こうした時になってさえ、彼らは敵の戦闘機が沖縄や九州に向かわないように、なるべく南に行かないようにして逃げていた。こんなひどい状況に追いやられても、彼らは自衛官としての最低限の使命を全うしようとしていたのだ。
さらに、逡巡する羽浦の耳に飛び込んできた近藤の声が、羽浦を驚嘆させる。
『バザード1リーダーよりアマテラス、こっちに来てる敵の数を確認したい! 3機だけだよな?』
「バザード1リーダー、そちらに向かっている敵は3機だけだ。残りはラクーンに行った」
『了解。それでも3機……逃げ回ってばかりじゃらちが明かねえ。一回格闘戦に入らせてくれ』
「えッ?」
格闘戦? 落とすことはできないが、昨日のベア4と同じように、追いかけまわすだけでもしようという魂胆か? だが、そのためにはまずは中距離AAMのミサイルをかいくぐらないといけない。それでも、逃げてるよりならマシだと近藤は推した。
『何れ射程には入る。それなら後ろから4機がかりで追いかけたほうがやりやすい、時間がねえんだ!』
「……逃げられますか?」
『逃げてやるさ。こんなところでのたれ死ぬわけにゃいかねんだ』
その声は自信に満ちていた。こんな状況に追い落とされようと、リーダーとして、弱さを見せることはしない。部下に伝播した不安は、すぐに払拭されない。それを理解しての言葉だった。逃げているだけでは状況が変わらないと悟った羽浦も、近藤の進言を許可した。ラクーン2もそれに乗っかる形で、逃げ回る動きを止め、自ら追いかけまわしにかかった。この時も、やはりスピードは速い。
バザード1、ラクーン2共に、中距離AAMの射程に入った。そこからさらに1分ほど経った後、6機のJ-11から中距離AAMが放たれる。弾数4。それぞれが相手にしているのは4機だ。全員を狙い切れていないにも関わらず、各隊1機はバックアップのために取っておくという余裕を見せつけた。完全に、舐めてかかっている。
バザード1は隊長機と3番機、ラクーン2は、同じく隊長機と、2番機に突撃し始めた。放ったJ-11は、両隊に機首を向けたままほぼ直進している。両隊に警告を出すと、スパークはすかさず無線で返す。
『ラクーン2-1よりアマテラス、敵は動いてるか?』
「ラクーン2、敵は射撃後体勢を変えていない。そのままそっちに向けて一直線。バザードも同様」
『ならセミアクティブだな? こっちは撃てないとはいえ、一旦距離を取らないのは無防備すぎる』
『同感だ火花野郎! それに各機1発ずつだ、複数発射できねえ時点で誘導性能が限られる!』
近藤とスパークの推察は確かなものがあった。多目標同時発射能力は、ARH型中距離AAMであれば、現代では標準装備ともいえる能力だが、一気に叩き潰してしまいたい場面であるこの時でも、1発ずつしか撃ってきていない。また、J-11は本来護衛が主任務である。最大射程からさらに内側に入って撃ったので、比較的高確率で命中が期待できるはずなのに、さっさと距離を取らない。仮に外れたらまた反転して撃つ体制になるはずだが、これでは次に撃つ前に距離がほとんど開かなくなる。
――開けないんだ。1発ずつ、命中ギリギリまで誘導しないといけないからだ。最前線で空を飛ぶ二人のリーダーは、瞬時にそれを見抜いたのだ。
だからであろう、格闘戦に入ろうと接近をかけたときから、一貫して“アフターバーナー寸前の最大推力”を維持しているのは。ここで反転して逃げるわけでもなければ、一気に急上昇してミサイルの推進エネルギーを消費させるというわけでもない。そんな時間すらも無駄なのだ。一発だけの賭け。これを回避すれば最後、すぐ目の前に、ミサイルの発射源がいる。
「各隊、ミサイル真正面から接近。回避可能か?」
『バザードリーダー、任せろ。策は考えてある。フェアリー、オスカー、ロックオンだ』
『スパークより2-3、2-4。こっちも続くぞ。脅してやれ』
『オスカー、そっち左側よろしくね』
