彩夜と鞠花のはなし3
「じんぐるべーるじんぐるべーる、すっずっがーなるー!」
妙に語尾を上げて口ずさまれるクリスマスソング。それは私の耳に入ってから、繁華街の喧騒に紛れていった。かと思えば、次の瞬間にはくふふふふと謎の笑い声を上げながらぴょんぴょんスキップする。そしてその度に、赤いチェックのミニスカートが危うげな感じにひらひらするのだ。
「ねえ鞠花、もうちょい落ち着きなよ。ここ街中だから」
私は浮かれ気味の恋人をそう言ってたしなめた。彼女はその声にくるりと振り向き、えへへっと破顔する。
今日は十二月二十五日。つまりはクリスマス。昨年まではツイッターのタイムラインを追いつつ全国のリア充に呪いの言葉を吐いていた私だが、今年は違う。そう、違うのだ。
「えええ〜だってえ、嬉しくない? 嬉しいじゃん……って彩夜、なんかすごいニヤニヤしてるけど大丈夫?」
ニヤついてしまうのも仕方がない。愛しい恋人とクリスマスデートという、過去の私なら夢見ることすら許されなかった楽園がここにあるのだ。
「ククク……すまんなツイッターの同志たちよ……今年からはリア充の仲間入りさ……」
「ねえちょっとどうしたの?」
鞠花に至近距離で顔を覗き込まれて、私はようやく現実世界に戻ってきた。どうやら浮かれているのは私も同じだったようだ。訝しげな表情を浮かべる鞠花に微笑む。
「ごめんごめん、ちょっと去年の自分に対して優越感に浸ってた」
「? んまあよくわかんないけど、ほら行こ!」
「うん」
どちらからともなく手を繋ぎ、カップルたちで賑わう通りを並んで歩く。側から見たら、仲のいい友達同士。私たちを見て恋人だと思う人はまずいない。それでもかまわないと割り切れるようになったのは、割と最近のことだったりする。
「彩夜」
鞠花がおもむろに私の顔を見た。普段より念入りにセットされた髪がふわりと揺れる。彼女からはいつもいい匂いがする。シャンプーなのか香水なのかはわからないけど、甘くて嫌味のない女の子の匂いだ。
「幸せ?」
にこっと笑いながらそう問われれば、答えは一つに決まっている。
「もちろん」
「私も! ……あ、あそこのお店だよ」
鞠花は嬉しそうにそう言ったあと、賑わう店々の間のひとつを指差した。つられて道路の向こう側に目をやると、そこには遠目にも洒落た雰囲気のカフェ。明るい色が多い周りの店と違いを出すためか、外装はダークブラウンや黒で統一されていた。後退色だからちょっと引っ込んで見えるな、なんて絵描きらしい感想を抱いてしまう。
「少し前にすっごい流行ったとこなんだ。一時よりは落ち着いてるけど、やっぱ混んでるなー」
「へー、なるほど」
たしかに、数人の客……というか二、三組のカップルが店の前に列を作っていた。
まともなデートスポットとかその辺のことはよくわからないので、こういう時は全て鞠花に任せている。そのかわり、普段は私のアニメカフェ巡りに付き合ってもらったりもする。
「でもケーキ超美味しいらしいから! いこいこ!」
「ちょっと鞠花、走らないでってば!」
はしゃぐ鞠花に繋いだままの手をぐいっと引っ張られ、ちょうど信号が青になった横断歩道を渡る。
「きゃー、やっぱ近くで見るとカワイイなー」
早速携帯で写真を撮る鞠花。そんな姿を、今度は私が撮影する。かしゃりというシャッター音に、鞠花が振り向いた。
「ちょっと彩夜ぁ、何撮ってんの」
そう笑いながらも止める気はないようだった。オレンジの四角に縁取られる笑顔は、やっぱり可愛いと思う。と、鞠花がカメラをこちらに向けた。
「仕返しじゃ」
「あっちょっと、撮らないで!」
そんな調子でおしゃべりをしていれば、十分弱の待ち時間なんてすぐだ。
店内は当然のことながら満席で、八割ほどは男女二人連れ。落ち着いた暖色系の照明の下で、ガラスケースに並んだケーキがツヤツヤしている。
「うわあー全部美味しそうで迷うなあ……どれにする?」
「私これかなあ」
ショコラなんたらかんたらというケーキを指で示すと、鞠花は呆れたように、
「ほんと決めるの早いよねえ。もうちょっとこう、楽しんで迷えばいいのに」
と言う。そんな彼女もやっとのことでベリーのケーキを選び、さほど時間をかけずにそれらは運ばれてきた。
「ふわーー……カワイイし美味しそう。幸せー」
