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Guardian’s Sky ―女神の空―  作者: Sky Aviation
第6章 ―4日目 Day-4―
40/93

6-2

≫AM09:25 東シナ海 台湾 基隆市北東140海里(260km)≪



 夜が明けた東シナ海――日もだいぶ上がった、雲もほとんどない洋上にて、1隻の大型艦が、白波をほとんど立てずゆっくりと東に向けて航行していた。


 ――071型(玉昭ユージャオ型)ドック型揚陸艦『蒼岩山ツァンイェンシャン』である。


 全長210m、満載排水量約18,000トンと、中国海軍の中では屈指の巨体である玉昭型は、ステルス性を重視した一体的な船型を持ち、エアクッション艇を備えつつ大隊規模の陸上兵力を揚陸させることができる、本格的なドック型揚陸艦である。数は少ないながらも、その揚陸能力は世界と比べても一線級のものであり、中国海軍の戦力投射パワープロジェクション能力を飛躍的に高めることに成功し、現代の中国の海洋戦略において重要な役割を与えられている。


 ――『蒼岩山』もそのうちの1隻。しかも、この艦型の中では一番新しい最新鋭艦であった。中国の計画している、次世代型ドック型揚陸艦に備える新装備や各種設計概念の試験艦としての役割も担うべく、設計面で幾つかの改良が為されて生まれたのが彼女だった。


 ――そんな彼女が、今、大きな危機に瀕していた。


「……クソッ……」


 中途半端に薄暗いウェルドック内で、小さく悪態をつくこの男の睨むような視線の先には、自らが着ているのと同じ、海軍陸戦隊の服装をした兵士たちが複数。ここにいる者のほぼ全員が、同じ迷彩服を着ているにもかかわらず、集団は大きく二つに分けられていた。そのうちの片方より、一人の若い男の兵士が、しびれを切らしたのか声を荒げた。


「おい、俺たちはいつまでこのままなんだよ?」

「黙れ、そこで大人しく座ってろ」

「ふざけんじゃねえよ! てめえらが勝手にこの艦乗っ取りやがったせいで、俺たちまで巻き添え喰らっちまってるじゃねえか! 一体お前ら何をしようt――」


 次の瞬間には、そのような抗議の言葉を叫んだ彼の脳天を、乾いた銃声と共に1発の銃弾が貫いていた。血しぶきを上げながら力なく仰向けに倒れる彼を見て、周囲から動揺が混じった小さな悲鳴が上がる。中途なく引き金を引いた本人は、さらにその銃口を周囲の“同胞”に向けながら、冷徹に言葉を投げる。


「彼と同じ意見の者は? 遠慮はいらんぞ」

「ま、待ってくれ! 悪かった、これ以上余計な行動は起こさない。頼む、銃は降ろしてくれ。頼む!」


 先ほど悪態をついていた、30代後半と思しきリーダー格の男性が慌てて必至に懇願する。幸いにして、これ以上その銃口が周りの誰かの身体を狙うことはなかった。一瞬の安堵感がよぎるが、状況はこれっぽっちも良くならない。撃たれた彼は、そのまま他の“敵兵士”たちによって乱雑に引きずられながら、どこかへと持っていかれてしまった。

 恐怖に支配されたこのウェルドック内。怯える周りの部下たちを横目に、彼は無力感に苛まれながら、心の中でやはり悪態を付き続けるしかなかった。


「(――なぜ、こんなことに……ッ!)」



 ――『蒼岩山』は、近年の中国に対するアメリカと共に威圧をかける諸外国への政治的アピールの一環として、党大会との連携もかねた南シナ海での実弾演習に臨もうとしていた。

 予定では、20日の午後には東海艦隊の遼寧と護衛の艦隊が浙江省寧波の港を出港し、宮古海峡を抜け、台湾東部を通って南シナ海に入ることになっていた。それに備えて、南海艦隊所属の『蒼岩山』も、護衛の艦船を引き連れて一足早めに広東省湛江海軍基地を出て、護衛の艦と共に、合流してくる遼寧艦隊との訓練に備えた、ウォーミングアップついでの軽い訓練を行う予定であった。

 最後には、実弾を用いた着上陸訓練も予定されていたため、実弾を備えた陸上部隊も満載していた。この時訓練に参加したのは、諸外国でいう海兵隊に相当する中国人民解放海軍陸戦隊から、『第2海軍陸戦兵旅団』水陸両用機甲大隊の水陸両用戦車8両と付属の運用部隊、同部隊の機械化歩兵大隊所属の3個中隊、さらに、訓練の評価分析を担当する訓練評価中隊である。


