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連合政府について (一九四五年四月二十四日)

 これは、毛沢東同志が中国共産党第七回全国代表大会でおこなった政治報告である。



     一 中国人民の基本的要求


 われわれの大会はつぎのような状況のもとでひらかれている。中国人民が日本侵略者にたいし、八年ちかいあいだ断固とした、英雄的な、不撓不屈のたたかいをおこない、数かぎりない苦難と自己犠牲をへたのち、新しい局面、つまり、全世界におけるファシスト侵略者反対の神聖な正義の戦争がすでに決定的意義をもつ勝利をおさめ、中国人民が連合国と協同して日本侵略者をうちやぶる時機がすでにまじかに追っている、という局面があらわれた。ところが、中国はいま依然として団結していないし、中国には依然として重大な危機が存在している。このような状況のもとで、われわれはどうすべきだろうか。疑いもなく、中国がさしせまって必要としているのは、各党各派や無党無派の代表的人物を結集して、民主的な臨時の連合政府を樹立することであり、それによって民主改革をおこない、当面の危機を克服し、全中国の抗日の力を動員、統一し、連合国との協同作戦を強力におこない、日本侵略者をうちやぶって、中国人民を日本侵略者の手から解放するのである。そうしたのちは、広範な民主主義の基礎のうえに、国民代表大会を招集し、各党各派や無党無派のより広範囲な代表的人物をふくむ、おなじく連合的性格の民主的な正式の政府を樹立することであり、それによって、解放後の全国人民を指導し、中国を独立、自由、民主、統一、富強の新国家にきずきあげるのである。一言でいえば、団結と民主の路線をあゆんで、侵略者をうちやぶり、新中国を建設することである。

 われわれは、こうすることによってはじめて、中国人民の基本的要求が反映されると考える。したがって、わたしの報告では、主として、これらの要求について検討する。中国に民主的な連合政府を樹立すべきかどうかの問題は、すでに中国人民ならびに連合国の民主的言論界にとって大きな関心事となっている。したがって、わたしの報告では、この問題に重きをおいて説明することにしよう。

 中国共産党は、八年間の抗日戦争で、すでにいくたの困難を克服し、巨大な成果をおさめた。しかし、当面の情勢のもとでは、わが党と人民のまえに、なお重大な困難がよこたわっている。当面の時局は、わが党にたいし、緊急な、より着実な活動を一歩すすんでおこない、ひきつづき困難を克服して、中国人民の基本的要求を実現するために奮闘することをもとめている。



     二 国際情勢と国内情勢


 中国人民は、われわれがいま提起したような基本的要求を実現できるだろうか。それは中国人民の自覚、団結、努力の程度いかんによってきまる。だが、当面の国際、国内情勢は中国人民にきわめて有利な条件を提供している。中国人民が、もしこれらの条件をよく利用し、積極的に、断固として、一段と奮闘をつづけるなら、侵略者にうち勝ち、新中国を建設できることは、少しも疑う余地がない。中国人民はいっそう努力し、自己の神聖な任務を達成するために奮闘しなければならない。

 当面の国際情勢はどうか。

 当面の軍事情勢をみると、ソ連軍はすでにベルリンを攻撃し、イギリス、アメリカ、フランスの連合軍も、いまそれに呼応してヒトラーの残存部隊に打撃をくわえており、イタリア人民もすでに蜂起している。これらのすべてによって、ヒトラーは最後的に消滅されるであろう。ヒトラーが消滅されたのちには、日本侵略者のうちやぶられる日もそう遠くはない。内外の反動派の予想に反して、ファシスト侵略勢力はかならず打倒され、人民の民主勢力はかならず勝利する。世界は進歩にむかってすすむのであり、けっして反動にむかってすすむのではない。もちろん、歴史の過程では、一時的な、ひいては重大な、若干の曲折がなお生ずる可能性があること、また、多くの国では、自国の人民や外国の人民が団結、進歩、解放を獲得するのを心よくおもわない反動勢力がなお強大であることを考えに入れて、十分警戒心をたかめるべきである。こうしたことを無視するものは、政治的にあやまりをおかすであろう。だが、歴史の全般的な趨勢すうせいはすでに定まっており、それを変えることはできない。このような状況は、ファシストと事実上それを助けている各国の反動派にとって不利であるだけで、すべての国の人民およびその組織された民主勢力にとっては、いずれも福音である。人民、ただ人民のみが世界の歴史を創造する原動力である。ソ連人民は強大な力を創造し、ファシスト打倒の主力軍の役をになった。ソ連人民の努力に他の反ファシズム連合国の人民の努力がくわわって、ファシスト打倒を可能にした。戦争は人民を教育した。人民は戦争の勝利をかちとり、平和をかちとり、そして進歩をかちとるであろう。

 この新しい情勢は、第一次世界大戦時代の情勢とは大いに異なっている。当時は、まだソ連が存在せず、また多くの国の人民もいまほど自覚してはいなかった。二度の世界大戦はまったく異なった二つの時代なのである。

 ファシスト侵略国がうちやぶられ、第二次世界大戦が終結し、国際平和が実現したのちには、闘争がなくなるというのではない。広範に散在するファシスト残存勢力は、かならずまた攪乱かくらんするにちがいない。ファシズム侵略戦争に反対する陣営内にも、民主に反対し他民族を抑圧する勢力が存在しており、かれらは依然として各国人民や植民地、半値民地を抑圧するであろう。したがって、国際平和が実現したのちでも、依然として反ファシズム人民大衆とファシスト残存勢力との闘争、民主と反民主との闘争、民族解放と民族抑圧との闘争が、世界の大部分の地域にひろがるであろう。長期の努力をつうじて、ファシスト残存勢力、反民主勢力およびすべての帝国主義勢力にうち勝ってのみ、もっとも広範な人民の勝利がえられるのである。その日のくるのは、けっしてはやくはないし、たやすくもないが、しかし、その日はかならずくる。反ファシズムの第二次世界大戦の勝利は、戦後のこの人民闘争の勝利に道をひらくのである。この後者の闘争で勝利してこそ、強固な恒久的な平和が保障されるのである。

 当面の国内情勢はどうか。

 中国の長期の戦争は中国人民に重大な犠牲を払わせたし、また、これからも払わせるであろう。しかし、同時に、中国人民をきたえたのはまさにこの戦争であった。この戦争が中国人民の自覚と団結をうながした度合いからいって、この百年らいの中国人民のあらゆる偉大な闘争のなかで、これにくらべられるものは一つもない。中国人民のまえには、強大な民族の敵が存在しているばかりでなく、民族の敵を事実上たすけている強大な国内反動勢力が存在しているということ、これが一つの面である。だが、もう一つの面では、中国人民はすでに、過去のどの時期よりも高い自覚をもっているばかりでなく、強大な中国解放区と日ましに高揚しつつある全国的な民主運動をもっている。これは国内の有利な条件である。中国の百年らいの人民の闘争はすべて失敗、あるいは挫折ざせつしたが、これは国際、国内の必要な若干の条件が欠けていたためであったとするなら、こんどはそれとちがって、これまでのどの闘争よりもすべての必要な条件がそなわっているのである。失敗を避け、勝利をうる可能性は十分に存在する。もし、全国人民を結集して奮闘努力し、これを適切にみちびくなら、われわれは勝利することができる。

 中国人民が団結して侵略者をうちやぶり、新中国を建設するという確信は、いまや非常につよまっている。中国人民がすべての困難を克服して、偉大な歴史的意義をもつ基木的要求を実現する時機はすでに到来している。この点にまだ疑問があるだろうか。わたしはないとおもう。

 以上が当面の国際、国内の一般情勢である。



     三 抗日戦争における二つの路線



    ##中国問題の鍵##


 国内情勢にかんしていえば、われわれは、さらに中国の抗日戦争について、具体的な分析をくわえるべきである。

 中国は世界で反ファシズム戦争に参加しているもっとも大きな五つの国の一つであり、アジア大陸で日本侵略者とたたかっている主要な国である。中国人民は抗日戦争できわめて大きな役割をはたしたばかりでなく、戦後の世界平和を保障するうえでもきわめて大きな役割をはたすであろうし、東方の平和を保障するうえでは決定的な役割をはたすであろう。中国は八年にわたる抗日戦争において、自己を解放するために、また、連合諸国を援助するために、偉大な努力をはらってきた。この努力は主として中国人民の側にぞくするものである。中国の軍隊の広範な将兵は前線で血を流して戦い、中国の労働者、農民、知識層、実業界は後方で仕事にはげみ、海外華僑は私財をさしだして戦争をたすけ、すべての抗日政党は、一部の反人民分子をのぞけば、いずれも戦争のためにつくすところがあった。要するに、中国人民は、自己の血と汗をもって、八年ものあいだ、日本侵略者と英雄的に戦ってきた。ところが、中国の反動分子は多年らい、抗日戦争で中国人民がはたしてきた役割の真相を世間に知らせまいとして、デマをとばし、世論を欺いてきた。同時に、中国の八年にわたる抗日戦争の各方面の経験について、まだ全面的な総括もされていない。したがって、われわれの大会は、人民を教育するとともに、わが党の政策決定のよりどころとするため、これらの経験について適切な総括をおこなうべきである。

 経験の総括についていうなら、だれもがはっきり見てとることができるように、中国には二つの異なった指導路線がある。一つは日本侵略者をうちやぶることのできる路線であり、一つは日本侵略者をうちやぶれないばかりか、いくつかの面からいって、事実上日本侵略者をたすけ、抗日戦争に危害をあたえている路線である。

 国民党政府は、日本にたいしては消極的な作戦をおこなう政策をとり、国内にたいしては積極的に人民を蹂躙じゅうりんする反動政策をとって、戦争の挫折、国土の大量の喪失、財政経済の危機、人民の被抑圧、人民の生活苦、民族の団結の破壊をまねいている。このような反動政策は、中国人民のあらゆる抗日の力を動員し統一して戦争を効果的に遂行することをさまたげ、中国人民の自覚と団結をさまたげている。だが、中国人民の自覚と団結の運動は停止することなく、日本侵略者と国民党政府の二重の抑圧のもとで、曲折しながら発展している。二つの路線、すなわち中国人民を抑圧して消極的抗戦をおこなう国民党政府の路線と、自覚し団結して人民戦争をおこなう中国人民の路線とは、はやくから、はっきりと中国に存在してきた。すべての中国問題のかぎはここにある。



      ##曲折した道をたどってきた歴史##


 この二つの路線の問題がなぜすべての中国問題の鍵であるかをあきらかにするには、われわれの抗日戦争の歴史をさかのぼってみなければならない。

 中国人民の抗日戦争は曲折した道をたどって発展してきた。この戦争は、はやくも一九三一年にはじまっていた。日本侵略者は、一九三一年九月十八日に瀋陽シェンヤンを占領し、数ヵ月のうちに東北三省を占領した。国民党政府は無抵抗政策をとった。だが、東北三省の人民、東北三省の一部の愛国的な軍隊は、中国共産党の指導または援助のもとに、国民党政府の意志にそむいて、東北三省の抗日義勇軍と抗日連合軍を組織し、英雄的な遊撃戦争をおこなった。この英雄的な遊撃戦争は、一時は大きな規模にまで発展し、その後多くの困難や挫折をへたが、終始敵に消滅されることはなかった。一九三二年、日本侵略者が上海シャンハイに進攻したとき、国民党内の愛国者の一派は、ふたたび国民党政府の意志にそむき、十九路軍をひきいて日本侵略者の進攻に抵抗した。一九三三年、日本侵略者が熱河ローホー察哈爾チャーハールに進攻してくると、国民党内の他の愛国者の一派は、みたび国民党政府の意志にそむいて、共産党と協力し、抗日同盟軍を組織して抵抗した。ところが、これらすべての抗日の戦いには、中国人民、中国共産党、その他の民主的諸党派および海外の愛国的な華僑が援助をあたえただけで、国民党政府は、その無抵抗政策にもとづいて、なんらの援助をもあたえなかった。それどころか、上海と察哈爾での抗日行動は、どちらも、国民党政府の手で破壊された。一九三三年、十九路軍が福建フーチェン省で樹立した人民政府もまた国民党政府によって破壊された。

 当時の国民党政府はなぜ無抵抗政策をとったのか。その主な原因は、一九二七年、国民党が国共両党の協力を破壊し、中国人民の団結を破壊したことにある。

 一九二四年、孫中山スンチョンシャン先生は中国共産党の提案をうけいれて、共産党員の参加する国民党第一回全国代表大会を招集し、連ソ、連共、農労援助の三大政策を定め、黄埔ホヮンプー軍官学校を開設し、国共両党および各界人民の民族統一戦線を実現した。これによって、一九二四年から一九二五年には広東コヮントンの反動勢力が一掃され、一九二六年から一九二七年には北伐戦争が勝利のうちにすすめられ、長江チャンチァン流域と黄河ホヮンホー流域の大部分がわが手にはいり、北洋軍閥政府がうちやぶられ、中国史上空前の大規模な人民解放闘争がまきおこされた。だが、一九二七年、春から夏にうつるとき、北伐戦争がまさに発展しつつあった重大な時機に、中国人民の解放事業を代表する、この国共両党および各界人民の民族統一戦線とそのすべての革命政策は、国民党当局の背反的、反人民的な「党内粛清」政策と虐殺政策によって破壊されてしまった。きのうの同盟者――中国共産党と中国人民は仇敵きゅうてきとみなされ、きのうの敵――帝国主義者と封建主義者は同盟者とみなされるにいたった。このようにして、中国共産党と中国人民にたいする信義をふみにじった突然の襲撃がくわえられ、活気にみちあふれていた中国大革命は葬りさられた。それ以後、内戦が団結にとってかわり、専制が民主にとってかわり、暗黒の中国が光明の中国にとってかわった。だが、中国共産党と中国人民は威圧もされず、征服もされず、根絶もされなかった。かれらは地面からたちあがり、からだの血のりをぬぐいさり、仲間のしかばねを葬ると、ふたたび戦闘をつづけた。かれらは革命の旗を高くかかげて、武力による抵抗をおこない、中国の広大な地域で、人民の政府を組織し、土地制度の改革を実行し、人民の軍隊――中国赤軍を創設し、中国人民の革命勢力を保持し発展させた。国民党反動分子によって投げすてられた孫中山先生の革命的三民主義は、中国人民、中国共産党およびその他の民主的な人びとによってうけつがれた。

 日本侵略者が東北三省に侵入したのち、中国共産党は一九三三年に、革命根拠地および赤軍を攻撃していたすべての国民党軍にたいし、一致して抗日するために、攻撃を停止すること、人民に自由の権利をあたえること、人民を武装すること、という三つの条件のもとに停戦協定を結ぶよう提案した。しかし、国民党当局はこの提案を拒否した。

 このあと、一方では、国民党政府の内戦政策がますます狂気じみてきたが、他方では、内戦停止、一致抗日を要求する中国人民のさけびがますます高まってきた。人民のさまざまな愛国的な組織が上海その他の多くの地方でつくられた。一九三四年から一九三六年までに、長江の南北各地の赤軍主力は、わが党中央の指導のもとに、あらゆる苦難をかさねて西北地方に移動し、西北地方の赤軍と合流した。この二年間、中国共産党は新しい情勢に即応して、団結抗日と新民主主義共和国樹立を奮闘目標とする、抗日民族統一戦線の新しい、系統だった政治路線を決定し、これを実行した。一九三五年十二月九日、北平ペイピンの学生はわが党の指導のもとに英雄的な愛国運動をおこし、中華民族解放先鋒隊〔1〕を結成し、さらに、この愛国運動を全国の各大都市におしひろめた。一九三六年十二月十二日、国民党内の抗日を主張する二派の愛国者――東北軍と十七路軍は、連合して国民党当局の対日妥協と対内虐殺の反動政策に勇敢に反対し、有名な西安シーアン事変①をおこした。また、国民党内の他の愛国者も国民見当局の当時の政策に不満であった。このような情勢のもとで、国民党当局はやむなく内戦政策をすて、人民の要求をみとめた。西安事変の平和的解決は、新しい情勢のもとでの国内の協力関係がつくられ、全国的な抗日戦争がまきおこされる時局転換のかなめとなった。蘆溝橋ルーコウチァオ事変②の前夜、すなわち一九三七年五月に、わが党は歴史的な意義をもつ全国代表者会議を招集した。この会議は、党中央の一九三五年いらいの新しい政治路線を承認した。

 一九三七年七月七日の踵溝橋事変から一九三八年十月の武漢陥落までの時期には、国民党政府は対日作戦に比較的力を入れた。この時期には、日本侵略者の大がかりな進攻と全国人民の民族的な怒りの高まりによって、国民党政府はその政策の重点をまだ日本侵略者反対にむけており、このため全国の軍隊と人民の抗日戦争の高まりが比較的順調に形成されて、一時は活気にみちた新しい気運があらわれていた。当時、全国人民、われわれ共産党員、その他の民主政党は、みな国民党政府にきわめて大きな期待をよせていた。つまり国民党政府がこの民族の危機と人心奮起の時機にあたって、民主改革を断行し、孫中山先生の革命的三民主義を実行にうつすことを期待していたのである。だが、この期待ははずれてしまった。この二年においても、国民党当局は、一方では比較的積極的な抗戦をおこなったが、他方では依然として、広範な民衆を動員した人民戦争に反対し、人民の自発的な団結による抗日と民主の活動を制限した。国民党政府は、一方では中国共産党およびその他の抗日諸政党にたいする態度を、過去にくらべて多少あらためはしたが、他方では依然として、各政党に平等な地位をあたえず、いろいろ手をつくしてその活動を制限した。数多くの愛国的政治犯も釈放されはしなかった。もっとも主要なことは、国民党政府が依然として、一九二七年に内戦をおこしたときからの寡頭独裁制度を保ちつづけており、挙国一致の民主的な連合政府をいまなお樹立できないでいることである。

 すでにこの時湖のはじめ、われわれ共産党員は、勝利にみちびく人民の全面的な戦争か、それとも、敗北に終わる人民抑圧の一面的な戦争か、という中国の抗日戦争の二つの路線を指摘した。われわれはさらに、戦争は長くつづき、多くの苦難をもたらすにちがいないこと、だが、中国人民の努力によって、最後の勝利はかならず中国人民のものとなることを指摘した。