『了解ッスよ、フェアリー。ピンポイントで脅迫してやります』
両隊リーダーの指示により、計4機のF-15Jがそれぞれの編隊から少し外側に出た。すると、各々がレーダー照射の宣言を出す。マスターアームはそのままだが、一つの目標をピンポイントで捉え続ける単一目標追跡モードで、高出力のレーダー波を放つ。照準だけは、しっかりと奴らにくっつけるという寸法だ。今までは、逃げるのに必死で最初からそれを実行する部隊はいなかった。両隊でレーダー照射を受けていない2機が、高出力のレーダー波をJ-11に狙い打つ。
ここにきて、ようやくミサイルに狙われていた4機が急上昇をしつつ反転を開始。継続的に追跡しないといけない6機は、やはりつられて急上昇を行った。
――“釣り上げ”だ。羽浦は直感した。一気に急上昇させ、他の僚機をバックに付かせる気なのだ。
「ミサイルに追われてる各機へ、敵が急上昇を開始。ビンゴだ、釣り上がったぞ」
『大物来たぞォ! 捕まえろ!』
近藤の一声は、ラクーン2にも届いていた。スパークの「喰らいつけ!」の一言と共に、レーダー波照射担当の2機もJ-11に食いつくために急上昇を始めた。ミサイルは放たないが、今頃敵のコックピット内は、RWR警報が響き渡っているはずだ。何分もずっとこのけたたましく焦燥感を引き起こす警報を聞き続けると、パイロットは徐々に呼吸が荒くなり始める。それはもはや、パイロットとしての“本能”だ。
「――ッ! 逃げ始めた!」
そして、その本能は、例え敵は“撃ってこない”と理解している理性をも、上回った。
J-11はミサイルの追尾を止め、急旋回に転じた。心が折れたのだ。撃たないと分かっていても、その根拠は、今までの経験則のみでしかない。万一、もし万一、こいつらに限って撃って来たとしたら、この距離で死ぬのは自分だ。例え目の前にいる敵機を落とすことはできても、次の瞬間、自分達もその仲間入りを果たす。爆撃機の護衛もしないといけないのに、そこまで執着する必要はないか……? その思考誘導は、まさしく、近藤とスパークの策略によって引き起こされたのだ。
母機からの誘導を失ったSARH型ミサイルなど、ただの高速で飛ぶ鉄製のスティックに過ぎない。とっくの昔にロケット推進をも使い果たした彼らに、反転して再度目標に向かうパワーなどなく、そのまま明後日の方向に飛んで行きながら、徐々に高度を落としていく。
「よし! ミサイルが落ちたぞ!」
重本が小さくガッツポーズをとる。同時に、羽浦も希望を見出したように気力を回復させ、威勢のいい無線を投げた。
「全機、そいつらをとにかく追い掛けろ。一先ず敵が巡航ミサイルを放つまで耐えてくれ。放ったら全力で狩りに行く。こっちで合図を待て」
ここからは時間稼ぎだ。こちらが主導的に追い掛け回せば、少なくとも向こうとて簡単には撃ってこない。如何に向こうがAEWを持ってきたとしても、それは結局、最初に戦闘に至るまでの過程に影響を及ぼすに過ぎない。自分達と同様、戦闘になったらあとは見守るだけの存在だ。
そういう意味では、この“警戒機同士の勝負”は、E-767に軍配が上がったと言える。
「(CMの射点まで後8分……行けるか?)」
いや、今この調子ならいける。そう直感していた。特にバザード1は、あの近藤が指揮している。彼の腕は、開戦初期から何度となく見てきた。彼は熱い男だが、大胆な人だ。大丈夫だ、彼ならやってくれる。羽浦の脳裏には、いつの間にか、彼に対する大きな信頼感が生まれていた。
蒼波も、近藤のバックに付きながら、必死に戦っている。主導権は向こうにわたっていない。行ける。やれるはずだ。あと5分耐えればいいんだ。奴らが巡航ミサイルを放ったら、すぐに迎撃しにかかって、あとはさっさと離脱する。そう思っていた。
――その時までは。
「――シニア! 爆撃機から直掩機が離れました!」
この、百瀬の声がくるまでは……




