干戈の女
地面に倒れ伏した男が、闘技場の管理関係者たちによってズルズルと引きずられて行く。
気絶し、顔面は血だらけだが、大した傷ではないのだろう。扱いがひどくぞんざいだった。
勝者たる男は興奮冷めやらぬまま天に向かって吠え、観客を煽る。しかし、その頭は冷めて居た。
今の試合はほんの余興。
男が狙う獲物は未だ現れて居なかった。
(早く来い、俺の雌犬)
ギラギラと欲に光る目が、天幕内を走る。
どこにいる?
必ず見ているはずの、あの女。
ふとその視界に、黄金が入った。
金塊よりも、宝石よりも、なお美しい存在。
「ディーヴァァァァアアッ」
叫び声と共に、男が客席に突っ込んだ。
慌てて逃げる観客と、ひらりと何か金色が空を舞った。
軽い身のこなしでそれは男の頭上を飛び越え、着地する。
「慌てないでよ。そんなに我慢出来なかったの?」
それは女だった。
年の頃はまだ若く、少女と言っても差し支えない。
長い金髪が彼女を飾り立てるドレスのように肢体を包んでいた。
鮮やかな口唇が笑みに歪む。
男を嘲る声は、下着のような薄い布切れで覆れわた豊満な体を裏切る、少女のような声音だ。
「審判もまだ居ないじゃない。それに、連続試合は原則禁止のはずだし。」
試合が終わったばかりの会場を眺め、規則を思い出しながら言うと、男が跳ねるように笑った。
「ヒャハハハッ!お前馬鹿か?規則?そんなもん犬にでも喰わせろ!ここでは勝ったやつが王だ!規則だ!これから負ける雌犬が気にすることじゃねぇんだよ」
「ふぅん。わかった。じゃあ、もう、吠えるなよ」
地面が爆ぜるのを、男は見た。
そして、その瞬間、側頭部に猛烈な衝撃が走った。
ぐらり、と男の体が傾ぐ。
男がなんとか視界に捉えたのは頭に叩きつけられた、白い足だった。
ディーヴァは男ばかりのこの世界で数少ない女だ。当然ながら体重は軽く、力も弱い。
その彼女の武器は三つあった。圧倒的な速さと蹴り。
伸びた足は鞭のようにしなり、体の急所を遠慮なく蹴り上げる。
男も意識はなんとか刈られて居ないものの、防御をすることも出来ず、頭に食らい、視界がぐるぐると揺れた。
だが、戦うために鍛えた体が無意識に手を動かす。
相手は女。
非力な女だ。
動きを止めてしまえばこっちのもの。
柔らかそうな足に触れた瞬間、女の顔が歪んだ。
「汚い手で触るな、負け犬」
ぐるりと女の足が首に絡みつき、キツく締め上げられる。
男の視界はは、酸欠で黒く染め上がられた。
チクショウ、また負けた。
最後に見たのは、にこりと微笑む女神みたいな女の姿だった。