インフォメーション
私は、舞浜駅に来ました。調べてみると、落し物を取り扱っている施設があるということが分かったのです。ディズニーシーの入口の近くにあるそうです。
仕事が終わるとすぐに、私は電車に乗り、舞浜へ向かうことにしました。あの鞄を取りに行こうと思いました。振ってやるために、私の買った鞄を大事に扱ってくれなかったことをきっかけにし、私の気持ちを理解してくれなかったことを思い知らしてやろうと思ったのです。
夕方であるからでしょうか。昨日よりは人が少ないように見えます。私は、昨日と同じようにモノレールに乗り込み、ディズニーシーステーションに向かいました。軽快な音楽が流れているのですが、昨日のようにうきうきすることはありませんでした。
ディズニーシーステーションに到着しました。人はほとんどいません。
モノレールを降りてすぐに、“東京ディズニーシー・インフォメーション”という所がありました。赤い扉が解放されていて、赤い服を着たキャストさんが机越しに立っていました。昨日は気が付かずに通り過ぎていたようです。私は、中にゆっくりと入りました。
「こんにちは」
キャストさんが笑顔であいさつをしてくれました。私も、こんにちはと返しました。
「どうされましたか」
「あ、あの・・」
私は、昨日園内で鞄を落としたことを説明しました。そうすると、鞄の特徴や、見失った時間、場所を色々聞かれました。私は全部答えました。彼の鞄を選んだのは私だし、特徴や入っているものも全部知っています。けれど、彼氏のものだということは一切口にしませんでした。
「確認してきますので、お掛けになってお待ちください」
キャストさんはそう言って、奥の扉へ入っていきました。
この部屋は意外と殺風景でした。ディズニーシーのマップや、英語・中国語・韓国語ガイドが置いてあったり、外国為替レートの表示板が置いてあったりと、本当に用がある人しか来ないような施設でした。
しばらくして、キャストさんが扉から出てきました。
「昨日の閉園時間頃、広場付近で拾得があったようです」
まさしく、あの鞄でした。あんな広く、人が多い場所で、正直見つからないとは半分思っていたけれど、改めてディズニーの凄さを感じました。
「中身の方の確認をお願いします」
そう言ってキャストさんは鞄を差し出してきました。確認を終えた後に、身分証明をして引き渡しとなるそうです。私はさっさと確認してしまってから帰って、彼に電話を入れてやろうと思いました。
鞄の口を広げ、手を入れました。白いタオルが出てきました。これはいつも入っています。汗を拭くために取り出すみたいだけれど、そういえば取り出したところ一回くらいしか見てない。これちゃんと洗っているのかしら。つい匂いを嗅いでしまいましたが、そんなに臭くない。ちゃんと新しいものをいれているようです。
ビニール袋が出てきました。灰色でした。これは一体何なのでしょうか。たまに見かけるけれど、ゴミが入っているわけでもなさそうだし・・・。男の人って、謎の物をときどき持っていたりするのね。
「・・・?」
ビニール袋を鞄の中に戻そうとした時、何か塊が手に当たりました。私はもう一度ビニール袋を見ました。やはり何か入っています。手のひらで掴めるほどの小さな四角いもののようです。
手を袋の中に入れて、箱を取り出しました。
さわり心地のよい、小さな紺色の箱がありました。
「・・・・え・・・?」
ためらう気持ちはありました。私が勝手に開けていいものではないのではないか。と思う気持ちも頭の片隅にありました。けれど、私は、開けてしまいました。
「・・・・・・うそ・・・」
私は思わず、箱を右手に持ったまま、口を左手で覆いました。
その左手を動かす風圧により、ビニール袋が口を下にし、ふわふわと落ちました。すると、袋の中からまた何かが出てきました。
私は、右手の震えを抑えながら箱を机に戻し、袋とその何かを拾いました。
それはしわしわになった紙でした。何か書いてあるようです。
手は震えていましたが、なんとか紙を広げることができました。
「・・・・・」
それは、書いてあったのです。とっても汚い字で・・。
“俺はかなり不器用だ。自分でも分かっている。またしくじるかもしれない。情けない。男として失格だと言われても仕方がない。けれど、俺はもう一度やり直す。俺は全力を尽くす。君が少しでも俺のことを思ってくれているなら、あきらめない。これは、俺の覚悟の証だ。どうか、君があのヴェネチアン・ゴンドラでくぐった橋の下で願ったことを、俺が実現できますように”
・・・・・・。
私は目の前が潤んでよく見えなくなりました。その潤みの水は、頬を伝わり、私の服を濡らしました。
本当に馬鹿ね。
どうしてこんなに不器用なのよ。
こんなセリフまで用意して・・・。
あんなに私を心配させて。あんなにがっかりさせて・・。
ほんとうに馬鹿。
私のあの時間を返してよ。もう信じられない!
私はいつの間にか、その紙をくしゃくしゃにしてしまいました。紙を顔に押しつけていました。もう紙はくしゃくしゃでびじょびじょです。私は、声を押し殺して、馬鹿と叫びました。
「・・・・大丈夫、ですか?」
キャストさんが、声をかけてくれました。いけない。私ったら。こんなところで泣くなんて。迷惑に決まっているわよ。私は慌てて涙をふきました。
「だ、大丈夫です。大事な鞄が見つかって、つい・・」
無理やり笑顔を作って答えました。キャストさんは、気を遣ってくれたのか、そうですか。よかったです。とだけ言って、後は何も聞こうとはしませんでした。
その時、奥の扉から、もう一人のキャストさんが出てきました。対応してくれたキャストさんに何か話をしています。
「お客様、すいません。今、男性の方から電話で問い合わせがありまして、
今ご確認いただいている鞄と同じものをお探しのようです。まだお客様がお越しいただいたことはお伝えしておりませんが」
私は、少し考えてから、鞄をキャストさんに返しました。
「彼に返してください。私は、・・・彼から・・・もらいます」
笑顔をまた作りました。涙が目にあふれているのは、もうキャストさんは分かっています。
「・・わかりました。お客様がお越しいただいたことは、お伝えしません。私たちが責任を持って、お返しさせていただきます」
キャストさんは、笑顔でそう言ってくれました。
「ありがとう」
その時、私の携帯がぶるぶると震えました。発信元を確認しました。
「これから、行くところがあるので。....ありがとうございました」
私は、深々とキャストさんに頭を下げました。
「そうですか。お気をつけて行ってきてください」
キャストさんの笑顔は素敵でした。
「あ、アリデヴェルチ(さようなら)」
私はぎこちなくそう言いました。
「アリデヴェルチ」
キャストさんは笑顔で答えてくれました。
私たちはハイタッチをしました。
そして、私は急いでその場を後にしました。
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駅のコンコースには、幸せそうなカップルが、水路を進むゴンドラに乗り、橋をくぐっているポスターが貼ってありました。
第一部 Wish
終わり




