10.初の露店接客
斜め向かいの店先から、お姉さんと連れ立って妖精の庭の露店に戻ってきた。
母さんは店の裏の方を向いて、知り合いのおばさんと何やら話してるみたいだ。あのおばさんは井戸端会議や噂好きで話長いんだよね。私はいつも、話しかけられる前にさりげなく逃げるようにしてるんだ。母さんはおばさんに相槌をうちながらもチラチラと店を気にしてるけど、接客業だけあって嫌な顔は表に出さない。ま、『おばさまネットワーク』は怖いからね。頑張れ、母さん! 従業員のアリーさんは、他のお客さんを接客中だし、父さんはまだ戻ってきていない。必然的に、連れて来たお姉さんは私がこのまま接客することになった。
コサージュの前に着くと、お姉さんは早速手に取って見始めた。品物は低い位置にあるので、裏から休憩用の低いイスを持ってきて座るように勧めた。お兄さんが来るまでずっとしゃがみこんでたら疲れちゃうからね。そういう気遣いのできる子なんです!
お姉さんが座ると、私とちょうど目線が同じ高さになった。つばの広い帽子を深めにかぶっていたし、あまりジロジロ顔を見るのも良くないので遠慮してたけど、コサージュに夢中な今なら大丈夫だろうと、改めてお姉さんをコッソリ・じっくり見る。
と、思った通り! すっごい美人さんだ! 緑色のふわふわウェーブで水色の目をしていて、歳は15~17くらいかな。肌は白くて綺麗だし、ピンクの唇は小さい。っていうか、顔自体も小っさ! これは文句なしに美少女だ。日本のアイドルとか目じゃないね。服装は普通にその辺にいる一般庶民って感じだけど、雰囲気がなんか……貴族っぽい? なんというか、日本で言うなら皇族とか生粋のお嬢様とかって感じだろうか。なんとなく品がある所作で優雅な感じ……。うん、街で見かける庶民の雰囲気ではないと思う。
お忍びで祭りを楽しんでいるのかも? けど貴族のお嬢様が、安物の布花コサージュなんかに興味あるかな? それに、一緒にいたお兄さんの他に護衛らしき人もいないんだよね。そう考えると、服装どおりに庶民なのかなぁ? 貴族向けの高級商家のお嬢様とか? そんなとこ、行ったことないけど。
うーん……、ダリアードには貴族相手の礼儀作法なんかもあるらしいけど、私はまだ教わってない。そういうのは学園で教えられるはずなんだよね。ま、このお姉さんがほんとに貴族の御令嬢だとしても、今はお忍びなんだろうから礼儀は関係ないよね。
「どうかしたの?」
ついついじっくりとお姉さんに見入ってしまっていたらしく、急にお姉さんが私を覗き込んで声をかけてきた。眉間に若干の皺が寄っている。マズイマズイ。「失礼な子どもだ」と、わざわざ引っ張ってきたお客様に逃げられちゃったら悲しすぎる。
「お姉さん、とってもキレイだから見惚れちゃったの!」
ここは笑顔で無邪気を押し通す。実際ほんとの事だし、小さい子にそう言われて嫌な気分にはならないよね。
「ふふ、ありがと」
思惑通り、お姉さんは笑顔になって頭を撫でてくれた。ふわっとした笑顔はとっても可愛らしい。
よし、お姉さんのテンションが上がったところで、ちゃんと接客を開始しよう。私は『明るく無邪気な子ども』だ! 改めて自分に言い聞かせて接客を開始する。
「あのね、このコサージュ、タマラが作ったんだよ!」
両手に1つずつコサージュを乗せて、お姉さんに差し出す。本当はほとんど全部私が作ったものだけど、そう言うと信じてもらえなさそうだし、あまり目立ちたくないという気持ちもあるから、とりあえず適当に2つをピックアップした。この2つだけを作ったとは言ってないから、嘘じゃないしねー。
片方は、水色系の布と繊細なレースを使った薔薇のような花で、中心部分には白と紫と黒のガラスビーズをあしらっている。差し色の黒や紫が効いていてちょっと大人っぽい雰囲気の花だ。布の水色がお姉さんの瞳の色に近いから選んでみた。
もう片方は、ピンク系の数種類の布とレースで作った、ラナンキュラスのような花。花びらが何重にも重なっていて、全体としてはお椀のような丸っこいフォルムだ。中心部分には、白や黄色の小さなビーズをたくさん付けて可愛らしい雰囲気に仕上がっているので、こちらの方がお姉さんの雰囲気に合うかもしれないな。
「これをあなたが? ホントに!? 凄い! とっても上手ね。それに、色の合わせ方もセンスがいいわ!」
お姉さんは目を限界まで見開いて、コサージュと私を交互に見る。あー、ちょっとマズったかな。この水色の方の色合わせは子どもらしくないよね……。
「母さんと一緒に作ったの。いっぱい練習したんだよ!」
と、ちょっと照れたような表情を浮かべて付け加えておく。母さんにも作り方を教えて、いくつか手伝ってもらったし、前世では花びらの形とかイロイロと試行錯誤したからこれも嘘じゃないよね。
「そうなの。でもホントに凄いわ! タマラちゃんは小さな職人さんなのね!」
またにっこり笑って私の頭を撫でる。驚きから立ち直ったようで一安心だ。
「そういえば、裏に何か付いてるけれど、コレはなぁに?」
そう言いながらお姉さんが指し示したのは、コサージュの裏に付けた安全ピンもどきだ。いい質問来たね! ここは売り込みドコロでしょ。
「これはね、こうやって使うの。簡単に付けたり外したりできるんだよ! うちの母さんと工房のお姉さんが作ったの!」
コサージュを1つ取って、自分の服に付けて外して、と実演して見せた。母さんと金属加工工房のお姉さんの熱意で完成したこの安全ピンもどきは、今のところまだ妖精の庭でしか取り扱いがない。この世界には特許なんてものはないため、有用だと思われればすぐに広まるだろうから、真似される前にガンガン売らなきゃね!
