エピローグ 君と、どら焼きが食べたくて
あー、疲れた。
バイトが来なくて、休日出勤とは……。
意外と混んだせいで、昼過ぎまで仕事になったし。
クソだ、クソ。
世の中、クソで、ゴミだ!
「……はぁ」
飲食店に転職してから、絶対性格悪くなったわ……。
はあ、なろう系でも読んで、切り替えるかぁ。
「……ん?」
ふんわり堂。
こんなところに和菓子屋なんてあったっけ?
あー、帰り道はいつも夜遅いから、いつも空いてるとこ見てなかったのか。
休みの日は家に引きこもっているから、そもそも職場近く歩かないしなー。
「お」
クリーム入りのどら焼きかー。一個350円ね。結構するな。
そういえば、コンビニで買ったクリームどら焼きもうまかったっけ。
本物の方が、やっぱりうまいか?
うーん……せっかくだし、入ってみるか。
カランコロン
「いらっしゃいませー」
かなり綺麗な店だ。
はあ、うちの店とは大違い。
「……ぅ」
うお、他の商品、意外といい値段するな。
まあ、箱に入ってるし、和菓子屋は意外と高いもんさ。
俺の目当ては、そもそもクリームどら焼きなわけだからな。
「いらっしゃいませ」
うわ、めっちゃ可愛い人。
え、俺、この人にクリーム入りのどら焼きくださいって言うのか。
にっこりと笑う店員さん。う……何とも言い難い。
「えっと……これ、ください」
ああ、クソ……。
他所様は、俺の言動なんて気にしてるはずないのに……。
普通のどら焼きにしちまったよ、あほう……。
どうしてこう、意味の分からない被害妄想を立てちまうかなー。
「あの」
そもそも、この店に入った時点で。
「あの、お客様」
「あ、はい」
いけない。会計の途中だったか。
ん、なんだ。今度は、彼女の方が挙動不審だが。
「クリーム入りの方が、美味しいですよ」
ヒソヒソと伝える彼女に、時が止まる。
おっと、いけない。危うく店員さんに恋するキモ客になるところだった。
いつもは空いてない時間でよかったな、お嬢さん。
「あ、えっと……じゃあ、それ1つ」
というか、そもそもクリーム入りを買おうとしてたから、ありがたい。
「2つをお勧めします。
ぺろりといけちゃうんで」
真剣だ。
「ぺろりと」
「はい、ぺろりと」
真剣な顔で言うもんだから、思わず口角が上がりそうになる。
だが、彼女は真面目に商売をしてるだけだ。
笑うな、俺。
笑うのは大変失礼だから。
「じゃ、じゃあ、2つお願いします」
「ありがとうございます」
結局、二つ買っちまったなー。
まあ、もともと一個買う予定ではあったし
700円のどら焼きを眺める。
「700円……カップ麺3つ分。タバコひと箱、カップ麺一つ」
まあ、いいか。
ただただ飯を買っただけなのに、少しだけ足取りが軽い。
美味しかったら、また買いにいくかぁ……。
あ、ついでに買い物しないと。
買い物して、飯作って。
結局、あのどら焼きを食べたのは、夕飯が終わった後。
「まじで、ペロリだったな」
一瞬で消えたどら焼き。
700円ですら、瞬時に消えた。
それくらい、うまかった。
あのお姉さんの言ったことは、真実だったな。
「また、買いに行くかー」
まあ、残念ながら、そんな簡単に買いに行けないよね。
仕事、仕事、仕事。
休みの日も、結局、体動かずに惰眠と、シフトに追われる日々。
結局、一か月経っても、ふんわり堂のどら焼きには行けずじまいかー。
今日も、今日とて、出勤だ。
「だから、いい加減やめろって!