      ##人民戦争##


 この時期には、中国共産党の指導する、西北地方に移動した中国赤軍の主力は、中国国民革命軍第八路軍に編成がえし、長江の南北各地にふみとどまっていた中国赤軍遊撃部隊は、中国国民革命由新綿第四軍に編成がえして、あいついで華北、車中の戦いにおもむいた。内戦の時期の中国赤軍は、北伐の時期の苗補軍百学校および国民革命軍の民主的伝統を保持し発展させ、一時は数十万にまで拡大した。だが、南方各根拠地にたいする国民党政府の残酷な蹂躙のために、また万里の長征のさいの損耗およびその他の原因のために、抗日戦争がはじまったときには、その数はわずか数万人に減少していた。そこで、一部の人はこの軍隊をみくびり、抗日は主として国民党にたよるべきだと考えた。だが、人民は最良の判定者である。かれらは、八路軍、新四軍は当時、数こそすくなかったが質は高く、其の人民戦争をおこなえるのはこの軍隊だけであること、この軍隊がひとたび抗日の前線におもむいてその土地の広範な人民と結びついたなら、限りない前途がひらけることを知っていた。人民は正しかったのである。わたしがここで報告している現在、われわれの軍隊はすでに九十一万人に発展しており、農村にいて生産労働からはなれない民兵は二百二十万以上に発展している。いまのわれわれの正規の軍隊は、国民党の現存の軍隊(中央系も地方系③もふくめて)よりも数のうえではずっとすくないにもかかわらず、迎えうっている日本軍とかいらい軍の数やひきうけている戦場の広さからいっても、戦闘力からいっても、広範な人民の呼応のもとに戦っていることからいっても、また政治的な質や内部的な統一と団結などの状況からいっても、すでに中国抗日戦争の主力軍となっている。

 この軍隊が強力なのは、この軍隊に参加しているすべての人がみな自覚的な規律をそなえているからであり、少数の人または狭隘きょうあいな集団の私的利益のためにではなく、広範な人民大衆の利益のため、全民族の利益のために、結集し戦っているからである。しっかりと中国人民の側にたって、誠心誠意、中国人民に奉仕すること、これがこの軍隊の唯一の目的である。

 こうした目的から、この軍隊は勇往邁進まいしんの精神をそなえている。この軍隊はあらゆる敵を圧倒するのであり、けっして敵に屈服するようなことはない。いかなる艱難かんなん辛苦の状態にあっても、生き残っているものが一人でもいるかぎり、戦いつづけるのである。

 こうした目的から、この軍隊は内外ともにりっぱに団結している。内部では、将兵のあいだ、上級と下級のあいだ、軍事活動、政治工作と後方勤務活動とのあいだで一致団結しているし、外部にたいしても、軍隊と人民のあいだ、軍隊と政府のあいだ、わが軍と友軍のあいだで一致団結している。団結をさまたげるすべての現象は、克服しなければならないものとされている。

 こうした目的から、この軍隊は敵軍の将兵を味方に獲得し、捕虜を取り扱ううえでの正しい政策をもっている。敵側から帰順してくるもの、蜂起してくるもの、あるいは武装解除されたあと共通の敵とのたたかいに参加することをのぞむものにたいしては、これを一様に歓迎し、これに適当な教育をほどこす。どの捕虜にたいしても、殺害し、虐待し、侮辱することをゆるさない。

 こうした目的から、この軍隊は人民戦争の必要とする一連の戦略戦術をつくりあげている。この軍隊は変化する具体的条件におうじて弾力性にとむ機敏な遊撃戦争をおこなうことに長じており、また運動戦にも長じている。

 こうした目的から、この軍隊は人民戦争の必要とする一連の政治工作の制度をつくりあげている。その任務は、わが軍を団結させ、友軍と団結し、人民と団結し、敵軍を瓦解がかいさせ、戦闘の勝利を保障するためにたたかうことである。

 こうした目的から、遊撃戦争の条件のもとで、全軍は、経済困難の克服、軍隊生活の改善、人民の負担の軽減のために、戦闘と訓練の合い間を利用し、食糧および日用必需品の生産に従事して、軍隊の自給、半自給または部分的自給を達成することができるし、またすでにそのようにしている。各軍事根拠地でも、あらゆる可能性を利用して、すでに多くの小規模な軍事工業を建設している。

 この軍隊が強力なのは、また、人民自衛軍や民兵のような広範な大衆の武装組織がそれと呼応して戦っているからである。中国解放区では、すべての青壮年男女が、自由意志の原則、民主の原則、生産労働からはなれないという原則のもとに、抗日の人民自衛軍のなかに組織されている。自衛軍のなかの精鋭は、軍隊と遊撃隊に参加したもの以外は、民兵の隊伍に組織されている。これらの大衆の武装力の呼応がなければ、敵にうち勝つことは不可能である。

 この軍隊が強力なのは、また、自分を主力兵団と地方兵団の二つの部分にわけており、前者はいつでも超地方的な作戦任務を遂行することができ、後者は民兵、自衛軍と協同して地方を防衛し、その地方の敵を攻撃することが任務とされているからである。このような分けかたは人民の心からの支持をえている。もし、このような正しい分けかたをしないなら、たとえば、主力兵団の役割に心をそそぐだけで、地方兵団の役割を無視するなら、中国解放区の条件のもとで、敵にうち勝つことはやはり不可能である。地方兵団の面では、りっぱな訓練をうけていて、軍事、政治、民衆運動などの活動のうえでいずれもいっそう健全な武装工作隊④がたくさん組織されている。これらの工作隊は、敵後方にある敵後方に深くはいり、敵に打撃をあたえ、民衆の抗日闘争をまきおこして、各解放区の正両戦線の戦いに呼応し、大きな成果をおさめている。

 中国解放区では、民主政府の指導のもとに、すべての抗日の人民にたいし、労働者、農民、青年、婦人、文化の各団体、およびその他の職業団体、大衆団体に参加して、軍隊を援助するさまざまな活動を熱心におこなうようよびかけている。これらの活動には、軍隊への参加、軍隊のための食糧運搬、抗日軍人家族の優遇、軍隊の物質的困難解決への援助に人民を動員することがふくまれるばかりでなく、さらに、襲撃運動と爆破運動の展開、政情の偵察ていさつ奸徒かんとの粛清、負傷兵の後送と保護、軍隊の作戦への直接的援助に遊撃隊、民兵、自衛軍を動員することもふくまれる。同時に、全解放区の人民はまた政治、経済、文化、衛生などのさまざまな建設の仕事に熱心に従事している。この面でもっとも重要なことは、長期の抗日戦争をささえるために、全人民を食糧と日用品の生産に動員するとともに、すべての機関、学校でも特殊な事情のあるもののほかは一律に、仕事または学習の余暇に生産自給にたずさわらせ、それによって、人民と軍隊の生産自給に協力させ、偉大な生産の高まりをもりあげることである。中国解放区では、敵による破壊がきわめてひどく、水害、干害、虫害もつねに発生している。しかし、解放区の民主政府は、抗日戦争を長期にわたって堅持できるよう、全人民を指導してさまざまな困難を組織的に克服してきたし、また克服しつつあるのであって、イナゴの撲滅、治水、災害救済の偉大な大衆運動で史上に前例のない効果をあげている。要するに、すべては前線のために、すべては日本侵略者の打倒と中国人民の解放のためにということ、これが中国解放区の軍民全体の全般的スローガンであり、全般的方針である。

 これが真の人民戦争である。このような人民戦争によってのみ、民族の敵にうち勝てるのである。国民党が敗北しているのは、必死になって人民戦争に反対しているからである。

 中国解放区の軍隊は、ひとたび新式兵器によって装備されるなら、いっそう強大になり、日本侵略者を最後的にうちやぶることができる。



      ##二つの戦場##


 中国の抗日戦争は、最初から、二つの戦場、すなわち国民党の戦場と解放区の戦場とにわかれている。

 一九三八年十月、武漢陥落後、日本侵略者は、国民党の戦場にたいする戦略的な進攻を停止し、しだいにその主要な軍事力を解放区の戦場にうつした。同時に、かれらは国民党政府の敗北的気分に焦点をあわせて、国民党政府と妥協的講和をはかる用意があると言明し、また、売国奴汪精衛ワンチンウェイ重慶チョンチンから誘いだし、南京ナンチンにかいらい政府を成立させて、民族的欺瞞ぎまん政策を実施した。このときから、国民党政府は政策を変えはじめ、その重点を対日抗戦からしだいに反共、反人民にうつしてきた。それはまず第一に、軍事面にあらわれた。国民党政府は、対日消極作戦の政策をとって、その軍事力を温存する一方、日本侵略者に解放区を大挙進攻させ、戦争の重荷を解放区の戦場に買わせて、自分自身は「山上に坐して相うつ虎の倒るるを待つ」ようになったのである。

 一九三九年、国民党政府は反動的な「異党活動制限措置法」なるものを実施し、抗戦の初期に人民や抗日諸政党がたたかいとったいくらかの権利をすっかり取り上げてしまった。このときいらい、国民党政府は、国民党支配区では、すべての民主政党、まず第一に、そして主として、中国共産党を地下においこんだ。国民党支配区の各省の監獄や強制収容所は、共産党員、愛国青年および民主主義の戦士でいっぱいになっている。一九三九年から一九四三年秋までの五年間に、国民党政府は三回にわたる大規模な「反共の高まり」をおこして〔2〕、国内の団結を分裂させ、重大な内戦の危機をつくりだした。新四車の「解散」および安徽アンホイ省南部の新四軍部隊九千余人の殲滅せんめつという内外を震撼しんかんさせた事変は、この時期におこったものである。現在にいたるまで、国民党軍が解放区の軍隊を攻撃するという事件はまだやんでいないし、それをやめようとするなんのきざしもみられない。このような状況のもとで、あらゆる中傷や悪罵が国民党反動分子の口から吐かれてきた。「奸党」「奸軍」「奸区」とか、「抗戦を破壊し、国家を危うくする」など、共産党、八路軍、新四軍および解放区を中傷するよび方やきめつけは、みなこれらの反動分子がつくりだしたものである。一九三九年七月七日、中国共産党中央委員会は宣言を発表して、当時の危機にたいし、「抗戦を堅持し、投降に反対せよ。団結を堅持し、分裂に反対せよ。進歩を堅持し、後退に反対せよ」というスローガンをかかげた。こうした時宜に適したスローガンにしたがって、わが党は、五年のあいだに、三回にわたる反動的、反人民的な「反共の高まり」を力づよく撃退し、当時の危機を克服した。

 その数年間、国民党の戦場では、実際には、はげしい戦争はなかった。 日本侵略者のほこ先は、主として、解放区にむけられていた。一九四三年には、中国侵略の日本軍の六四パーセントとかいらい軍の九五パーセントを解放区の軍民が迎えうっていた。国民党の戦場がうけもっていたのは日本軍の三六パーセントとかいらい軍の五パーセントにすぎなかった。

 一九四四年、日本侵略者が大陸交通線の打通作戦をおこなったとき、国民党軍はまったく抵抗する能力がなく、なすところを知らなかった。数ヵ月のうちに、河南ホーナン湖南フーナン広西コヮンシー、広東諸省の広大な地域が敵の手におちた。この時だけは、二つの戦場のうけもつ敵の比率に多少の変化がおきた。しかし、わたしがこの報告をおこなっている現在、中国侵略の日本軍(満州の分をのぞく)四十コ師団、五十八万人のうち、解放区の戦場が迎えうっているのは二十ニコ師団半、三十二万人で、全体の五六パーセントをしめているが、国民党の戦場が迎えうっているのはわずか十七コ師団半、二十六万人で、全体の四四パーセントにすぎない。かいらい軍を迎えうっている状況には全然変化がない。

 さらに指摘しなければならないことは、八十万以上にたっするかいらい軍(正規のかいらい軍と地方のかいらい武装部隊をふくむ)の大部分は、国民党の将官にひきいられて敵に投降した部隊か、もしくは敵に投降した国国党の将校によって組織された部隊だということである。国民党反動分子は、これらのかいらい軍が日本侵略者に呼応して中国人民の解放区に反対するよう、事前には、いわゆる「曲線救国」というでたらめな売国論をかれるに提供し、事後にはまた、精神的、組織的にかれらを支持している。そのほかに、なお七十九万七千人にもたっする大量の軍隊をくりだして、陝西シャンシー甘粛カンスー寧夏ニンシァ辺区および各解放区を封鎖し攻撃している。国民党政府の報道封鎖政策のもとで、多くの中国人、外国人はこのような重大な状況を知るよしもない。



      ##中国解放区##


 中国共産党の指導する中国解放区には、いま九千五百五十万の人口がある。その地域は、北は内蒙古ネイモンクーから南は海南島ハイナンタオにまでたっし、敵のいるところにはほとんど、八路軍、新四軍、その他の人民軍隊が活躍している。この広大な中国解放区には十九の大きな解放区があり、その地域としては、遼寧リァォニン、熱河、察哈爾、綏遠スイユァン、陝西、甘粛、事夏、山西シャンシー河北ホーペイ、河南、山東シャントン江蘇チァンスー浙江チョーチァン、安徽、江西チァンシー湖北フーペイ、湖南、広東、福建などの省の大部分もしくは小部分がふくまれている。延安イェンアンはすべての解放区の指導の中心である。この広大な解放区のうち、黄河以西の陝西・甘粛・寧夏辺区は、人口が百五十万しかなく、十九の解放区のうちの一 つにすぎない。しかも浙江省東部と海南島との両区をのぞけば、人口からいってもっとも小さい解放区である。一部の人は、こうした状況を知らないで、中国解放区とは主として、陝西・甘粛・寧夏辺区のことだと考えている。これは国民党政府の封鎖政策によってもたらされた誤解である。これらすべての解放区では、抗日民族統一戦線の必要とするあらゆる政策が実行され、共産党員と抗日諸政党、無党無派の代表的人物との協力による民選の政府、つまり地方的な連合政府が、すでに樹立されているか、または樹立されつつある。解放区では全人民の力がのこらず動員されている。これらのすべてによって、中国解放区は強敵の圧迫のもとにありながら、また国民党軍から封鎖され攻撃されているという状況のもとにありながら、さらに外部からなんらの援助もうけていないという状況のもとにありながら、厳然としてゆるがず、しかも、日一日と発展していき、敵の占領区を縮小し、自己の地域を拡大して、民主的中国の雛型ひながたとなっており、連合国と協同して戦い、日本侵略者を駆逐し、中国人民を解放する主要な力となっているのである。中国解放区の軍隊――八路軍、新四軍およびその他の人民軍隊は、対日戦争の作戦で英雄的、模範的な役割をはたしているばかりでなく、抗日民族統一戦線の民主的諸政策を遂行するうえでも模範的な役割をはたしている。一九三七年九月二十二日、中国共産党中央委員会は、「孫中山先生の三民主義は中国がこんにち必要とするものであり、わが党はその徹底的実現のために奮闘するものである」という宣言を発表したが、この宣言は中国解放区において完全に実践されている。



      ##国民党支配区##


 国民党内の主要な支配集団は、専制支配を固持し、消極的な抗日政策と反人民的な国内政策とを実行してきた。このため、かれらの軍隊は半分以下に縮小し、その大部分がほとんど戦闘力をうしなっている。このため、かれら自身と広範な人民とのあいだには深い裂け目が生じて、人民の生活の疲弊ひへい、不満の沸騰、蜂起の続発という重大な危機がもたらされている。またこのため、抗日戦争におけるかれらの役割は非常に小さくなったばかりでなく、かれらは中国人民のすべての抗日の力を動員し統一するうえでの障害物となっている。

 なぜ、国民党の主要な支配集団の指導のもとでこのような重大な事態がうまれたのだろうか。それはこの集団が中国の大地主・大銀行家・大買弁層の利益を代表しているからである。これらのごく少数の者が形成している反動層は、国民党政府管轄下の軍事、政治、経済、文化のすべての重要な機構を独占している。かれらは自分たち少数の者の利益を保つことを第一位におき、抗日を第二位においている。かれらは「民族至上」などといってはいるが、その行為は民族のなかの大多数の人民の要求に合致していない。かれらは「国家至上」などといってはいるが、かれらのさしている国家とは、人民大衆の民主国家ではなく、大地主・大銀行家・大買弁層の封建的ファッショ専制国家なのである。したがって、かれらは人民が立ちあがるのをおそれ、民主運動をおそれ、全人民をほんとうに動員した抗日戦争をおそれている。これが、かれらの日本にたいする消極的作戦の政策、国内にたいする反人民、反民主、反共の反動政策の大もとである。かれらはさまざまな面でこのような二面政策をとっている。たとえば、一面では、抗日しながらも、他面では、消極的作戦の政策をとっており、しかも日本侵略者からつねに投降勧誘の対象に選ばれている。一面では、口先で中国経済の発展をとなえながらも、他面では、実際には、官僚資本、すなわち大地主・大銀行家・大貫弁の資本を蓄積し、中国の主要な経済動脈を独占して、農民、労働者、小ブルジョア階級と自由主義ブルジョア階級を残酷に抑圧している。一面では、口先で「民主」を実行し、「政権を国民にかえす」といいながらも、他面では、実際には、人民の民主運動を残酷に抑圧し、民主改革を少しも実行しようとしていない。一面では、口先で「共産党問題は政治問題であり、政治的方法によって解決すべきである」といいながらも、他面では、共産党をかれらのいわゆる「第一の敵」とみなし、日本侵略者は「第二の敵」とみなして、軍事、政治、経済の面から中国共産党を残酷に抑圧しており、まいにち内戦を積極的に準備し、共産党を消滅しようと苦心さんたんしている。一面では、口先で「近代国家」の樹立をとなえながらも、他面では、実際には大地主・大銀行家・大貫弁の封建的ファッショ専制支配を必死になって保持している。一面では、ソ連と形式的に外交関係を保持しながらも、他面では、実際にはソ連を敵視する態度をとっている。一面では、アメリカの孤立派といっしょに「まずアジア、それからヨーロッパ」を合唱して、ファシスト・ドイツの寿命をひきのばし、つまりはすべてのファシストの寿命をひきのばし、中国人民にたいする自己のファッショ支配の寿命をひきのばそうとしながらも、他面では、外交上でうまくたちまわり、自分を反ファシストの英雄に仕立てている。自己矛盾するこのようなさまざまな二面政策はどこからくるかといえば、それは大地主・大銀行家・大買弁の社会層という大もとからきている。

