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27.魔獣の再来

 ドルン領を魔獣が襲ったという知らせが入った。


 森に住む魔獣は、以前ロンベルク騎士団が一度制圧したはずだった。湖の水で浄めて封印したのだと、先日カレン様から聞いたばかりだ。しかし今回、数匹の巨大化した鹿のような獣が民家や家畜を襲ったという。ドルン領には急遽騎士団が配備され、森へ入ることが禁止された。


 驚くべきは、我々ロンベルク領に報せが入るまで二週間もかかったことだ。ドルン領が魔獣に襲われたのは、今から二週間前だ。

 遅れた理由は、襲われた家の主人が無許可で森へ入る違法行為を繰り返していたからだという。被害の調査に入られると困るようななんらかの事情があって、被害を隠していたようだ。


 ユーリ様は魔獣出没の対応に追われ、昨日の晩から寝ずに仕事をしている。


 ロンベルク騎士団を二分して、半分は森へ向かい、もう半分は領地の防衛につかせることになった。そのための人員配置、王都への報告と増員要請、領民たちへのアラートの発令。指示を受けた者や報告に来た者の出入りが激しく、屋敷は一晩中騒がしかった。


 騎士団の一員で研究者でもあるカレン様は、何者かが湖の水を汚したのかもしれないと予想しているらしい。私も同行したロンベルクの森の視察の際、ドルン領側のアルヴィラの花が根こそぎ抜かれていたことが関係しているのかもしれないと、屋敷内ですれ違った騎士のハンス様がこっそり教えてくれた。

 

 この二週間の間に、魔獣の数が増えているかもしれない。

 ユーリ様を筆頭に、ロンベルク騎士団は急いで森に入る準備を進めている。もちろん、カレン様もユーリ様に同行する。


 ユーリ様がリカルド・シャゼル様の身代わりだった――私とユーリ様の間での気まずい会話は、今後どうするのか結論を出すことなく中途半端に終わってしまっている。


 旦那様だと思っていた人の正体を知った私は、このまま辺境伯夫人としてここに残るのか、出て行くのか。


(でも、旦那様が本物のリカルド様ではなくても、私が今この時点で、シャゼル辺境伯夫人であることに変わりはないわ)


 顔を合わせたこともないリカルド様の代わりに、私がこの屋敷をしっかりと守らなければいけない。使用人たちの身の安全を守るのは、本物のリカルド様がいない今、私の役割だ。


 夕方、執務室で仮眠をとっているユーリ様にブランケットを持って行った。気付かれないようにそっとかけたつもりだったのに、彼は目を覚ましてしまった。


「リゼット……」

「起こしてしまいましたか、申し訳ございません。もし時間がありそうでしたら、一度寝室でお休みになっては?」

「そうだな。明日の昼には領内の警備も整って、俺たちは森へ向けて出発することになる。君との大切な話が、中途半端になってしまって申し訳ない」

「いいえ、まずはロンベルク領の安全を優先に。私は一応の辺境伯夫人として、この家を守ります」


 そう言って笑顔を作ってみせる。

 ユーリ様は起き上がって、申し訳なさそうな顔で私に言った。


「……俺がこんなことを言えた義理じゃないのは分かっているが、リゼットにこの屋敷の留守を頼む。ここを守るために騎士団は半分残していく。この屋敷が変な形をしているのは、有事に攻撃しづらくなるためだから」

「なるほど。そういうことなら、これまで何度も道に迷った甲斐がありました」

「地下に避難できるシェルターがある。何かあればウォルターと協力して、全員で地下に避難してくれ」

「分かりました。どうかお気をつけて。リカルド・シャゼル様がご不在の今、この家の責任者は私だと思っています。使用人たちのこともお任せください」


 ユーリ様はブランケットをたたみ、立ち上がる。

 部屋から出て行こうとするユーリ様の背中を見つめているうちに、つい無意識に呼び止めてしまった。


「ユーリ様!」

「どうした?」

「……くれぐれもご無事で。必ず戻ってきてください」


 元をただせば私も、ソフィの身代わりで嫁いできた。そして、ユーリ様も自分の意志とは関係なくリカルド様の身代わりとなった。

 私ばかりユーリ様を責めるわけにはいかない。ユーリ様は、ヴァレリー家から嫁いでくるのはソフィだと思っていたのだ。


 会うはずのなかった身代わり同士の私たちが、こうして出会ったのも何かの縁。

 偽物の夫婦として出会い、一緒に過ごした時間は短かったけれど、ユーリ様が私にとって大切な人であることには変わりがない。


 最後はきちんと終わらせたい。


「必ず戻る」

「はい」


 旦那様は私の目を見ることなく、執務室をあとにした。

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