いい歳して。夢は夢でしかねーんだよ!」
そして、店内に響き渡る罵声。
もう、なんなんだよー。やめてくれよー。
仕込みしたり、料理したりでなんだかんだ忙しい時間帯なんだよ、この時間は。
「なんだ、どうしたの」
ホール担当のバイトの子が面白半分、若干怯えながら、厨房内のカーテンから覗き見してる。
「なんか、喧嘩してるカップルがいて」
「えー……ドラマの撮影じゃあるまいし。
まぁ、今店内、あの2人だからいいけどさ。はい、これ、料理ね」
うん、いい感じに焼けた。
やっぱり、人が少ない時間のピザは、うまそうに焼けるな。
さて、次の仕込みは、っと。
「え、龍登さん」
「ん、なに?」
バイトの子は不満気に指す。
「料理、あそこに届けるんですか?」
絶賛大声ヒステリック男子が暴れている。
バイトの子の手も、若干であるが震えていた。
いや、たしかに、さすがにダメか。
「あー、ごめんごめん……俺が行くよ」
「ありがとうございます! さすが、龍登さん!」
「どんまい、龍登さん」
「ほんとうに、どんまいだよなぁ」
バイトにあしらわれながら、問題の卓に向かう。
あーあー、すごいね、まったく。そんな怒らんでもいいだろうに。
「お待たせいたしましたー、ナポリピッツァで」
「おい、今立て込んでんだろうが! 空気読めよ、クソ店員が!」
ピシャ!
「は?」
は、何こいつ?
え、なんで、俺に水かけてきたの?
え、何こいつ。
12連勤中の俺に対して、こいつは何やってくれたわけ?
ガン!
「こんなところで、夢追って頑張ってる人に怒鳴りつけてるやつが、空気読めなんて言ってんじゃねぇーぞ
「は、え」
男は驚きすぎて声が出ないらしい。
ふ、それはそうだろう。
俺自身もびっくりするくらい低い声が出たからな。
……。
……。
つー……やっべー……。
血の気が引いてきたとは、このことか。
いや、疲れているとはいえ、さすがにこれはまずい。
いや、でも、いまさら撤回して謝るのもな……。
うし、やめた。
もう、どうにでもなれ!!
「大人しく食うか、出ていくかしろや。
店員だからって舐めたことしやがって。調子に乗んのもいい加減にしろよ」
「ちょ」
「どーすんだよ、ゴラァ?」
普段出さない声がスルスルと出ていく。
あー、よほどストレスがたまってたんだな、俺。
「なんなんだよ……おい、行くぞ」
男も冷静になったのか、女性を連れて出ようとする。
うし、女性には悪いが、さっさと出てもらってもらうに。
「行かない」
「は?」
は?
「ここの料理、勿体ないから」
「そんなこといいから」
男が手を掴むも、連れの女性はブンと勢いよく振りほどいた。
お、いいね。もっとやれ。
「もう、放っておいてくれる?
アタシは夢を追う。バイトも辞めないし、アンタとなんか結婚もしたくない」
「へ、あ」
「さようなら」
困惑する男。
いや、すまん。口角上がるの止められねぇわ。
「お帰りは、あちらになりまーす」
いけね、めっちゃ口角あがっちまったぜ。
「くそ、なんなんだよ」
……ふ、勝った。
ざまーみろってんだ。
さーて、仕込みに戻って……。
ん?
「……」
やべ、オワタ。
振った彼女さんまだいたわ。
いや、この人は恐らく味方ではあると思う。
うし、それでも最低限の謝罪はしなければ。
片膝を地面につけて、頭を下げて、申し訳なさそうな顔!
「あの、お客様……この度は」
「謝らないでください。
悪いのはこちらですから。騒がしくしてごめんなさい」
ぺこりと頭を下げる女性。
おいおいなんてこった。こんないい人が、さっきの彼女とは信じられん。
「へへ、恥ずかしいところを見せてしまいましたね」
「ん?」
なんだこの、私、あなたのこと知ってますよ感は。
いや、でも、見たことあるのか……?
うん、まったく思い出せんが。
「この前は、クリーム入りどら焼き、二つ買ってくれてありがとうございました」
「え、あ、どら焼きの店員さん!」
「どうも、ピザ屋の店員さん」
ドラマかよ!!
「あ、えっと、凄い偶然ですね」
「はい、驚いちゃいました」
「そ、そうですよね。じゃあ、私はこれで。
ごゆっくりお召し上がりください」
うし、こういう時は、逃げるが勝ちだ。
「待って」
「あ、はい」
く、駄目か。
「また、お店に来てください」
「え?」
え、そっち?