 だが、国民党は複雑な政党である。それは大地主・大銀行家・大賀弁層を代表するこの反動集団によって支配され指導されているとはいえ、全部がこの反動集団そのものだというわけではない。その一部の指導的な人物はこの集団にはぞくしておらず、しかもこの集団から打撃をくわえられたり、排斥されたり、軽視されたりしている。そのうちのすくなからぬ幹部、党員大衆および三民主義青年団の団員大衆は、この集団の指導に満足しているわけではなく、なかにはその指導に反対しているものさえいる。この反動集団によって統御されている国民党の軍隊、国民党の政府機関、国民党の経済機関および国民党の文化機関のなかには、いずれもこのような状況が存在している。これらの軍隊および機関にはすくなからぬ民主的な人びとがふくまれている。この反動集団は、また幾派かにわかれてたがいに闘争しており、厳密な統一体ではない。国民党を反動派一色とみることは、疑いもなく非常に不適当である。



      ##対比##


 中国人民は中国解放区と国民党支配区にはっきりした対比をみいだしている。

 事態はまだはっきりしていないとでもいうのだろうか。二つの路線、人民戦争の路線と人民戦争に反対する消極的抗日の路線がある。その結果、一つは中国解放区のように、条件のわるい、外部からの援助の少しもない状態におかれながらも勝利しており、もう一つは国民党支配区のように、きわめて有利な、しかも外国の援助をうけている状態におかれながらも敗北しているのである。

 国民党政府は自分の敗北を武器の欠乏のせいにしている。ではたずねるが、武器が欠乏しているのは国民党の軍隊なのか、それとも解放区の軍隊なのか。中国解放区の軍隊は中国の軍隊のなかでも武器がもっとも欠乏している軍隊であって、かれらは敵の手から武器を奪うか、もっともわるい条件のもとで自分で武器をつくるよりほかないのである。

 国民党の中央系軍隊の武器は地方系の軍隊よりはるかによいではないか。だが、戦闘力をくらべると、中央系の多くは地方系におとっている。

 国民党は広大な人的資源を擁しているが、そのあやまった兵役政策によって、人力の補充は極度に困難になっている。中国解放区は、敵に分割され、戦闘がひんぱんにおこなわれている状況のもとにありながらも、人民の要求にかなった民兵と自衛軍の制度の普遍的な実施によって、また人的資源の濫用と浪費の防止によって、人力は尽きることなく動員できるのである。

 国民党は食糧の豊富な広大な地域を擁しており、毎年七千万担ないし一億担の食糧を人民から供給されているが、その大部分がこれを取り扱う人たちのふところにはいってしまうため、国民党の軍隊はいつも食糧が欠乏し、兵士は飢えてやせこけている。中国解放区の主要な部分は、敵後方に切りはなされ、焼きつくし殺しつくし奪いつくすという敵の「三光」政策に蹂躙されており、なかにはこの陝西省北部のような非常にやせた地域もあるのに、自分の労働によって農業生産を発展させるという方法で、食糧問題をりっぱに解決している。

 国民党地域の経済危機はきわめて深刻で、工業の大部分は破産し、綿布のような日用品までもアメリカから運んでいる。ところが、中国解放区は、工業を発展させるという方法で、綿布やその他の日用品の需要を自分で解決している。

 国民党地域では、労働省、農民、店員、公務員、知識人および文化関係者の生活の苦しさは極点にたっしている。中国解放区の人民はみな食べるものがあり、着るものがあり、仕事がある。

 抗戦を利用して国難成金になり、官吏はすなわち商人である、汚職ははんらんし、廉恥は地を払う、これが国民党地域の特色の一つである。刻苦奮闘し身をもって手本をしめす、仕事のほかになお生産をおこなう、廉潔を奨励し汚職行為を禁絶する、これが中国解放区の特色の一つである。

 国民党地域では人民のすべての自由が奪われている。中国解放区では人民に十分な自由があたえられている。

 国民党支配者はこうした異常な状態に直面して、だれをせめるべきだろうか。他人をせめるべきか、それともかれら自身をせめるべきか。外国の援助が足りないことをせめるべきか、それとも国民党政府の専制支配と腐敗無能をせめるべきか。これがまだわからないとでもいうのだろうか。



      ##「抗戦を破壊し、国家を危うくする」ものはだれか##


 まぎれもなく中国人民の抗戦を破壊し中国人民の国家を危うくしているのは、国民党政府ではないとでもいうのか。この政府は、まる十年のあいだひたすら内戦をつづけて、ほこ先を同胞にむけ、すべての国防事業をすててかえりみず、そのうえ無抵抗政策によって東北四省をさしだしてしまった。日本侵略者が山海関シャンハイコヮン以南に攻めこんでくると、あわてて応戦し、蘆溝橋から貴州コイチョウ省まで退いた。それなのに、国民党の人びとは「共産党が抗戦を破壊し、国家を危うくする」(一九四三年九月の国民党中央執行委員会第十一回全体会議の決議案にみられる)といっている。その唯一の証拠とは、共産党が各界の人民と連合して、英雄的に抗日する中国解放区を創設したということである。これら国民党の人びとの論理は中国人民の論理とこんなにもちがっているのであるから、多くの問題で話が通じないのも不思議ではない。

 ここに二つの問題がある。

 第一は、いったいどういう原因によって、国民党政府は黒竜江ヘイロンチァンから蘆溝橋にいたるまで、さらに蘆溝橋から貴州省にいたるまでの、このように広大な国土とこのように多くの人民をなげすてたのかということである。それは国民党政府のとった無抵抗政策、消極的な抗日政策および反人民的な国内政策によるのではないとでもいうのだろうか。

 第二は、いったいどういう原因によって、中国解放区は日本侵略軍およびかいらい軍の長期にわたる残酷な進攻にうち勝ち、民族の敵の手からこのように広大な国土を奪いかえし、このように多くの人民を解放したのかということである。これは人民戦争の正しい路線によるのではないとでもいうのだろうか。



      ##いわゆる「政令、軍令に服従しない」こと##


 国民党政府は、またたえず、「政令、軍令に服従しない」ということで、中国共産党を非難している。だが、われわれはつぎのようにいうほかはない。さいわいにも、中国共産党員はまだ中国人民の普通の常識をもっており、中国人民が艱難辛苦のすえ日本侵略者の手から奪いかえした中国解放区を、実際にはふたたび日本侵略者の手にわたすようないわゆる「政令、軍令」には服従していない。たとえば、一九三九年のいわゆる「異党活動制限措置法」、一九四一年のいわゆる「新四軍の解散」ならびに「旧黄河以北への撤退」、一九四三年のいわゆる「中国共産党の解散」、一九四四年のいわゆる「十コ師団以外のすべての軍隊の期限づき解散」、また、最近の交渉で提起された、いわゆる軍隊と地方政府の国民党への移管なるもの、つまり、その交換条件としてただ数人の共産党員が国民党専制政府にはいって官職につくことだけをゆるし、連合政府の樹立はゆるさず、しかもそれを国民党政府の「譲歩」と称するようなやり方などが、そうした「政令、軍令」である。さいわいにも、われわれはそんなものには服従せず、中国人民のためにけがれのない土地を保持し、英雄的に抗日する軍隊を保持してきた。このように「服従しない」ことを、中国人民が慶賀すべきではないとでもいうのか。国民党政府は自分のファッショ的政令と敗北主義的軍令によって、黒竜江から貴州省にいたる広火な土地と人民を日本侵略者にさしだしていながら、まだ足りないとでもおもっているのか。こうした「政令、軍令」を歓迎するのは日本侵略者や反動派だけであって、良心のある愛国的な中国人でこんなものを歓迎する人がいるとでもいうのか。形式的ではなく実際的な、ファッショ専制的ではなく民主的な連合政府ができていないのに、解放をかちとった中国解放区と抗日に功績のある人民軍隊とを、われわれ中国共産党が勝手に敗北主義とファシズムの国民党ファッショ専制政府にひきわたすということを、中国人民がゆるすなどと考えられるだろうか。もし中国の解放区とその軍隊がなかったとすれば、中国人民のこんにちの抗日事業がありえただろうか。わが民族の前途が考えられるだろうか。



      ##内戦の危機##


 国民党内の主要な支配集団は、こんにちにいたるまで専制と内戦の反動的方針をとりつづけている。多くの兆候がしめしているように、かれらは、ある連合国の軍隊が中国大陸から日本侵略者をある程度まで駆逐したらすぐに内戦をはじめようと、はやくからそうした行動を準備してきたし、とくに現在ではそうしている。しかもかれらは、イギリスのスコービー将軍〔3〕がギリシアで果たしたような任務を、一部の連合国の将軍たちが中国国内で遂行してくれることをのぞんでいる。かれらはスコービーやギリシア反動政府の大虐殺に歓呼している。かれらは中国をふたたび一九二七年から一九三七年までのような国内戦争の大海になげこもうとたくらんでいる。国民党の主要な支配集団は、現在、「国民大会の招集」とか、「政治的解決」とかの煙幕のかげで、ひそかに内戦の準備をすすめている。もしわが国の人びとがそれに注意せず、その陰謀を暴露せず、その準備を阻止しないなら、ある朝とつぜん内戦の砲声をきくことになるであろう。



      ##交渉##


 日本侵略者をうちやぶり新中国を建設するために、また内戦を防止するために、中国共産党は他の民主的諸党派の同意をえて、一九四四年九月の国民参政会で、国民党一党独裁の即時廃止、民主的な連合政府樹立という要求を提出した。疑いもなくこの要求は時宜にかなっており、数ヵ月のうちに広範な人民の共鳴をえた。

 どのようにして、一党独裁を廃止し、連合政府を樹立し、必要な民主改革を実行するかなどの問題について、われわれはいくどとなく国民党政府と交渉したが、われわれの提案はすべて国民党政府に拒否された。国民党は、一党独裁の廃止、連合政府の樹立をのぞまないばかりでなく、特務機関の廃止、人民の自由を弾圧する反動法令の撤廃、政治犯の釈放、各政党の合法的地位の承認、解放区の承認、解放区を封鎖し攻撃している軍隊の撤退など、さしせまって必要な民主改革もなにひとつ実行しようとしない。こうしたところから、中国の政治関係はきわめて重大な局面におかれている。



      ##二つの前途##


 全体の情勢からみて、また上にのべた国際的、国内的なあらゆる実際状況の分析からみて、わたしが注意をうながしたいのは、われわれの事業がすべて順調に、見事にはこぶなどとは考えないようにということである。たしかに、そんなことはありえない。よい方とわるい方の二つの可能性、二つの前途が存在しているのが事実である。民主改革がゆるされないでファッショ専制支配がつづけられ、重点が日本侵略者への反対におかれないで人民への反対におかれ、たとえ日本侵略者がうちやぶられても、中国には依然として内戦の可能性があり、中国が独立、自由、民主、統一、富強でない、苦痛にみちたむかしどおりの状態にひきもどきれる、これが一つの可能性、一つの前途である。この可能性、この前途は依然として存在している。これは国際情勢がよくなり、国内の人民の自覚がたかまり、組織された人民の力が発展したからといって、存在しなくなるとか、自然に消滅してしまうとかいったようなものではない。中国にこの可能性、この前途が実現するのをのぞんでいるのは、国内では国民党内の反人民集団であり、国外では帝国主義思想をいだく反動分子である。これが一面であり、注意しなければならない一面である。

 だが、他の一面では、おなじく全体の情勢からみて、また上にのべた内外のあらゆる状況の分析からみて、われわれはいっそうの確信と勇気をもって第二の可能性、第二の前途をたたかいとることができる。すなわち、あらゆる困難を克服し、全国人民を結集し、国民党のファッショ専制支配を廃止し、民主改革を実行し、抗日の力を強化拡大し、日本侵略者を徹底的にうちやぶって、中国を独立、自由、民主、統一、富強の新国家にきずきあげることである。中国にこの可能性、この前途が実現するのをのぞんでいるのは、国内では広範な人民、中国共産党および他の民主的諸党派であり、国外ではわれわれを平等に遇するすべての民族、進歩的な人びと、人民大衆である。

 われわれと中国人民は、まだ大きな困難、多くの障害物に直面しており、多くの曲折した道をあゆまなければならないことを、われわれははっきり知っている。だが同様にわれわれは、どのような困難や障害物であっても、全国人民といっしょにかならずそれを克服して、中国の歴史的任務を達成できるということを知っている。全力をつくして、第一の可能性に反対し、第二の可能性をたたかいとり、第一の前途に反対し、第二の前途をたたかいとること、これがわれわれと全国人民の偉大な任務である。国際情勢、国内情勢の主要な面は、われわれと全国人民に有利である。これらの点についてはさきにはっきりとのべておいた。われわれは、国民党当局が世界の大勢のおもむくところ、中国の人心のむかうところを考えて、抗日戦争を勝利させ、中国人民の苦痛を減少させ、新中国を一日もはやく誕生させるために、現在のあやまった諸政策をきっぱりあらためることを希望する。どのように曲折した道をたどろうとも、中国人民の独立解放の任務はかならず達成されるし、しかもその時機がすでにきていることを知るべきである。百余年らい、革命に殉じた無数の戦士のいだいてきた雄大な志は、われわれのこの世代がかならず実現するのであり、だれが阻止しようとしても、とうてい阻止できるものではない。



     四 中国共産党の政策


 以上、わたしは中国の抗日戦争における二つの路線について分析した。このような分析はぜひとも必要である。なぜなら、広範な中国人のなかには、いまなお中国の抗日戦争における具体的な状況を知らない人がたくさんいるからである。国民党支配区や外国では、国民党政府の封鎖政策によって多くの人が目かくしされている。一九四四年に、内外新聞記者の視察団が中国解放区にやってくるまでは、外部の多くの人は解放区についてほとんどなにも知らなかった。国民党政府は解放区の真実の状況がもれるのを非常におそれたため、一九四四年にきた新聞記者団が帰ると、ただちに門をとざし、新聞記者を二度と解放区にはいらせなかった。国民党地域の真相についても、国民党政府は同様に封鎖している。したがって、われわれには「二つの地域」の真相をできるだけ人びとにはっきり知らせる責任があるとおもう。中国のすべての状況をはっきりさせてはじめて、中国の二六政党――中国共産党と中国国民党の政策がなぜこのようにちがっているのか、なぜこのように二つの路線のあるそいがあるのかを理解することができる。そうしてはじめて、両党間の論争が一部の人のいうように、必要でない、重要でない論争、あるいは感情的でさえある論争にすぎないものではなくて、数億の人民の死活問題にかかわる原則上の論争であることを、人びとに理解させることができる。

 中国の時局の重大な情勢を前にして、中国人民、中国のすべての民主政党および民主的な人びと、中国の時局に関心をもつすべての外国の人民は、みな、中国の分裂の局面がふたたび団結にむかうことをのぞみ、中国で民主改革がおこなわれることをのぞんでおり、当面の多くの重要問題を解決するうえで中国共産党のとっている政策を知りたがっている。われわれの党員はもちろんこれらの点についていっそう関心をもっている。

 われわれの抗日民族統一戦線の政策は、これまでも明確であったし、八年にわたる戦争の試練をへてきている。われわれの大会はこれについて今後の奮闘の指針となる結論をくだすべきである。

 以下、わたしはわが党が中国問題解決のために重要政策の面でひきだした若干の確定的な結論を説明しよう。



      ##われわれの一般綱領##


 中国人民のすべての抗日の力を動員し統一して、日本侵略者を徹底的に消滅し、独立、自由、民主、統一、富強の新中国を樹立するためには、中国人民、中国共産党およびすべての抗日的な民主政党は、相互に同意した一つの共同綱領をもつことがさしせまって必要である。

 この共同綱領は一般的な部分と具体的な部分との二つにわけられる。われわれはまず一般的な綱領についてのべ、そのあとで具体的な綱領についてのべよう。

 日本侵略者を徹底的に消滅することと新中国を建設することを大前提として、中国の現段階では、われわれ共産党員は、つぎのような基本点で中国の人口の最大多数と一致している。すなわち、第一に、中国の国家制度は大地主・大ブルジョア階級独裁の封建的、ファッショ的、反人民的な国家制度であってはならないということである。なぜならこのような反人民的な制度が完全に破産したことは、国民党の主要な支配集団の十八年間の支配によってすでに立証されているからである。第二に、中国はまた、純然たる民族ブルジョア階級のふるい型の民主主義独裁の国家を樹立することも不可能であり、したがってその樹立をくわだてるべきではないということである。なぜなら中国においては、一方では、民族ブルジョア階級が経済的、政治的に、非常に軟弱だからであり、他方では、中国の政治舞台で強大な能力をしめし、広範な農民階級、都市小ブルジョア階級、知識層およびその他の民主的な人びとを指導している、自覚をもった中国プロレタリア階級およびその指導者――中国共産党という新しい条件がすでにうまれているからである。第三に、中国の社会的、経済的な必要条件がそなわっておらず、中国人民の任務がまだ民族的抑圧と封建的抑圧に反対することにあるという現段階では、中国人民は社会主義の国家制度を実現することも不可能だということである。

 では、われわれの主張はなにか。われわれが主張するのは「日本侵略者を徹底的にうちやぶったのちに、全国の圧倒的多数の人民を基礎とした、労働者階級の指導する、統一戦線の、民主的同盟の国家制度を樹立することである。われわれはこのような国家制度を新民主主義の国家制度とよぶ。

 これは中国の人口の最大多数の要求に真に合致する国家制度である。なぜなら、第一に、それは数百万の産業労働者、数千万の手工業労働者および雇農の同意をえているし、また同意がえられるからである。つぎに、それは中国の人口の八〇パーセント、つまり四億五千万の人口のうち三億六千万をしめる農民階級の同意をえているし、また同意がえられるからである。さらに、それは広範な都市小ブルジョア階級、民族ブルジョア階級、開明紳士およびその他の愛国的な人びとの同意をえているし、また同意がえられるからである。

 もちろん、これらの階級のあいだには、依然として矛盾がある。労資間の矛盾がその顕著な一例である。したがって、これらの階級はそれぞれいくらかの異なった要求をもっている。こうした矛盾を抹殺まっさつし、こうした異なった要求を抹殺することはいつわりであり、あやまりである。だが、こうした矛盾、こうした異なった要求は、新民主主義の全段階をつうじて共通の要求をしのぐほどに発展することはないし、また発展させるべきではない。こうした矛盾やこうした異なった要求は調節することができる。このような調節によって、これらの階級は、共同して、新民主主義国家の政治、経済、文化の建設をなしとげることができる。

