6-3
≫PM14:48 東シナ海上空≪
――東シナ海の空の上は、昨日に引き続き修羅場となっていた。
今から12時間くらい前の深夜帯には、帰りの輸送機を追跡していたら「撃墜準備」と勘違いされたのか、異常なまでに執拗に追いかけられて4機全てのF-15Jが撃墜された。
かと思ったら、前務機から引き継いだ直後の午前中には、防空基盤破壊のためか巡航ミサイルで武装したJ-11と護衛のMiG-29の編隊に遭遇。巡航ミサイルは前日と同じ手順でほとんど破壊し、撃ち漏らしたものも沿岸を警戒していた海自の護衛艦と米軍の駆逐艦が撃墜した。しかし、この戦闘により、さらに5機のF-15Jを失い、築城から上がっていたCAPのF-2も3機撃墜された。
そして正午辺りには、今度は近隣哨戒中のF-15Jと戦力漸減のためにやってきたJ-11の編隊と交戦になり、ほぼ一方的に“嬲り殺された”。逃げる事しかできない彼らを、ミサイルという、現代の人類が編み出したほぼ必中の槍は、寸分の狂いもなく体当たりしていく。これにより、さらに4機のF-15Jが海中に没した。
日付が23日になって以降に失った機体は、F-15Jが19機、F-2が5機で、総計“24機”――。多い。余りに異常なペースだ。開戦から撃墜禁止命令がでる22日の早朝までは、極東革命軍との戦闘による総被撃墜数は、F-15J・F-2双方をまとめても11機だった。東シナ海だけでそれを一気に上回るのは異常事態だ。さらに、極東革命軍の戦闘機の出現ペースも、熱核兵器に関する動画が上がって以降、若干上がり始めている。
現場の焦燥感は、確実に無視できないレベルにまで上がっていた。
――当然、それは空の上にいる、彼らも同様である。
「――三佐、南西SOCからです。件の戦闘機の増派、あと1時間ほどで千歳から回送飛行がくると」
「やっとか。で、新代。ちゃんと新品なんだろうな、それ?」
「全部ではありませんが、一応半数以上はMJで揃えたそうです。ただ、市ヶ谷は相当渋ったみたいで」
「だろうな。こんな被撃墜確定な任務に新品のMJ出すよりだったら、オンボロのSJ出す方が在庫処分という意味でもメリット多いだろうし」
疲労感を隠さず焦燥しきった表情を浮かべながら、重本は軽く投げやり気味に言った。任務開始以降、ほとんど休んでいない。既に2回も要撃管制を指揮し、昼飯も10分とかからないうちに強引に腹の中に流し込んできたのだ。休息をとらないで続ける作業は非効率的であり、思わぬミスを生み出す原因にもなる。頭ではわかってはいるのだが、やはり、状況がそれを許してはくれなかった。時折、代役を立てて休憩に入ってはいるのだが、少し休んだと思ったらすぐに敵がやってくる。気が休まる暇がない。
だが、身体的に追い詰められているだけであればまだよかったかもしれない。極端な話、時間をかけて休めば勝手に回復するのだ。しかし、今彼らにとって一番深刻なのは、“精神的な疲労”だった。
「安馬井のやつ、大丈夫か?」
「さっき見てきましたけど、だいぶ参ってるっぽいですよ。暫くは安静にしてた方がいいです」
「帰ったらメンタルカウンセラー行きかなぁ……。この後アイツシフト入ってたか?」
「ちょうど終わり間際にセクター2が……」
「じゃあここ、阪下に代わってもらうか。アイツ今日サポートばっかだったろ」
「ですね、ちょっと伝えてきます」
……そんな会話は、一つや二つでは済まない。
今日は特に、精神的にストレスを抱え過ぎた人員が増えていた。自分達が受け持った戦闘機が、交戦もまともにできずに落とされるのを、レーダー画面越しにとはいえ生で見てしまった。しかも、悲鳴と表現するしかない声すらも入っている。
『ミサイルだ! ミサイル!!』
『ブレイクしろ、早く!』