 20日の午前中には、湛江海軍基地を予定通り出港した『蒼岩山』であったが、その後の様子が変わっていった。

 出航し現場海域に到着した直後から、予定されていた訓練が中々始まらず、代わりに幹部たちが慌ただしく走り回るのみ。聞けば、中南海からの連絡が途絶えてしまったために、万一に備えて、南海艦隊司令部から一時待機の命令が下ったそうだ。どうせただの通信不具合か何かだろうと誰もが楽観視していた中、次にやってきた続報は、共産党本部の空爆だった。曰く、「軍内部で反乱がおきた」と。

 「まさか、クーデターでも起きたのか」と、艦内、特に艦長を中心とした『蒼岩山』首脳部は動揺したが、南海艦隊司令部経由で届いた党軍事委からの命令により、全ての艦隊は、訓練を含めた全日程を中止し、即刻母港に帰頭することになった。同乗していた陸戦隊部隊にも、各部隊長を通じて全員にその事実が伝えられた。混乱する部下たちを抑えつつ、とにかく情報が来るのを待つことになったが――。


 ――事態が動いたのはその直後だった。


 件の報告が届いた後、訓練評価中隊が突如として武器を持って発砲を始めた。参加していた陸戦隊歩兵旅団の大隊長を射殺し、反撃しようとした“同胞”たちを問答無用で撃ち殺した。ウェルドック内部は一時的に銃撃戦の舞台となったが、突然の事態に浮足立った彼らに、まともに反撃の機会などなかった。


「即刻銃を下ろせ。彼らの後を追いたいか」


 奴らは本気だ――。生き残っていた中隊長ら幹部たちの判断で、ここは彼らの指示に従うことにした。納得できない一部の部下たちがさらに射殺されたのを目の当たりにしたことで、ついに他の者たちも銃を床に置くことになる。

 かくして、ほぼ短時間でウェルドック内は“敵”に制圧された。意図も何もわからないが、恐らく、党本部空爆と関連はある。誰もがそう予想し、目的は一種のクーデターか何かだと推測はしていた。だが、情報が中々こない。彼らからは何も話がない。目的も、行動内容も、自らの戦力規模も、この後何をするのかも、何もかも……。このウェルドック内では、彼ら以外は全員武装解除され、常に銃口は向けられたまま。幸い手足は縛られてはいないが、床に強引に座らされており、身動きはほとんどとれない。自分たちの武器も、どこかに持ち去られてしまった。ナイフ一本すら、自分の手元にはない。


 完全に、手詰まりな状況となったまま、『蒼岩山』は東へと向かい始めた。だが、彼らは、その事実すらも、知ることができないでいた――。



「――シィア上尉シャンウェイ、戻ってきました」


 一人の部下が、『夏』と呼ばれた男の耳元で小声を発した。先ほど、銃口を下げるよう必死に懇願していたのが彼だった。この訓練に参加していた第201中隊の中隊長。今、彼の周りには、自分の部下数名が、“連絡役”として張り付いていた。彼の目線は、先ほどまで敵の許可を得てトイレに行っていた『イェ上等兵シャンダンピンであった。おどおどした様子で監視担当の敵兵士に手を軽く上げる会釈をしながら、夏の元へと駆け込んだ。


「すいません、お待たせしました」

「よく戻ってきた。彼らからの情報は?」

「はい。やはり、艦の首脳部は壊滅していました。艦長以下幹部たちはほとんどが死亡。恐らく、初期のうちに奴らに殺されたものと」

「やはりか……」


 葉からの情報に、夏は眉を顰める。

 彼は、情報を夏のもとに持ってくる連絡役の一人だった。彼らとて、黙ってこの状況を見ているわけにはいかない。すぐに、敵のもとに帰順するように見せかけて、他の中隊から十数人ほどの“スパイ”を送り込んでいた。彼らは、敵に寝返った体で様々な活動に関与し、色々な情報を収集していた。その後、その中隊に対して情報を密かに提供していたが、全ての中隊に一気に渡したほうが手っ取り早いとして、各中隊に情報の連絡役を作り、彼らに情報を渡すことにした。夏が中隊長を務める第201中隊でも、バレない様に連絡役を数名作り、トイレに行くと見せかけて、そのトイレの個室に置かれたメモを見てくる任務に就いていたのである。

 元々、海軍陸戦隊そのものが、有事の際の特殊任務に従事できるような精鋭で揃えられており、この程度の工作はお手のものだった。葉が見てきたメモには、さらに、このような事が書かれていた。


「203の方で得た情報通り、評価隊の連中、やはり評価隊ではありませんでした。元は別の一般の部隊で、旅団本部にいる同じ極東革命軍の同志を使って、評価隊を名目にこの訓練に参加したらしいです。今この艦は、奴らに主導権を握られています」

