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背面黒板のラブレター  作者: 東源雷頸華
2018・19年末年始
16/20

穂美と理緒のはなし

 芸能界のことはよくわかりません。

「お疲れ様でしたー」

 今年最後のアイドルスマイルを作って、元気よくお辞儀。年末特番の撮り溜めがようやく終わり、明日からようやく冬休みだ。

「穂美ちゃん、お疲れ様。良いお年を」

「今日も可愛かったよー」

 口々に労いの言葉をかけてくれるスタッフさんたちに挨拶を済ませて、私は楽屋に引っ込んだ。

「はー、疲れた……」

 一気に疲れが押し寄せてきて、ぐだっとテーブルに突っ伏す。しばらくぼんやりしてから、ふとある顔を思い出し、私はスマホを取り出した。たった七文字の簡単なメッセージは、問題なく相手の元へ送信される。待ってるかな、と私は一人呟いた。

 帰る支度を整えて楽屋を後にすると、マネージャーの夕凪ゆうなぎが待っていた。はい、とお茶のペットボトルを渡される。私がそれを受け取ると、彼女はにっこりと笑って、

穂美ほのみ、今年もお疲れ。一年間よく頑張ったね」

と言った。

「ありがとうございます、夕凪さんのおかげです」

 アイドルとしてデビューしてから三年、いつも一番近くで私を支えてくれた彼女には、いくら感謝したって足りないくらいだ。ある意味一人っ子の私にとって、夕凪は姉のような存在だった。

 濃いメイクを落として局を出たら、もう私はみんなの人気者「ほのりん」じゃない。ただの女子高生、朝倉穂美になる。あとは夕凪の運転で帰るだけだ。あたりはすでに真っ暗になっていた。

「明日から何日か休みだから、よく休んで体力を回復しなさい」

「はーい」

 BGMのない車内で、もう一度メッセージアプリを開く。そこには案の定、既読の文字と新規メッセージ。

 早く帰ってきてね

 そっけないけど可愛らしいその文面に、私の表情筋はどうしようもなく緩む。

「うふふ」

「穂美? なに笑ってるの?」

「ううん、なんでもない」

 訝しげな声を上げる夕凪に慌ててそう返し、私はスマホを胸に抱きしめた。あの子のことは絶対秘密にしなきゃいけない。前例はないけど、バレたらスキャンダル、下手したら芸能界追放だ。

「そう? ならいいけど。そろそろ着くよ」

 窓の外に目を向けると、もう私の住むマンションまであと少しというところだった。下ろしていたショルダーバッグを抱え、シートベルトを外す。

「ありがとうございました。良いお年を」

「うん、おやすみ」

 バタン。車のドアが閉まった。走り去るそれを見送ってから、私は踵を返す。エレベーターに乗り込み、十一階のボタンを押してほっと一息。

 見晴らしのいい角部屋は、つい最近購入したものだ。急に人気が出たことで収入も跳ね上がり、ようやく衣食住を自分でまかなえるようになった。早く早く、家に帰りたい。エレベーターがやけにのろのろと進んでいるような気さえする。

理緒りおー、ただいま」

 はやる気持ちを抑えて玄関を開くと、反応はすぐに返ってきた。

「ほの! お帰り!」

 靴を脱いだばかりの私に全力で飛びついてくる、可愛い可愛い秘密の恋人。もう一度ただいまと言って頭を撫でると、彼女は嬉しそうに笑った。

 ツヤツヤさらさら、セミロングの黒髪。私と同い年のはずなのに、ニキビひとつないぷるぷるの白いお肌。仕事で疲れた私の、唯一の癒しだ。

「明日からお休みだから、しばらく一緒にいられるよ」

 ぎゅっと抱きしめながら私がそう言えば、理緒は目を輝かせた。

「ほんと?」

「うん。お買い物にも行こうね」

「やったあ!」

 キラキラ笑顔で喜ぶ姿は本当に可愛くて、私なんかよりずっとずっとアイドルなんじゃないかと思う。でもだめ。理緒は私だけのもの。

「じゃあご飯にしよっか。理緒、ガスの元栓つけてくれる?」

「はーい」

 理緒はいくらか名残惜しそうに私から離れてキッチンへと向かった。今日の夕食はシチューにしようかな。野菜たっぷりで、身体とお肌にいいやつ。

 理緒と一緒に暮らし始めて、もうそろそろ二年。今のところ誰にもバレていないし、これからも多分大丈夫だろう。理緒のこと気にかけてる人なんて、世界中に私しかいないのだ。こんなに可愛いのに、なんで誰も気づかないんだろう。まあその方が都合がいいんだけどね。

 理緒に手伝ってもらいながらぱっぱっとシチューを作って、私たちは向かい合っておこたに入った。

「美味しい?」

「うん、美味しい!」

 私が尋ねると、理緒は口いっぱいにシチューを頬張ったまま元気よく頷いた。可愛い。可愛すぎる。私はなんて幸せなんだろう。理緒がいなくなったら私は生きていけない。理緒のいない世界なんて考えられない。可愛い理緒。私の理緒。

「ほの? どうしたの?」

 はっと我に返ると、理緒が心配そうに私の顔を覗き込んでいた。どうやら急に会話が途切れたことを不安に思ったらしい。私は慌てて彼女に微笑みかける。

「ああ、ごめんね理緒。ちょっと考え事してたの」

「なんのこと考えてたの?」

「理緒のこと」

「ほんとに?」

 膝にかかった布団をぎゅっと握りしめる理緒。彼女は時々寂しがり屋さんだ。私と出会うまで、誰かに大事にされたことがなかったから。そんなに心配しなくていいのに。私には理緒しかいないし、理緒には私しかいない。理緒がしわしわのおばあちゃんになったって、きっと理緒は可愛いのだ。

「ほんとだよ」

 私は手を伸ばして、理緒の柔らかいほっぺたを手のひらで挟んだ。お箸を持ったまま、理緒はされるがままだ。可愛い。

「理緒はずっと私と一緒にいるの。ずっとずっと私が大事にしてあげる」

 理緒はその美しい瞳で私を見た。ぱっちりした真っ黒な目。一点の濁りもなく澄み切った瞳。綺麗で、可愛い。

「えへへ……ありがとう、ほの」

「ああもう……可愛いんだから」

 うりゃうりゃ、と頰をむにむにすると、理緒はまた嬉しそうに笑った。ああ、私がこの子を一生守っていかなきゃ。

 年末……年末……って思ってたら年末特番がひらめいたので書きました。アイ●ツで年末年始の番組はこのぐらいの時期に撮り溜めてるって見た記憶があります。定かではありません。

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