9.祭りの始まり
「いよいよ待ちに待ったお祭りだーーー!!」
去年までのお祭りでは露店の売り子をやらせてもらえなかったから、仕事で忙しい両親が合間を縫ってお祭りに連れて行ってくれてたんだ。だから長時間とはいかなくて、あまり楽しめなかったんだよね。
でも! 今年は違う! 売り子だから、他の店とか巡って遊んだりイベントに参加したりはちょっとしかできないだろうけど、お祭りの雰囲気はたっぷり味わえること間違いなしだもんね!
「うーん、タマラが売り子なんて大丈夫かな? 祭りではハメを外す人も多いし街の外からも人が大勢来るから、心配だよ」
「えーーっ!! 大丈夫だよ! お店から離れたりしないから!」
ちょっとちょっと、父さん! そういうのフラグって言うんだよ! 私は平和に楽しく生きるんだから、そういうのやめてよね。
「そうよ、アナタ。タマラはしっかりしてるもの。それに、可愛い売り子さんがいた方がお店の売り上げも上がるんじゃない?」
可愛い売り子だって。とりあえず、ここは笑顔でウンウン頷いておくけども、母さんも大概親バカですな。ま、顔の造作はともかく、5歳の幼女が売り子してたら微笑ましいものはあるか。せいぜい笑顔を振りまいて、売り上げに貢献しようじゃないの!
「そりゃあタマラはとっても可愛いけど、だから余計に心配だっ!」
言いながらギューっと抱きしめてくる父さん。
く、苦しい! そしてヒゲが刺さって痛いから! 父さんの親バカぶりは、ちょっと行き過ぎだと思います。
しばらくゴネていた父さんだけど、「売り子しなかったら、タマラお留守番でしょ? 今年は父さんと一緒にいっぱいお祭り楽しめると思ってたのに」と鼻を鳴らしたら、すぐに折れてくれた。我が父ながら、相変わらずチョロイです。母さんも呆れた顔で遠巻きに見てたよ。
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ポンッ、ポンッ、ポポポポンッ!
シュー、パァンッ! パパァーン!
わーーーー!!! おおおーー!!
街中に花火のような音が響き渡り、次いで人々の歓声が上がる。空には赤や黄色や紫に緑などのカラフルな煙が、中央広場から四方八方に飛んでいく。
いいねいいね! こういうのは普段見られないから、お祭り気分が盛り上がってくるね!
これはトスタナ領所属の魔法師隊が、空に向かって放った魔法だ。トスタナ領では毎年これが祭り開始の演出になっているんだって。当然それだけじゃなくて、この後は領主様の演説があったり、教会の司祭様のアリガタイお説法があったり、飛竜騎士隊の曲乗り! など、オープニングセレモニー的なものが行われる。
そうそう、さっきの魔法については詳しくはわからないけど、当たれば衝撃はもちろんあるものの、大した攻撃力は無く単に煙を出す、言わば『煙玉』のような魔法らしい。色は魔法師のイメージで変更できるそうだが、思ったとおりの色にするのはなかなか難しいんだって。これが上手く操作できるようになれば、それだけ魔法の技術があるってことらしい。だから、この演出のメンバーに選ばれることは、とっても名誉なことらしいよ。ま、飛竜騎士の方が目立つけど。
日本でだってカラフルな煙を出すくらいのこと、そういう装置を作れば出来るんだろうけど、これが魔法で身一つで繰り出されていると思うと、それだけで興奮してしまう。あと、行ったことはないけど、ほかの領でもそれぞれに工夫を凝らした演出があるんだって。いつか、あちこちの祭りを見に行きたいよね!
お祭りの露店や屋台は、街の四方にある門から中央にある広場に続く大通りの両側に展開される。事前に届出をすれば店を出すことができるんだけど、場所は完全に抽選で決まるんだって。中央広場や途中にある公園なんかでは、いろんなイベントが開催されるし、通り沿いにある有名なレストランなんかも客入りは多い。だから当然、その周辺の露店も自然と客入りが良くなるみたい。で、今年の妖精の庭の露店は、南門から中央広場までの途中にある公園のすぐ傍という、なかなかいい場所が取れたらしい。店からも徒歩10分以内と割と近いから、商品の補充なんかもしやすくて、当たりな年だ!
