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1円がMP10億ってマジですか!?

終電を逃した夜、俺はコンビニのレジ前で、スマホに3万円をチャージしていた。


 田中誠、二十八歳。中堅商社の営業二課。特技は謝罪、趣味は寝ること。

 給料日の夜にやることといえば、決済アプリ「ラクペイ」への入金くらいだ。


「チャージ完了しましたー」


 店員の声と同時に、画面に表示される残高。


 37,284円


 今月も、これで生き延びる。

 そう思った瞬間、スマホが真っ白に光った。


「……え?」


 レジの電子音が遠ざかる。床が抜けるような浮遊感。

 そして気づけば俺は、見渡す限りの草原に立っていた。


 空が紫色だった。月が2つあった。


「……異世界転移ってやつですか、これ」


 自分でも驚くほど冷静な声が出た。たぶん、3日連続の残業で脳がバグっていたんだと思う。


 とにかく人のいる場所を探そう。

 スーツ姿のまま草原を歩き、30分ほどで小さな村が見えてきた。


 そして村の入り口で、人だかりができていた。


「リーネ! しっかりしろ、リーネ!」


 地面に倒れているのは、16、7歳くらいの少女だった。

 栗色の髪。苦しそうな呼吸。そして――その右腕が、肘のあたりまで黒い鱗に覆われていた。


「な、何が……」


「魔力枯渇だ」


 白髭の老人が、絞り出すように言った。


「魔力がマイナスになった者は、魔物に堕ちる。それがこの世の理じゃ。リーネはな、村の結界を1人で張り直して……」


 鱗が、ぴき、と音を立てて肩へと広がる。

 少女の瞳孔が、縦に裂け始めていた。


「誰か魔力を分けてやれないんですか!?」


「分けたさ! 村の者全員でな!」若い男が叫ぶ。「でも俺たちの魔力じゃ、2000万の債務は帳消しにできない……!」


 2000万。

 それがどれくらいの数字なのか、俺にはわからない。


 ただ、目の前で女の子が化け物になっていくのを、黙って見ているのは無理だった。


 そのときだ。

 ポケットの中で、スマホが震えた。


『近くに送金可能な相手がいます:リーネ・アルバ』


「……は?」


 ラクペイの画面が、見たこともないUIに変わっていた。

 残高表示の下に、小さな文字。


【魔力換算レート:1円 = 10億MP】


 意味がわからない。

 意味はわからないが、「送る」ボタンが光っている。


 俺は震える指で、金額欄に「1」と入力した。


 ――1円。

 コンビニのレジ横の募金箱にすら入れたことのない金額。


「送金、っと」


 ポン、と軽い電子音。


『リーネ・アルバさんに1円を送りました』


 次の瞬間。


 ドオオオオオオオン!!


 少女の身体から、光の柱が天に向かって突き抜けた。


「うわああああ!?」

「な、なんだこの魔力は!?」

「結界が! 村の結界が勝手に十重に張り直されていくぞ!?」


 黒い鱗がぱらぱらと剥がれ落ち、光の粒になって消えていく。

 少女――リーネは、ぱちりと目を開けた。


「……あれ? 私、なんで……身体が、すっごく軽い……」


 ふわり、と彼女は浮いた。

 物理的に、地面から30センチほど。


「リ、リーネが飛んでる!」

「飛行魔法なんて王都の宮廷魔導師しか使えないはずじゃ……!」


 村人たちが一斉に俺を見る。

 スーツ姿で、スマホを握りしめたまま固まっている俺を。


「あ、あの……今、何をなさったので?」


「えっと……1円、送りました」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


その夜、俺は村長の家で、村に一人だけいるという鑑定士の婆さんに見てもらうことになった。


 婆さんは水晶玉を覗き込み、俺のスマホを恐る恐るつつき、それから3回くらい目をこすった。


「……兄ちゃん。ひとつ聞くがね」


「はい」


「この『37284』という数字は、何だい」


「俺の残高です。電子マネーの」


「この世界の人間の魔力はね、平均で200万。国一番の大魔導師様でも3000億が限界と言われとる」


「はあ」


「そしてこの板によると、兄ちゃんの『1円』とやらは、魔力10億に相当するらしい」


 婆さんは、震える手で羊皮紙に数式を書き始めた。

 俺も横で、スマホの電卓を叩く。


 37,284円 × 10億MP。


 = 37兆2840億MP。


 …………。


「1円がMP10億ってマジですか!?」


 俺の絶叫が、夜の村に響き渡った。


 いや待て、落ち着け。冷静に考えろ田中誠。

 国一番の魔導師が3000億MP。俺の1円が十億。つまり俺が持っている魔力は大魔導師約124人分。

 さっきのリーネが空を飛んだのは、たぶん――


「容量オーバーで、魔力が溢れたんじゃな」婆さんが言った。


 1円で。

 うまい棒の十分の一の値段で。


「お、俺……とんでもないことしたんじゃ……」


「とんでもないことをしたのは間違いないね。ありゃ、300年分の結界だよ」

婆さんは真顔で頷いた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


夜。客間のベッドに寝転がり、俺はスマホを見つめていた。


 残高:37,283円。


 1円、減っている。

 当たり前だ。送ったんだから。


 ……そこで、ふと嫌な考えが頭をよぎった。


 この世界では、魔力がゼロになると魔物になる。

 そして俺の魔力は、この残高と連動しているらしい。


 つまり。

 残高が、ゼロになったら?


「……いやいや。37000円もあるんだし。贅沢しなければ」


 そう自分に言い聞かせた、その瞬間。


 スマホの右上に、見慣れた表示が見えた。


 23%。


「…………充電器、ない」


 異世界に、コンセントは、ない。


 冷や汗が背中を伝う。

 電池が切れたら、どうなる? 残高は見えなくなるだけか? それとも――


 ピロン♪


 通知が来た。


『【ラクペイ】動画配信サービス「ネトシネマ」月額980円のお支払いが完了しました』


「サブスクううううううう!!!」


 980円 = 9800億MP。


 見たこともない動画サービスのために、俺の命が、大魔導師約3人分、消し飛んだ。

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