第40話 凱旋と、星を喰らう刃
火山の斜面を、ズリッ、ズリッと重い足音が下っていく。
「あー……死ぬ……。全身の骨がミシミシ鳴ってるぜ……」
「私、もう一歩も歩けません……魔力、すっからかんですぅ……」
死闘を終えたリオンとソフィアは、互いに肩を貸し合いながら、文字通りボロ雑巾のような姿で斜面を下っていた。
二人とも顔は煤と泥で真っ黒。
服は焼け焦げ、あちこちに血が滲んでいる。
「情けねェぞヒヨッコども! これを見ろ、この輝きを! 疲れなんて吹っ飛ぶだろうが!」
二人の前を歩くドワーフのバルバスは、両腕の骨にヒビが入っているにもかかわらず、抱え込んだ青白い『星の鉄』に頬擦りをしてニヤニヤと笑っていた。
完全に鍛冶師としての脳内麻薬が分泌され、痛みを忘れている状態だ。
そして。
「うむ! 空気が美味い! やはり死線を超えた後の飯と酒は最高じゃろうな!」
一行の先頭では、千代女が一人だけピクニック帰りのような足取りでスキップを踏んでいた。
竜の至近距離ブレスを浴びて全身に重度の火傷を負い、衣服は半ば炭化している。ソフィアの規格外の回復魔法で破れた内臓や致命傷こそ塞がったものの、肌のあちこちには赤黒い火傷の痕や、生々しい切り傷が痛々しく残っていた。
重症者レベルにもかかわらず、彼女は痛がる素振りすら一切見せず、ルンルンと鼻歌交じりに火山の岩場を跳ねるように下っているのだ。
「あの人……本当に人間なのかよ」
「人間じゃありません……歩く災害です……」
千代女の背中に向けて、リオンとソフィアが遠い目を向ける。
やがて、噴煙の向こうに、溶岩の川が流れる溶鉄都市マグメリアの街並みが見えてきた。
「おい、見ろ! バルバスの親父たちが帰ってきたぞ!」
血まみれでボロボロな四人の姿を見た街のドワーフたちが、信じられないものを見るように目を丸くして集まってくる。
そして、バルバスが抱えている青白く輝く巨大な鉱石を見た瞬間、街中に割れんばかりの歓声とどよめきが爆発した。
「ほ、星の鉄だァーッ!!」
「あのAランクオーバーの古竜から、伝説の鉄を奪い取ってきやがった!!」
かくして、彼らの帰還は街を巻き込んだ三日三晩の大宴会へと発展した。
だが、その宴の輪の中に、バルバスの姿だけはなかった。
カンッ!! ガァァァァンッ!!
バルバスの工房『紅蓮の金床』からは、昼夜を問わず、狂気じみた重厚な槌音が響き続けていた。
「叩き潰すんじゃねェ……! 馴染ませるんだ! 折れた鉄の層の間に、星の欠片を滑り込ませろ!!」
燃え盛る炉の前。
上半身裸になったバルバスが、滝のような汗を流しながら巨大なハンマーを振り下ろしている。
金床の上には、赤熱した『無銘』の折れた刀身と、青白く発光する『星の鉄』。
絶対に混ざり合わないはずの異世界の鋼と、天から降ってきた不純物ゼロの隕石。
バルバスは、数百年のドワーフとしての鍛冶技術と勘のすべてを動員し、二つの金属が溶け合う極限の温度を見極め、叩き、伸ばし、そしてまた折り返しては叩き続けていた。
(すげェ……なんて鉄だ。隕鉄の莫大な魔力を、この刀の『殺意』が完全に呑み込もうとしてやがる……!)
五日目の夜。
ハンマーの音が、鈍い「ガァン」という音から、澄み切った「キィィィン」という極めて高い金属音へと変わった。
二つの金属が、完全に一つの刃として結合した合図だった。
「よし……! 喰らい尽くしやがった!」
バルバスは目を血走らせ、赤く熱されたその刀身を、特殊な油を満たした桶の中に一気に突き入れた。
ジュゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!
激しい蒸気が工房を白く染め上げる。
焼き入れ。刃に魂を定着させる、最後の工程。
蒸気が晴れた後、バルバスの太い手には、一本の真新しい刀が握られていた。
「……できたぜ。俺の、いや、ドワーフの歴史上、最高傑作だ」
翌朝。
連絡を受けた千代女たちが工房を訪れると、そこにはゲッソリと痩せ細り、真っ白な灰のように燃え尽きたバルバスが床に座り込んでいた。
「親父殿! 大丈夫か!?」
リオンが駆け寄るが、バルバスは満足げな笑みを浮かべ、作業台の上に置かれた一本の刀を顎でしゃくった。
「見な、ねーちゃん。お前の折れた爪楊枝が、とんでもねェバケモノに進化して帰ってきたぜ」
真新しい服に着替えた千代女は、静かに歩み寄り、新しい鞘に納められた刀を手に取った。
そして、鯉口を切り、スッと刃を抜き放つ。
「おお……!!」
千代女の口から、感嘆の吐息が漏れた。
工房の薄暗い光を反射して現れたのは、かつての青白い鋼の刃ではない。
漆黒。どこまでも深く、吸い込まれるような夜空のような黒い刃。
そして、幾重にも折り重なった地肌の波紋の中に、まるで天の川の星屑のように、青白い隕鉄の斑紋がキラキラと無数に煌めいていた。
「ただ硬いだけじゃねェ。星の鉄が完全に融合したことで、とんでもねェ魔力伝導率を持っちまった。お前さんの異常な速度と剣気にも、二度と折れることなく耐え抜くはずだ」
バルバスがドヤ顔で言い放つ。
千代女が軽く刃を振ると、ヒュッ、と空気が悲鳴を上げ、刃の軌跡に青白い星の残光がフワリと浮かび上がった。
「素晴らしい……。刃こぼれ一つない完璧な重心。そして、この星の煌めき」
千代女は刀身に顔を近づけ、その美しい刃紋に自分の目を映した。
この刀は、ゴブリン・キングの黒鋼を断ち切り、星喰いの竜との死闘を経て、さらに強大な隕石をその身に呑み込んだ。
「名も無き刃よ。お主は強者を喰らい、星を喰らって、新たな牙へと生まれ変わった」
千代女はニヤリと、獲物を狙う猛禽類のような極上の笑みを浮かべた。
そして、新しい愛刀を高く掲げ、その名を高らかに宣言する。
「お主の新たな名は――『星喰』じゃ!!」
最強の剣士と、星を喰らった魔剣。
二つの理不尽が完全に合わさった瞬間、刃から放たれた青白い覇気が、工房の重い扉をガタガタと激しく揺らしたのだった。