そういうわけで、いよいよお祭りの開始! 通りはすでに、普段の3倍くらいの人が行き交っている。けど、これからまだまだ増えるはずだ。領都以外でも祭りは開かれてるんだけど、ここまで盛大なものではないからね。近隣の町や村からも観光に訪れる人は多いんだ。中には他の領や国外から来る人もいるみたいだし。その中には護衛の冒険者を雇って来る人も多いから、ほんとに街は人で溢れる。宿屋なんて、この時期の予約は半年以上前に埋まるらしい。
「いらっしゃい、らっしゃい! 」
「新発売の揚げ玉だよー! 甘くて美味しいよー!」
「こっちは祭り期間限定のパルマだよー!」
そこかしこから、威勢のいい呼び込みの声が上がる。ついでにイイ匂いも漂ってくる!
ちなみに『揚げ玉』とやらを売ってる屋台では、店先で一口サイズの球体を串に挿したものを店員さんが持ってるのが見える。甘いって言ってるし、たぶんドーナツみたいなものなんじゃないかな? 中に何か入ってるのかな? 後で父さんにおねだりしてみよう。
『パルマ』というのは、サンタレリア王国では一般的によく食べられてる、クレープのようなものだ。肉や野菜を巻いた惣菜的なものから、フルーツやクリームを巻いたデザート的なものまでイロイロ種類があって、屋台の定番のようなものだ。店によって生地自体の味も少しづつ違うし、中に入れるものやソースなんかも違う。サイズ的にも小さめだから、子どもでも2つくらいは食べられるボリュームかな。物珍しいわけではないけど、期間限定というのは気になるなぁ。中身の説明求ム!
って、他所のお店を気にしてる場合じゃない! 急いで開店準備しなきゃね。
箱の中から商品を出して並べる母さんとアリーさんを手伝う。あ、アリーさんは初登場かな? 私が生まれる前から妖精の庭で働いているアリーことアリーシアさんは、今年で23歳になる、ふわんとした雰囲気の女性だ。ちなみに、うちにはもう一人、父さんと一緒に仕入れや近隣の村への行商を担当している男性の従業員もいるんだけど、彼は祭り期間中はお休みだ。仕入先も忙しいか休みかだからね。父さんは、ここまで商品や什器を運んできた馬車を家に置きに戻っている。通りの周辺に置きっぱなしにはできないからね。
さあ! 準備ができたら呼び込みだ!
「いらっしゃいませー! 雑貨屋・妖精の庭でーす」
「可愛い布花のコサージュいかがですかー。この場ですぐに付けられますよー!」
うーん、こういう雰囲気って、前世の大学時代の学祭を思い出すな~。あの頃はまだまだ干物じゃなかった。サークルで店を出して、売り上げがそのまま打ち上げの費用になってたんだよね。別に、会費制の打ち上げでもいいだろうに、「学祭の打ち上げは自腹を切らない」という謎ルールがあった。いっぱい儲けが出れば豪華な打ち上げになるし、少な過ぎて1人1本の缶ビールだけなんて年もあったけど、それでも明るくなる時間まで楽しんでたんだから、学生のテンションってスゴイよね。
そんな風に昔のことを懐かしみながら呼び込みをしていると、揚げ玉売ってる屋台の列に並んで、うちのコサージュをチラチラ見ているお姉さんに気が付いた。連れのお兄さん(彼氏さんかな?)の袖を軽く引っ張ってコッチを指差して何か言ってる。揚げ玉買ったら次は妖精の庭に来てくれるかな? うーん、折角のお客さんを逃がす手はないよね。よし、今のうちにお姉さんを捕獲……違った、確保だ!
さりげなくお姉さんの視線の先に割り込んで、目線を合わせる。首尾よく目が合ったところで、にっこり笑って駆け寄って声をかけた。
「お姉さん、こっちに来てゆっくり見て行って! お兄さん、そこのお店にお姉さん借りてくねー」
お兄さんにも一声かけて、2人の返事も待たずにお姉さんの腕を引っ張っていく。こういう強引な呼び込み(連れ込み?)は、子どもだからできることだよね。間違っても、父さんがやったら犯罪スレスレ、否、アウトだな。お姉さんも何の抵抗もすることなく素直に付いて来てくれる。けど、お兄さんはなんだかすごく焦り始めた。
「ちょ、おj「大丈夫よ、すぐそこだから」でも!」
「レオンは揚げ玉を買ってから来てくれればいいわ。そこの店なら目が届くでしょう? さ、行きましょ」
お兄さんは引き止めたいようだけど、お姉さんは意に介さずにさっさと移動し始めた。お兄さんにはちょっと悪いことしちゃったかな? でも、ほんの数メートルの距離なんだから、ちょっと心配性過ぎじゃなかろうか? うちの父さんみたいだよ。
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