第14話 プロポーズ
-同棲から一年後-
(本当に、このタイミングなのか……?)
龍登は、迷いに迷っていた。
「ふふふ、この映画、面白いね」
「あ、ああ、そうだね」
「ふふ」
結菜は映画を見ている。
龍登が仕事を変えたら、三か月。
久しぶりに休みがあったので、二人でのんびりと休みを満喫している。
のは、結菜だけである。
(やばい、どうしよう)
龍登は、映画の内容なんて入ってこなかった。
今はそれどころではない。それ以上に、隠しておいた婚姻届が気になって仕方がない。
そう、龍登はこれから、プロポーズをする予定だ。
けれど、龍登は、本当にここでいいのか迷う。
ただ、事前に結菜がこぼした言葉は、間違いなくこういう場面だった。
『こんな盛大なプロポーズはちょっと恥ずかしいよね』
『本物のレストランって、正直、緊張で味分からなそうー。人の目も気になるし』
『夜景の見える場所よりさ、普段の何気ないタイミングのほうが良くない??』
『え、いつって? そうだなー、休日に映画観終わった時とか?』
『えー、もしかして、そういうこと、考えてくれるのー?』
一年間、結菜が話していた内容を元に、
本日プロポーズを決行するわけだが、龍登はもう頭が真っ白であった。
(そもそも、なんて、渡せばいい?)
人生で一度もやったことがないのだ。
格好つけて渡そうにも、格好がつかない状態。
なにせ、二人とも寝巻である。
本当にこれでいいのか、龍登には見当もつかないだろう。
誕生日も、クリスマスも、そこまで大げさなことはしてないから余計だ。
結菜はプレゼントはいらないというし、龍登も欲しいものがなかったので、プレゼントは渡しても貰ってもいない。
プレゼントらしいプレゼントとも買ったことがないのだ。
今回は、一応、ネックレスを買っていたが、どうやって渡せばいいものか、言葉も何も出てこない。
龍登は、考えに考えたうえで……。
(よし、いったんリセット)
忘れることにした。
「あー、面白かった!」
「だね。飲み物淹れてくる。いつものでいい?」
「うん、ありがとう!」
龍登は忘れていた。
わざわざ買ってきたオシャレ缶に入った婚姻届とネックレス。
それを、ソファー下に隠すことを。
考えに考え抜いた末に、結局そのまま放置して、隠し忘れてたことを!
「ん?」
当然、結菜は目についたオシャレ缶を拾って開けてしまう。
龍登は、それに、気付いていない。
そんな事になってるとは、露知らず。
本人は呑気に、紅茶と珈琲を淹れながら、次回のことを考えていた。
(次こそ、必ず!)
そう胸に誓うのも、遅いというのに。
「結菜、飲み物できた……」
紅茶と珈琲を静かに置いて机に置こうとしたとき、見覚えのある紙が。
(こん、いん、とどけ……へ)
途端に油の切れたロボットの様な動きで、ギギギと、結菜の方を見る。
「どう、似合う??」
これでもかというほど結菜の口角が上がりきっている。
それはそれは、にっこにこの笑顔で結菜はネックレスを身に着けていた。
「あーーーーーー」
龍登は、まるでお湯が沸いたやかんの様な声をだしてから、床に四つん這いする。
「いやー、まさか、龍登が用意してくれてるなんてさー!!」
でれっでれの声を出す結菜に、龍登はもはや覚悟を決めた。
考えていたプロポーズとは、まったく異なるが、もはやどうにでもなれとやけくそだ。
龍登は、跪いて婚姻届を見せる。
「結婚しよう!」
「はい!」
結菜は、にっこにこでOKを出す。
何とも情けないし、意図しないプロポーズ大作戦は、幕を閉じた。
「でへへ、このネックレス可愛いね」
控えめな大きさの四つ葉の形をした装飾品のついたネックレス。
結菜の胸元で、キラキラと輝いている。
「気に入ってくれてよかった」
龍登は値段を思い浮かべて、すぐに消した。
気に入ったデザインのネックレス。小ぶりとはいえ、恐ろしい金額であったから。
「大変お気に入りです!」
それに見合った笑顔をいただける。
結菜も龍登も、大変満足のサプライズプレゼントであった。
「ずーっと付けておこうっと!」
「そうしてくれ」
本当に、そうしてほしい龍登であった。
「思ってたより、プロポーズ早くてびっくりしちゃった」
「え、そうなの?」
「うん」
龍登は、早すぎるとは思っていなかった。
結菜の同棲を切り出すのが早かったので、結婚も早くしたいのかと思っていたのだ。
「ほら、やっぱり覚悟がいるでしょ?