「どら焼き、奢りますから」
「あ、いや、でも」
怖かったのだろう。その手は少し震えていた。
まあ、それはそうか。
店内であんなに怒鳴られたら怖いよな。
「ね?」
「……休みの日に、行きます」
「お待ちしてます。私、ほとんど毎日いますから」
「わ、分かりました。では、ごゆっくりどうぞ」
結局、その日は気がつけばベッドの上だった。
何が何だか分からないが、とりあえず奇跡が起きたのは事実。
とはいえ、休みが突然来ることはなく。
12連勤後からの二日後。地獄の14連勤を終えた疲れ果てた体を無理やり引きずりながら、お店に向かう。
といっても、もう15時なんだよな。
はあ、もう少し早く起きる予定だったのに、無理でした。
ふんわり堂に入る直前、店員さんがいるかの確認をする。
怪しいけど、仕方がない。ほぼ毎日とはいえ、休みかもしれないし。
休憩中、もしくは休みってことも考えられる。
うん、ここからじゃ分からん。
カランコロン
「いらっしゃいませー」
うん、いないわ。
運悪く休みの日にブッキングしたのか、店舗にあの人はいなかった。
店に入って何も買わないのも気まずいので、ひとまず、クリームどら焼きを2つ買った。
まあ、そりゃそうか。
いや、真に受けた俺も馬鹿すぎるか、さすがに。
「店員さん」
「え、あ、どうも」
いや、いたわ。
私服姿で、外にいました。
この前も思ったけど、私服だと可愛さ増すな。
ん、どうして、私服でここに?
「ちゃんと買いに来てくれたんですね」
「まあ、その、約束したので」
「じゃあ、一緒に食べましょう!」
「あ、え、ちょ」
え、いや、手を引かれてるのですが!?
ドラマかよ!!!
また、そんな言葉が脳裏によぎった。
「ここです、ここ」
「おー」
雰囲気のいい公園だ。
引っ越して二年が経つが、仕事に追われてそれどころではなかったしな。
ちょっとした池、ベンチ、子供たちの声、鳥のさえずり、木々の音。
うん、いい場所だ。
「さ、食べましょう!」
「あ、はい」
すごい、自分の物みたいに言ってくるな。
お姉さんも買ってきて……ないのかい。
いや、全然いいんですけど。
「と、いいたいところですが」
「え」
「自己紹介をしましょう」
にっこりと笑う。
わお、笑顔の破壊力も抜群だな、おい。
「店員さんのお名前は?」
「あ、えっと、神代龍登です」
「私は、柏結菜っていいます。年は、25歳」
え、まじか。年上!?
み、見えねえ!!
「あ、23歳です」
「年下なんですね。これは、新たな発見」
ひとりで、うんうんと頷く柏さん。
満足したのか、柏さんは、手を前に出してくる。
「よろしくお願いします、龍登さん」
「あ、はい、よろしくお願いします、柏さん」
「結菜でいいですよ」
「あ、はい、結菜さん」
いや、まさかの握手……そして、名前呼びですか。
なんともドラマチックだが、まったくと言っていいほど、状況についていけない。
なんというか……まあ、おもしろ可愛い人だ。
「自己紹介ついでに言うとですね……」
顔が、赤く染まっている。
え、なに……これって、マジ?
「私、あなたに惹かれてます」
「え」
マジか……。
「やっぱりほら、守ってもらったみたいな形になるから」
「いや、あれは、鬱憤が溜まってて」
12連勤目で魔が差しただけなんです!
「そうであっても、夢追って頑張ってる人にって、口から出た言葉が素敵で」
「あれも、咄嗟だから」
勝手に口から出ただけですから!
