43.スミレの真実
私はリカルド様と共に、王城の控室で国王陛下への謁見を待った。
ロンベルクまで逃げてきたソフィを、執事のウォルターが王都まで連れてくるという。王都に戻るのを嫌がっていたソフィを連れて来られるのか、とリカルド様に尋ねた私がバカだった。ソフィに王都に戻る、戻らないを選択する権利などない。
そう、私はここにくる前に、リカルド様に真相を聞いてしまったのだ。
◇
お母様が毒に倒れたのは数年前のこと。
高齢のために引退する主治医の代わりに、新しい主治医がヴァレリー伯爵家にやって来た。お父様が連れてきたお医者様だと認識していたのだが、実はお父様の愛妾であるシビルの紹介で来た医者だった。
ただ、その主治医は、医者というのは真っ赤な嘘。本当はドルン領にある染物屋の男。
ロンベルクの森で採れるアルヴィラを使って染物業を営みながら、ドルン原産であるドルンスミレの毒性を高める加工を重ねていた。その毒はこの後、ヴァレリー伯爵家を乗っ取る計画のために使われることになる。
染物屋の男とシビルは、夫婦だったらしい。そしてソフィ・ヴァレリーは、シビルとその男との子だった。私をどこかに嫁がせて伯爵家を追い出し、ソフィがヴァレリー伯爵家を継ぐ算段を立てていたそうだ。
私が生まれる前にも、シビルは使用人としてヴァレリー伯爵家で勤めていた。お母様が私をお腹に宿して悪阻で寝込んでいた頃、シビルはお父様の愛妾となった。しかし彼女は、私が生まれた直後に突然ヴァレリー伯爵家を去った。
そして十数年後、再び使用人としてヴァレリー家に勤め始めたシビルは、お母様のお茶にドルンスミレの毒を盛った。お母様が体調を崩し始めた頃に偽の主治医が現れ、ドルンスミレの毒を点滴に混ぜたので、お母様が意識不明となった。
お母様の意識がなく反論できなくなったのを見計らって、シビルはソフィをお父様の子だと主張した。
『ヴァレリー家を退職した当時にヴァレリー伯爵の子を妊娠していたが、本妻の子と同じ屋敷の中では育てられない。だから妊娠を黙ったまま退職して、実家に戻った』
と言うのが彼女の言い分。
シビルが連れてきた自称・ヴァレリー伯爵の娘のソフィは、元の黒髪をアルヴィラを使って銀髪に染めていた。
そしてソフィはそのままヴァレリー家の正式な娘となった。スミレ色の髪を持つ私の存在とは対称的な美しい銀髪だったから、皆がソフィをお父様の実子だと信じた。
本当は、シビルが退職した後に結婚したドルンの染物屋の男との子だったにもかかわらず。
その後も偽主治医は、ドルンにある自宅からアルヴィラとドルンスミレを定期的にヴァレリー伯爵家へせっせと運んだ。アルヴィラを飲んだソフィは銀髪を保ち、ドルンスミレの毒はお母様の点滴に仕込まれた。
ロンベルク辺境伯との縁談の話が上がったことで、彼らは私を伯爵家から追い出すことに成功した。残る彼らの目的は、ソフィがヴァレリー伯爵家を継ぐことのみ。
今思い返せばこの時が一番危なかったのかもしれない。私がいなくなれば、お母様を見る目がなくなる。彼らはお父様の目を盗んで、お母様に手をかけようと計画しただろう。お母様がいなくなれば、今は愛妾の立場であるシビルも伯爵夫人の座を手に入れる。
ロンベルクに出発する前に私がグレースに付きっ切りの看病を頼んだことで、何とかその危機は免れた。
彼女たちの計画が狂ったのは、ロンベルクの森に再度現れた魔獣の影響だった。森へ入ることが禁止され、アルヴィラもドルンスミレも採取できなくなった。ほどなくしてヴァレリー伯爵家へのアルヴィラとドルンスミレの納品が途絶えることとなった。
ソフィは銀髪に染めることができなくなり、偽主治医はお母様が目を覚ますことを恐れて逃走した。それに気付いたシビルとソフィも、慌てて逃走を図ったのだろう。
お父様から見れば、主治医と愛妾、そして最愛の娘が突然消えたことになる。
大切な人がいなくなったお父様は混乱し、財をつぎ込んで自警団を山ほど雇って調査に当たらせている。
◇
リカルド様からこの真相を聞いた時は、あまりのことに言葉も出なかった。
ロンベルクへ嫁ぐ前、私がグレースにお母様の看病を頼んでいなかったとしたら……?
今頃、お母様の命はなかっただろう。想像しただけで体がガタガタと震えて止まらなくなった。
「リゼット、どうする? この件はもちろん国王陛下に報告済みだ。ウォルターに頼んで、ソフィを王都に連れてくるように手配している。彼らの裁きの場に、君も立ち会う?」
「……もちろん、立ち合います」
「ヴァレリー伯爵もその場に呼んでいる。君を虐げた父親と再び顔を合わせることになるけど大丈夫?」
「はい……大丈夫です。きちんと見届けます」
そんな会話を経て、私は今日を迎えた。
いよいよ国王陛下の裁きが始まる。
私とリカルド様は案内人に従って、国王陛下との謁見の間に向かった。