「急な変更だから妙だとは思っていたが、やはりか」

「ええ。あと、今この艦は台湾海峡をすでに抜けて、東シナ海に出ています」

「もう抜けたのか?」

「なぜ東シナ海なんだ? そこに出て何する気だ?」


 中隊幹部の一人であり、冷静な参謀格の『ドゥ中尉ヂォンウェイが怪訝な顔で聞いた。


「そこまでは書いていませんでした。ですが、揚陸艦が、わざわざ日本の島々が連なっている東シナ海に出てくる理由は限られると考えます。彼らの洋上司令部にしたり、装備を充実させるための武器庫にしたり、もしくは……」

「新しく、島を占領するため?」

「可能性は、ゼロではないかと。事実、彼らからは、新たな揚陸作戦に関する話し合いがされている様子が見られたとの情報もありました」


 夏の予測に、葉も同意した。

 彼らの組織名が極東革命軍で、日本の島を一つ占領したらしいことは、既にスパイが情報を入手し、全ての中隊に行き渡っていた。確かに日本とは、政治的、軍事的に対立しているし、日本に好感を持つ人間ばかりではないとはいえ、まさか本当に占領しにかかるとは思わなかった。

 夏自身も、日本に対していい感情はないが、日本の島嶼部への侵攻が中南海の意向だとは到底考えていなかった。クーデターを起こし、日本の島を占領することが目的だとも考えたが、どうも違和感がある。今までの情報を取りまとめるに、規模が大きすぎるのだ。先ほどから共有してもらっていた、別の中隊に渡っていた情報では、どうも日本だけでなく、台湾や韓国とも戦闘をしているらしい。日本の島だけが目的とは思えない。


「何かが変だ……奴らの狙いはもっと大きなものだ。ただのクーデターじゃないぞ」

「しかし夏上尉、ここまで大きなクーデターなど前代未聞です。余りに規模がでかすぎて目的が掴み切れません。我々を拘束して何をするつもりなんですか?」

「わからない。だが、奴らにとって我々は、いつ逆らうとも限らない邪魔な存在。生かしているということは、いずれ何らかの形で利用するはずだ。一番可能性が高いのは、着上陸作戦における即席の戦力」

「さしずめ、彼らは“督戦隊”ですね」


 夏に背を向けてそう呆れた様子で話すのは、数少ない女性隊員の『ヂゥ上士シャンシーである。凛としたその風貌からの姉御肌気質は周囲からの信頼も厚く、夏も高く評価していた。彼女も連絡役の一人である。


「まさしくな。日本にわざわざ喧嘩売る真似はしたくないんだが……」

「そりゃ日本とはうまくやっていけそうな気はしないが、銃口向けずに済むならそれに越したことはなかろうに」

「そういえば杜中尉、日本に友人いるんでしたっけ、同じ軍出身の」

「数年前日本に行った時にな。これがまた中々の人格者でよ、今度、あいつと京都を旅行する計画立ててたんだよ。来週休暇だったからその時にな」

「銃口向けあうことにならないといいですが……」

「安心しろ、あいつは向こうのAWACS勤務だ。しかもリーダーの補佐だとよ。大した出世だ」


 若干羨ましさを滲ませる口調に、夏も思わず苦笑を浮かべた。その直後、別の中隊との連絡を担当していた部下が、敵にバレないようリレーされてきたメモの内容を伝えた。


「夏上尉、203からの情報です。向こうが受け持っているスパイが、我々の武器を保管している場所を確認したと」

「確かかッ?」

「はい。こちらに」


 メモを受け取った夏は、敵の視界に入らない場所にメモを置いて、密かに中身を確認する。どうやら、押収した武器類は、ウェルドックの上の第1甲板にある倉庫内にまとめて突っ込んでいるらしい。元々、乗員用の自動小銃などの火器類を入れておく弾薬庫としての役割を持っていた場所であり、保管場所にはうってつけだ。


「そんなに距離も遠くないな。夏上尉、手筈さえ整えば、奪還は不可能ではありません」

「葉上等兵、他の中隊は?」

「202、203からのメモを受け取りました。彼らも武器保管場所を確認。合図を待ちにかかると」

「スパイが武器弾薬を奪取するか、弾薬庫までの道を確保したのち、全員で動くことになる。彼らは動くか?」

「今から202がスパイに伝えるそうです。次か、その次の報告の時に、タイミングを伝えるよう要求すると」

「それまでは我慢だな……」


 第202中隊は、スパイへの情報送信を担当していた。彼らが各中隊の要望を取りまとめ、ほしい情報を彼らに渡す。第203中隊は、専ら情報収集担当。例のスパイも、元々第203中隊から出た者たちで占められていたため、自動的にその役回りとなった。そして、第201中隊が、全体の指揮を執る。長きに渡る訓練により、容易に意思疎通ができるほどに習熟した彼らにとって、この程度の役割分担は即行で完成していた。