 われわれの主張する新民主主義の政治とは、外部からの民族的抑圧をくつがえし、国内の封建主義的、ファッショ的抑圧をとりのぞくことであり、また、これらのものをくつがえし、とりのぞいたのちに、旧民主主義の政治制度を樹立するのではなくて、すべての民主的階級の連合する、統一戦線の政治制度を樹立することである。われわれのこの主張は孫中山先生の革命的主張と完全に一致する。孫先生は、「中国国民党第一回全国代表大会宣言」のなかでつぎのように書いている。「近世各国のいわゆる民権制度は、往々にしてブルジョア階級に専有され、まさしく平民を抑圧する道具になっている。国民党の民権主義についていえば、一般平民の共有するものであって、少数のものがわたくししうるものではない。」これは孫先生の偉大な政治的指示である。中国人民、中国共産党およびその他のすべての民主的な人びとは、このまったく正しい新民主主義の政治原則を擁護し発揚するために、この指示を尊重してだんここれを実行しなければならず、またこの指示にそむきこれに反対するどのような人びとや集団ともだんこ闘争しなければならない。

 新民主主義の政権組織は、各級の人民代表大会で政治の根本方針を決定し、政府を選挙するという民主集中制をとるべきである。それは民主的であると同時に、集中的である。つまり民主を基礎とした集中であり、集中にみちびかれた民主である。ただこの制度だけが、広範な民主を発揚して各級の人民代表大会に高度の権力をもたせることができ、また、国事を集中的に処理して、各級の政府に、各級の人民代表大会から委託されたすべての事務を集中的に処理させ、人民の必要なすべての民主的活動を保障させることができるのである。

 軍隊およびその他の武装力は新民主主義の国家権力機関の重要な部分であり、それがなければ国家を防衛することはできない。新民主主義国家のすべての武装力は、他の権力機関とおなじように、人民にぞくし人民を保護するものであって、少数のものにぞくし人民を抑圧するふるい型の軍隊、ふるい型の警察などとは、完全に異なる。

 われわれの主張する新民主主義の経済もまた孫先生の原則に合致するものである。土地問題では、孫先生は「耕すものに土地を」ということを主張した。商工業問題では、孫先生はさきにのべた宣言のなかでつぎのようにいっている。「すべて中国人および外国人の企業で、独占的性質をもつか、もしくは規模が大きすぎて私的な力では経営できないもの、たとえば銀行、鉄道、航空事業などのたぐいは、国家がこれを経営管理し、私有資本制度が国民の経済生活を左右できないようにする。これが資本節制の主旨である。」現段階では、経済問題について、われわれは孫先生のこれらの主張に完全に同意する。

 一部の人は、中国共産党員が個性を発展させることに賛成せず、私的資本主義を発展させることに賛成せず、私有財産を保護することに賛成しないのではないかと疑っているが、実際にはそれはまちがっている。残酷にも中国人民の個性の発展を束縛し、私的資本主義の発展を束縛し、広範な人民の財産を破壊しているのは、民族的抑圧と封建的抑圧である。われわれの主張する新民主主義制度の任務は、まさにこうした束縛をとりのぞき、こうした破壊をやめさせ、広範な人民が共同生活のなかでその個性を自由に発展できるよう保障し、「国民の経済生活を左右する」のではなくて国民の経済生活にとって有益な私的資本主義経済が自由に発展できるよう保障し、すべての正当な私有財産を保障することである。

 孫先生の原則と中国革命の経験によれば、現段階における中国の経済は、国家経営、私的経営、協同組合経営の三つによって構成されなければならない。そして、国家経営のその国家とは、けっして「少数のものが私しうる」国家であってはならず、プロレタリア階級の指導のもとに「一般平民の共有する」新民主主義の国家でなければならない。

 新民主主義の文化も、おなじように、「一般平民の共有する」もの、すなわち民族的、科学的、大衆的な文化であるべきで、けっして「少数のものが私しうる」文化であってはならない。

 以上のべたすべてが、現段階において、ブルジョア民主主義革命の全段階において、われわれ共産党員の主張する一般綱領、もしくは基本綱領である。われわれの社会主義制度および共産主義制度についての未来綱領もしくは最高綱領からいえば、これはわれわれの最低綱領である。この綱領を実行すれば、中国を現在の国家および社会の状態から一歩前進させることができる。つまり、植民地・半植民地・半封建の国家および社会の状態から新民主主義の国家および社会に前進させることができるのである。

 この綱領で規定されているプロレタリア階級の政治的指導権、プロレタリア階級の指導下での国営経済および協同組合経済は、社会主義的な要素である。しかし、この綱領を実行するだけではまだ中国を社会主義社会にすることにはならない。

 われわれ共産党員は、もともと自己の政治的主張をかくすようなことはしない。われわれの未来綱領もしくは最高綱領は、中国を社会主義社会および共産主義社会に前進させるものである。これは確定的で少しも疑問の余地がない。わが党の名称とわれわれのマルクス主義の世界観が、この将来の、かぎりなく輝かしい、かぎりなく美しい最高の理想を明確にさししめしている。共産党員はだれでも、入党のときから、現在の新民主主義革命のために奮闘し、将来の社会主義および共産主義のために奮闘するという二つの明確な目標を胸にいだいており、共産主義の敵どもの無知で卑劣な敵視、中傷、悪罵、嘲笑などを意に介していない。われわれはそれらを断固として排撃しなければならない。しかし、善意であるが疑いをもっている人びとにたいしては、排撃するのではなく、善意をもって辛抱づよく説明することである。すべてこれらのことは、きわめて明瞭であり、きわめて確定的であり、少しの曖昧あいまいさもないのである。

 だが、すべての中国共産党員、中国のすべての共産主義の支持者は、現段階の目標のために奮闘しなければならない。民族的抑圧と封建的抑圧に反対するために奮闘し、中国人民を植民地・半植民地・半封建の悲惨な運命からぬけ出させるために奮闘し、プロレタリア階級の指導する、農民解放を主要な内容とした、新民主主義の性質、つまり孫中山先生の革命的三民主義の性質をもった、独立、自由、民主、統一、富強の中国を樹立するために奮闘しなければならないのである。われわれは、たしかにこのようにしてきた。われわれ共産党員は広範な中国人民と協同して、このために二十四年のあいだ英雄的に奮闘してきたのである。

 共産党員あるいはその支持者でありながら、もしこの目標のために奮闘せず、もしこのブルジョア民主主義革命を軽視して、それへの努力を少しでもゆるめ、少しでも怠り、少しでも不忠実きや不熱心きをしめし、しかも自分の血と生命をささげる心がまえをもたず、ただ社会主義とか共産主義とかと空談義するだけなら、それは意識しようとしまいと、多かれ少なかれ社会主義と共産主義にそむくことになり、自覚した忠実な共産主義者とはいえなくなる。民主主義をへなければ、社会王義にたっすることはできない。これはマルクス主義の不変の真理である。そして中国では、民主主義のための奮闘はやはり長期にわたるものである。連合し統一した、新民主主義の国家がなく、新民主主義の国家経済の発展がなく、私的資本主義経済と協同組合経済の発展がなく、民族的、科学的、大衆的な文化、すなわち新民主主義文化の発展がなく、何億という人民の個性の解放と個性の発展がなければ、一口にいって、共産党の指導する新しい型のブルジョア的性質をもつ徹底した民主主義革命がなければ、植民地・半値民地・半封建の廃嘘のうえに社会主義社会を建設しようとしても、それはまったくの空想にすぎない。

 一部の人は、なぜ共産党員が資本主義をおそれず、かえって一定の条件のもとでその発展を提唱するのかを理解していない。われわれの答えは簡単である。すなわち、資本主義のある程度の発展が外国の帝国主義と自国の封建主義の抑圧にとってかわることは、ひとつの進歩であるばかりでなく、ひとつの避けられない過程でもある。それはブルジョア階級に有利であるばかりでなく、プロレタリア階級にも有利であり、プロレタリア階級にはいっそう有利であるともいえる。いまの中国によけいなものは、外国の帝国主義と自国の封建主義であって、自国の資本主義ではない。われわれの資本主義はむしろすくなすぎるのである。不思議なことに、中国のブルジョア階級の一部の代弁者は、正面から資本主義発展の主張をかかげる勇気がなく、遠回しにこの問題にふれている。このほかに、中国における資本主義のしかるべき発展を頭から否定し、一気に社会主義にたっすることができるとか、三民主義と社会主義とを「一挙に成功させる」とかといっているものさえある。あきらかにこうしたことは、あるものは中国の民族ブルジョア階級の軟弱性の反映であり、あるものは大地主・大ブルジョア階級の民衆にたいする欺瞞手段である。中国の条件のもとでは、新民主主義の国家制度のもとでは、国有経済、勤労人民の小私有経済および協同組合経済を発展させるほか、国民の経済生活を左右できない範囲で、私的資本主義経済に発展の便宜をあたえなければ、社会の発展にとって有利にはならないということを、われわれ共産党員はマルクス主義の社会発展法則にたいする認識にもとづいてはっきりと知っている。中国共産党員は、いかなる空談義や欺瞞によってもそのさえた頭脳をかきみだされるものではない。

 一部の人は、共産党員が、「三民主義は中国がこんにち必要とするものであり、わが党はその徹底的実現のために奮闘するものである」と言明しているのは、どうも誠実ではないようだと疑っている。これは、われわれの認めている、孫中山先生が一九二四年に「中国国民党第一回全国代表大会宣言」のなかで解釈した三民主義の基本原則が、わが党の現段階における綱領、つまり最低綱領のなかの若干の基本原則と一致しているということを理解していないからである。ここで指摘しなければならないのは、孫先生のこの三民主義とわが党の現段階における綱領とは、ただ若干の基本原則で一致しているだけであって、まったく一致しているものではないということである。わが党の新民主主義の綱領は、もちろん孫先生のものにくらべてはるかに完全である。とくに、孫先生死後のこの二十年間における中国革命の発展によって、わが党の新民主主義の理論、綱領、およびその実践はきわめて大きく発展しており、今後もいっそう大きく発展するであろう。だが、孫先生のこの三民主義はその基本的性質からいえば、それ以前の旧三民主義とは区別される新民主主義の綱領であって、もちろん、これは「中国がこんにち必要とするもの」であり、もちろん「わが党はその徹底的実現のために奮闘するもの」である。中国共産党員にとっては、わが党の最低綱領のために奮闘することと孫先生の革命的三民主義、つまり新三民主義のために奮闘することとは、別々のことではなく、基本的には(あらゆる面においてではない)おなじことである。したがって、中国共産党員が革命的三民主義のもっとも誠実な、もっとも徹底した実現者であるということは、過去と現在においてすでに証明されているばかりでなく、さらに将来においても証明されるであろう。

 一部の人は、共産党が権力をえたのち、ロシアにならってプロレタリア独裁と一党制度をうちたてるのではないかと疑っている。われわれは、いくつかの民主的階級の同盟による新民主主義国家はプロレタリア独裁の社会主義国家とは原則的にちがったものであると答える。われわれのこの新民主主義制度は、プロレタリア階級の指導のもとに、共産党の指導のもとに樹立されるものであるが、新民主主義制度の全期間をつうじて、中国は一階級の独裁および一党による政府機構独占の制度ではありえないし、したがってそうあるべきでないことは、少しも疑問の余地がない。共産党以外のどんな政党、どんな社会集団あるいは個人でも、共産党にたいして敵対的ではなく協力的な態度をとるかぎり、われわれにはそれと協力しない理由はない。ロシアの制度はロシアの歴史から形成されたものである。そこでは、人が人を搾取する社会制度が廃止され、もっとも新しい型の民主主義、すなわち社会主義の政治、経済、文化の制度が実現され、社会主義に反対するすべての政党が人民からみすてられ、ボリシェピキ党だけが人民から支持されている。だからこそロシアのあの局面が形成されたのであって、それはかれらにとってぜひとも必要で、まったく合理的なものである。だが、ボリシェビキ党以外に他の政党が存在しないという条件のもとであっても、ロシアの政権機関で実行されているのは、やはり労働者、農民、知識人の同盟、または党員と非党員の同盟の制度であって、労働者階級あるいはボリシェピキ党員しか政権機関ではたらけないというものではない。中国の現段階の歴史から、中国の現段階の制度が形成されるであろう。われわれにとってぜひとも必要で、まったく合理的な、そしてロシアの制度ともちがう特殊な形態、つまりいくつかの民主的階級の同盟による新民主主義の国家形態と政権形態は、長い時期をへていくうちにうまれるであろう。



      ##われわれの具体的綱領##


 うえにのべた一般綱領にもとづいて、わが党はさらにそれぞれの時期における具体的な綱領をもつべきである。ブルジョア民主主義革命の全段階をつうじて、つまり数十年間にわたって、われわれの新民主主義の一般綱領は変わらない。しかし、この大きな段階のなかのそれぞれの小さな段階では、状況が変化したし、また変化しているので、われわれの具体的綱領があらためられなければならないのは当然のことである。たとえば、北伐戦争の時期、土地革命戦争の時期、また抗日戦争の時期をつうじて、われわれの新民主主義の一般綱領には変化はなかったが、その具体的綱領には、三つの時期に変化があった。それは、三つの時期においてわれわれの敵軍と友軍に変化があったからである。

 現在、中国人民はつぎのような状況におかれている。(一)日本侵略者はまだうちやぶられていない。(二)中国人民は、団結して民主改革を実現することをさしせまって必要としている。それによって、民族の団結を形成し、あらゆる抗日の力をすみやかに動員し統一し、連合国と協同して、日本侵略者をうちやぶるのである。(三)国民党政府は民族の団結を分裂させ、このような民主改革を妨害している。こうした状況のもとで、われわれの具体的綱領、つまり中国人民の当面の要求とはなにか。

 われわれはつぎのような要求が適切であり、また最低限のものであると考える。

 あらゆる力を動員し、連合国と協同して、日本侵略者を徹底的にうちやぶり、国際平和を確立すること。国民党一党独裁を廃止し、民主的な連合政府と連合統帥部を樹立すること。民族の団結を分裂させ人民に反対する親日分子、ファッショ分子、敗北主義分子を処罰して、民族の団結を形成すること。内戦の危機をつくりだす反動分子を処罰して、国内の平和を保障すること。民族裏切り者を処罰し、敵に降伏した将校を討伐し、日本のスパイを処罰すること。人民を弾圧するあらゆる反動的な時務機関と特湾活動を廃止し、強制収容所を廃止すること。人民の言論、出版、集会、結社、思想、信教、身体などの自由を弾圧するあらゆる反動法令を撤廃して、人民に十分な自由の権利をあたえること。すべての民主政党の合法的地位を承認すること。すべての愛国的政治犯を釈放すること。中国解放区を包囲し攻撃しているすべての軍隊を撤退させ、これらの軍隊を抗日の前線へ出動させること。中国解放区のすべての抗日軍隊と民選政府を承認すること。解放区およびその軍隊を拡大強化して、すべての失地を回復すること。被占領区の人民が地下の軍隊を結成して武装蜂起を準備するのを援助すること。中国人民が自発的に武装して郷土と国土を防衛するのをゆるすこと。国民党統帥部に直接指導されて、つねに戦いに敗北し、つねに人民を抑圧し、つねに他系統のものを排斥している軍隊を政治的軍事的に改造し、敗退に責任のある将領たちを処罰すること。兵役制度を改善し、将兵の生活を改善すること。抗日軍人の家族を優遇し、前線の将兵が安心して戦えるようにすること。国のために殉じた戦士の遺家族を優遇し、傷痍しょうい軍人を優遇し、退役軍人の生活と就職の問題の解決を援助すること。軍事工業を発展させ、戦争に役立たせること。連合国の武器および財政の援助を各抗日軍隊へ公平に分配すること。汚職官吏を処罰し、廉潔な政治を実現すること。中下級公務員の待遇を改善すること。中国人民に民主的権利をあたえること。人民を抑圧する保甲制度〔4〕を廃止すること。難民を救済し、災害、飢饉ききんの救済をすること。大量の救済基金を設置し、被占領区で苦しみにあえいでいる人民を国土回復ののち広範に救済すること。苛酷かこくで雑多な税金を廃止し、統一的な累進税を実施すること。農村の改革を実行し、小作料と利子を引き下げ、小作権を適度に保障し、貧しい農民に低利の貸し付けをおこなうとともに、農民を組織して、農業生産の発展を有利にすること。官僚資本を取り締まること。現在の経済統制政策を廃止すること。無制限な通貨膨脹と無制限な物価騰貴を抑止すること。民間工業に資金の借り入れ、原料の購入、製品の販売の便宜をあたえ、民間工業を援助すること。労働者の生活を改善し、失業労働者を救済するとともに労働者を組織して、工業生産の発展を有利にすること。国民党の党化教育〔5〕を廃止して、民族的、科学的、大衆的な文化教育を発展させること。教職員の生活および学問の自由を保障すること。青年、婦人、児童の利益を保護し、勉学の道をうしなった青年を救済するとともに、青年、婦人を組織して、抗日戦争と社会の進歩に有益な諸活動に平等な立場で参加させ、婚姻の自由と男女平等を実現し、青年と児童に有益な学業をうけさせること。国内の少数民族の待遇を改善し、各少数民族に民族自治の権利をあたえること。華僑の利益を保護し、帰国華僑を援助すること。日本侵略者の圧迫をうけて中国に亡命した外国の人民を保護するとともに、日本侵略者に反対するかれらの闘争を援助すること。中ソ両国の関係を改善すること、等々。そして、これらすべてをなしとげるうえでもっとも重要なことは、国民党一党独裁をただちに廃止し、すべての抗日政党および無党無派の代表的人物をふくむ挙国一致の、民主的な、連合的な、臨時の中央政府を樹立することである。この前提条件がなければ、全国的範囲、いいかえれば国民党支配地域で多少ともまじめな改革をおこなおうとしても、それは不可能である。

 これらすべては、中国の広範な人民の声であり、また連合諸国の広範な民主的言論界の声でもある。

 抗日的な民主的諸政党が相互に同意する最低限の具体的綱領はぜひとも必要で、われわれはうえにのべた綱領を基礎としてかれらと話しあう用意がある。各党は異なった要求をもってもよいが、一つの共同の綱領をとりきめるべきである。