『クソッ! 許可は出ないのか!? もう後ろに張り付かれてる!』
『誰か、助けてくれ! よけきれない!! ぁぁあああああああああッッ!!!』
『頼む、頼むよ! 来るなよ!! くるなあああああああああ!!!』
――そんな声を膨大に聞いて、精神的に参らない人間は恐らくほとんどいない。
これが、“ちゃんとした”交戦状態の中で起きたならば、諦めもつく。彼らは頑張ったが、それでもダメだった。どうしようもなかった。そうして自分を納得させることができる。何より、自分たちは命令できるものは命令して、あとは本人たちに任せるほかないという立場なのだ。
しかし、今回は違う。命令はできる。一番手っ取り早く、彼らを生還させる、一番ベストな命令をすぐにでも口にすることができる。なのに、できない。許可されていない。無断で撃墜許可を下すことは許されない。自分達が一言命令を下せば、すぐにでも彼らは自らの技術をフルに発揮してくれるはずなのに、それが、許されないのだ。
これでは、諦めようにも諦めきれない。「まだ手段があるのに」。そんな状況下で、あのような声を、あのような形で聞いてしまったのだ。命令を下せなかった罪悪感も相まって、精神的にダウンする人が、既に数えるだけで5人いる。全員、空戦状態になったとき、味方戦闘機の管制に当たっていた人たちだ。
直に担当になった人たちだけでなく、その周りで状況を見守っていた別の管制員たちも、少なくないストレスを感じていた。次は自分か。自分も、このような理不尽な状況に追い込まれるのか。そう怯える姿はまるで、断頭台の前で仲間たちの首が切り落とされるのを見ながら、順番に刑の執行を待つ受刑者たちのようだった。待つだけでも、どんどんとストレスはのしかかる。
……そして、それは羽浦も同じだった。
先ほどまでの1時間休憩から戻ってきたばかりの彼であるが、自分の担当する空域を見て頭を抱えた。セ
クター7。警戒航空隊内で『S7R』と呼ばれる空域である。東シナ海のうち、黄海から沖縄本島や宮古島・伊良部島・下地島方面に繋がる空域“セクター7”は、極東革命軍の航空機が頻繁に出現する場所でもあった。そのうちのRエリア『S7R』は、沖縄方面に向かう上での最短経路でもあるためか特に頻繁に出現しており、担当した管制員のうち3人を、上記したような精神的ストレスを抱えてダウンさせた“魔の空域”として恐れられている。
今のところ、自分が担当に入って以降敵は来ていない。だが、最後に来たのは正午過ぎ。空自戦力の漸減を図る敵が、撃墜されないというチャンスを効率的に使わないわけがない。そろそろ来るはずだ。来てもいいころだ。理屈で考えればそうした答えが導き出されるが、それと同時に、憂鬱な心持ちをしてしまう。
「(……ああはなりたくないんだよなぁ)」
すでに3人もの“脱落者”を出した、極東革命軍航空機高頻度出現空域『S7R』。軍事地理学的観点から、今後極東革命軍との激しい戦闘の舞台となることが予想される激戦区。某シューティングゲームに出てきた激戦空域の名前を彷彿とさせる、それに相応しい“地獄”である。
生死の選別が頻繁に行われる様相から、日本神話に出てくる死者の世界たる黄泉の国と現世の境にある『黄泉比良坂』に例える人すら出てきている、まさしく、生死が分かれる“境界の場所”。正直、戦場には打ってつけのあだ名だ。
そんな空域の担当になったのは、本当に不幸としか言いようがない。どうか自分の担当の時間に敵が来ないことを祈るしかなかった。例えそれが、現実的に考えて、儚い願いでしかないとしてもだ。
「……そろそろ交代か」
羽浦は、画面上の右上に小さく表示されたデジタル時計の数字をチラッと見る。現在受け持っている2個の航空部隊のうち、片方がそろそろ燃料切れで交代となる。時間から考えて、那覇基地からまもなく引き継ぎの部隊が離陸するはずだ。