 第202中隊の兵士が、トイレを偽ってまた席を外す。怪しまれないよう、時間は不定期に、そして、行く人間も固まらない様にしていた。


「武器さえ手に入れば、すぐに奪還に動ける。数はこっちが上なんだ、なんてことはない。この艦のことも、奴らより俺たちのほうが知り尽くしてる」

「ですが、奴ら相当なやり手です。大丈夫でしょうか」


 葉が少々自信なさげな顔を浮かべる。まだ部隊に入って間もない新米の彼にとっては、本当に災難な事態であった。こうした大規模な訓練に参加すること自体、今回が初めてなのだ。無理もないことだと、夏も肩をすくめた。


「心配するな。俺たちは精鋭の海軍陸戦隊だ。絶対に生き残って絶対に任務を達成する。奴らに俺らの力を見せつけるチャンスが来たと思え」

「逆境をチャンスに変える精神だけは見習いたいですけども……」


 それでも若干俯き加減な彼に、朱はしたり顔を近づけつつゆったりした口調で言った。


「何なら私がボディーガードやったげようか? ん?」

「からかうのはよして下さい朱上士……」

「まあまあ、男が女を守るのがかっこいいとか言われてるご時世だけどさ? 逆もまたカッコいいと思うわけよ。体験してみない? 惚れるよ? そのままホテルに直行するレベルだよ? どう?」

「自分はまだ童貞でいいです」

「まあまあまあまあ、そこはさ? 自分の気に入る女子が来ないのもわかるけどさ? とりあえずさ、私ぐらいの女でさ、我慢しようじゃん、ね?」

「いやあの、そもそも結婚する気ないですけど……」


 また夫婦漫才か、と、夏を含む周りの面々は親の顔よりも見たような既視感を覚えていた。

 この二人、何かとこうした掛け合いをすることが常であった。男なのに自己主張をあまりしない、自ら小人になって陰に隠れるタイプの葉と、女なのに自信満々で自己主張が凄まじく、その美貌にも拘らず口を開けば残念な言葉ばかりが出てくる朱。彼女ほど、「残念な美人」という言葉が似合う女性はいない。

 うまいこと性格が嚙み合ってしまったのか、はたまた朱が一方的に葉のことを気に入ってしまっただけなのかはわからないが、気が付けばこんな“馴れ合い”ばかりをしていた。今では“夫婦漫才”として第201中隊の名物になっているのだが、本人たちはまだそれを知らない。


「……あいつら、たぶん死なんな」

「ですね。この後銃撃戦になってもなぜか生き残ってるやつですよ」


 夏と杜は、呆れた表情を浮かべながらそんな言葉を交わす。彼らも、何度となく見たこの光景にもはや慣れてしまった。杜に至っては、最近では本人たちに内緒で、結婚式場によさそうな場所をネットで検索し始めている始末だった。バレたら色んな意味で混乱しそうなことをしているが、夏ももはや止める気力はない。そのほうが面白いだろうと、既に楽しむ方向に入ったのである。


「(式場、やっぱり香港あたりが一番だろうなぁ……)」


 そんな想像をしていた時だった。


「――ん?」


 ふと、体が一瞬揺れた。ほとんど微速航行の状態だったはずの艦が、微振動を起こした。速度を上げた時に起こる現象だ。


「増速? どこかに向かい始めたんですか?」

「東シナ海のどこにいるかはわからんが、まさかもう日本の島にいくのか?」

「ですが、まさか真昼間から堂々と上陸するというのも変な話です。日本軍の抵抗もあります、妙ですよ」

「ふむ……」


 夏は思慮にふける。本当は、自衛隊は伊良部島と下地島を人質に取られているために簡単に抵抗できないのだが、彼らは知らない。抵抗があると思い込んでいる。だが、何れにせよ明るい昼間からの上陸は少々考えにくい。どうせいくなら、夜間だ。ただの場所移動かとも思ったが、監視役の敵の兵士たちの様子も妙だ。慌ただしく動き、何かの準備をしているように見えた。会話声が聞こえればいいのだが、彼らも小声で会話しているため聞き取ることはできなかった。


 ――鳴りを潜めていた『蒼岩山』も動きだした。だが、目的が依然として不明であることが、不気味な恐怖感を彼らに与えていた。どこに向かう気だ。どうするつもりなのだと。



「(……何をするつもりなんだ……)」




 夏の疑念に答えないまま、『蒼岩山』は、白波を立てつつさらに東へと艦首を進めた……

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