 このような綱領は、国民党支配区にとっては、いましばらくのところまだ要求の綱領であり、被占領区にとっては、地下の軍隊を結成して武装蜂起を準備するという項目以外は、そこを奪回したあとでなければ実施できない綱領であり、解放区にとっては、はやくから実施されているし、またひきつづき実施されるべき綱領である。

 うえにのべた中国人民の当面の要求、または具体的綱領のなかには、戦時および戦後の重要な問題が数多くふくまれているので、つぎにそれを説明する必要がある。これらの問題を説明するにあたって、われわれは、国民党の主要な支配集団のいくつかのあやまった観点を批判すると同時に、その他の人びとのいくつかの疑問にも答えることにしよう。



     ##第一 日本侵略者を徹底的に消滅し、中途での妥協はゆるさない##


 カイロ会議〔6〕は日本侵略者に無条件降伏をせまるべきことをきめたが、これは正しい。だが、いま日本侵略者は妥協的な講和をもとめて裏面工作をすすめている。国民党政府内の親日分子も南京かいらい政府をとおして日本の密使と気脈を通じており、それは制止されていない。したがって、中途で妥協する危険は完全にすぎさったわけではない。カイロ会議はまた東北四省、台湾タイワン澎湖ポンフー列島を中国に返すことをきめたが、これはよいことである。だが、国民党政府の現在の政策では、この政府にたよって鴨綠江ヤールーチァン岸まで進撃し、すべての失地を回復しようとしても、それは不可能である。このような状況のもとで中国人民はいかにすべきか。中国人民は、日本侵略者を徹底的に消滅するよう国民党政府に要求すべきであり、中途での妥協をゆるしてはなるない。妥協のためのすべての陰謀活動はただちに阻止されなければならない。中国人民は、国民党政府が現在の消極的な抗日政策をあらため、すべての軍事力を積極的な対日作戦につかうよう要求すべきである。中国人民は、連合国との直接の協同作戦、すべての失地の回復のための準備として、自己の軍隊――八路軍、新四軍およびその他の人民軍隊を拡大するとともに、また敵のいるすべてのところで、広範に自発的に抗日武装組織を発展させるべきであり、けっして国民党だけにたよってはならない。日本侵略者をうちやぶることは中国人民の神聖な権利である。反動分子が中国人民のこの神聖な権利を剥奪はくだつし、中国人民の抗日活動を抑圧し、中国人民の抗日の力を破壊しようとするなら、中国人民は、かれらに勧告しても効果がないばあい、自衛の立場に立って断固とした反撃をくわえるべきである。なぜなら、民族の利益にそむく中国反動分子のこのような反動行為は、まったく日本侵略者をたすけるものだからである。



     ##第二 国民党の一党独裁を廃止し、民主的な連合政府を樹立する##


 日本侵略者を徹底的に消滅するためには、全国的範囲で民主改革をおこなわなければならない。だが、それは、国民党の一党独裁を廃止し、民主的な連合政府を樹立しないかぎり不可能である。

 国民党の一党独裁というのは、実際には国民党内の反人民集団の独裁である。この独裁は中国民族の団結の破壊者であり、国民党戦場における抗日の失敗の責任者であり、中国人民の抗日の力を動員し統一するうえでの根本的な障害物である。八年にわたる抗日戦争の痛ましい経験から、中国人民はこの独裁の罪悪をよく知っているので、その即時廃止を要求するのはごく当然のことである。この反人民的な独裁はまた内戦の禍根であり、それをただちに廃止しないなら、内戦の惨禍がふたたびふりかかってくる。

 この反人民的独裁の廃止を要求する中国人民の声はいたるところにひびきわたっており、国民党当局自身も「訓政⑥をくりあげて終わらせる」と公約せざるをえなくなっている。このことから、このいわゆる「訓政」や「一党独裁」がどれほどまでに人心をうしない、威信をおとしているかを知ることができる。「訓政」や「一党独裁」にはなにかのとりえがあるから廃止したり「終わらせ」たりすべきではないといいきるものは、中国にはもう一人もいない。これは当面の時局の大きな変化である。

 「終わらせる」べきであることは確定的で、少しも疑問の余地がない。だが、どのようにして終わらせるかということになると意見がわかれる。一方は、ただちにそれを終わらせて、民主的な臨時の連合政府を樹立せよという。もう一方は、終わらせるのをしばらく待て、「国民大会」を招集して「政権を国民にかえす」が、連合政府にかえすことはできないという。

 これはどういう意味か。

 これはほんとうにやるのと、ごまかしにやるのとの二つのやり方をあらわしたものである。

 一つは、ほんとうのやり方である。つまり民族の団結をとりもどし、日本侵略者をうちやぶるため、ただちに国民党一党独裁の廃止を宣言して、国民党、共産党、民主同盟⑥および無党無派の代表的人物の連合による臨時の中央政府を樹立し、われわれが中国人民の当面の要求としてさきに提起したような民主的な施政綱領を公布することである。こうしたことを討議するために諸政党および無党無派の代表的人物の円卓会議を招集して、協定をむすび、それを実行にうつす。これは団結の方針であって、中国人民は断固としてこの方針を支持している。

 もう一つはごまかしのやり方である。それは広範な人民やあらゆる民主政党の要求をかえりみずに、国民党反人民集団お手盛りのいわゆる「国民大会」を独断的に招集し、その会議で、実際には専制を維持し民主に反対するいわゆる「憲法」を採択し、わずか数十人の国民党員が勝手に委任して、むりやりに人民におしつけた、まったく民意の基礎をもたない、違法の国民政府なるものに合法の衣をきせ、いかにも「政権を国民にかえす」かのようにみせかけながら、実際にはやはり国民党内の反人民集団に「政権をかえす」ことである。もし賛成しないものがあれば、ただちに「民主」を破壊し、「統一」を破壊するものだとして、それに討伐令をだす「理由」にされる。これは分裂の方針であって、中国人民は断固としてこの方針に反対している。

 反人民的なわが英雄諸君がこの分裂方針にもとづいてとろうとしている段どりは、かれら自身を断崖におしやる危険性をもっている。かれらは自分の首に縄をまきつけ、しかもそれを永久にほどけないようにしようとしているが、その縄とは「国民大会」とよばれるものである。かれらの元来の意図は、「国民大会」なるものを万能の宝としてふりかざし、それによって、一つには連合政府の樹立を拒否し、二つには専制支配を維持し、三つには内戦の理由を準備するということにある。だが、歴史の論理はかれらの予期に反した方向にむかい、「もちあげた石で自分の足をうつ」ことになるであろう。現在はだれもが知っているように、国民党支配地域では人民に自由がないし、日本侵略者の占領地域では人民は選挙に参加できない。そして自由のある中国解放区はといえば、国民党政府から認められていない。このような状況のもとでは、いったいどこから国民代表がうまれるのだろうか。いったいどこから「国民大会」がうまれるのだろうか。現在ひらくといってさわいでいるのは、内戦の時期に、つまり八年もまえに国民党専制政府が一手に偽造したあの国民大会なるものである。もしそのような大会がひらかれようものなら、全国人民がこぞって反対するにちがいない。そうなれば、反人民的なわが英雄諸君はどのように結末をつけるつもりなのかうかがいたい。要するに、偽造の国民大会がひらかれようものなら、かれら自身を断崖におしやることにしかならないのである。

 われわれ共産党員は国民党一党独裁を終わらせる二つの段どりを提起する。第一の段どりでは、当面の時期に、各党各派および無党無派の代表的人物の協議をへて、臨時の連合政府を樹立するのであり、第二の段どりでは、将来の時期に、制限のない自由な選挙をへて、国民大会を招集し、正式の連合政府を樹立するのである。要するに、どちらも連合政府であり、参加をのぞむすべての階級とすべての政党の代表を結集して、民主的な共同綱領のもとで、現在の抗日と将来の建国のために奮闘するものである。

 国民党あるいはその他の政党、集団および個人がどのように考えようと、またこれらのものが希望しようとしまいと、意識しようとしまいと、中国はこの道をすすむ以外にない。これは歴史の法則であり、必然的な、避けることのできない趨勢であって、どんな力もそれを逆転させることはできない。

 この問題および民主改革にかんする他のすべての問題について、われわれ共産党はつぎのように声明する。いま国民党当局があやまった政策をいかに固持しているとしても、また時間をひきのばし、世論をごまかす手段としていかに交渉を利用しているとしても、いったんかれらがいまのあやまった政策を放棄することをのぞみ、民主改革をおこなうことに同意しさえすれば、われわれはかれらとの交渉を再開する用意がある。しかし、交渉の基礎は抗日と団結と民主という全般的方針のうえにおかれなければならない。この全般的方針からはなれた方策、構想なるものやその他の空論は、それがどれほど耳ざわりのよいものであってもわれわれは賛成できない。



     ##第三 人民の自由##


 当面の中国人民の自由のための闘争のほこ先は、まず第一に、しかも主として日本侵略者にむけるれている。だが、国民党政府は、人民が日本侵略者とたたかえないように、その自由を奪い、その手足をしばっている。この問題を解決しなければ、すべての抗日の力を全国的範囲で動員し統一することはできない。われわれが綱領のなかで、一党独裁の廃止、連合政府の樹立、特務の廃止、自由を弾圧する法令の撤廃、民族裏切り者、スパイ、親日分子、ファッショ分子、汚職官吏の処罰、政治犯の釈放、民主的諸政党の合法的地位の承認、解放区を包囲し攻撃している軍隊の撤退、解放区の承認、保甲制度の廃止およびその他の多くの経済的文化的要求や民衆運動の要求を提起しているのは、人民のからだにまきつけられている縄をといて、人民に抗日と団結と民主の自由を獲得させるためである。

 自由はだれかから恵まれるものではなく、人民がたたかいとるものである。中国解放区の人民はすでに自由をたたかいとっている。他の地方の人民もこのような自由をたたかいとることができるし、また、たたかいとるべきである。中国人民のたたかいとった自由が多ければ多いほど、組織された民主勢力が大きければ大きいほど、統一的な臨時の連合政府を樹立する可能性はますます大きくなる。このような連合政府がひとたび樹立されたら、今度はその政府が人民に十分な自由をあたえることになり、連合政府の基礎を強固にする。そうしてはじめて、日本侵略者がうちたおされたのちに、全国士で制限のない自由な選挙がおこなわれ、民主的な国民大会がうまれ、統一的な正式の連合政府が樹立されるのである。人民の自由がなければ、真の民選の国民大会はないし、真の民選の政府もない。これでもはっきりしないというのだろうか。

 人民の言論、出版、集会、結社、思想、信教、身体などの自由は、もっとも重要な自由である。中国の国内でそれを徹底的に実現しているのは、解放区だけである。

 一九二五年、孫中山先生はその臨終の遺言のなかでつぎのようにのべた。「余は、国民革命に力を致すことおよそ四十年、その目的は中国の自由、平等をもとめるにあった。四十年の経験を積んで、この目的を達成するためには、民衆をよびさまし、そして、世界でわれらを平等に遇する民族と連合し、ともに奮闘しなければならないことを深く知るにいたった。」孫先生を裏切った不肖の子らは、民衆をよびさますのではなくて、民衆をおさえつけ、民衆の言論、出版、集会、結社、思想、信教、身体などの自由の権利をのこらず奪いさっている。そして、しんけんに民衆をよびさまし、しんけんに民衆の自由の権利をまもる共産党、八路軍、新四軍および解放区にたいしては「奸党」「奸軍」「奸区」よばわりしている。われわれは、このような是非を転倒した時代が早くすぎさることを希望する。このような是非を転倒した期間を長びかせようとするなら、中国人民はがまんできなくなるであろう。



     ##第四 人民の統一##


 日本侵略者を消滅し、内戦を防止し、新中国を建設するためには、分裂した中国を統一した中国に変えなければならない。これは中国人民の歴史的任務である。

 だが、どのように統一するのか。独裁者の専制的な統一か、それとも人民の民主的な統一か。袁世凱ユァンシーカイ⑦いらい、北洋軍閥⑧は専制的な統一を強調した。だが結果はどうであったか。これら軍閥の意図に反して、かれらのえたものは統一ではなくて分裂であり、最後にはかれる自身が舞台からころがりおちてしまった。国民党の反人民集団は袁世凱のあゆんだ道を踏襲して、専制的な統一を追求し、まる十年も内戦をつづけたが、その結果は日本侵略者を攻めこませてしまい、自分も峨眉山〔7〕にひっこんでしまった。いままた、山の上でその専制的統一論をわめきたてているが、いったいだれに聞かせるというのか。良心のある愛国的な中国人で、それを聞こうとする人がいるとでもいうのだろうか。十六年にわたる北洋軍閥の支配をつうじ、また十八年におよぶ国民党の専制支配をつうじて、人民はすでに十分な経験を積み、くもりのない目をもっている。人民が必要としているのは独裁者の専制的な統一ではなくて、人民大衆の民主的な統一である。われわれ共産党員は、すでに一九三五年に抗日民族統一戦線の方針を提起しており、一日としてそのために奮闘しない日はなかった。一九三九年、国民党が反動的な「異党活動制限措置法」を実施して、投降、分裂、後退の危機をもたらし、専制的統一論をわめきたてていたときには、われわれはつぎのようにいった。投降に統一するのではなく抗戦に統一するのであり、分裂に統一するのではなく団結に統一するのであり、後退に統一するのではなく進歩に統一するのである。後者のような統一だけが真の統一で、他のすべてのものはにせの統一である〔8〕。その後さらに六年たったが、問題は依然としておなじである。

 人民の自由がなく、人民の民主政治がなくて、統一ができるだろうか。これらのものがあれば、すぐに統一できるのである。自由をかちとり、民主をかちとり、連合政府をかちとる中国人民の運動は、同時に統一をかちとる運動である。われわれが具体的綱領のなかで、自由をかちとり、民主をかちとる多くの要求を提起し、連合政府についての要求を提起したのは、同時にこの目的のためである。国民党内の反人民集団の独裁を廃止し、民主的な連合政府を樹立するのでなければ、国民党支配区でどのような民主改革を実行することも、そこのすべての軍隊と民衆を日本侵略者打倒に動員することもできないばかりでなく、内戦の惨禍をまねくにいたるであろうということ、これは多くの人の常識となっている。国民党内の多くの民主的な人びとをふくめて、政党にぞくするかどうかにかかわりなく、これほど多くの民主的な人びとが一致して連合政府の樹立を要求しているのはなぜだろうか。それはかれらが時局の危機をはっきりとみぬき、こうしないかぎりこの危機を克服することも、団結して敵にあたり団結して国家を建設する目的を達成することもできないということを知っているからである。



     ##第五 人民の軍隊##


 中国人民が自由をもとめ、統一をもとめ、連合政府をもとめ、日本侵略者の徹底的な打倒と新中国の建設をもとめていても、人民の立場にたつ軍隊がなければ、それはできるものではない。徹底的に人民の立場にたつ軍隊としては、いまのところ、解放区にあまり大きくない八路軍と新四軍があるだけで、これではまだまだ足りない。ところが、国民党内の反人民集団は、解放区の軍隊を破壊し消滅しようと苦心さんたんしている。一九四四年、国民党政府は共産党にたいし、解放区の軍隊の五分の四を「期限づきで解散」せよという「提示案」なるものをもちだした。一九四五年、すなわち最近の交渉では、さらに共産党にたいし、解放区の軍隊を全部かれらに引きわたせば、かれらは共産党に「合法的地位」をあたえてやるといった。

 この連中は共産党にたいして、軍隊を引きわたせば自由をあたえてやるという。この説でいけば、軍隊をもたない政党は自由をもっているはずである。ところが、一九二四年から一九二七年にかけて、中国共産党はごくわずかの軍隊しかもっていなかったのに、国民党政府の「党内粛清」政策と虐殺政策がはじまると、自由はあとかたもなくなった。現在の中国民主同盟や中国国民党内の民主的な人びとは軍隊をもっていないが、同時に自由ももっていない。この十八年のあいだ、国民党政府の支配下にある労働者、農民、学生、および進歩をもとめる文化界、教育界、実業界のすべての人びとはみな軍隊をもっていないが、同時に、自由ももっていない。上にあげたこれらの民主政党や人民が自由をあたえられなかったのは、軍隊とやらを組織し、「封建的割拠」とやらを実行し、「奸区」とやらを設置し、「政令、軍令」とやらに違反したためだとでもいうのだろうか。まったくちがう。それとは正反対に、まさにかれらがそうしなかったからである。

 「軍隊は国家のものである」という。まったくそのとおりで、国家にぞくさない軍隊は世界に一つもない。しかし、その国家とはどんな国家か。大地主・大銀行家・大買弁の封建的ファッショ専制の国家か、それとも人民大衆の新民主主義の国家か。中国が樹立すべき国家は新民主主義の国家だけで、それを基礎にして新民主主義の連合政府が樹立されるのである。人民の自由を保障し、外国の侵略者と効果的にたたかうために、中国のすべての軍隊はこの国家のこの政府にぞくすべきである。いつの日か中国に新民主主義の連合政府が出現すれば、中国解放区の軍隊はただちにその政府に引きわたす。だが、国民党のすべての軍隊も同時にそれに引きわたさなければならない。

 一九二四年、孫中山先生は「こんにちより国民革命の新しい時代を画すべきである。……その第一歩は、武力を国民に結びつけることであり、第二歩は、武力を国民の武力にすることである」〔9〕といった。八路軍、新四軍はこの方針を実行して、「国民の武力」、つまり人民の軍隊となったからこそ、戦いに勝つことができたのである。国民党の軍隊は、北伐戦争の前期には、孫先生のいわれた「第一歩」を実行したので戦いに勝った。北伐戦争の後期から現在までのあいだは、その「第一歩」さえすてて、反人民の立場に立ったので、日一日と腐敗堕落していき、「内戦のくろうと」ではあったが、「対外戦争」では「しろうと」でしかなかった。国民党軍隊内の良心のある愛国的なすべての将校は、孫先生の精神を復活させて自己の軍隊を改造するため、立ちあがるべきである。

 ふるい軍隊を改造する仕事では、教育できるすべての将校に適切な教育をほどこして、かれらが正しい観点を学びとり、ふるい観点を一掃し、これからは人民の軍隊のために勤務するよう援助すべきである。

 中国人民の軍隊をつくりあげるために奮闘するのは、全国人民の責任である。人民の軍隊がなければ、人民のすべてはない。この問題については、けっして空談義に終わってはならない。

