砂の王国15
のっそりと現れた男には見覚えがある。
「アルフレッド」
「アルフレッド・オーキス」
続けたのはホルスだ。
「知っているのか?」
「ああ、アルフレッド・オーキス。セト伯父の配下の騎士で最強と謳われた騎士だ」
「なんだかこそばゆいな」
顔に笑みを浮かべたアルフレッド。
そして、彼は手で合図を送る。
途端に、俺たちの後ろで倒れていた暗殺者が立ち上がり、跳躍し、闇に消えていった。
「明らかにとどめをさしたと思ったがな」
苦い顔でホルス。
笑いながらアルフレッドが喋る。
「奴ら、そんなやわなタマじゃねえよ。まあ、借り物だからな。俺やセト様の部下だったら俺がとどめさしてたわ」
「その、セト配下最強の騎士とやらが待ち伏せか。俺たちも大きく見られたもんだな」
「卑下するのはやめたほうがいいぜ?だがまあ、お前らのことを危険視しているのは確かだ。フェルアリード直々のご要望だからな」
「それで?我らをどうする気だ?私の命をとればセトにとってプラスにはならんぞ?」
「そうでもないさ。というか命まではとらんよ、ほんの一月ほど表舞台にでなければそれでいい、との仰せだ」
そこのカインは別だがな、とアルフレッドは続けた。
「俺の命を所望するのはフェルアリードくらいだろ?」
「ご名答。よっぽど恨まれるようなことをしたんだな。あいつしつこそうだからなあ」
「知るか。それよか、さっさとやろうぜ」
剣は抜いている。
アルフレッドも背の大剣を持つ。
お互いが構え、相手を見る。
アルフレッドは大剣を両手で持ち、肩に背負う。
重量のある武器の威力を最大限に活かすための構えだ。
上段からの降り下ろしが一番危険だ。
威力に速度が乗って、防御すら叩き割られる。
ならばかわす。
回避してからの、相手の一瞬の硬直を狙う。
ほんの数瞬で思考は終わり、俺たちは同時に動き出す。
アルフレッドの剣は、凄まじい速さで上段から降り下ろされる軌道を描こうとしている。
奴自身も恐ろしいほど踏み込みが鋭く、一気に距離を詰める。
その巨体もあいまって、岩の塊が迫ってくるような錯覚すら感じる。
けれど、見える。
迫ってくる鋼の刃、いや塊を右へステップ。
死をまとった鋼の塊が左側を通りすぎる。
ここで距離を詰め、隙だらけの奴にダメージをーー。
そのとき。
大剣が跳ねた。
アルフレッドの桁外れの力が大剣の軌道を動かす。
前に進もうとしていた足の力を無理矢理右へ、飛ぶ。
飛べ!
切っ先のギリギリ、数センチ差でかわす。
危なかった。
あそこから繋げてくるか、普通。
だが、安堵するのは早計だった。
空振りした勢いのまま、アルフレッドは一回転。
踏み込みでさらに加速。
威力と速度の増した第三撃。
無理な回避で、これ以上の駆動は無理。
あれに当たれば、剣ごと胴を両断される。
さっきの暗殺者以上に余裕がない。
相手の攻撃は読める。
しかし、読めても詰んでいる。
どうしようも無い中で本能的に俺は叫んだ。
“杖”の第1階位“ファイアボール”
詠唱も破棄、最速で放つ。
アルフレッドに当てるわけじゃない。
伸ばした俺の手のひらから、炎が吹き出る。
球体になった炎は次の瞬間、爆発する。
その衝撃で、俺は後方に吹き飛び。
アルフレッドの剣は勢いを削がれる。
ゴロゴロと転がり、誰かの墓石にあたって止まる。
背中が痛むが、動けなくはない。
「いやいや、あんたもなかなかイカれてるね。魔法の爆風で俺の攻撃を回避するとか。並みの神経じゃできないな」
「てめェこそ、力づくで剣の軌道変えやがって。危うく死ぬところだったじゃねえか」
「そりゃまあよ、殺し合いだからな」
殺気を噴き出しながら笑うアルフレッド。
セト配下最強というのも事実だろう。
俺も笑いを返すしかない。
なんとか立ち上がり、剣を構える。
が。
「やめだ」
構えをとき、アルフレッドは殺気を消した。
「は?」
「このままやっても、俺が勝つ」
ハッタリではないだろう。
奴にとってはただの事実。
「やってみなきゃわからない、なんて言うなよ?俺にはお前の弱点が見えているんだからな」
「俺の、弱点だと?」
自慢じゃないが、俺の魔法軽装戦士というスタイルはほぼ完成している。
15までに基礎を固め、それからの四年間で実戦を通して作り上げた。
もちろん、魔法ランクをあげることでの手数、戦術の幅の増加などはあるだろう。
けれど、戦いかたはもう完成している。
「正直、お前の見切りは半端ないよ?だが攻撃を回避するときに8割、右へ跳ぶ」
え?
「それと、回避に自信があるのだろうが、回避後の挙動がまずい。ギリギリで避けるため、予想外の攻撃の伸びに対処できない。よしんばできても体勢は崩れ、追撃の的になる」
それは、さっきまでの俺だ。
思い返せば、さっきも、暗殺者のときも、巨大ワーウルフのときもそうだった。
ギリギリでかわして、追撃が来て、そして無理矢理打開する。
俺の弱点か。
戦闘スタイル云々じゃなく、俺自身の弱点。
この胸のモヤモヤは悔しさ、なのだろう。
強い相手に弱点を教えられるってのはかなり悔しい。
「つうわけで、俺は引くわ。じゃ、ホルス王子もお元気で。葬儀やらなんやらは明後日、王宮でやるんで邪魔しにきたいならそうすればいい」
それを最後にアルフレッドは去っていった。
残された俺たちは、苦い顔で立ち尽くしていた。