男の人は、若い時は遊んでたいっていうし。同棲は、ほら、結婚までの過程なだけだし」
「そう、なんだ。俺はそういうの分かんないや」
どうやら、色々な恋愛の形があるんだと、龍登は他人事のように思った。
「確かに。龍登はそういうのなかったか。
友達と遊ぶ日も、22時には帰ってくるし」
「昼から遊んでるからね」
うんうんと、結菜は一人納得する。
「それに、龍登はずっと仕事だもんねー。本当に体調大丈夫?」
龍登の顔には、すでに大きな隈ができている。
あまり眠れていないのか、疲労が顔に出ていた。
「大丈夫だよ。まだ仕事に慣れてないだけだから」
人間関係は最悪だし、労働環境もクソではあるが、金はいい。
仕事に慣れれば、もう少しマシになると思いながら。
結菜には微笑んで、そう答えた。
「だといんだけど……無理しないでね」
「うん、心配しないで」
「分かった」
結菜はあまり納得はしていないようだが、言葉を飲み込んだ。
暗くなりそうだった話を切り上げて、結菜は未来の話を口に出す。
「子供はさ、二人欲しいね!」
「性別は?」
「うーん、やっぱり男の子と、女の子かな。
もちろん、どっちかでもいいけどさ、欲を言えばね!」
そっか、と龍登は笑う。
そして、次の質問に移る。
「じゃあ、家は?」
「戸建てがいいなー。バーベキューできるくらいの庭も欲しい!」
「じゃあ、ちょっと田舎でもいい?」
「もちろんいいよ! 大歓迎!」
「そうなると、車もいるね」
「たしかに、必須だ!」
ふたりは手を繋ぎながら、明るい表情で未来を語っていく。
「あとは、やりたいことで、食べていけるようになる!」
「イラストで、だよね?」
「そうだよ。やっぱり、絵で食べていきたいもん。
仕事はもらえるようになったけど、今のままじゃ、食べていけないし」
目標に向けて頑張る結菜を、龍登は見てきた。
夢がない龍登にとって、結菜の夢は自分の夢でもある。
結菜の願いが叶うよう、切に願っていた。
「龍登はそういう目標ないの?」
結菜が、そう問いかける。
そういえば、初めていわれたなと龍登は思った。
「考えてなかったなー。俺も考えておくよ」
「うんうん、絶対そうしたほうがいいよ!」
とはいえ、パッと浮かぶものでもなかったので、龍登は考える振りだ。
なぜなら、龍登との願いは、結菜の幸せであったから。
本人に言うのは照れくさいため、口には出せずにいるが。
「ねえ、龍登」
「んー?」
ひとりしきり未来の話をしたあとで、結菜が龍登に話しかけた。
「プロポーズを受け取る前に言うべきだったけど、これだけは約束してほしいの」
「なに?」
今までにないほど、結菜は真剣な表情だ。
龍登は、背筋を伸ばして、話を聞いた。
「私より、先に死なないで」
「え」
まさかの言葉に、龍登は固まった。
「他のことは、正直、叶ったらいいな程度なの」
「うん」
「でも、私より、先に死なないでほしいの」
結菜は本気でそう思っている。
その目が、本気だと龍登に告げてきていた。
「約束、してくれますか?」
正直に言ってしまえば、寿命のことなんて分かりはしない。
けれど、彼女がそれを望んでいるのなら、龍登は叶えたいと思った。
龍登にお願い事をすることがほとんどない彼女の願い。
龍登は、しっかりと頷いた。
「もちろん、約束するよ」
「本当に?」
「ああ、本当に」
目を見て言う。
(先に死なないこと以外も、叶えさせてみせるよ)
龍登は、先ほど言った未来のことも、叶える覚悟で頷いていた。
お互いに見つめ合って、数秒。
「ふふ」
結菜が笑顔を見せてきた。
「どうしたの?」
「ううん、龍登はちゃんと約束してくれるなって」
「するさ、もちろん」
龍登の世界の中心には、すでに結菜がいる。
結菜がすべてだ。
とはいえ、あまりにも重いことを自覚してるので、本人の口からそれを伝えることはないが。
ちょっぴりというか、かなり重い気持ちを持たれることを知らない結菜。
ただ、本人は、龍登の答えに満足そうな笑みを浮かべていた。
「悲しい過去なんてないけどさ。
やっぱり、好きな人に先に死なれたら嫌だもの」
「そうだね」
そして、少し申し訳なさそうに。
「先にいっちゃうのは、申し訳ないけどさ」
たははと、申し訳なさそうに笑う。
「大丈夫。
お土産話をたくさんもってから、行くからさ」
「ふふ、そっか」
結菜は龍登の答えを聞いて、安心したように龍登に寄りかかった。
「まだまだ、先のことなのにね」
「そうだね。でも、大事なことだと思う」
龍登は一呼吸おいて、答える。
「言霊ってあるから」
「そうよね。じゃあ、叶えたい夢は、どんどん口に出していった方がいいね」
真剣に頷く結菜に、龍登はふわりと笑みを浮かべた。
「そうだね。子供は男の子と女の子、大きな庭付きの家、車、仕事はやりたいこと」
「ふふ、贅沢よね」
「違いない」
お互いに、そういって笑う。
その笑顔は、とても幸せに満ちていた。
「婚姻届、出す前に両親に挨拶行かないとね」
「たしかに。それが終わってから、出しに行かないとか」
「もちろん」
そういわれて、龍登はお腹を押さえる。
正確には、胃の辺りか。
「う、今から緊張してきた」
「ふふ、頑張ってね、わたしの旦那様」
「お、おっす!」
何とも頼りない返事。
けれど、結菜は、揶揄うことなく笑うだけ。
龍登もまた、結菜につられて笑うのであった。