「シニア、那覇より通信。S7への交代部隊エアボーン。これより給油に向かう」
「了解。セクター7まもなく交代。羽浦、引き継ぎ確認今のうちにやっておけ」
「了解。RACCOON 3-1, this is AMATERASU, you will be changing――」
現在上がっている部隊の一つに対し、まもなく交代の時間が来ることを知らせる。指定された4機のF-15Jは、現在飛んでいる空域から少し南西諸島側に下がり、いつでも交代できる体制を整える。数分としないうちに、南西からくる空中給油を完了した戦闘機の反応をとらえた。4機のF-15J。予定通りだ。向こうから無線が届く。
『AMATERASU, this is BUZZARD 1-1, we were under your control.(アマテラス、こちらバザード1-1、我々はそちらの指揮下に入った)』
――この声、まさか。羽浦の心臓は一瞬跳ねた。昨日、電話口で聞いた声だ。バザードのコールサインからも確信できる。近藤さんの声だ。
「BUZZARD 1-1, this is AMATERASU, radio check, how do you read?(バザード1-1、こちらアマテラス、無線感度どうか?)」
『BUZZARD 1-1, reading 5. ばっちり聞こえるぞ』
「AMATERASU roger. Your CAP-point, area C-1A, ALT 35, fligt pattarn 1, over.(アマテラス、了解。そちらのCAP空域、エリアC-1A、高度3万5000フィート、第1飛行パターン)」
バザード1-1からの復唱を確認。問題なし。4機のF-15Jは、2機ずつに分かれてそれぞれで編隊を組み、互いに少し離れた地点で東西に延びる長方形のように周回飛行を始める。それぞれの周回地点は南北に分かれており、より海側のほうを、バザード1-1と1-2のコンビが回っていた。羽浦の目は、すぐ隣に『BUZZARD 1-2』と表示されたブリップに向く。そのブリップは、1-1のすぐ右後方にぴったりとくっついて飛んでいた。
「……まるで手つないでる親子だな」
1-1の声は間違いなく近藤だ。だとすれば、すぐ隣で飛んでいる1-2のパイロットは、昨日の電話で言っていた通り、蒼波であろう。そして、直後の無線で、それは裏付けられる。
『アマテラス、こちらバザード1-1、敵さん来てるか?』
「バザード1-1、今のところは誰も来てません。幸いにして」
『了解。こないことを祈っててくれ。こんなところで、あんたの幼馴染連れて無駄死なんてのは御免なんでな。空からちゃんと見ててくれよ』
羽浦は思わず苦笑を浮かべた。近藤も、こちらの声から誰が管制しているのかを悟ったのだ。「フラグ立てんでくださいよ」と一言言い残すと、また無線は黙りこくる。しかし、幼馴染に言及した当たり、やはり、今彼が僚機として引き連れているのは、蒼波のようだ。
……本当に、今は来ないでほしい。こんな時に来られても、近藤や蒼波、それに他の部隊に、敵を落とす許可を与えられるわけではない。正当防衛という言い訳ができた、初日のそれとは事情が違う。熱核兵器を使って脅迫されている今、そうした“言い訳”すらも通用しないのだ。交戦が始まったら最後、残された道は、逃げ切るか、落とされるかだ。
「(……今のところは、ちゃんと飛んでるか)」