 われわれ共産党員は、中国の軍隊を改造する事業を支持したいとおもっている。人民と団結して日本侵略者に反対することをのぞみ、中国解放区に反対しないすべての軍隊にたいしては、八路軍と新四軍はそれを自己の友軍とみなし、適切な助力をあたえるべきである。



     ##第六 土地問題##


 日本侵略者を消滅し、新中国を建設するためには、土地制度の改革を実行して、農民を解放しなければならない。孫中山先生の「耕すものに土地を」という主張は、当面のブルジョア民主主義的性質の革命の時代における正しい主張である。

 なぜ、当面の時代の革命を、「ブルジョア民主主義的性質の革命」とよぶのか。それは、この革命の対象が、ブルジョア階級一般ではなく、民族的抑圧と封建的抑圧だからである。この革命でとられる措置が、一般的に私有財産の廃止ではなく、私有財産の保護をめざすものだからである。また、この革命の結果、労働者階級が力を結集して、中国を社会主義の方向へ発展させることができるようになるが、しかし、かなり長期にわたってなお資本主義が適度に発展するようになるからである。「耕すものに土地を」とは、土地を封建搾取者の手から農民の手にうつし、封建地主の私有財産を農民の私有財産に変え、農民を封建的な土地関係から解放し、そうすることによって、農業国を工業国に変える可能性をつくりだすことである。したがって、「耕すものに土地を」という主張は、プロレタリア社会主義的性質の主張ではなく、一種のブルジョア民主主義的性質の主張であり、われわれ共産党だけの主張ではなく、あらゆる革命的民主派の主張である。ただちがう点は、中国の条件のもとでは、われわれ共産党だけが、この主張をとくにしんけんにとりあげ、口でいうだけではなく、実際にそれをおこなっているということである。では、革命的民主派とはどんな人びとだろうか。もっとも徹底した革命的民主派であるプロレタリア階級は別として、農民が最大の革命的民主派である。農民の圧倒的多数、つまり封建的なしっぽを身につけている富農以外は、「耕すものに土地を」を積極的に要求しないものはない。都市小ブルジョア階級も革命的民主派であり、「耕すものに土地を」は農業生産力を発展させるので、かれらにとって有利である。民族ブルジョア階級は動揺する階級である。かれらは市場を必要とするから、やはり「耕すものに土地を」に賛成する。だが、かれらの大半は土地とつながりをもっているので、多くのものは「耕すものに土地を」をおそれるのである。孫中山は中国最初の革命的民主派であり、民族ブルジョア階級の革命派、都市小ブルジョア階級および農村の農民を代表して、武装革命を実行し、「地権の平均」および「耕すものに土地を」という主張を提起した。だが残念ながらかれは、政権をにぎっていたとき、すすんで土地制度の改革を実行しはしなかった。国民党の反人民集団は、政権をにぎると、完全に孫中山の主張にそむいた。現在、「耕すものに土地を」に頑強がんきょうに反対しているのは、まさにこの反人民集団である。それはかれらが大地主・大銀行家・大買弁層を代表しているからである。中国にはただ農民だけを代表するような政党がなく、民族ブルジョア階級の政党には徹底した土地綱領がない。したがって、農民およびすべての革命的民主派の指導者となったのは、徹底した土地綱領を制定、実施し、農民の利益のためにしんけんに奮闘し、それによってもっとも広範な農民大衆を自己の偉大な同盟軍としてかちとった中国共産党だけである。

 一九二七年から一九三六年にかけて、中国共産党は土地制度を徹底的に改革する方策を実行し、孫先生の「耕すものに土地を」という主張を実現した。きばをむきだしつめをといで、十年にわたる反人民戦争、すなわち「耕すものに土地を」に反対する戦争をおこなったのは、孫中山のすべての不肖の子らがよりあつまった団体――国民党内の反人民集団であった。

 抗日の期間中、中国共産党は大きく譲歩して、「耕すものに土地を」の政策を小作料・利子の引き下げの政策にあらためた。この譲歩は正しかった。それは国民党の抗日への参加をうながしたし、われわれが農民を抗日に動員するさいの解放区における地主の抵抗をすくなくしたのである。もし特別の障害がなければ、われわれは戦後もこの政策を実行していくつもりであり、まず全国的範囲で小作料・利子の引き下げを実現し、そのうえで適切な方法をとり、段どりをおって「耕すものに土地を」を達成するのである。

 ところが、孫先生を裏切った人びとは「耕すものに土地を」に反対するだけでなく、小作料・利子の引き下げにさえ反対している。国民党政府は、「小作料の二割五分引き下げ」といった法令を公布しておきながら、かれら自身は実行していない。それを実行したのはわれわれの解放区だけであり、そのためにこそ「奸区」という罪名をきせられたのである。

 抗日の期間中、民族革命の段階と民主民生革命の段階という二段階論なるものがあらわれたが、これはあやまっている。

 大敵を前にして、民主民生改革の問題は提起すべきでなく、日本人が去ってから提起すればよこれは国民党の反人民集団のでたらめな理屈で、その目的は抗日戦争の徹底的な勝利をかちとらせまいとするところにある。一部の人は、こともあろうに付和雷同して、このでたらめな理屈に追随している。

 大敵を前にして、民主民生の問題を解決しなければ、抗日根拠地を樹立して日本の進攻に抵抗することはできない。――これは中国共産党の主張であり、すでにそのとおり実行して、よい成果をおさめている。

 抗日の期間中は、小作料・利子の引き下げ、およびその他のすべての民主改革は抗日のためである。抗日にたいする地主の抵抗をすくなくするため、地主の土地所有権はとりあげずに、小作料・利子の引き下げだけを実行し、同時にまた、地主の資産を工業の面にうつすよう奨励するとともに、開明紳士をほかの人民代表といっしょに抗日の社会活動や政府の活動に参加させる。富農にたいしては、生産を発展させるよう激励する。これらすべては、農村で民主改革をだんこ実行する路線のなかにふくまれており、ぜひとも必要なことである。

 ここに二つの路線がある。中国農民の民主民生問題の解決に頑強に反対して、自分を腐敗させ、無能にし、抗日の力をうしなってしまうか、それとも、中国農民の民主民生問題の解決をだんこ支持して、全人口の八〇パーセントをしめるもっとも偉大な同盟軍をかちとり、それによって強大な戦闘力を組織するか。前者は国民党政府の路線であり、後者は中国解放区の路線である。

 この両者のあいだを動揺し、口先では農民を支持するといいながら、小作料・利子の引き下げ、農民の武装化、農村民主政権の樹立の断固たる実行をしないのが、日和見主義者の路線である。

 国民党の反人民集団は、すべての力を動員して、公然および暗々裏の、軍事および政治の、流血および非流血のありとあらゆる毒矢を中国共産党にむけてはなっている。両党の争点は、その社会的性質からいえば、実質的には農村関係の問題にある。われわれは、いったいどの点で国民党の反人民集団の怒りにふれたのか。ほかでもなく、この問題においてではないだろうか。国民党の反人民集団が日本侵略者から歓迎され、激励されているのは、この問題において日本侵略者を大いに手助けしているからではないだろうか。「共産党が抗戦を破壊し、国家を危うくする」とか、「奸党」「奸軍」「奸区」とか、また「政令、軍令に服従しない」とかいわれているのは、中国共産党がこの問題において共に民族の利益に合致したしんけんな事業をおこなってきたからではないだろうか。

 農民――それは中国の労働者の前身である。将来もなお、何千万の農民が都市にはいり、工場にはいっていく。中国には強大な民族工業の建設、数多くの近代的大都中の建設が必要であるとすれば、農村人口を都市人口に変えていく長い過程が必要である。

 農民――それは中国の工業市場の主体である。もっとも豊富な食糧と原料を供給するとともに、もっとも大量の工業品を吸収できるのは、かれらだけである。

 農民――それは中国の軍隊の源泉である。兵士とは軍服を着た農民であり、かれらは日本侵略者にとって不倶戴天ふぐたいてんの敵である。

 農民――それは現段階における中国の民主政治の主要な力である。二億六千万の農民大衆の援肋にたよらなければ、中国の民主主義者は何事もできないであろう。

 農民――それは現段階における中国の文化運動の主要な対象である。文盲一掃とか、教育の普及とか、大衆的な文学・芸術とか、国民衛生とかいっても、三億六千万の農民からはなれるなら、大半は空談義になってしまうではないか。

 もちろん、こういったからといって、人口約九千万にのぼるその他の人民が政治、経済、文化の面でもつ重要性を無視するものではない。とりわけ、政治的にもっとも自覚が高く、全革命運動を指導する資格のある労働者階級を無視するものではない。この点で誤解があってはならない。

 これらすべてを認識することは、中国共産党ばかりでなく、すべての民主派にとってぜひとも必要である。

 土地制度が改革されると、それが小作料・利子の引き下げのような初歩的な改革にすぎないものでも、農民の生産意欲は増大する。そのあとで農民を援助して、自由意志の原則のもとにしだいに農業生産協同組合やその他の協同組合に組織するようにすれば、生産力は発展する。このような農業生産協同組合は、いまのところまだ変工隊、互助組、換工班⑨などのような、農民の小私有経済を基礎として(農民の私有財産を基礎として)つくられる集団的、相互援助的な労働組織でしかないが、それでも労働生産性の向上と生産高の増加には、すでに驚くべきものがある。このような制度はすでに中国解放区で大いに発展しており、今後も、できるだけそれをおしひろめなければならない。

 ここで指摘しなければならないのは、変工隊のような協同組織はまえから農民のあいだにあったが、当時は農民が自分のみじめな生活をきりぬけるための方法にすぎなかったという点である。現在の中国解放区の変工隊は、形式も内容も変化しており、農民大衆が自己の生産を発展させ、ゆたかな生活をかちとるための方法になっている。

 中国のすべての政党の政策とその実践が中国人民のあいだで果たす役割がよいかわるいか、大きいか小さいかは、結局のところ、それが中国人民の生産力の発展にとって助けとなるかどうか、その助けが大きいかどうかによってきまり、それが生産力を束縛するか解放するかによってきまるのである。日本侵略者を消滅し、土地改革を実行し、農民を解放し、現代工業を発展させ、独立、自由、民主、統一、富強の新中国を樹立すること、こうしたことがあってはじめて、中国の社会生産力が解放され、中国人民から歓迎されるのである。

 ここで、もう一つ指摘しなければならないのは、農村は、いまのところ、分散的な、たちおくれた小私有経済が基礎となっているという特徴があること、解放区ではそのうえ、一時、敵に分割された、遊撃戦争の環境にあるという特徴がつけくわわっていることを、都市から農村にいって活動している知識人は理解しにくいという点である。これらの特徴を理解していないために、かれらは、都市で生活し活動していたときの観点をもったまま農村の問題を観察し、農村の活動を処理するという的はずれなことをしがちで、そのため農村の実状からかけはなれ、農民ととけあうことができない。このような現象は、教育するという方法で克服しなければならない。

 中国の広範な革命的知識人は自己を農民に結びつけることの必要性を自覚すべきである。農民は、いまかれらを必要としており、かれらの援助をまっている。かれらは熱意をもって農村にはいり、学年服をぬぎすてて粗末な服に着かえ、どんなささいな事もいとわずにそこからやりはじめ、農民の要求を理解し、農民の自覚と組織化をたすけ、中国の民主主義革命におけるきわめて重要な事業、すなわち農村の民主主義革命の達成のために奮闘しなければならない。

 日本侵略者が消滅されたのちには、日本侵略者とおもだった民族裏切り者の土地を没収して、土地のない農民と土地のすくない農民に分配すべきである。



     ##第七 工業問題##


 日本侵略者をうちやぶり、新中国を建設するためには、工業を発展させなければならない。だが、国民党政府の支配のもとでは、すべてを外国に依存しており、その財政経済政策は人民の経済生活のすべてを破壊している。国民党支配区にあるわずかばかりの小型の工業でさえ、大部分が破産するという状態におちいらざるをえなくなっている。政治が改出されなければ、あらゆる生産力は破壊の運命にさらされる。農業がそうであり、工業もそうである。

 全般的にいえば、独立、自由、民主、統一の中国がなければ、工業を発国させることは不可能である。日本侵略者を消滅するのは独立をはかるためである。国民党の一党独裁を廃止し、民主的で統一的な連合政府を樹立し、全国の軍隊を人民の武装力にし、土地改革を実現し、農民を解放するのは、自由、民主、統一をはかるためである。独立、自由、民主、統一がなければ、真に大規模な工業を建設することは不可能である。工業がなければ、強固な国防も、人民の福祉も、国家の富強もない。一八四〇年のアヘン戦争⑩いらいの百五年の歴史、とくに国民党が政権をにぎってからの十八年の歴史は、この重要な点をはっきりと中国人民におしえている。貧弱ではなくて富強な中国は、植民地・半植民地的ではなくて独立した中国、半封建的ではなくて自由で民主的な中国、分裂しているのではなくて統一した中国と、切りはなすことができない。半植民地的、半封建的な分裂した中国において、工業を発展させ、国防を建設し、人民の福祉をはかり、国家の富強をもとめることを、どれだけ多くの人が長年夢にえがいてきたことだろう。だが、それはすべて幻滅に終わった。善意をもった多くの教育家、科学者、学生は、政治に関心をはらわずに、自分の仕事や勉強に没頭し、それで学んだものを国家に役立てることができるとおもいこんでいたが、結局はそれる夢と消え、すべて幻滅に終わった。これは結構なことである。このような幼稚な夢が幻滅に終わることこそ、中国が富強にむかう出発点である。中国人民は抗日戦争のなかで、多くのことを学びとっており、日本侵略者がうちやぶられたのちには独立、自由、民主、統一、富強の、新民主主義の中国を樹立する必要があること、そしてこれらの条件が相互に関連していて一つでも欠けてはならないことを知っている。ほんとうにそうなるなら、中国には明るい未来がある。中国人民の生産力を解放して、これに十分な発展の可能性をもたせるには、新民主主義の政治的条件を中国全土で実現しなければならない。この点を理解する人は、日一日と多くなっている。

 新民主主義の政治的条件を獲得したのちには、中国人民とその政府は、適切な措置をとって、一定の年月内に、重工業と軽工業を一歩一歩建設していき、中国を農業国から工業国に変えなければならない。新民主主義の国家は、もし強固な経済をその基礎としてもたなければ、もし現在よりはるかに発達したすすんだ農業をもたなければ、もし全国の経済の比重において非常な優位をしめる大規模な工業およびそれにふさわしい交通、貿易、金融などの事業をその基礎としてもたなければ、強固なものとはなりえない。

 われわれ共産党は、全国の民主的諸政党、各分野の実業界と協力して、上述の目標のために奮闘することをのぞんでいる。中国の労働者階級は、この任務を遂行するなかで偉大な役割をはたすであろう。

 中国の労働者階級は、第一次世界大戦いらい、自覚的な態度で中国の独立、解放のためにたたかってきた。一九二一年には、その前衛――中国共産党がうまれ、それ以後中国の解放闘争は新しい段階にはいった。北伐戦争、土地革命戦争、抗日戦争の三つの時期をつうじて、中国の労働者階級と中国共産党は、中国人民の解放事業にきわめて大きな努力をはらい、きわめて貴重な貢献をした。中国の労働者階級は、日本侵略者を最後的にうちやぶるたたかい、とくに大都市と主要交通線を奪回するたたかいで、きわめて大きな役割をはたすであろう。抗日が終わったのち、中国の労働者階級がさらに大きな努力と貢献をするであろうことは、いまから断言することができる。中国の労働者階級の任務は、新民主主義の国家を樹立するためにたたかうだけでなく、中国の工業化と農業近代化のためにもたたかうことである。

 新民主主義の国家制度のもとでは、労資間の利害関係を調節する政策がとられる。一方では、労働者の利益を保護し、異なった状況におうじて、八時間ないし十時間の労働制、適切な失業救済と社会保険を実施し、労働組合の権利を保障するとともに、他方では、国家企業、私営企業、協同組合企業の合理的な経営による正当な利潤を保障する。それによって、公私、労資の双方が工業生産発展のため、ともに努力できるようにするのである。

 日本侵略者がうちやぶられたのちには、日本侵略者とおもだった民族裏切り者の企業と財産を没収し、政府の処理にまかせるべきである。



     ##第八 文化、教育、知識人の問題##


 民族的抑圧と封建的抑圧が中国人民にもたらした災禍には、民族文化のうけた災禍もふくまれている。なかでも、進歩的な意義をもつ文化事業や教育事業、進歩的な文化人や教育家がこうむった災禍はいっそう深刻である。民族的抑圧と封建的抑圧を一掃し、新民主主義の国家を樹立するためには、人民の教育家と教師、人民の科学者、技師、技手、医師、ジャーナリスト、著述家、文学者、芸術家、および一般の文化関係者が大量に必要である。かれらは人民に奉仕する精神をもって、困難な仕事にたずさわらなければならない。人民に奉仕する活動においてとくに功績のある知識人はすべて、国家と社会の貴重な財産とみなされ、尊重されるべきである。中国は民族的抑圧と封建的抑圧のため、文化のおくれた国であり、中国の人民解放闘争は知識人をさしせまって必要としている。したがって、知識人の問題はとりわけ重要になっている。過去半世紀の人民解放闘争、とくに五・四運動いらいの闘争および八年らいの抗日戦争において、広範な革命的知識人は、中国の人民解放事業のために大きな役割をはたしてきた。今後の闘争においても、かれらはいっそう大きな役割をはたすであろう。したがって、今後、人民の政府は広範な人民のなかから各分野の知識人幹部を計画的に養成すべきであり、またいまいるすべての有用な知識人を結集し、教育することに注意をはらわなければならない。

 全人口の八〇パーセントをしめる文盲を一掃することは、新中国の重要な仕事である。

 奴隷化の、封建主義の、ファシズムの文化と教育はすべて、適切な確固とした措置をとって一掃すべきである。

 人民の疾病しっぺいを積極的に予防、治療し、人民の医薬衛生事業を発展させるべきである。

 ふるい型の文化関係者、教育関係者、医師にたいしては、かれらが新しい観点と新しい方法を身につけて人民に奉仕できるよう、適切な方法で教育するという態度をとる。

 中国の国民文化と国民教育の方針は、新民主主義的なものでなくてはならない。つまり、中国は自己の民族的、科学的、人民大衆的な新しい文化と新しい教育を確立しなくてはならないのである。

