5.一人暮らし
セルファがこの世界に来ている。
けど魔物を使って騒動を起こすのは何故だ? この世界に来れたのも騒動もあのてるてる坊主が関係していそうだが。
てるてる坊主に洗脳でもされたのか? だとしたら厄介だな、セルファが俺の前に現れたら敵とみなすしかないがどう洗脳を解くかって話になってくる。
あれから三日が経過した、今のところは魔物騒動も起きていない。
毎日毎日魔物をこちらへ召還できるというわけではないようだ。
うちまで乗り込んでこないよな? 心配だ。
……プレスタ4が壊されたら絶対暴れちゃうと思う。
「んお、宅配便?」
チャイムが鳴った、久しい音だ。
あんまりネットの注文もしないしうちには客も来ない。
ちょっとした不安が脳裏をよぎるも、まさかなと俺は思考をかき消した。
「俺が出るよ」
「頼むわね、休日の私はソファからなるべく動きたくないの」
姉ちゃん、平日であっても帰ってくればソファからほとんど動かないじゃん。
画面を覗いてみる。
玄関には男性が一人、見覚えのある姿だな。
『石島だが』
刑事さんか。
……どうしたんだろう、また事件でも?
「あ、どうも」
玄関で対応するとした、中に入れるかは話の内容次第。
姉ちゃんに心配させるのも、ね。刑事が訪ねてきただなんて言ったら面倒なことになりそうだ。
「元気にしてたか」
「ええ、すこぶる」
「お姉さんは?」
「いますよ、居間でごろごろしてます」
「そうか、ならここで話そう」
気をつかってくれてありがたい。
「あれから化け物騒動はないんだがな、君の周辺ではそういうのは?」
「いえ、ないですね。相手が俺を狙っている可能性もあるのであまり街にも出ないようにはしてます」
「一人暮らしでもして様子を窺ってみるのはどうだ?」
「一人暮らしといっても……そんな金、ないですよ? ご存知の通りニートなんですから」
親のすねかじりならぬ姉のすねかじり。
「こっちも色々と考えててな、とりあえず今日は夜暇かい?」
「ご存知の通り、いつも暇です」
「ならどっか飯でも食いながら話そう」
連絡先を交換して石島さんとはそこでお別れとなった。
俺の心配をして様子を見にきてくれたようだ。
夜になる前に家事をみんな済ませておくか。
「浩介ー、誰だったのー?」
「知り合いの人、今日夜一緒にご飯食べようって」
「えぇ!? あんたが飯食いにいったら誰が飯作るの!?」
「その心配する?」
姉ちゃんもたまには自分で飯作ればいいのに。
「休日は料理もしたくない!」
「……なんか作ってから出るよ」
「ふっ、それならいいわ。それで、飯はどれくらいお金必要なの?」
「お金は大丈夫だよ、奢ってくれるらしいから」
ニートになってから奢られてばかりだ。
思えば英雄だった時もそうだったな。なんだかんだで周りに助けられてばっかりなのは変わらない。
日が暮れた頃。
俺は姉ちゃんの夕食を作って電話を待った。
話ってどんな話をするんだろうなあ。
一人暮らしとか言ってたけど、刑事さんは何が目的なんだ?
俺を利用して何かやらかす? いやいやそんなのはありえないか。
思考をめぐらせながら、自室で本を読むこと数分。
夕方七時あたり、電話が鳴り石島さんが迎えに来てくれていた。
「よし、行くか」
「はい。あの」
「なんだ?」
「他の刑事さんとかは、いなんです?」
「今日は俺だけだ、いや、今後も、かねえ」
刑事さん達も皆忙しいのかな。
街へと歩き、適当な店に入るとした。
俺的には向かいの店の居酒屋マッチョが非常に気になったが。
「なんでも頼んでいいぞ」
とは言うも、遠慮してしまう。
奢ってもらう側がばかすかと頼むのもね。
「それで、話とは?」
「ああ。先ずな、君は一人暮らししてみる気はないか? もちろん金はこっちで出す」
「一人暮らししてどうしろと?」
「敵が君を目的とするならば、今の環境だと君のお姉さんを巻き込みかねない。一人暮らしをしてみて相手が仕掛けるか否かを様子見してだな。勿論俺達も近くにいる」
要は囮になってくれということか。
「協力してくれれば金一封を出す、勿論世間で言われているようなしょっぱい金額ではない。化け物を一体討伐してくれただけでもその度に謝礼を出すつもりだ」
「ぐ、具体的な金額は……」
「それは言えないが、一体討伐の度にその辺のバイト情報の時給が安く見えるだろうな」
「やりましょう」
誘惑には弱い。
だって考えてもみてよ。
一体討伐するたびにプレスタ4のソフトほどの額? バイトするよりいいじゃないか。ただの魔物程度なら俺の相手にはならないし。