蒼波のブリップを確認して、少し安堵した。あの精神状態でまともに飛べるのか心配だったが、今のところは問題ない。昨日はバザード隊は飛ばなかったようなので、その日のうちに落ち着かせたのだろうか。近藤さんたちの尽力が目に見えるようだが、それでも、あの状態から今後予測される交戦に耐えられるか。そういう意味でも、今は本当に、敵に来てほしくはなかったのだ。まともに、避けられるとは思えなかった。
……だからであろう。近藤は、昨日のようなことを言ったのだ。
“俺が一々言うまでもないが、パイロットは、無線で聞こえる指示の声が一番の頼りだ”
“ただでさえ孤独なパイロットは、そうした声に精神的な拠り所を求めるしかないんだ”
“幼馴染がすぐそばで声をかけてくれる安心感は、たぶん本人にしかわからない”
「……俺の声で、いいんだろうな?」
レーダー画面に映る近藤機に問うような呟きを、その場で零した。声をかけるだけでもいい。それでも安心感を与えられる。幼馴染の声であればもっといい。そうした趣旨の言葉は、羽浦の脳裏に何度も反芻していた。このような状況になることを想定して、事前にあのような言葉を言っていたのだとしたら、自分のするべきことは大体理解できる。
「……ふぅ」
羽浦は、一度気持ちを落ち着かせるために小さくため息をついた。そのとき、無線が再び音声を届ける。
『それにしてもフェアリー、今日の担当彼でよかったな。ラッキーじゃねえか』
近藤の声だ。こっちの考えを見透かしたように、その話題を振ってきた。彼、というのはつまり自分のことであろう。これ、話に割り込んだほうがいいのか迷ったが、その前に蒼波が答えた。
『……こんなところでそんな話します?』
小さくだが、確かに蒼波の声が聞こえた。少しもじもじしたような自信なさげな声だけでも、どことなく物陰に隠れているような印象を受ける。しかし、近藤はお構いなしだった。さらに、イジり始める。
『まあまあ、事実ではあるだろ? それに、お前が飛ぶと彼によく当たるからな。ラッキーには違いないじゃないか』
『それはそうですけど……』
『ほんと、運がいいぜ俺らは。知り合いの人なら割かし安心感あるしな、そうだろ?』
『わかりますけど、それどっちかというと私のセリフでは……』
妙な雑談が始まった。どうも自分が割って入る場面ではないらしい。今のうちに乾いてしまった喉を潤すために水を飲んで……。
『昨日だって言ってたろ? 今日のCAPの予定言ったらすんげえ不安そうな声で、「どうせ飛ぶならあの人の管制で飛びたいなぁ」って。あ、「あの人」の所本人の仇名だったな』
『ちょっと待ってェ!!?』
「ブフゥッ!?」
飲んでいた水を思いっきりレーダー画面にぶちまけるところだった。慌てて手で口を押さえたはいいが、おかげで盛大にむせてしまった。ポケットに入れていたハンカチで口や手を吹きつつ、ふと右のほうに目が向いた。
「……」
隣にいた管制員は、沖縄の人がやるような「ヒュー」という指笛を小さく吹きながら、もう一方の人差し指をこっちにさしていた。その顔ときたら「おーおーこれはこれはおめでとうございますご指名ですね羽浦さん」とでも言わんばかりの全力のニヤケ面だった。任務中でなければ、確実に10メートルぐらいの助走をつけた全速力の飛び蹴りを顔面に食らわせているであろうその顔に、羽浦は右手にこぶしを作りながら「ぐぬぬ……」と小さな悔しさをにじませる。
……さらに、今度は左手後方から小さく「ヒューッ」と指笛の音。振り返ると、今度は重本までもが同じく羽浦を指さして「おめでとう羽浦君めでたく可愛い幼馴染ちゃんからのご指名だよHAHAHA」とでも言わんばかりの全力全開のニヤケ面をかましていた。ブルータス、お前もか。しかも、よく見たら重本だけでなく、後ろで仕事していた数人の管制員からも同じような指と顔を向けられていた。百瀬に至っては、「私は何も見ていませんし聞いていません」という姿勢に徹したのか、コンソールの陰に身を隠してしまった。どうやら、ここには味方がいないようである。
