表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サムライ異世界に往く ~死に場所を求める最強の剣神、うっかり規格外の無自覚無双をしてしまう~  作者: 戯言の遊び
④星降奇跡 編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/40

第31話 溶鉄都市と、東の大陸の拳 

 視界を歪ませるほどの陽炎。

 鼻を突く硫黄と、焦げた鉄の匂い。


 南の活火山。その火口付近のすり鉢状の地形に、へばりつくように築かれた重工業都市『マグメリア』


 街の動脈のように赤熱した溶岩の川が流れ、昼夜を問わず、何百、何千という鍛冶の槌音が重厚な音楽のように鳴り響いている。

 熱気と活気に満ちた、ドワーフたちの本拠地。


「あ、暑い……溶けますぅ……」


 馬車を降りたソフィアは、まとわりつくような熱風に顔をしかめ、今にも倒れそうにフラフラと歩いていた。


「なんじゃ、だらしない。良い匂いではないか」


 対照的に、千代女の足取りは羽のように軽い。

 汗一つかかず、大きく息を吸い込む。


「鉄を鍛え、命を吹き込む神聖な匂いじゃ。この熱気……日ノ本の刀鍛冶の村を思い出すわ」


 上機嫌な千代女は、腰の『無銘』を軽く叩いた。


「さて。ギルド長が言っておった凄腕の鍛冶師……バルバスとかいう男の工房は、どこにあるのやら」

「えっと……確か、『紅蓮の金床』という看板が……きゃっ!?」


 通りを曲がろうとしたソフィアが、ふいに悲鳴を上げて後ずさった。

 その直後、路地の奥から凄まじい轟音と共に、積荷を乗せた荷馬車が粉々に砕け散って吹き飛んできたのだ。


「グルルォォォォォッ!!」


 土煙の中から現れたのは、全長五メートルを超える巨大な野良魔物だった。

 全身を火山岩のような黒く分厚い鱗で覆った、六本脚の巨大トカゲ。


火食い蜥蜴(サラマンダー)……! なんで街の中に!?」

「ほう」


 ソフィアが震える横で、千代女は目を細めた。

 その時だった。


「下がってろ!!」


 野次馬の中から、一人の若者が弾かれたように飛び出した。


 両手に分厚い布を巻きつけた、身軽な格闘士(モンク)の出で立ち。

 若者は巨獣の正面に立つと、一切の躊躇なく踏み込んだ。


 ――鋭い。


 千代女の目が、ほんのわずかに見開かれる。


「シィッ!!」


 短い呼気と共に放たれる、怒涛の連撃。

 左の拳でトカゲの顔面を打ち据え、瞬時に沈み込んで右の肘打ちを胸元へ。

 さらに回転の勢いを乗せた重い回し蹴りが、巨体の横腹に炸裂する。


(ほう。無駄のない踏み込み。重心のブレが一切ない)


 千代女は、その若者の体捌きを的確に評価していた。

 荒削りだが、(かた)が極めて美しい。

 実戦の中で死線を潜り抜け、洗練されてきた『東の武術』の歩法だ。


 だが。


 ガキィィンッ!!


「ぐっ……!?」


 会心の蹴りを叩き込んだはずの若者が、苦悶の表情を浮かべて後退した。

 硬すぎるのだ。

 魔物の持つ火山岩の鱗は、鋼の鎧すら凌駕する。

 若者の優れた打撃は、その分厚い装甲を前に、表面を叩く音を響かせただけで完全に弾かれてしまった。


「ギシャァァァッ!」


 反撃。

 鱗を叩かれて苛立った魔物が、若者を噛み砕こうと巨大なあぎとを開き、突進する。


 体勢を崩した若者に、避ける猶予はない。

 誰もが彼が食いちぎられると目を覆った――その瞬間。


 スッ、と。


 本当に、音もなく。

 若者の目の前に、一人の女が立っていた。


 千代女だ。

 抜刀は、しない。

 彼女は半身に構え、左手に握った『鞘』の先端を、突進してくる巨大な魔物の顎下へ向けた。


(鱗が硬ければ、力で砕く必要はない)


 トスッ。


 それは、拍子抜けするほど軽い、力みの一切ない一撃だった。


 魔物の分厚い鱗、その僅かな『継ぎ目』。

 開いた顎の付け根の、最も柔らかい一点に。

 千代女の突き出した鞘の尻が、正確無比に吸い込まれた。


「――浸透せよ」


 ゴンッ!!


 外側ではない。

 魔物の頭蓋の『内側』で、何かが弾けるような鈍い音が響いた。


 巨体の動きが、ピタリと止まる。


 外傷は一切ない。鱗も一枚も割れていない。

 だが、千代女の放った一点集中の打撃は、硬い装甲を透過し、魔物の脳髄を直接、完全に揺らしていた。


 白目を剥いた巨大なトカゲが、糸の切れた操り人形のように、ズゴォォォンッ! と崩れ落ちる。


「……は?」


 背後で尻餅をついていた若者が、呆然と息を漏らした。

 自分が全力で打っても傷一つつけられなかった硬い魔物を。

 この小柄な女は、ただ鞘を軽く当てただけで、一撃のもとに沈めてみせたのだ。


「むぅ」


 千代女は、ピクピクと痙攣している魔物を見下ろして、小さくため息をついた。


「やはり、ただの獣か。鱗は立派だが、戦い方に知性がない。退屈じゃ」


 そうボヤいて振り返った千代女の瞳と。

 床にへたり込んだ若者の瞳が、交差する。


「お主。なかなか良い歩法を持っておったな」


 千代女がニッと笑う。


「あのまま打ち合っていれば、三手先で鱗の弱点に気づけたやもしれんぞ。悪くない拳じゃ」


 その言葉を聞いた瞬間。

 若者――修羅の大陸から武を求めて海を渡ってきた格闘士・リオンの全身に、雷に打たれたような衝撃が走っていた。


 力ではない。

 純粋で、ただただ、強い

 彼が求めてやまなかった頂の景色が、今、目の前に立っていたのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