3-2 補佐官の素顔
②
「なっ」
なんとトウドウさんは女性の首元に顔を埋めていた。それだけならまだ色っぽい想像で終わるのだが、そうではなく女性は苦しみながらこちら側に手を伸ばしていた。
その数秒後、トウドウさんが手を離すと女性は倒れこみ、砂のようにさらさらと消えてしまった。
「・・・」
窓と二人のいる場所とでは若干の距離があるにも関わらず、トウドウさんは知っていたかのようにこちらを向いて手を振ってきた。
「!!」
恐怖にかられた私は凍りついていた体を一気に窓から離し、手を振りかえすこともせず急いで自分の部屋へと逃げ帰った。
「ふー・・なんじゃありゃーーー!!」
逃げ帰った私はとりあえず落ち着くためにツッコむことにした。
「え、なんで消えたの?なんでこっち向いてたの?なんで悠長に手なんか振れるの?」
混乱する頭で必死に絞り出した答えは二つだ。マジックの練習か吸血鬼的なアレだ。前者はないだろうけど、一応候補に入れておこう。
「きゅ、吸血鬼とか・・いやいやないでしょ。あ・・悪魔だって魔王さまが言ってたような、言ってなかったような」
「嬢ちゃん独り言激しいな。その年でもうボケてしもたんか?」
「のぉーーーーーーーー!?」
思わず飛びはねた。
ベッドに突っ伏していた私の後ろから特徴的な話し方をした人物が声をかけてきた。
「ぬあ・・トウドウしゃん。か、鍵掛けたのに」
「しゃん?ああ、鍵て、めんどうやったから壊してしもた。すまんな」
「はあ?って壊すどころじゃないよ破壊だよ何アレ!?」
扉を見てみると鍵どころか扉ごと破壊されていた。木端微塵に。その音に気付かない私も私だけど。
そんな破壊王こと、トウドウさんは私を見下ろしつつ椅子をベッドの前に持ってきて座り込んだ。
「あの~・・ご用件は?」
声が震えた。恥ずかしい・・。
「自分さっきの見とったやろ。まあ気づいとっておっぱじめたんは俺やけど」
「はあ!?気づいてたならやめてよ!あ、あんなことになるって知ってたら探究心なんて押し殺してさっさとトイレに行ってたよ!あーそれともやっぱりアレはマジックの練習で、あの女の人はまだどっかに隠れてるとか」
若干怖気づきつつ言う私に、トウドウさんははっきりと死んだと答えた。ああ、やっぱりマジックじゃなかったんだ。二番が正解に近かったんだ。
「別に隠すつもりなんてないねんから、見られてもかまへんよ。ただし」
「!」
「陛下には見たこと絶対に言うなや。ええな」
トウドウさんはフードを被った顔を近づけて耳元でそう言った。
近づいてきた顔を手で押し返しながら、首がもげる程に縦に動かした。
「くくっ嬢ちゃん。顔赤くするんか青くするんかどっちやねん」
「ううっ」
自分で自覚はなくとも赤くなっていたらしい。違う、私は声に照れたのだ。断じてフードの殺人鬼に照れたのではない。
笑っているトウドウさんを押し返して、私は一つの疑問を投げかけた。
「トウドウさんは、その、吸血鬼とかそっち系の方でしょうか?」
「そっち系てなんやねん。俺は・・・・・まあ吸血鬼でええわ」
「その答えじゃ吸血鬼ではないということになるんですけど」
「どれでもええやろ。俺は陛下に言わんかったらそれでええんや。言うたら公開で辱めるからな」
「怖いんですけどこの人ーーーー」
喉の奥で笑うトウドウさんに恐怖を抱きながらベッドから降りて、一歩後ろに下がった。
「冗談や。半分以上は本気やけどな」
「それ冗談とは言わないんですけど!・・はー用が済んだなら帰って下さいよ」
マジで怖いから早く帰ってくれないかな。それか、ペン子か魔王さまが助けに来てくれたらそれでいいよ。とりあえず二人きりってのはヤバい気がする。乙女の勘だ。
「つれないな嬢ちゃんは。一応魔界の女にはそれなりにモテるんやで?俺」
「いやないでしょ。フードにマントって時点で怪しさマックスなのに。いいところなんて声と身長ぐらいじゃないですか。冗談も大概にして下さいよ」
怖さも忘れていつも通りにツッコんでしまった。背中に冷や汗が出てきたが、トウドウさんは気にした様子もなく、それよりもとわかりやすく肩を落とした。
「失礼やな~。俺の顔見たことないから言えるんやで、それ。見せたろか?」
「!マジですか」
「嘘や」
「むきーーーーー」
トウドウさんは間髪入れずに拒否した。少しでも期待した私がバカだったよ。でも本当に気になるんだよ。
「あっはっは、自分おもろいな。ま、笑かしてくれた礼に少しだけ見せたるわ、ほれ」
「!」
期待に満ちた目で見つめる私に、フードを少し外したトウドウさん。その素顔は・・・・・・・・・・ヤバかった。
何がヤバいって、美形うんぬんよりもまず顔中包帯だらけなんですけど!その包帯だけでも威力が半端ないのにその上に黒のサングラスをしてらした。
思わず言ってしまった。
「モテてはるんですよね?」
「そやな。陛下よりモテてる」