慶子と美希のはなし2
書き終わってから気づいたんですけど、この話で美希一回も名前呼ばれてないです。
「ねえ」
十二月二十四日、ほぼ真夜中。ケースを利用して立てたスマホ画面の左上で、『23:50』が『23:51』に変わった。
『なに?』
夜更かし特有の掠れた声と、サイダーの缶を開けるようなかしゅっという音。それに気づいた私は乾いた笑い声を漏らした。
「なに、慶子お酒呑んでるの?」
『何言ってんの。酔わないウ……シュ。その辺のチンピラといっしょにしないで』
マイクの絵文字下で、バーがぴろぴろ増えたり減ったりする。口にした言葉はほとんど冗談、ちょっぴり本気だった。静かに憤慨した声に少し反省した。まあ真面目な慶子がわざわざ法を破るとも思えない。
「ごめんごめん冗談。えーと、何言おうとしたんだっけ」
忘れちゃったじゃん、と呟きながら少し思案を巡らせ、私はようやく思い出した。
「クリスマスってカウントダウンするもんじゃなくない?」
それは二十二時に慶子と通話を始めてから、ずっと頭の隅に引っかかっていたしょうもない疑問だった。
受験生という立場上、クリスマスデートは諦めようということになっていた。それを慶子が後になって嫌だと言いだし、折衷案として通話しながらクリスマスカウントダウンをすることに決まったのだ。しかし、よくよく考えてみれば――いや、よくよく考えなくてもおかしな話だと思う。
「誕生日とか新年ならやるけどさ」
『カウントダウンしちゃいけないって法律もないでしょ』
そっけない答えはいかにも慶子らしい。私は再度机に広げた問題集に目を落とした。
二時間近くも話していれば話題も尽きてくる。最初は志望の高校のこととか昼間何をしたかとか話していたけれど、今はただ黙々と自分たちのことをやるだけになっていた。薄っぺらい端末の向こうから、慶子が梅ソーダを飲む音がかすかに聞こえてくる。それがどうにも眠気を誘う。
「……ねむ」
思わずこぼすと、慶子の笑い声。
『日付変わる前に寝たら別れるから』
「ひどくない、それ? 慶子の私への思いはそんなもんだったのか」
『ごめんごめん冗談。あはは』
なんだか聞き覚えのあるセリフを言われ、私はむうっと頬を膨らませた。向こうからは見えないけれど。
『ねえ、ビデオ通話にしない?』
「え、やだよ」
心のうちを見透かしたような言葉に、思わず即座に否定する。
『えー、そんなに嫌なの? 別れる?』
さっきの嫌な冗談を掘り返してくる恋人に、慌てて言い訳を述べる。
「いやだって、今顔ひどいよ? お風呂入ってあと寝るだけだし眠いし。それで画面通したらもう放送事故級だよ」
『別に放送はしないけど』
「慶子のそういうとこ、ほんと面倒くさいと思う」
『ありがとう』
こちらを翻弄するような調子で言う慶子に、私もつられて笑みを浮かべた。ちらりと横目で確認すれば、スマホのデジタル数字は『23:57』まで進んでいる。
「あと三分だね」
『うん』
「私もなんか飲もうかなあ。喉乾いた」
『いってらっしゃい』
「うーん」
言ってはみたものの、暖房の効いた自室から出る気など最初からなかった。長いこと動かさなかった関節をほぐすように体を伸ばす。部活が終わってから運動不足気味だ。
首をごきごきと鳴らしながら、また時計を見やる。『23:58』。あと二分。正直早く寝たいような気もするし、ずっと慶子と話していたいような気もする。
『ぽきぽきすると太くなるよ』
指をばきばきやっていると、慶子にそう注意された。
「いいよ。もともとそんな華奢じゃないから」
『……ゴリラ』
「何?」
『ゴリラ』
「そこはなんでもないって言いなよ」
忠告を無視してばきばきを続行しながら、慶子の指を思い出す。慶子の指はたしかに長くて細くて、でも少しばかりかさかさしていることが多いのだ。
『お、あと一分だ』
かたん。ソーダ缶を置く音とともに慶子が呟いた。聖夜の前の一分間。神聖で神秘的な気もするし、ひどく俗っぽい気もする。どちらにせよ、スタンドライトとスマホの画面だけが光る真っ暗な自室は今だけ私の世界だ。そこに慶子と二人きり。本当に、世界中どこに行ったって私たちしかいないような。
『あと三十秒』
「ねえ慶子」
『なに』
「愛してる」
慶子が一瞬ひるんだように言葉を切った。画面の向こうで目を白黒させている様子を想像して一人にやにやする。ほくそ笑む私の気配を感じ取ったのか、慶子はつんと可愛くないことを言った。
『アホか。月が綺麗ですね、って言って』
「えー、そういうのガラじゃないじゃん」
他愛もないやりとりと笑い声のあと、引き寄せた腕時計の秒針が刻々、ゼロに近づく。
「あと五秒だよ。四、三、二、一……」
ぴたり。ほとんど重なっていた時針と分針に、いちばん長い針が重なった。
『「メリークリスマス」』
実はどの子も設定かなり作り込んでるので、そろそろひけらかしたくなってたりします。クロスオーバーとかしたい。