 外国文化にたいして排外主義的な方針をとるのはあやまりであり、中国の新しい文化を発展させるうえでの参考として、進歩的な外国文化をできるだけ吸収しなくてはならない。外国文化を盲目的にひきうつす方針をとるのもあやまりであり、中国人民の実際の必要にもとづいて、批判的に吸収しなくてはならない。ソ連の創造した新しい文化は、われわれが人民の文化を建設するうえでの手本としなくてはならない。中国古代の文化にたいしても同様であって、一律に排斥するのでもなければ、盲目的にひきうつすのでもなく、中国の新しい文化の推進に役立つよう、それを批判的にうけいれるのである。



     ##第九 少数民族の問題##


 国民党の反人民集団は、中国に多くの民族が存在していることを認めず、漢族以外の各少数民族を「宗族」とよんでいる〔10〕。かれらは、清朝政府および北洋軍閥政府の反動政策を完全にうけつぎ、各少数民族にたいして抑圧と搾取のかぎりをつくしている。一九四三年のイクチァオ盟蒙古族人民にたいする虐殺事件⑪、一九四四年から現在までつづいている新疆シンチァン省の少数民族にたいする武力弾圧事件⑫、最近数年間の甘粛省回ホイ族人民にたいする虐殺事件⑬がそのあきらかな証拠である。これは大漢族主義のあやまった民族思想であり、あやまった民族政策である。

 一九二四年、孫中山先生は「中国自民党第一回全国代表大会宣言」のなかで、つぎのようにのべている。「国民党の民族主義には二つの面の意味がある。一つは中国民族がみずから解放をもとめるということ、もう一つは中国国内の各民族が一律に平等であるということである。」「国民党は、中国国内の各民族の自決権を認め、帝国主義反対および軍閥反対の革命において勝利をえたのちには、かならず自由、統一の(各民族の自由に連合した)中華民国を組織することをあえて厳粛に宣言する。」

 中国共産党は上述の孫先生の民族政策に完全に同意する。共産党員は、各少数民族の広範な人民大衆が、この政策を実現するために奮闘するのを積極的に援助しなければならない。また大衆とのつながりをもつすべての指導的人物をふくめて、各少数民族の広範な人民大衆が、政治、経済、文化の面での解放と発展をかちとり、大衆の利益をまもる少数民族自身の軍隊を結成するのを援助しなければならない。かれらの言語、文字、風俗、習慣、宗教信仰は尊重しなくてはならない。

 陝西・甘粛・寧夏辺区および華北の各解放区が、長年にわたって家古族、回族にたいしてとってきた態度は正しかったし、その活動は成果をあげている。



     ##第十 外交問題##


 中国共産党は大西洋憲章およびモスクワ、カイロ、テヘラン、クリミアの各国際会議〔11〕の決議に同意する。これらの国際会議の決議はすべて、ファシスト侵略者をうちやぶり、世界平和を維持するのに役立つものだからである。

 中国共産党の外交政策の基本原則は、日本侵略者の徹底的打倒、世界平和の維持、国家の独立と平等の地位の相互尊重、国家および人民の利益と友情の相互増進を基礎として、各国との国交を樹立し強固にし、協同作戦、平和会議、通商、投資などすべての相互関係の問題を解決することである。

 中国共産党は、戦後の国際平和と安全を保障する機構の設立については、ダンバートン・オークス会議の提案およびクリミア会議におけるこの問題についての決定に完全に同意する。中国共産党はサンフランシスコの国際連合総会を歓迎する。中国共産党は中国人民の意志を表明するため、すでに自己の代表を中国代表団にくわえてサンフランシスコ会議に出席させている。〔12〕

 われわれは、国民党政府がソ連にたいする敵視の態度をやめ、すみやかに中ソ両国の関係を改善すべきだと考える。不平等条約を廃棄して中国とのあいだに平等な新条約を締結した最初の国はソ連であった。一九二四年、孫中山先生の招集した国民党第一回全国代表大会のさい、およびその後の北伐戦争遂行のさいに、当時の中国の解放戦争を援助した唯一の国はソ連であった。一九三七年に抗日戦争がはじまってから、日本侵略者とたたかう中国を援助した最初の国もまたソ連であった。中国人民はソ連政府とソ連人民のこれらの援助にたいし、感謝の意を表明するものである。ソ連の参加なしには、太平洋問題の最後的な徹底的な解決は不可能だとわれわれは考える。

 われわれは、連合国の各国政府、まずアメリカ、イギリス両国政府にたいし、中国人民の意志に反する外交政策をとることによって中国人民とのあいだの友情をそこなうことのないように、中国のもっとも広範な人民の声に大きな注意をはらうことを要求する。われわれは、いかなる外国政府であれ、中国の反動分子をたすけて、中国人民の民主主義の事業に反対するなら、このうえない大きなあやまりをおかすことになると考える。

 中国人民は、中国との不平等条約を廃棄して平等な新条約を締結すると宣言した多くの外国政府の措置を歓迎する。しかし、平等な条約を締結しただけでは、中国が真の平等の地位を実際に獲得したことにはならないとわれわれは考える。このような実際の真の平等の地位は、けっして外国政府からあたえられることだけにたよってはならず、主として中国人民自身の努力によってたたかいとるべきである。その努力の道は中国を政治的、経済的、文化的に新民主主義の国家にきずきあげることである。そうしなければ、形式的には独立、平等があっても、実際にはありえない。つまり国民党政府の現在の政策では、中国が真の独立と平等を獲得することはけっしてありえないのである。

 われわれは、日本侵略者がうちやぶられ、無条件降伏したのちには、日本のファシズム、軍国主義、およびそれがうまれる政治的、経済的、社会的原因を徹底的に消滅するために、日本人民のすべての民主勢力が日本人民の民主制度を樹立するようこれを援助すべきだと考える。日本人民の民主制度がなければ、日本のファシズムや軍国主義を徹底的に消滅することはできず、太平洋の平和を保障することはできない。

 われわれは、カイロ会議の朝鮮独立についての決定は正しいと考える。中国人民は朝鮮人民の解放を援助すべきである。

 われわれは、インドの独立を希望する。なぜなら、独立、民主のインドは、インド人民にとって必要であるばかりでなく、世界平和にとっても必要だからである。

 南方諸国――ピルマ、マラヤ、インドネシア、ベトナム、フィリピンについては、われわれは、日本侵略者がうちやぶられたのち、これらの国の人民が独立、民主の国家制度樹立の権利を獲得できることを希望する。タイ国については、ヨーロッパのファシスト従属国にたいしてとられている方法にならって処理すべきである。


          *    *    *


 具体的綱領についての説明は、主として以上のとおりである。

 もう一度くりかえしていえば、これらすべての具体的綱領は、挙国一致の民主的な連合政府がないかぎり、全中国でこれを順調に実現することはできないのである。

 中国共産党は、中国人民の解放事業のために奮闘してきた二十四年のあいだに、つぎのような地位をきずきあげてきた。それは、いかなる政党、社会集団であろうと、また中国人であろうと外国人であろうと、もし中国にかんする問題で中国共産党の意見を尊重しない態度をとるなら、きわめて大きなあやまりをおかし、かならず失敗するというそうした地位である。自分だけの考えをおしとおそうとして、われわれの意見を尊重しないような人は過去にもいたし、現在もいるが、結局みなゆきづまっている。それはなぜか。ほかでもなく、われわれの意見がもっとも広範な中国人民の利益にかなっているからである。中国共産党は中国人民のもっとも忠実な代弁者である。中国共産党を尊重しないものは、実際にはもっとも広範な中国人民を尊重しないことになり、かならず失敗するのである。



      ##中国国民党支配区での任務##


 以上、わたしはわが党の一般綱領と具体的綱領について十分に説明した。これらの綱領が全中国で実行にうつされることは疑いがない。国際、国内の全般的情勢が中国人民にこのような展望をあたえている。しかし、国民党支配区、被占領区、解放区の三つの地域では、現在、それぞれ情勢が異なるから、綱領を実行にうつすにあたってわれわれは区別をつけざるをえない。異なった状況から異なった任務がうまれる。これらの任務のうち、あるものについては、すでに上でのべたが、まだ補足しなければならないものもいくつかある。

 国民党支配区では、人民に愛国活動の自由がなく、民主運動は違法とされているが、多くの階層、多くの民主政党および民主的な人びとの参加する積極的な活動が発展しつつある。中国民主同盟は、ことしの一月、国民党一党独裁を終わらせ、連合政府を樹立することを要求する宣言を発表した。社会の各界でこれとおなじ性質の宣言を発表したものはほかにも多い。国民党内でも多くの人が、かれら自身の指導機関の政策に日ましに疑惑と不満をしめし、かれらの党が広範な人民のあいだで孤立していく危険性を日ましに感じとり、時宜にかなった民主改革をおこなうよう要求している。重慶その他の地方では、労働者、農民、文化界、学生界、教育界、婦人界、商工業界、公務員さらには一部の軍人の民主運動が発展しつつある。これらすべては、あらゆる被抑圧階層の民主運動がしだいに一つの目標にむかって合流しつつあることをしめしている。当面の運動の弱点は、社会の基本的な層の人びとがまだそれにひろく参加していないこと、非常に重要な地位にあって、しかもたえがたい苦しみをなめている農民、労働者、兵士および下層の公務員、教職員がまだ組織されていないことである。当面の運動のもう一つの弱点は、運動に参加している民主的な人びとのうち、まだ多くの人が、民主主義の原則にもとづく闘争をおこすことによって時局を転換させるという基本方針にたいし、明確な、断固とした気がまえに欠けていることである。しかし、客観情勢は抑圧されているすべての階層、政党および社会集団にたいして、しだいに自覚し、団結するようせまっている。国民党政府がどのように弾圧しようと、この運動の発展を阻止することはできない。

 国民党支配区内の抑圧されているすべての階層、政党、集団の民主運動は、これをひろく発展させるとともに、その分散した力をしだいに統一させて、民族団結の実現、連合政府の樹立、日本侵略者の打倒、新中国の建設のためにたたかわせるべきである。中国共産党と解放区の人民は、かれらにあらゆる可能な援助をあたえるべきである。

 国民党支配区では、共産党員はひきつづき広範な抗日民族統一戦線の政策を実行すべきである。どんな人であろうと、たとえきのうまでわれわれに反対していても、きょうは反対しないなら、その人と協力して共同の目標のために奮闘すべきである。



      ##中国被占領区での任務##


 被占領区では、共産党員は、すべての抗日の人民がフランスとイタリアを手本にして、武装蜂起を準備するため、さまざまな団体を組織し、地下の軍隊を組織し、機の熟するのをまって、外部から進攻する軍隊に協力し、内外呼応して日本侵略者を消滅するよう、よびかけなければならない。日本侵略者とその忠実な手先が被占領区のわれわれの兄弟姉妹にたいして蹂躙、略奪、姦淫かんいん、侮辱のかぎりをつくしていることに、すべての中国人は火のような怒りを燃やしている。このうらみをはらす時機はまもなく到来しようとしている。被占領区の人民は、ヨーロッパの戦場における勝利と八路軍、新四軍の勝利にはげまされて、抗日の意気が非常にあがっている。かれらが切実にもとめているのは、できるだけはやく解放をかちとるために組織化することである。したがって、われわれは被占領区における活動を解放区における活動とおなじような重要な地位にまでひきあげなければならない。大量の要員を被占領区におくって活動させなければならない。被占領区の人民のあいだで大量の活動家を訓練し、抜てきして、その地方の活動に参加させなければならない。被占領区のなかでも東北四省は、もっとも長いあいだ占領されており、日本侵略者の産業の中心、駐兵の要地でもあるから、われわれはそこでの地下活動を強化すべきである。山海関以南に避難してきた東北の人民にたいしては、失地回復を準備するため、かれらをいっそう結集すべきである。

 すべての被占領区で、共産党員はもっとも広範な抗日民族統一戦線の政策を実行すべきである。どんな人であろうと、日本侵略者とその忠実な手先に反対しさえすれば、その人と連合して共通の敵を打倒するためにたたかうべきである。

 敵を援助し、同胞に敵対しているすべてのかいらい軍、かいらい警察、その他のものにたいしては、つぎのように警告すべきである。すみやかに自己の罪悪行為をみとめ、いちはやく改心し、その罪をつぐなうために、同胞を援助し、敵とたたかわなければならない。そうしなければ敵が壊滅したあかつきには、民族の規律はかれらを容赦しないであろう。

 共産党員は、欺かれている大衆が、民族の敵とたたかうわれわれの戦線にたつよう、大衆の参加しているすべてのかいらい組織にはたらきかけ説得活動をおこなうべきである。同時に、悔いあらためようとしない極悪非道な民族裏切り者にたいしては、国土回復ののち、法にもとづいてかれらを処罰するため、調査をおこなう。

 民族裏切り者を組織して中国人民、中国共産党、八路軍、新四軍およびその他の人民の軍隊に敵対させている、民族を売りわたした国民党内の反動分子にたいしては、一日もはやく悔いあらためるように警告しなければならない。悔いあらためなければ、国土回復ののち、かならず民族裏切り者とおなじように処罰し、けっして容赦することはない。



      ##中国解放区での任務##


 わが党の新民主主義の全綱領は、すでに解放区で実行されていて、しかもいちじるしい成果をあげており、きわめて大きな抗日の力を結集している。今後は各方面からこの力を発展させ、強固にすべきである。

 当面の条件のもとで、解放区の軍隊は、解放区を拡大し被占領区を縮小するため、日本侵略軍やかいらい軍に占領されてはいるが攻略できるすべての地方にたいし、広範囲にわたって進攻すべきである。

 だが同時に、敵がいまのところまだ力をもっていて、解放区に進攻する可能性があることに注意すべきである。解放区の軍民は、いつでも敵の進攻を粉砕する準備をするとともに、解放区を強固にする諸活動に注意をはらわなければならない。

 侵略者を最後的にうちやぶる十分な力を準備するため、解放区の軍隊、遊撃隊、民兵および自衛軍を拡大するとともに、整備・訓練に力をいれ、戦闘力をつよめるべきである。

 解放区では、一方では軍隊が政府擁護、人民愛護の活動をおこない、他方では民主政府が人民を指導して、軍隊擁護、抗日軍人家族優遇の活動をおこない、軍民関係をいっそう大きく改善すべきである。

 共産党員は、地方の各連合政府の仕事や社会活動のなかで、新民主主義の綱領を基礎にして、すべての抗日する民主的な人びととこれからもよく協力すべきである。

 同様に軍事活動においても、共産党員は解放区の軍隊の内外で、われわれと協力することをのぞむすべての抗日する民主的な人びととよく協力すべきである。

 労働者、農民、その他の勤労大衆の抗日および生産における積極性をたかめるために、小作料・利子の引き下げと労働者、職員の待遇改善の政策を十分に実行しなければならない。解放区の要員は経済活動に習熟することにつとめなければならない。あらゆる可能な力を動員して、解放区の農業、工業、商業を大規模に発展させ、軍民の生活を改善しなければならない。このために、労働競争をおこない、労働英雄や模範活動者を表彰しなければならない。都市から日本侵略者を駆逐したのちには、われわれの要員はすみやかに都市の経済活動に習熟しなければならない。

 解放区の人民大衆、まず広範な労働者、農民、兵士大衆の自覚をたかめ、大量の幹部を養成するために、解放区の文化、教育事業を発展させなければならない。解放区の文化関係者や教育関係者は、その活動を推進するさい、当面の農村の特徴にもとづき、農村の人民の必要と自由意志の原則にもとづいて、適切な内容と形式をとるべきである。

 解放区のさまざまな活動を推進するさいには、その地方の人力と物力を十分たいせつにするようにし、どの面でも将来のことを考えにいれ、濫用と浪費をさけなければならない。それは、日本侵略者をうちやぶるだけではなく、新中国を建設するためでもある。

 解放区のさまざまな活動をすすめるさいには、地元の人がその土地の事業を管理できるよう援助すること、地元の人民の優秀な人のなかからその土地の幹部を大量に養成することに十分注意をはらわなければならない。よその地方からきた人が、もし地元の人と一つにとけあわないなら、また地元の幹部にたいして心からの熱意と誠実さをもって、実情にそくした援助をあたえず、かれらを自分の兄弟姉妹のようにたいせつにしないなら、農村の民主主義革命という偉大な任務をなしとげることはできない。

 八路軍、新四軍およびその他の人民の軍隊は、どこにいってもすぐにその地元の人民をたすけて、地元の人民の幹部を指導者とする民兵や自衛車を組織するだけでなく、地元の人民の幹部を指導者とする地方部隊や地方兵団をも組織しなければならない。そうすれば地元の人の指導する主力部隊や主力兵団がうまれる。これは非常に重要な任務である。もしこの任務をなしとげることができなければ、強固な抗日根拠地を樹立することもできないし、人民の軍隊を発展させることもできない。

 もちろん、地元のすべての人は、よその地方からきた革命の活動家と人民の軍隊を心から歓迎し、援助すべきである。

 かくれた民族破壊分子に対処する問題については、人びとの注意をうながさなければならない。なぜなら、公然とした敵、公然とした民族破壊分子は、見わけることも処置することも容易であるが、かくれた敵、かくれた民族破壊分子は、見わけることも処置することも容易でないからである。したがって、後者にたいしては、厳然とした態度をとらなければならず、処置するばあいには慎重な態度をとらなければならない。

 信教の自由の原則にもとづいて、中国解放区は、各種の宗教の存在をゆるしている。キリスト教、カトリック教、回教、仏教、その他どの宗教にしても、その教徒たちが人民政府の法律をまもりさえすれば、人民政府はかれらを保護する。宗教を信ずるのも信じないのも各人の自由であり、強制や差別扱いをしてはならない。

 われわれの大会は、各解放区の行動の統一、各解放区の抗日活動の強化、国民党支配区の人民の抗日民主運動にたいする援助、被占領区の人民の地下軍隊運動にたいする援助、全国人民の団結と連合政府樹立の促進について討議するため、できるだけはやく延安で中国解放区人民代表会議をひらくことを、各解放区の人民に提案すべきである〔13〕。中国解放区は、現在すでに広範な全国人民の抗日救国の重心となっており、広範な全国人民の希望はわれわれにかけられている。われわれはかれらを失望させないようにする責任がある。中国解放区人民代表会議の開催は中国人民の民族解放事業にたいして巨大な推進作用をはたすであろう。



