先生と家族
俺の言葉を聞いた鋼ちゃんが、なんだそれって眉を顰める。
そして、勇ちゃんがダイニングから歩いてきて、笑いながら俺の隣に座った。
「ずっと友達。いい響きだな。」
「ズッ友。いいよねー。」
勇ちゃんと顔を見合わせて、イヒヒって笑い合う。
鋼ちゃんはソファに横になったまま、そんな俺達を見ていた。
「……変わらないんだな。」
「んー? なにが?」
「……チャコがちゃんと帰ってきて。これからこうやって生きていくんだなって。」
鋼ちゃんがなんかくさい事を言う。
「そうだねー。だって、そもそも友達だったしねー。勇ちゃんとゲームして、時々鋼ちゃんが参加して。三人で話して、バカな事、いっぱいやろうねー。」
「バカな事か。」
「うん。勇ちゃん、好きでしょ?」
勇ちゃんがわくわくした顔で俺を見る。
勇ちゃんは俺達と知り合うまで、友達とそういうのをした事が少ないらしい。
俺が何かやろうと言うと、必ず賛成してくれるのだ。
「ファミレスでドリンクバーを混ぜまくったり、ロケット花火を打ちあったり。あ、メントスコーラとかもいいよねー。」
パッと思いついた事を話すと、勇ちゃんは満足そうに頷いた。
「いいな、それ。」
「でしょー。雪がいっぱい積もったらさー、たくさん雪集めて、高いところから飛び降りて遊んだり。」
「……他人に迷惑がかかる事はやめろ。」
盛り上がる俺達に鋼ちゃんが水を差す。
いつものやり取り。
こんな風に鋼ちゃんは言うけれど、なんだかんだ言っても、その時になれば一緒にあそんでくれる。
俺と勇ちゃんがハメを外し過ぎないように監視しながら。
三人でどうでもいい事を話す。
鋼ちゃんは体がしんどいようで、時折、口を出してくるぐらいだったけど、それでも、あっちへ行けとは言わなかった。
三人でいると心地いい。
きっと鋼ちゃんも勇ちゃんもそう思ってくれてると思う。
「あ、先生は?」
「九尾兄なら鋼介より酷かったから、ベッドで寝てる。」
「あーそっかー。じゃあ寝室?」
「ああ。」
俺の質問に勇ちゃんが答えてくれる。
鋼ちゃんは相変わらずしんどそうにしてたので、瘴気で毛布を作って鋼ちゃんにかけた。
……隣で勇ちゃんの目が輝いたのは見ない事にする。
「じゃ、ちょっと先生を見てくるね。」
「ああ。」
その場に鋼ちゃんと勇ちゃんを残し、立ち上がって、一度ダイニングを見る。
指で寝室の方をさせば、理事長が、いいよと頷いてくれた。
夏休み中、この家にいたから、ここの事は大抵わかる。
理事長に許可をもらったし、俺は先生がいる寝室へと向かった。
寝室の扉の前に立ち、一応ノックをする。
寝ていたら申し訳ないから控えめに。
そうすると、小さく返事があったので、ガチャっと扉を開き、中へと入った。
「先生。大丈夫ですか? チャコです。」
ベッドには人影。
起き上がろうとしているようだったので、それを制しながら、いそいで枕元へと向かう。
そして、枕元によいしょと屈みこむと、こちらを見る、琥珀色の目があった。
「やっと来たな……。」
掠れた声。
しんどそうな顔。
「あー、チャコです。こんなになりました。」
「……そうか。なんだか今までの顔より、そっちの方が自然だな。」
先生が俺を見て、小さく笑う。
俺はそれに頷きで返した。
確かにそうかもしれない。
今までのはゲームのキャラクターを考えながら、姿を取っていたから。
どちらが自然かと聞かれたら、圧倒的に今の方が自然だろうと思う。
「お前がちゃんとここまで来て、よかった。」
先生が本当に安心したように息を吐く。
……ああ。先生もそんな風に言ってくれるんだ。
酷い事をした俺なのに。
責めたり、怒ったりせず……。
ただ、俺がここにいる事をよかった、と言ってくれる。
「……遅くなりました。先生に置いて行かれて、どうしようかと思いましたが、ようやく俺も追いつきましたよー。」
この家で先生を助けた時、俺はちょっと悔しかった。
生きていくってまっすぐに言う先生が眩しくて、かっこよくて。
「……友永。お前は名波と生きるのか?」
先生の琥珀色の目が俺を射抜く。
俺は目を逸らさず、返事をした。
「はい。」
その返事に先生は少し眉を顰める。
そして、一度小さく息を吐いて、じっと俺を見た。
「……人間は弱い。妖より必ず早く死ぬ。」
聞きたくない。
けれど、先生はそんな俺の気持ちなどわかった上で、それでも俺に言ってるんだろう。
「妖と人間が共に生きていくのはつらいぞ。」
