第1部 1 冒険の海
これは「私」が書いた日記です。
私の彼氏はとっても不器用です。自分の思ったことを上手く表現できません。それでも彼は、常に私のために一生懸命なのです。
私の仕事はとある接客業で、彼はサラリーマンをしています。2人とも同い年で、互いに不思議と気が合うこともあり、大学を卒業する頃に付き合い始めました。気が付いたらもう5年も経っていて、そろそろ次のことも考えないといけないなと思ったことは、幾度とあります。
そんなある日、彼から一本の電話が入りました。その内容は、東京ディズニーシーに行こうというものでした。そういえば私たち2人は同じ千葉県に住んでいながら、一度もディズニーというところに行ったことはありません。時々のデートも、趣味のよく分からない映画を見るだけ。そんな彼がいきなりディズニーなんて。しかもどうしてディズニーランドじゃなくディズニーシーなのかしら?長く付き合っていても彼のそんなところはわかりません。でも、ちょっと嬉しいかも。ちょうどお互いの同じ休みの日があったので、私はOKすることにしました。
ゴールウィークの中日、私たちは午前11時にJR舞浜駅の南口に集合することになりました。混雑している武蔵野線から降りると同時に、電車に乗っていた半分以上の人が降りていき、駅のホームはあっという間にいっぱいになりました。総武線で通勤している私にとっては見慣れた風景ではありましたが、この人達のほとんどがディズニーというところに向かっているのだと思うと、つい驚いてしまいました。
下りエスカレーターの人の列に並び、とろとろと歩いていると、軽快な音楽の発車ベルが鳴りました。確かこの曲は、イッツアスモールワールドという名前だったかしら。普段の仕事に忙殺されている私は、久しぶりにうきうきというか、少女の頃の感覚を思い出しました。彼は先に来ているのかしら。いつも待ち合わせの時は必ず私より先に来てくれているので、そこが彼の好きなところの一つでもありました。
ようやくエスカレーターを下り、かつてロッカーがあったと思われるスペースを通り過ぎ、人の波が流れていく南口の方に向かいました。Suicaをかざし改札を出ても、人は沢山いました。ザワザワと人の声が響きあってはいるが、メリーポピンズといった軽快な音楽がところどころ聞こえてくるので、やはりここは特殊な空間のような気がしました。
彼はやはり先に来てくれていました。改札を出て右奥にある浦安市の地図の立て看板の付近で待ってくれていたようで、私に気が付くと私の方に来てくれました。彼の誕生日にプレゼントした鞄(いつも持ってくれている)を持っていました。おそらく今日も、いつもと同じようにタオルとビニール袋が入っているでしょう。彼は明らかに緊張している面持ちでしたが、私の右手を取り、歩き出しました。彼の手のひらは汗でびっしょりでした。途中、園内についての情報看板が立っているのが見えましたが、特に気にせず通り過ぎました。
最初に向かったところは、モノレールの駅でした。ここは、商業施設である、イクスピアリに隣接していて、主にディズニーシーやディズニーリゾートの公式ホテルに向かう人達が乗る駅なのだそうだ。彼はたどたどしい言い方で、ここはリゾートゲートウェイステーションだよと言ってくれました。情報には疎い彼でしたが、頑張って調べてくれてきてくれているようで、私は、そうなのねと笑顔で答えました。
自動券売機に一回250円の高めの料金を入れると、いたって普通の切符が出てきました。切符を自動改札機に通し、長い上りエスカレーターを上ると、屋根と窓ガラスに囲まれたホームが見えてきました。相変わらず人は沢山いましたが、とても開放的な空間に見えました。モノレールの進行方向を向くと、右側にはJR舞浜駅、左側にはイクスピアリ、レールの向こうにはヴィクトリア宮殿をモチーフに造られたという東京ディズニーランドホテルが見えました。私はそのホテルの立派さにただ驚き、夢の世界の存在に驚かされました。
「まもなく、リゾートライナーが参ります。黄色い線まで下がって、お待ちください」
女性の綺麗な声がホーム内に響き、ホームに立っている駅員(あっ、キャストって言うみたいです)がとても素敵な笑顔で再度アナウンスをし、安全を呼びかけていました。
しばらくすると、ホームにモノレールが入って来ました。車体にはブルーのラインが入っていて、窓はミッキーマウスの頭の形をしていました。「かわいい!」自然と声が出てきました。