経験値のいいモンスターを倒して経験値稼ぎするようなものだ。
「だが、この話は内密にな。うちの本部だけでの話になっているし一般市民である君に捜査協力してもらうわけだから」
「ちなみにこの件の首謀者を捕まえた場合、その人はどうなるんです?」
「そこがな、悩みどころだ。君の話からすれば首謀者は異世界から来たということになる。異世界に返してそれで済むならいいんだが。そう簡単にはいかないだろうし」
「異世界の罪人処罰の組織に引き渡せればいいんですけどね。世界間の行き来は本来は難しいですから、首謀者がどうやって行き来できているのかを問いただす必要がありますね」
「となると、また話が大きく変わってくる。異世界への行き方が明確になれば、今度は国に関わる組織も動き出すだろう」
この事件。
解決したらまた難題が生まれる、その連鎖が待っているようだ。
「でも事件が解決すればその後は刑事さんは関係ないんじゃ?」
「問題は君だよ、異世界についての知識など君が引っ張られるのは間違いない」
その後についてでもこの人は俺を心配してくれている。
ほんといい刑事さんだよあんた。
「どう転んでも今後、君の存在が上まで知れ渡れば、君は普通の生活は出来なくなる」
「でもまあ。もう普通の生活は二年前に出来なくなってたわけですし、今更どうってことないですよ」
「君はまだ若い、十分に望む未来は築けるんだ。だからな、今回首謀者を捕まえることができたら君はすぐにこの事件から離れてほしい、普通の暮らしを目指せ。一人暮らしの提案も短期決戦なんだよ」
なるほど、そういう考えだったのか。
俺のことをこうも気遣ってくれるなんてもう嬉しいね、こうなったら自分も体を張るしかないじゃん。
「大々的に動けないのは俺のことを上に隠してるからですか? 今日一人で来たのも、それが関係してます?」
「……いや」
石島さんは目を逸らした。
嘘をついている、確かな証拠だ。
「捜査員確保のためにも、俺のこと報告して、この事件は頼りになる奴がいるって、異世界の存在は確かだって報告してください」
「し、しかしだな!」
石島さんが腰を上げるやコップが倒れてしまった。
「お、っと……」
「結局、俺の蒔いた種なんです。俺は、大丈夫ですよ」
「……まったく、君は、ニートにしておくのが惜しいな」
「いきなり現実つきつけないでください」
ニートって言われると過剰反応しちゃうんで。
「あと一つ問題なのはな……」
石島さんは運ばれてきたパスタには手をつけず、ため息をつきながら倒れて水の入っていないコップに手をつけていた。
何を躊躇しているのだろう。
「どうしたんです?」
「いや、そのだな……」
言いづらそうだ。
ようやくパスタを口に運んで、何度も咀嚼。
「化け物の件、筋者も絡んでいるらしくてな」
「えっ、筋者って、あの筋者ですか?」
「ああ。調べで分かったが、化け物が出始めたころにあいつらも動いてたらしく、捕まえて利用しようとしてたらしいんだわ」
「となると」
「浩介君、場合によっては君はそいつらの敵と認識される」
倒れそうになった。
俺も石島さんと同じパスタを注文したけど、今の心情だと最期の晩餐に見えてきた。
「俺、思った以上にやばいんです?」
「場合によっては、だな」
「うーん、唐突に胃痛が!」
「まあまあ待ってくれ! 他の部署の連中はあいつらの摘発もできると見ててな!」
食欲が沸かない。
今の状況、例えるならば俺は地雷原に囲まれているようなものだ。
下手に踏み込んだらドカン、そんな状況に飛び込むか?
「俺は一人暮らしして異世界からの敵をおびき出し、さらに異世界から来る魔物達を利用しようとしている連中もおびき出さなきゃいけない、と」
「あの連中にどこで話が漏れたのかは分からんが今後は君の情報は兎に角漏れないように力を入れるし身の安全は保障する!」
「そう言っていただけると心強いですが」
パスタは既にきている。
このままだとぬるいパスタを味わう羽目になるし、
「……とりあえず、食べますか」
冷静に、整理するためにも。
お互いに黙々と食事を進める。
石島さんは気になって仕方が無いのか、何度かこっちを見る気配を感じた。
「やりましょう……」
食べ終えた頃には決心がついていた。
「ほ、本当か!?」
だってやらなきゃ駄目な雰囲気だし、何よりニートも少しは体を張らなきゃ。
「ただ姉ちゃんを説得するのは大変かなと……」
「後日俺が話をしにいこう、アパートや今回の協力に関しての資料も用意してきちんと説明させてもらうよ」
何がどうしてこうなったのか。
一人暮らしすることになった。
期間限定ではあるが。