「…………」
なんてことか。この蒼波本人としても隠しておきたかったであろう言葉を、あろうことか幼馴染本人だけでなく、その同僚にまで暴露されてしまうとは。これは赤面待ったなし。一番気まずいのはその幼馴染たる羽浦自身である。このような場面は今まで体験したことがない。少なくとも記憶にはない。どうすればいいのだ。これは無線で割って入って止めるべきか。いや、むしろここは黙って「こっちのログには何もないな」という体をとりあえず作っておくべきか。
しかし、その後も近藤が続けてその暴露話をし始めたため、さすがにまずいと、羽浦は止めに入った。
「……あのー」
『ん? どうした?』
「いや、俺今隣と後ろのほうからめっちゃ「おめでとうございまーすご指名でーす」な感じで指さされてめっちゃ殴り倒したい笑顔向けられてるんで、そんくらいでお願いします」
『マジか。無線繋がってたか』
「いやいや絶対知ってただろアンタ。あと気づいてるか知んないっすけど、すぐ後ろに相方いますよ」
『お、こんなに接近飛行できたのか。流石だなお前』
『お前殺す』
え、ちょ、怖。羽浦はその軽く暗黒面に落ちている蒼波のドス暗い声に思わず身震いした。相手は階級的にも任期的にも上官だぞお前。だが、その上官のほうが途轍もなく怯えていた。
『待ってめっちゃ怖えぇ!? めっちゃドス効いてたんだが大丈夫かこれッ? 本当に撃たれんじゃねえかこれ!?』
「大丈夫じゃないのは間違いないので離れてください。そのうち本当にぶつかりますよ」
『三十六計逃げるに如かず。逃げるは恥だが役にたt――』
『逃がさん』
『ヒエェッ』
蒼波機、ピッタリと近藤機の真後ろにつく。上下左右に機体を振ってもお構いなし。今なら近藤がどんな機動をしてもしっかりとついていくような気がする。羽浦は直感した。こうなった時の蒼波から逃げるのは無理っぽいと。もしかしたら、こやつをイーグルドライバーにしたのは間違いだったのではないか。そんなことすら羽浦は考えてしまった。
『ま、まあまあ! とにかくよかったよな!? 今回彼でよかったのは間違いないよな!? な!?』
自らの保身のために必死に話題転換を図る近藤。十数秒ほど黙っていた蒼波であったが、ついに観念したのか、かすかに聞こえるため息ののち、
『――そうですね』
本当に小さくそう呟いた。そこでまた隣と後ろ複数人から「ヒュー」と指さされるが、羽浦は、こいつらにはあとでまとめてホールドスリーパーをかましておこう上官とか部下とか知ったことかと決意を新たにしつつ、無視した。
……しかし、頼られるというのは悪い気はしない。管制員として冥利に尽きる話である。もしや、近藤が言っていたのはこれのことだったのだろうか。
「(自分から言っちゃう程か……)」
強ち、近藤の言っていることは的外れでも何でもないのかもしれない。そう思い始めた羽浦であった。
『――フェアリー、流石にちょっと近づきすぎじゃねえか? もうそろそろ離れてくれてもいいだろ? な?』
近藤の無線を聞き、レーダー画面を確認する。確かに、蒼波の機体が近藤機に近づいているように見える。今は任務中だし、そろそろ許してやったらどうだと思ったが、その羽浦の内心を悟ってか、一応離れた。その際、よほど慌てたのか、そこそこ急な旋回をしながら離れたために、今度は離れすぎた。先ほどが先ほどなので動揺しているのはわかるが、流石に慌てすぎだろう。羽浦は呆れ笑いを浮かべながら、無線を開いた。
「フェアリー、めっちゃ左右に揺れてるぞ。ドジっ娘かお前は」
『ばッ、誰がドジっ娘よ誰が!』