鞠花は目をキラキラさせながらケーキに見入っている。微笑ましいとはこういうことを言うんだろうなと、一人ほんわか。
「今日はこの後何するの?」
「んー? えーとですね、この前できたショッピングモールに行ってショッピングだよ。お昼ご飯もそこで食べようと思って」
「なるほど」
「三時のおやつはパンケーキ。その後に私んちに行ってプレゼント交換しよう。で、そのままお泊り!」
弾む声でそう言って、鞠花はティーカップを傾けた。私もカフェオレをひと口飲み、ケーキを口に運ぶ。
「ん、おいしい」
ショコラなんたらはぱっと見すごく甘そうだが、食べてみると程よい苦味があった。オレンジピールだろうか、柑橘系の香りが鼻をくすぐる。
「ほんと? ひと口ちょうだい!」
「いいよ」
鞠花は私のケーキをちょっとだけ取って頬張った。先に自分の食べなくていいのかな、なんて私は思う。
「んんーおいしーー! あ、私のも一口食べていーよ」
はい、と皿ごと差し出されたケーキをもらう。うん。甘酸っぱくて美味しい。
「はあ、超ハッピー。クリスマス最高」
目があって、微笑む。冬休み中も三日に一回のペースで会っているけれど、鞠花と話すのに飽きることなんてなかった。今日は一日中一緒にいられる。鞠花と一緒に街を歩いて、買い物をして、ご飯を食べられる。私はなんて幸せなんだろう。
「メリークリスマス、鞠花」
§
「ああー、今日は楽しかったねえ!」
午後五時、鞠花の部屋。盛りだくさんのクリスマスデートを終えて、私たちは並んでベッドでくつろいでいた。アイロンのとれた鞠花の髪の毛は、天然のふわっとした内巻きに戻っている。ちなみに希少価値はUR級だ。
「ケーキもパスタもパンケーキも最高だった。あとアイスも!」
「結局全部食べ物なの……それはそうとして、プレゼント交換は?」
そう、まだ一つだけやり残したことがある。クリスマスの醍醐味、プレゼント交換だ。今年も悩みに悩んで選んだプレゼント、喜んでくれるだろうか。
「おっ、そうだね。じゃあプレゼント出そっか」
鞠花はベッドから跳ね起きて、引き出しからなにやら小さな袋を取り出してきた。私もカバンを少しごそごそして包みを取り出す。ふわふわカーペットの上に二人で正座して向かい合う。ちょっと面白くて、くすくす笑ってしまった。
「どっちから開けますかー?」
「どうする?」
「じゃあ私から!」
「どぞ」
なにかななにかな、とうきうきしながら包みを開ける鞠花。そのぱっちりした両目が、ことさら大きく開いた。
「わあああ! めっちゃカワイイ!」
私から鞠花へのプレゼント、それは手袋だ。いろんな店を回って探して、一番鞠花に似合いそうな可愛いものにした。ややスモーキーなピンク色は、鞠花の女の子らしいファッションはもちろん、茶色がかった髪や色白な肌にも映えるだろう。
「ありがとう、大事にするね」
「うふふ、気に入ってもらえてよかった」
「とーぜん!」
鞠花は手袋を大事そうに抱きしめて微笑んだ。
「じゃあ次は、私が開けていい?」
「うん……わあやばい、緊張するなあ」
緊張するってどういうことだろう。鞠花の言葉をやや訝しく思いながら、その小さな袋に手をかける。リボンを解くと――現れたのは、手のひらに乗るくらいの大きさの立方体。私は息を飲んだ。
「……鞠花、これって」
思わず鞠花の顔を見ると、ふわりとした微笑みを返される。
「開けてみて?」
心なしか震える手で、恐る恐る箱を開けると。
中身は、銀色に光るシンプルな指輪だった。
「わ……」
「えへへ、ペアリング。安物だけどね、バイト代貯めて買ったんだ。重いかなって、ちょっと心配だったんだけど――わわっ」
感極まって、私は鞠花に抱きついてしまった。嬉しい。嬉しくて嬉しくてたまらない。だって指輪なんて、指輪なんて……
「ありがと。ほんっとにありがと。嬉しい……」
「え、なんで泣いてんの⁉︎ ちょっとやめてよお」
嬉し涙が堪え切れなくなった私を、鞠花は優しく抱きしめ返してくれた。視界が滲んで、鞠花の顔もよく見えない。これ以上素敵なクリスマスプレゼントがあってたまるものか。
「大人になっても、ずっとずっと一緒にいようね」
「うん……うん。鞠花、愛してる」
勢いに任せてそう言えば、鞠花はちょっとびっくりしたような顔をして、やがて満開の笑顔を浮かべた。
「私もだよ、彩夜!」