「……人間の方が老いが早いんですよね。」
「ああ。」
「……俺は姿を変えられるから。唯ちゃんに合わせて、同じように老いた姿になります。」
「……そうか。」
唯ちゃんといる間は、唯ちゃんと同じように、人間みたいに生きていきたい。
「……唯ちゃんが先に死んじゃうなんていやだけど。できればそんなの目を背けたいけど。……でも、やっぱり唯ちゃんが大事だから。唯ちゃんと一緒に生きていこうって思います。」
姿を変えられて良かった。
唯ちゃんだけ老いて、俺だけこのままなんて……。
きっと、俺も唯ちゃんもつらい。
「名波も賀茂も勇晴も。……お前より早く死ぬ。」
「……はい。」
「理事長はわからないが、お前よりは早く死ぬかもしれない。」
「はい……。」
今、この家にいるみんな。
きっと、俺よりも早く死ぬ人の方が多い。
みんなでいられるのも今しかないかもしれない。
「……でも、俺も鋼介もいる。」
先生の低い声が響く。
「お前と名波が救ってくれた。俺達兄弟はお前を置いていかない。」
すごいなー……。
そんなセリフ照れずに言えるんだから。
先生のその声に思わず笑ってしまう。
茶化したように笑う俺を、それでも先生は怒らなくて……。
「じゃあ……唯ちゃんがいなくなって……。」
知ってる人が俺より早く死んでしまって。
「……俺がどうしようもなくなってたら、また先を見せて下さい。」
先に行ってるぞって。
俺に未来を見せて下さい。
「ああ、任せとけ。」
強く優しく光る琥珀色の目。
体はボロボロで表情だってしんどそうで……。
だけど、そんな姿でもかっこよかった。
そうして、先生と話した後、次はウッドデッキへと向かった。
なんと友孝様は家に入らず、ずっとそこで待っていたらしい。
俺に言った『君たちの集まりに顔を出す事もしない』という言葉を守りたいようだ。
……相変わらず自分に厳しすぎる。
ちょっとひく。
友孝様がずっと待っていてくれたんなら、早く行けばよかったなぁと思いながら掃き出し窓を開ける。
そこには、銀色の満月をじっと見上げている友孝様がいた。
なんだかその姿が最初に出会った友孝様の姿と重なる。
窓を閉めて、はあと小さく息を吐いた後、そっと友孝様の横へと並んだ。
「友孝様。こんな所にいたら風邪ひきますよー。」
「……チャコ。」
「はい。自由にしていいって言われたので、こうなりました。」
友孝様の目を見てイヒヒって笑う。
新しい姿の紹介はなんだかちょっと不思議だ。
「……そうだね。君は元々、女の子ではなかったからね。」
「そうですよー。友孝様が女の子になれ、なんて言ったせいで、色々大変だったんですよー。」
今までの従者のような態度は捨て、普通に話す。
友孝様はグチグチ言う俺が珍しかったのか、目を瞬いて、ちょっと笑った。
でも、どうやら笑うつもりはなかったようで、慌ててそれを消すように頭を振る。
そして、しっかりと俺を見て、頭を下げた。
「……すまない。」
「ええ……、いやー。まじめですねー……。」
……自分に厳しい。
笑ったなら笑ったでいいのに。
「ねね、友孝様。俺、式神じゃなくなりました。」
「ああ。そうだね。」
とりあえず、友孝様に頭を上げてもらい、ふふんと胸を張る。
「もう友孝様が血を出しても、まったく問題ないですから。」
そう。もう惑わされない。
「唯ちゃんの力も一緒に取り込んだおかげか、飢えもあんまりないんですよー。」
妖を食べた後、抑えきれなかったそれが、今では抑えられるような気がする。
……まあ、やってみないとわからないし、すすんでやろうとも思わないけど。
「それでですね、友孝様。」
コホンと一つ咳払い。
「消える前に妖を食べまくったわけですけど、友孝様、力が強くなりましたよね?」
「ああ……。そうだね。そういえば、君の体が消え、式神の契約も終わってしまったけど、私の力は強くなったままだ。」
「うんうん、だと思ったんです。俺が強くなれば友孝様も強くなる。もし力が残せるのなら、友孝様が陰陽師として生きていく中で役に立てばいいなぁと思ってたんですよー。」
俺を見ていた友孝様の目が大きくなる。
俺の言った事が意外だったらしい。
「……私のために?」
「やー、そんないいものじゃないんですけどねー。ほら、友孝様が唯ちゃんを守ってくれるって言ってたので、俺がいなくなった後、ちゃんと守れるようにって思いまして。」
そう。友孝様のためじゃなくて、唯ちゃんのため。