「咄嗟に出たってことは、本心でもそう思ってることだと思うんです」
「はあ」
思っているけど……なんか、ペースを握られてる。。
「私、隣にいてくれる人は、応援してくれる人がいいって、改めて思って。
同じ目線になって、ふたりで、一緒に頑張っていけると思う人がいいんです」
「……」
すんげー素敵な人。
なんで、あんなのが彼氏だったのか、不思議なくらいだ。
「だから、まずはお友達からどうですか?」
断るつもりなんて毛頭ないが……その笑顔は、反則だ。
「えっと、ぜひお願いします」
「ふふ、そう言ってくれると思いました」
「はは」
やはり、すでに手玉に取られてる気がする。
「そのどら焼き、一緒に食べてもいいですか?
代金、用意してますので」
ああ、お金払うからってことか。
「え、いや、いいですよ。どら焼きくらい」
「いいんですか! では、さっそく食べましょう!」
「あ、はい」
凄い食い気味。
このクリーム入りのどら焼きが、本当に好きなんだろうな。
「うん、うまい」
「でしょー。1個なんて、ペロリですよ」
そういう結菜さんの元には、もうどら焼きはない。
「たしかに、これはペロリだ」
行動が早すぎて、思わず口角が上がるのを必死で抑える。
まあ、俺も、すでに完食してるからな。
「……」
「……」
ふむ、若干だが、まだ空気が気まずい。
なにか、話すべきか……。
「今日、休みかなと思ってました」
「どうして」
「わたし、龍登さんのピザ屋さんにも結構行くんです。ピザ好きなので」
「なるほど」
まあ、たしかに、うちのピザはうまい。
俺も味が好きで学生の頃にバイト始めたのがきっかけだし。
「窯で焼くところ、よく見るから」
あー、そちらは認知してたわけですか。
常連だったら、ありえなくはない……のかな。
「それは、ちょっと、というか、だいぶ恥ずかしいですね」
タハハと、笑ってしまう。
なんだよ、タハハって。もう少しあるだろうがい。
「ふふ。実は、今日もお店に行ったんです。
今日はいなかったので、休みかなって。まあ、私もちょうど休みだったんですけど」
「なるほど」
「もしかしたら、お店にいるといいなって思って、お店に戻ったんですよ」
たくさん話してくれるのは、ありがたい。
けれど、嫌な感じもしないし。
愛想がいいからか、自分が飢えていたからかは分からないが。
でも、どうしてそこまでするのか。
少しだけ、理由が気になった。
いや、気になってるからって言われたら、そこまでなんですけども。
「どうして、そこまで?」
そう問うと、結菜さんは、頬を染めてにっこりと笑う。
「君と、どら焼きがたべたくて」
ニッと笑う彼女を見て、ぐっと心臓が握りつぶされたような衝撃が走った。
「えっと……」
「期待して散歩してたら、びっくり。
まさか、本当にいるなんて。初めて神様を信じました」
「あー、それは、たしかに神様も信じたくなるかも」
俺も期待してましたとは、恥ずかしすぎて言えないが。
「でしょ」
結菜さんはまた、笑顔を見せてくれる。
「さて、せっかくですし、これからお食事でもどうですか?」
「え」
そしてまた、まさかのお誘い。
かなり積極的だ。
「奢りますよ!
結局どら焼きは、私が奢ってもらってしまったわけですから」
「金のことは気にしなくていいですよ。食事も、奢ります」
格好つけておこうかな、なんて。
そういうと、彼女はムッと頬を膨らませる。
「それは駄目ですよ! 割り勘です!」
ぐっと距離を詰めてきた結菜さんに、思わず背中を反らす。
「えっと、じゃあ、それで」
「はい!」
答えに満足だったのか、結菜さんは笑顔で頷いて、前を歩く。
「じゃあ、行きましょう!」
そう言って、彼女が振り返った時。
結菜さんの姿が、とてもまぶしくて、輝いて見えた。
クソみたいな世界が少しだけ、光を取り戻したんじゃないかと思えるくらい。
そんな温かくて、優しい笑顔だった。
~終わり~
龍登と結菜。ふたりの人生を、最後まで書き切ることができて本当に良かったです。
リアル友人からの一言で始まった作品で、温かい物語が書けて大変満足です。
(作者も早く、こうなりたい)
少しでも心が温まった、良い話だなと思っていただけたら、
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