魔法王国編09
ルイラムの衛兵長官ジョルジュは、執務室で誰かと話している。
その人物は、黒い影の中にいた。
顔も見えない、ただ声だけが聞こえる。
かろうじて、声から若い女だということはわかる。
それもどうだかわからない。
声を変えることはそんなに難しい魔法ではない。
少なくとも、ジョルジュの知る限りでは。
「風の王の幻影まで使っても奴は倒せなかった」
「バカねぇ。あれは炎の王とほぼ同じと考えるべきよ。同じ精霊の王なら、幻影より本物のほうが強いのは当然でしょう?」
「投獄もしたのだ。しかし」
「あなたに求めたのは彼を倒すことじゃないわ。そこには拘らなくていいのよ?」
「しかし、奴が我らの目的の重大な妨げになることはわかっている」
「そうね、私達の目的は同じ。けれど、あなた方はまだ少ない。今は私達と一緒に歩いたほうがいいわ」
「それはーー確かにそうだが」
「今はまだ、静かにしておきなさい」
影はそれきり、消えた。
ジョルジュは、苛立ちを押さえきれぬように机を叩きつけた。
「なめおって小娘が。私を誰だと思っているんだ!!私は、私は!!ーーことがなった暁には、覚えているがいい」
宮殿の地下。
牢獄のさらに階下に先代の王ジャンバラの幽閉された部屋がある。
あらゆる魔法を封じる強力な結界が張ってあり、誰であろうとここで魔法を使うことができない。
そこで、ジャンバラは笑う。
「ジョルジュは相変わらず気が短い。それでは大望を成すことはできん。そして、新たな客。砂の国の戦士と廃墟の姫、炎の王いや炎の王子とでも呼ぶか」
座った椅子の肘掛けを撫でる。
「いまだ予言の世は来ない。それでも、登場人物は揃いつつある。楽しみだ。本当に愉しみだ」
笑う。
「それと、灰色か。余の企みは潰えたが、その遺志を継ぐものはいる。この退屈な世を、少しでも楽しくしないとな」
笑い続ける。
ルイラムの帝国大使館。
本来の大使は隅でおとなしくしている。
大使の椅子に座り、書類を見ているのは帝国の執政ラオル・ラオレシアである。
帝国人らしい黒い髪を伸ばし、金糸で結んでいる。
同じ色の髭は、短く整えられている。
口許に運ぶのは、金色のお茶。
古代魔道帝国時代からの伝統の飲み物である。
低い声で呟く。
「ジョルジュの目的はわかっている。だが、まだその時ではない。カインを投獄した程度ではどうにもならんと、わからないか?先代と当代、ルイラムの支配者はどちらも一癖も二癖もある、どう御していくか。
課題は山積み、王弟殿もおとなしくしているかどうか」
背もたれに体重を預け、ラオルは伸びをする。
そこに、客が来たとの知らせ。
憂鬱そうな顔を、作り笑顔に変えたラオルは客を呼ぶ。
これこそが、帝国の執政がルイラムまで来た理由だった。
入ってきたのは青いローブの青年だった。
空間を越える通路を閉じ、リィナは笑う。
「ジョルジュときたら、私よりはるかに年上のくせに、まだまだ未熟よねえ」
「リィナ、奴等は来るのか?」
リィナの後ろで待っていたらしき禿頭の老人は、待ちきれない様子で声をかける。
「せっかちね。あれだけ待てたんだから、もう少し待ってられるわよね?」
「いや、もう待てぬ。権力はなく、ロンダフの力も小娘に奪われた。余の力を取り戻すまで、安穏と待っているわけにはいかん」
小さな声でリィナは言う。
「あれは、あなたの力ではないわ」
「何か言ったか?」
「いえ、何も」
舌を出したのは見えなかったようだ。
まあ、いいわ。
飴をあげないとどんな忠犬でも、なついてはくれないものよ。
「今、ジャンバラが伝えているはずよ。この城の場所を。フェルアリードの居城たる“灰色の迷宮”城のことを」
「そうか、ならばよい」
機嫌を直して、老人は去っていく。
「うふふ、もう少し、もう少しよ、お父様。そして」
その先の言葉は闇に遮られ、誰にも聞こえなかった。
妖艶な笑みから、含んだような声がでる。
「さて、アベルは向こうに行ったし。客人もお父様に会いに行った。私は、何をしようかしら」
ルイラムの女王イヴァは私室で笑う。
魔法王国に集った人々は、多種多様の考えをもって動いている。
その流れが、渦を巻くようにルイラムを包む。
野望、陰謀、なんでもござれ。
その中にイヴァも立っている。
「私はただ踊るだけ。瀬戸際の世界を楽しみながら、踊るだけ」
くるくるとイヴァは廻る。
廻る世界を楽しみながら、イヴァは笑っていた。
笑い続ける。
夜はまだ始まったばかりだ。