「で、ですね、その力で、これからも唯ちゃんと俺を守ってください。……えー、さらに先払いということで、それ、家賃になりませんかねー。」
俺の言葉に友孝様の目が瞬く。
「家族になりませんか?」
そして、小さく息を飲んだ。
「一緒にあのマンションに戻りましょうよ。」
一年間、友孝様と一緒に過ごしたマンション。
山に住んで、よくわからないまま動物みたいに生きていた俺に、人間らしい生活を与えてくれたあの家。
「まだ、俺のベッドってあるんですかねー?」
捨ててないですよね? って友孝様を見れば、友孝様はなんだか呆然とした顔をしていた。
「な、んで……。そんなの君にメリットがないだろう?」
友孝様が紺色の瞳を大きく開いて俺を見る。
『メリット』
なんだか懐かしいその響き。
友孝様はよくそれを言っていた。
予想ではここで『私にメリットがないだろう?』って言われるはずだったんだけど、まあ、どちらでも答える内容は一緒だ。
俺は用意していた答えを持って、イヒヒと笑った。
「いやいや、友孝様。家族になりましょうって言ったじゃないですか。いいですか、友孝様。家族が一緒にいる事にメリットとかいらないんですよー。」
どうだ、これで文句ないはず。
「メリットなしで一緒にいられるのが家族なんです。深く考えないで、一緒に笑いながら暮らしましょうよ。」
ふふんと胸を張って友孝様を見る。
すると、友孝様はいきなりその顔を歪めて――
「わー! なんですか、どうしたんですか!? お腹いたいんですか!?」
ポロポロって涙を零した。
しかも、それが止まらないようで次から次に涙が。
「ちょ、ちょっと待ってください。っと、これハンカチです。……えー、どうしたんですか、本当にっ。」
焦りながらも瘴気でハンカチを作って、急いで友孝様の涙を拭く。
それでも、友孝様の涙が止まらないから、必死で言葉を続けた。
「あー、ほら、ウソですから。メリットありまくりですから。むしろ、俺と一緒にいて、友孝様の方がメリットないですから。」
「……き、みのメリット、って?」
「あー、えっと、俺、今、六畳一間に布団だけなんですよ。家に何もいないんですっ。友孝様のマンションには大きいテレビがあるし、いいマンションだから防音も優れてるし……。お風呂もきれいで広いし、リッチだし……。あのベッドもふかふかだし……。」
主に住宅設備の観点から。
「あー、それに直美さんが家事してくれるから、すごい楽で。あー、あとごはんも作ってくれるし、しかもそのごはんはおいしいし……。時々一緒に買い物に行った時に好きな物を買ってくれたりとか……。」
次に家政婦の直美さんの観点から。
「そ、れじゃあ、家があって、家政婦がいればいいって、ことじゃないか。」
「そうです、そうです。家と直美さん目当てです。」
俺が次々にメリットを上げたからか、友孝様は少し落ち着いてきたらしい。
変な所で息継ぎしているが、まあ、それは仕方ない。
「あー、でも先払いでちゃんと払ってますからねー。力上がったでしょ? 俺のおかげで強くなったでしょ?」
「……勝手に君が、やって、私は受け取るしか、なかったんだよ。」
「でも、受け取ってるじゃないですか。もう返品できないですよー。」
残念ですねーと友孝様を見る。
「さあ、受け取った分はちゃんと還元してください。俺に家を下さい。直美さんのごはんを下さい。家族になりましょうよー。」
そうしよう、そうしよう。
「……そうですねー。まあ兄弟は近すぎてあれなんで、いとこぐらいでどうですか?」
仕方なく、精いっぱい譲歩した。
そんな空気で伝えれば、友孝様が涙に濡れた瞳のままで、ははって声をあげて笑った。
その笑顔はきらきらとしていて……。
「なんでだろう……。君はいつも、私が欲しいものをくれる。」
「え? いとこが欲しかったんですか?」
よくわからなくて、友孝様を見返したけど、友孝様はただ俺を見て笑っていた。
「ありがとう……チャコ。」
別にお礼を言われる事なんか何もしてないのに……。
「……ありがとう。」
よくわからないけど、いつも完璧な友孝様が思わず涙が出てしまうぐらい、色々と我慢していたのはわかった。
「……友孝様は、色々と難しく考えすぎなんですよー。……まあ、俺が横で適当に生きてますから。あんまり気負いすぎなくていいですから。」
外は寒いから早く家に戻りたい。
けれど、友孝様だけをそこに残すわけにもいかなくて……。
仕方なく、友孝様が落ち着くまで、空に浮かぶ満月をボーッと眺めた。