モノレールに乗っていた何十人かの人は反対側のホームへと降りていきました。その後、ホームドアとモノレールのドアが開き、私たち2人は先頭車両に乗り込みました。先頭車両には、なんと運転士がいませんでした。大きな窓、座席があり、レールがしっかり見えました。私はその座席に向かおうとしましたが、後から入ってきた子供たちが楽しそうに座席へ向かっていったので、そのまま立って景色を眺めることにしました。つり革を掴むと、彼が、つり革を見てごらんよと言ってきました。これもまたびっくり。ミッキーマウスの形をしていました。私は、「わっ、かわいい!」とまた声を発してしまいました。こんなことまで調べてくれているなんて。嬉しくなった気がしました。車内は、色々な軽快なディズニーソングが流れていました。
乗車駅から見えたディズニーランドホテルがあり、さらにはディズニーランドの入口があるディズニーランドステーション、公式ホテル群の最寄り駅であるベイサイドステーションを停車し、モノレールは目的地であるディズニーシーステーションへと向かいました。
今までの駅とは違った、ヨーロッパと海を思わせるような雰囲気があるディズニーシーステーションに到着し、左側のドアから降車しました。
「東京ディズニーシーへ、ようこそお越しくださいました」
今度は男性の美しい声がホーム全体に響きわたりました。すごい!ディズニーシーに来ちゃった!日本じゃないみたい。舞浜駅に着いた時からディズニーの作る雰囲気に魅了され続け、私は完全に胸が高まっていました。
しかし、アナウンスには続きがありました。
「東京ディズニーシーは、パーク内が混雑しているため、チケットの販売を一時中止させて頂いております」
・・・何かの聞き間違いかと思いましたが、そのアナウンスは二度も三度も流れていました。私は、彼に確認をしようと彼の顔を見ました。彼の額からは、大量の汗が流れていました。
ディズニーシーの入口にあるチケットブース(当日券を販売するところ)の窓はカーテンでふさがれていて、販売再開の見込みは15:00頃と書いた立て看板が置いてありました。いわゆる、入場制限っていうものだそうです。彼は、チケットを今日買うつもりだったようで、一言、ごめんと言いました。残念だけど、不器用な彼がこんなことをしてくれているのだし、むしろこの失敗は彼らしいなと思いました。
私たちは、園外に設置してあるベンチに腰掛けました。ほかにも、再開を待っているお客さんが沢山いるようです。
「この前さ、ドライバーで260ヤード飛ばして、まさかのバーディー出して、ほめられちゃってね」
お決まりのゴルフトークが彼の精一杯の雰囲気づくり。話は全く分からないけれど、雰囲気は良くしようと頑張ってくれている。
時々、全身が真っ白な服を着たお掃除の人が長い箒とちりとりを持って、素早くゴミを取りながら歩いて来ました。なんか、水たまりがあればミッキーとかの絵を描いてくれるというようなことを聞いたことはあるけれど、今日は晴天なので、水たまりはありません。(ちょっと残念)そして、他のお客さんが決まって同じような質問をしていました。
「いつ入れるんですか?」
お掃除の人は「はっきりとは決まっていませんが、15時頃の予定です」と丁寧に答えています。時々、「わざわざ遠方から来たっていうのに、入れさせないのは何だい!ああ?夢とかなんとか言って金だけ取ろうとしやがって!」というような中傷してくる人もいました。それでも掃除の人は、申し訳ありませんと言いながらも、丁寧に事情を説明していました。それを見ていた私は、クレームを受けるとすぐに反発してしまうことを思い出し、日々の行動を反省しようと思いました。
14時を過ぎた頃、人がチケットブースに並び始めました。どうやら入場を再開するようです。私たちも列に並び、7400円のチケットを購入しました。(彼が払ってくれました)警備の人に求められ、かばんの中を簡単にチェックされ、素敵な笑顔で迎えてくれた入口のキャスト(ワールドバザールキャスト)の指示どおり、タッチパネルにチケットをかざし、(今の時代、パンチをあけるのではなくて、QRコードで読み取るのね)回転バーを押しながら通過して、いよいよディズニーシーに入園しました。人はやはり沢山いて、これでは入場制限も仕方がないと思いましたが、私はこの夢の世界にいよいよ入ることができたと思い、胸がうきうきしました。彼の手のひらはさっきよりもびっしょりしていました。