至ってクールにジョークを放つ羽浦に、甲高い女性の怒りの声が届く。その声からは、昨日のような精神的にダウンした様子はあまり見受けられない。飛んでいる最中は、ちゃんとその点を少しでもリセットさせているらしい。すると、近藤も乗ってきた。
『お前以外誰がいるんだよ。あまりくっつかれるとこっち動きにくいんだぞ』
『どの口が言ってるんですかもう……』
「でも、こっちからもすんげえくっついてるように見えたなぁ、まるで親猫に寄り添って怯える子猫みてえだったわ」
『子猫ォ!?』
『お、いいねぇ。こいつのTACネーム今度から“キャット”にするか?』
妖精から猫へのシフトチェンジ。あれ、案外悪くないのではないかと思い始める羽浦だが、意外にも同志がいた。
『1-3からリーダーへ。そのまんま日本語で“ネコ”ってしたほうがかわいいと思います』
『こちら1-4、自分も日本語に一票入れるッス』
『ちょ、オスカーアンタまで!?』
頭を抱える蒼波の姿が見えるようである。
――オスカーこと『大洲加諒』三等空尉は、今年配属されたばかりの、蒼波の1期下の後輩である。部隊内ではまだまだ下っ端パイロットで、ORを取得したのもつい先週の話であるが、欠けた神野の穴埋めとして宛がわれていた。
語尾が少し特徴的なこと以外は常識人枠と思っていたが……どうも、その評価は改めたほうがよさそうである。
『帰ったら皆で投票やるか? キャットかネコか、そのまんまフェアリーか』
『選管としてはぜひとも無効にしたいんですけど』
「グリズリー、不在者投票ってやってます?」
『アンタ帰ったらほんと覚えてなさいよッ?』
おぉ、怖い怖い。割かし元気そうなのが確認できたので何よりだと考えつつ、羽浦は無線を切った。すると、後ろから、
「――彼女、大丈夫そうだな?」
重本が隣にきた。安堵の表情を浮かべた重本の脳裏には、やはり、一昨日の件が浮かんでいた。
「必要とあらば、さっきみたいな無線を投げ続けろ。今は何をしてでも一昨日のような精神状態にならないようにしないといけない。手段は問わんよ」
「任務中なんですけどね」
「気にするな。任務中だからこそ、締めるときと緩めるときの緩急をつけないとな」
軽く肩を叩きながら、重本はまた離れていった。「いや、今は締めるときでしょ」と内心でツッコミながらも、通常通りの飛行に戻った2機のブリップを見た。悠々と飛んでいる。何事もなさそうなのは間違いないようで、羽浦としても一安心だった。あれだけツッコんだり叫んだりする元気があれば、あとは時間をかければ何とか回復させられるだろう。
「(何事もなさそうでよかった。あとは――)」
任務終了まで飛ぶだけだ。そう思った瞬間だった。
「――シニア、アンノウンピックアップ!」
百瀬の声だ。アンノウン。識別不明機を探知した。先ほどまでの緩い空気が一気に引き締まる。識別班に対象機の識別を指示。数秒と経たないうちに、その識別結果が、レーダー上に表示された。
『ENEMY J-11』『ENEMY Su-30MKK』『ENEMY H-6』
「――きた……!」
やはり来た。来てしまった。この3機種のコンビは、間違いなく爆撃目的だ。事前に韓国軍からの通報がなかったことから、おそらく探知されないよう低空飛行でやってきたのだ。高度は5000フィートから上昇中であることが、先ほどまで低空飛行をしていたことを示していた。
百瀬が、さらに針路と速度を読み上げる。進行方向は、案の定沖縄本島。そして、現在の速度を維持した場合の、沖縄本島までの到達時間は25分。また、昨日や午前中の時と同じく、巡航ミサイルを搭載していた場合の発射予想時刻まで、あと15分と見積もられた。
……そして、
「羽浦」
このままの針路で向かった場合、最初に接敵する味方は――
「――そっちに行ったぞ」
羽浦が受け持っている、バザード1の4機だった……




