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第32話 決着

〈インフィルトレーター〉の中で、炎が蹂躙する。圧倒的火力で、〝核〟ごと蒸発させる。


「ウァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――――――!!」


 リィナの顔で苦悶の表情を浮かべ、リィナの声で叫び声を上げる。


「――――焦げ果てろ」


 ヴァルカを貫いていた触手は、萎れる植物のように垂れ、やがて硬度を失ってさらさらな液体となり地面に流れ落ちていく。同時に〝栓〟がなくなり、傷口から血が吹き出した。


「がはっ……」


 よろよろと後退りし、全身を炎に包まれる〈インフィルトレーター〉から距離を取り、その場に尻もちをつく。リィナの形状をしていたそれは変身を維持できなくなったのか、まるで蝋人形のように溶け始めており、苦しみながらのたうち回っていた。


「ヴァルくん……ヴァル……くん……」


 もはや手か触手か何かもわからない、炎に包まれた液状の何かをこちらに差し出す。人らしく真似ていた肌の質感も、今では全身本来の白半透明の液状肉体に戻っていた。


「その呼び方をしていいのは……私が惚れた女だけだ」


 当然ヴァルカはその手を拾わない。それどころか侮蔑の視線を送る。そうしていると、すぐにもそれは形を維持できなくなり、崩れて地面に滴った。声も発しなくなる。


「ヴァルカ!」


「ヴァルカさん!」


 ドリス博士、次いでエステルが駆け寄ってきた。


「〈グランヒール〉!!」


 すぐさまドリス博士が上級無属性治癒魔道を唱えて、傷口の回復に取り掛かる。これで魔力まで回復することはないが、肉体の損傷は食い止められた。


「やったん……ですよね?」


 エステルの確認に、ヴァルカは頷く。


「ああ……」


 すでに〈インフィルトレーター〉は、地面でぐったり動かぬ黒い塊と化し、固形化して縮小していた。


「ヴァルカ、お主は今もなお〈オーバードライブ〉で、魔力が垂れ流しになっておる。急いでここから出て処置を―――」


 と、ドリス博士が話していると。

 ゴゴゴゴ――――――――。

 ダンジョン全体が、まるで地震のように激しく揺れ始めた。


「次はなんじゃ!?」


 突如、天井が崩れてすぐ近くに岩が次々と落下してきた。一見するとどう見ても洞窟の一部だが、これでも魔獣の肉体なのだから驚きである。


「ダンジョンの主が死んだから、崩壊を始めたのかも……」


 エステルの推測に、ドリス博士が目を丸くする。


「やつとダンジョンが、何かしらリンクしておったことか……!? ああ、もう、魔獣はわけわからんことが多すぎじゃ!」


「このままだと、私達も崩壊に巻き込まれます!」


「急いでこやつを担いで――――」


 と、この場所に入ってくる出入り口に視線を向けると、ちょうど崩壊して通り道が塞がる瞬間が目に飛び込んだのだった。


「そんな……!」


 エステルの顔に絶望が募る。


「せっかく〈インフィルトレーター〉を倒して、多くの情報も手に入れたのに……!」


「すまぬ……ワシの魔道じゃ、さすがに壊しきれん」


「じゃあ……」


「……ここまで、か」


 ドリス博士は悔しそうに、歯を食いしばる。


「すまぬ……元S級だと言いながら、ここを突破する力がワシにはない……」


「……謝らないでください。それなら私なんて、まともに戦ってすらいません……」


 エステルはこの状況になっても、意外にも動揺を見せなかった。芯の強い女性だ。

そして早々にふたりは覚悟を決めたような顔になった。しかし、それはまだ早い。


「ふたりとも、まだ諦める必要はない」


「えっ……?」


 どういうつもりだと、エステルの視線がヴァルカに向く。


「今の私ならふたりくらい、〈シフト〉で遠くに――ダンジョンの外に飛ばしてやれる」


「〝ふたり〟――まさか、そこにお主は含まれておらんとか言うまいな!?」


 ドリス博士の質問に、ヴァルカは黙って頷く。


「それ以外は全部、やつに叩き込んだ。ふたりだけでも生きろ」


「ダメです! そんなのヒドいです! ムゴいです! ザンコクです! 生き残るならヴァルカさんと、ドリス博士です! 目なら博士が持ち帰れば――」


「悪いが、そんな問答をやっている暇はない」


 エステルの抗議もおかまいなく、ヴァルカは右手でエステルの頬に、額でドリス博士の胸元に触れた。


「ミーシャさんに伝えてくれ。私は約束を破ったのだから、キミも言ったことを守る必要はないと――――」


「待つのじゃ! まだ話は終わってない! そういうとこは、欠点じゃ――」


 ドリス博士が言い切る前に、〈シフト〉を心の中で唱える。

 瞬間、ふたりの姿が消失する。それはまるで最初からそこに誰もいなかったかのように。


「…………悪いな」


 静かになった空間で、ヴァルカは仰向けに寝転がる。ふと〈インフィルトレーター〉に視線を向けると、火は収まり、黒焦げの固形化した何かになって地面にこびりついていた。

 そして周囲を見渡すと――――。


「ラルゴ、ビビ……」


 かつての友人達が、崩壊するダンジョンの中に埋もれていく様子が視界に入る。


「腐れ縁、か」


 ふっ、と笑みが浮かぶ。

 本当は、厳密にいえば〈シフト〉はあと一回程度なら使えそうだった。

 しかし、ヴァルカ本人にもう使う気がなかった。

 なぜなら、もう自分にとってやるべきことは、終わってしまったのだから。


(魔力切れによる衰弱死が先か、落ちてくる岩に潰されて死ぬのが先か……)


 地震のように揺れ続けながら、あちこちが崩れていくダンジョンの中で、天井に向かって右手を伸ばす。


「リィナ――私は、頑張ったよ」


 そう言って、目を閉じる。

すると、そのときだ。

〝うん、ヴァルくんはよくやった!〟

 他に誰もいないはずなのに、なぜかどこからか声が聞こえたような気がした。


「……!」


 今聞こえた声。

 それは、さっき聞いていた偽物のものなんかじゃなくて――――。


     ★☆★☆★☆★☆★☆


 はっと目を開けると、そこはダンジョンではなかった。


「どうして……」


 そこは、かつて自分とリィナが住んでいた王都リーリスのアパートの一室だった。二階の角にある小さく狭い安価な部屋。地球でいえばワンルーム程度の広さ。建物も設備も古くて、さすがに今すぐ壊れるわけではないが、窓の建付けは悪く、木の板を張っただけの床も抜けてしまわないか常に心配なオンボロの住処。

 とっくに失われて存在しないはずなのに。


「ヴァルくん」


 ふいに呼ばれ、振り返ると――――。


「リィ……ナ?」


 ベッドの縁に、三年前の――セイラム魔道学園の女子制服を着た、当時のリィナ・レミーナが腰掛けていた。


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