「まぁ! こんなに簡単に付け替えられるなんて、とっても便利ね!」
お姉さんはしきりに感心しながら、イロイロな花を手にとって見ていく。とっても真剣に選び始めたけど、最初に私が見せた水色の花が一番気になってるみたいだ。こういう時、鏡があればいいんだろうけど、鏡は高級品だから残念ながら用意していない。
「お待たせいたしました」
不意にお姉さんの後ろから男の人の声がかかる。さっき一緒にいた連れのお兄さんだ。手には袋を持っていて、中には買ってきたばかりの揚げ玉が入った2つの紙パックのようなものが入っている。
「レオン! 思ったより遅かったのね」
お姉さんはのんびりとした口調で、嬉しそうにレオンさんを迎える。
良く見ると、こっちもなかなかのイケメンさんじゃないか! 水色の長めの髪を後ろでひとくくりにしていて、深い青色の優しそうな目をしてる。歳はお姉さんより少し上っぽい、爽やかな草食系のイケメンだ。それにしても、「お待たせいたしました」なんて固いなー。やっぱりお嬢様と従者……というか執事とか? って感じなんだろうか。いや、顔に似合わずレオンさんは結構鍛えてるっぽい体格だから、騎士なのかも?
「すみません、作り置いてたものがちょうど無くなったらしく、少し待たされていました。それより、クリスティーナさm「そんなことより、これ見て! このコサージュ……」」
レオンさんの言葉を慌てて遮るお姉さん。その後はレオンさんが「クリス」と、とっても呼びにくそうに呼んでいるので、さっきの「クリスティーナ」がお姉さんの名前なんだろう。そして、その名前で呼ばれたくないと……。うん、間違いなくこの2人は主従関係、もしくは、はっきりとした身分差がある感じだね。
ただ、レオンさんを見るクリスお姉さんは、瞳がキラキラしていて、ずっとニコニコとふんわり可愛い笑顔を浮かべている。コサージュ見るより、レオンさんを見てる時間の方が長いな……。好意がだだ漏れ状態だよ。対するレオンさんは少しぎこちない感じで、あまりクリスお姉さんを見ないようにしてるけど、そこには照れとか緊張が感じられる。こっちも好意はだだ漏れだな。
会話は終始お姉さんが押せ押せで主導してるので、ちょっとつついてみようか。
「2人は恋人同士なの?」
お姉さんだけに聞こえるように、耳元に顔を寄せてコソっと尋ねる。と、みるみる内にお姉さんの顔が赤くなっていった。もとが色白だから変化がわっかりやすいなー。ちょっとおもしろいかも。
「えっと、あの……、そ、そうなんだけど……誰にも言っちゃダメよ?」
クリスお姉さんは、キョロキョロと周囲を見回した後に肯定し、唇に人差し指を当てて口止めしてきた。何処の誰か名前しか知らないから、私としては人に話しようもないんだけどね。
それはそうと、お姉さんは俯いた状態でこちらを見るから、自然と上目遣いで若干不安げな表情でお願いする感じになっている。うーん、女子力高いね。これで落ちない男はいないんじゃなかろうか。
それからお姉さんは目に見えて無口になってしまった。恋人だと宣言したことでかなり照れが出てきたらしい。雰囲気的には、一昔前の付き合いたての中学生カップルって感じ? うん、これは見てる方が照れるね。そしてもう、お腹いっぱいです。
もう接客を放棄したいくらいアテられてるんだけど、そうもいかない。そこで次はお兄さんの方にコソっと耳打ちしに行く。
「お姉さん、どれにするか迷ってるみたいだから、お兄さんが選んでプレゼントしたらきっと喜ぶよ!」
「っっ! で、でもそういったセンスはあまり……」
「大丈夫! タマラが手伝ってあげるし、レオンお兄さんの好みでいいんだよ!」
こうして、私の露店初の接客はしばらく続いた……。
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