     五 全党は団結して党の任務の実現のためにたたかおう


 同志諸君、われわれはすでに、われわれの任務とその任務をなしとげるためにとる政策を理解したが、それではこれらの政策を実行しこれらの任務をなしとげるのに、どのような活動態度をとるべきだろうか。

 当面の国際、国内の情勢は、われわれおよび中国人民のまえに光明ある前途をはっきりとしめし、かつてなかった有利な条件をもたらしている。これぱあきらかで、少しも疑問の余地がない。だが同時に、きびしい困難な条件も依然として存在している。光明の面だけをみて困難の面をみない人は、党の任務を実現するためにりっぱにたたかうことができないであろう。

 わが党は中国人民とともに、党の二十四年にわたる歴史のなかでも、また八年にわたる抗日戦争のなかでも、中国人民のために巨大な力をつくりだしてきた。われわれの活動の成果はきわめてあきらかで、少しも疑問の余地がない。だが同時に、われわれの活動のなかには依然として欠陥がある。成果の面だけをみて欠陥の面をみない人も、党の任務を実現するためにりっぱにたたかうことができないであろう。

 中国共産党は一九二一年に創立されているい、その二十四年の歴史のなかで、北伐戦争、土地革命戦争、およびいまなお進めるれている抗日戦争という三回にわたる偉大な闘争をへてきた。わが党は、創立の当初から、マルクス・レーニン主義の理論を基礎としている。それはこの主義が全世界のプロレタリア階級のもっとも正しい、もっとも革命的な科学的思想の結晶だからである。マルクス・レーニン主義の普遍的真理がひとたび中国革命の具体的実践と結びつくと、中国革命の面目はこれによって一新され、新民主主義という一つの歴史段階がうまれた。マルクス・レーニン主義の理論と思想によって武装した中国共産党は、中国人民のあいだに新しい活動作風をつくりだした。それは主として理論と実践を結びつける作風、人民大衆と密接に結びつく作風および自己批判の作風である。

 全世界のプロレタリア階級の実践闘争を反映したマルクス・レーニン主義の普遍的真理は、中国のプロレタリア階級および広範な人民大衆の革命闘争の具体的実践と結びつくと、中国人民の百戦百勝の武器となる。中国共産党はまさにこのようにしてきたのである。わが党は、この真理にそむくあらゆる教条主義、経験主義と断固としてたたかう過程で発展し進歩してきた。教条主義は具体的実践から遊離するし、経験主義は局部的経験を普遍的真理と誤認するのであって、この二つの日和見主義思想はともにマルクス主義にそむくものである。わが党は、その二十四年にわたる奮闘のなかでこれらのあやまった思想を克服してきたし、いまも克服しており、これによってわが党は思想的にきわめて強固なものになった。わが党は現在すでに百二十一万の党員をもっている。そのうちの圧倒的多数は抗日の時期に入党したもので、かれらのあいだにはさまざまの不純な思想が存在している。抗日以前に入党した党員にもこうした状況がみられる。この数年らいの整風活動は巨大な効果をおさめ、これらの不純な思想を大いに是正した。今後もこの活動をつづけていき、「前のあやまりを後のいましめとし、病をなおして人を救う」という精神で、党内の思想教育をいっそう広く展開すべきである。理論と実践とのこのような密接な結合こそ、われわれ共産党が他のいかなる政党とも区別される顕著な指標の一つであることを、各級の党組織の指導的骨幹に理解させなければならない。したがって、思想教育をつかむことは、全党を団結させて偉大な政治闘争をおこなう中心的な環である。この任務を解決しなければ、党のすべての政治的任務をなしとげることはできない。

 われわれ共産党が他のいかなる政党とも区別されるもう一つの顕著な指標は、もっとも広範な人民大衆ともっとも密接に結びついているということである。片時も大衆から遊離せず、人民に誠心誠意奉仕すること、個人や小集団の利益から出発せず、すべて人民の利益から出発すること、人民にたいする責任と党の指導機関にたいする責任とが一致すること、これらがわれわれの出発点である。真理はすべて人民の利益に合致するものであるから、共産党員はつねに真理を堅持する心がまえがなければならない。また、あやまりはすべて人民の利益に合致しないものであるから、共産党員はつねにあやまりをあらためる心がまえがなければならない。二十四年にわたる経験がわれわれに教えているように、正しい任務、政策、活動作風は、すべてその時その場所の大衆の要求に合致し、大衆と結びついたものであり、あやまった任務、政策、活動作風は、すべてその時その場所の大衆の要求に合致せず、大衆から遊離しているものである。教条主義、経験主義、命令主義、追随主義、セクト主義、官僚主義、傲慢不遜ごうがんふそんな活動態度などの悪弊は、大衆から遊離するものだからこそ、どうしても好ましくなく、けっしてあってはならず、このような悪弊をもっているものは、どうしてもあらためなければならないのである。われわれの代表大会は、それぞれの部署で活動している一人ひとりの同志が大衆から遊離しないよう、全党が警戒心をたかめて注意することをよびかけるべきである。人民大衆を熱愛し、注意ぶかくその声に耳を傾けること、大衆の上にあぐらをかくのではなく、大衆のなかにふかくはいり、どこにいってもその土地の大衆ととけあうこと、大衆の自覚の度合いにおうじてその自覚をよびさまし、向上させ、大衆の心からの希望にもとづくという自由意志の原則にしたがって大衆がしだいに組織化するよう、またその時その場所の内外環境のゆるすすべての必要な闘争をしだいに展開するよう援助すること、これらのことについて、一人ひとりの同志を教育すべきである。あらゆる活動において、命令主義はあやまりである。なぜなら、それは大衆の自覚の度合いをとび越え、大衆の自由意志の原則にそむき、せっかち病にとりつかれているからである。わが同志たちは、自分の理解したことは広範な大衆もおなじようにすべて理解していると、ひとりがてんしてはならない。大衆が理解しているかどうか、また行動することをのぞんでいるかどうかは、大衆のなかにはいって調べてみてはじめてわかるのである。そのようにすれば、命令主義をさけることができる。あらゆる活動において、追随主義もまたあやまりである。なぜなら、それは大衆の自覚の度合いからたちおくれ、大衆を指導して一歩前進させるという原則にそむき、のろま病にとりつかれているからである。わが同志たちは、自分がまだ理解していないことは大衆もみな理解していないと、ひとりがてんしてはならない。多くのばあい、広範な大衆がわれわれを追いこし、一歩前進を切実にもとめているのに、わが同志たちは、広範な大衆の指導者となることができないばかりか、一部のおくれた人びとの意見を反映し、しかもこのおくれた人びとの意見を広範な大衆の意見と誤認して、おくれた人びとに追随している。要するに、共産党員のあらゆる言論、行動の最高規準は、もっとも広範な人民大衆の最大の利益に合致し、もっとも広範な人民大衆から支持されることであるという点を、一人ひとりの同志にはっきりわからせるべきである。われわれが人民に依拠しさえすれば、また人民大衆の創造力が無限であることを確信して、人民を信頼し、人民と一つにとけあいさえすれば、どんな困難も克服でき、どんな敵にも圧倒されず、われわれがこれを圧倒するだけだということを、一人ひとりの同志に理解させるべきである。

 まじめな自己批判の有無も、またわれわれが他の政党と区別される顕著な指標の一つである。かつてのべたことがあるように、部屋はつねに掃除すべきで、掃除しなければほこりだらけになってしまうし、顔はつねに洗うべきで、洗わなければほこりまみれになってしまう。わが同志の思想、わが党の活動にもほこりがかかるので、やはり掃除をし、洗いおとすべきである。「流れる水は腐らず、扉の心棒は虫がくわない」というのは、それらがたえず運動していて、微生物やその他の生物からの侵食に抵抗しているためである。われわれにとっては、つねに活動を点検し、点検のなかで民主的作風をおしひるめ、批判と自己批判をおそれず、「気づいたことは何でもいい、いうことは残さずにいう」、「いうものはとがめられず、聞くものはいましめとする」、「あやまりがあればあらため、なければいっそう努力する」という中国人民の有益な格言を実行することこそ、わが同志の思想やわが党のからだにたいする各種の政治のほこりや政治の微生物の侵食に抵抗する唯一の効果的な方法である。「前のあやまりを後のいましめとし、病をなおして人を救う」ことを方針とする整風運動が大きな効果をあげたのは、この運動のなかでわれわれの展開した批判と自己批判が、正しいものであって、ゆがめたものではなく、まじめなものであって、おざなりなものではなかったからである。中国のもっとも広範な人民の最大の利益を出発点とする中国共産党員は、自分たちの事業が完全に正義にかなっていることを信じ、個人のすべてを犠牲にすることを惜しまず、いつでも自分の命をわれわれの事業にささげる心がまえがあるのに、まだ捨てきれないような、人民の要求に合致しない思想、観点、意見、方法があるのだろうか。政治のほこりや政治の微生物がわれわれの清潔な顔をよごし、われわれの健全なからだを侵食するのを、われわれはまだ歓迎するのだろうか。無数の革命戦士が人民の利益のために命をささげたことをおもうと、生き残っているわれわれ一人ひとりは胸がいっぱいになるのに、まだ犠牲にしきれない個人の利益、捨てきれないあやまりがあるとでもいうのだろうか。

 同志諸君、大会が終われば、われわれはただちに戦場におもむき、大会の決議にもとづいて、日本侵略者を最後的にうちやぶり新中国を建設するために奮闘するのである。この目的をたっするためには、全国人民と団結しなければならない。くりかえしていえば、どの階級、どの政党、どの社会集団または個人であろうと、日本侵略者をうちやぶり新中国を建設することに賛成しさえすれば、われわれはかれると連合しなければならない。この目的をたっするためには、民主集中制の組織原則と規律原則にもとづいて、わが党のあらゆる力をかたく団結させなければならない。どんな同志であっても、党の綱領、規約、決議にしたがう意志さえあれば、われわれはその同志と団結しなければならない。わが党の党員は、北伐戦争の時期には、六万たらずであったが、その後、大部分が当時の敵の攻撃によって四散した。土地革命戦争の時期には三十万たらずであったが、これもその後、大部分が当時の敵の攻撃によって四散した。現在、われわれは百二十余方の党員をもっている。こんどはなんとしても、敵の攻撃によって四散することがあってはならない。われわれがこの三つの時期の経験を生かして、謙虚な態度をとり、傲慢な態度をやめ、党内ではすべての同志とよりよく団結し、党外では全国人民とよりよく団結しさえすれば、敵の攻撃によって四散することがないばかりか、反対に、かならず日本侵略者とその忠実な手先を、断固として、徹底的に、きれいに、のこらす消滅し、しかもかれらを消滅したのちに新民主主義の中国を建設することが保証されるのである。

 三回にわたる革命の経験、とくに抗日戦争の経験は、われわれおよび中国人民につぎのような確信をあたえている。それは、中国共産党の努力がなければ、また中国共産党員が中国人民の柱石とならなければ、中国の独立と解放は不可能であり、中国の工業化と農業の近代化も不可能だということである。

 同志諸君。三回にわたる革命の経験をへた中国共産党がある以上、われわれは偉大な政治的任務をなしとげることができるとわたしは確信する。

 何千何万の革命戦士は、人民の利益のため、われわれに先だって英雄的に命をささげたのである。われわれはかれらの旗を高々とかかげ、かれらの血の跡をふんで前進しよう!

 新民主主義の中国はやがて誕生する。われわれはこの偉大な日を迎えようではないか!



〔 ##注## 〕

〔1〕 中華民族解放先鋒隊、略称「民先隊」は、一二・九運動に加わった先進的な青年が、一九三六年二月、中国共産党の指導のもとに組織した革命的な青年団体である。抗日戦争勃発後、多くの民先隊員は戦争と敵後方にある根拠地樹立の活動に参加した。国民党支配区の民先隊の組織は、一九三八年、蒋介石政府から強制的に解散させられた。解放区の民先隊の組織は、のちには、より広範な青年団体である青年救国会に合併された。

〔2〕 本巻の『国民党中央執行委員会第十一回全体会議と第三期国民参政会第二回会議を評す』に列挙されている、蒋介石のおこした三回にわたる反共の高まりの事実を参照。

〔3〕 スコービーは、イギリス帝国主義がギリシアに派遣した侵略軍の司令官である。一九四四年十月、ドイツ侵略軍がヨーロッパ大陸で敗退すると、スコービーはイギリス軍をひきい、ロンドンに亡命中のギリシア反動政府をともなって、ギリシアに進駐した。かれの指図と支持のもとに、ギリシアの反動政府は、長いあいだ勇敢にドイツ侵略更に抵抗していたギリシア人民解放軍を攻撃し、ギリシアの愛国人民を殺害し、ギリシアを恐怖の血の海になげこんだ。

〔4〕 保甲制度は、国民党反動派がファッショ支配をおこなうためにもうけた末端の政治制度であった。一九三二年八月一日、蒋介石は、河南、湖北、安徽の三省で、『各県保甲戸口編成調査条例』を公布した。それは、「保甲の編成は戸を単位とし、戸には戸長をおき、十戸を甲とし、甲には甲長をおき、十甲を保とし、保には保長をおく」ということを規定して、各口が相互に監視しあい告発しあう連坐法および各種の反革命的な強制労役措置を実施したものである。一九三四年十一月七日、自民党政府は、その支配下にある各省、市で、このようなファッショ支配制度を一律に実施することを正式に発表した。

〔5〕 国民党政府が実施した封建的、買弁的なファッショ教育のことをさす。

〔6〕 カイロ会議とは、一九四三年十一月、中国、アメリカ、イギリス三国がエジプトの首都カイロでおこなった国際会議のことである。この会議では中国、アメリカ、イギリス三国のカイロ宣言が発表された。この宣言は台湾などを中国に返還することについて、明確な規定をおこなった。 一九五〇年六月、アメリカ政府はこのとりきめに公然とそむき、台湾にたいする中国の領土主権を剥奪しようとして、海軍を派遣し台湾を制圧した。

〔7〕 峨眉山は四川省西南部の名山である。毛沢東同志がここでいっているのは、蒋介石支配集団が抗日戦争のときに最後の巣窟とした四川省の山地のことである。

〔8〕 本選集第二巻の『反動派を制裁せよ』、『すべての抗日勢力を結集して反共頑迷派に反対しよう』、『国民党にたいする十項目の要求』などにみられる。

〔9〕 一九二四年十一月十日の孫中山の『北上宣言』から引用。

〔10〕 これは蒋介石が反革命の小冊子『中国の運命』のなかでのべているでたらめな言い方をさしている。

〔11〕 大西洋憲章は、一九四一年八月、アメリカ、イギリスが大西洋会議の終了にあたって共同で発表した文書である。モスクワ会議とは、一九四三年十月、ソ連、アメリカ、イギリスの三国外相がモスクワでおこなった会議のことである。テヘラン会議とは、一九四三年十一月から十二月にかけて、ソ連、アメリカ、イギリス三国がイランの首都テヘランでおこなった会議のことである。クリミア会議とは、一九四五年二月、ソ連、アメリカ、イギリス三国がソ連南部のクリミア半島のヤルタでおこなった会議のことである。当時これらの国際会議は、みな、共同の力によってファシスト・ドイツと日本をうちやぶること、戦後は、侵略勢力およびファシスト残存勢力の再起を防止し、世界の平和を維持し、各国人民の独立と民主の願望を支持することをきめた。しかし、戦後、アメリカとイギリスの政府はこれらの国際的とりきめにそむき、これをふみにじった。

〔12〕 一九四四年八月から十月にかけて、ソ連、アメリカ、イギリス、中国の四ヵ国の代表が、モスクワ会議およびテヘラン会議の決定にしたがって、アメリカのダンバートン・オークスで会議をひらき、国際連合機構の組織草案を起草した。一九四五年四月から六月にかけて、アメリカのサンフランシスコで五十ヵ国の代表の参加する国際連合総会がひらかれたが、当時、中国解放区も菫必武同志を代表として派遣し、この会議に参加させた。

〔13〕 中国共産党第七回全国代表大会以後、延安で「中国解放区人民代表会議準備委員会」が発足し、また各解放区の代表が共同して準備委員会成立大会をひらいた。日本の降伏後、時局が変化したため、中国解放区人民代表会議はひらかれなかった。

〔 ##訳注## 〕

① 本選集第一巻の『蒋介石の声明についての声明』注〔1〕を参照。

② 本選集第二巻の『日本の進攻とたたかう方針、方法および前途』注〔1〕を参照。

③ 中央系とは、主として蒋介石集団の部隊をさす。地方系とは、国民党地方軍閥の部隊、つまり雑軍をさす。本選集第二巻の『おもいきって抗日勢力を発展させ、反共頑迷派の進攻に抵抗せよ』注〔8〕を参照。

④ 武装工作隊とは、中国共産党の指導のもとに、軍隊の幹部、優秀な戦士および地方の幹部によってつくられた小型の工作隊のことである。工作隊の任務は、敵占領区に深くはいって大衆を動員し組織し、党の組織を樹立し復活させ、秘密の人民政権をうちたて、かいらい組織とかいらい政権をうちこわし、さまざまな闘争方法で日本侵略軍とかいらい軍に打撃をあたえ、それを瓦解させることにあった。

⑤ 本選集第二巻の『中央通信社、掃蕩報、新民報の三記者との談話』注〔2〕を参照。

⑥ 民主同盟の正式の名称は中国民主同盟で、当時、抗日民族統一戦線のなかの民主政党の一つであった。一九四一年に成立し、はじめは中国民主政団同盟とよんだが、一九四四年に現在の名称にあらためた。一九四九年、中国人民政治協商会議に参加した。

⑦ 本選集第一巻の『日本帝国主義に反対する戦術について』注〔1〕を参照。

⑧ 本選集第一巻の『矛盾論』訳注②を参照。

⑨ 本巻の『組織せよ』注〔4〕と本選集第一巻の『われわれの経済政策』注〔3〕を参照。

⑩ 本題集第二巻の『持久戦について』注〔6〕を参照。

⑪ 一九四二年の冬から一九四三年の春にかけて、内家古のイクチァオ盟に駐屯していた国民党反動軍隊は、蒙古族人民の牧草地の占拠を強行し、そのうえ、地元の人民から大量の食糧、家畜を強奪した。一九四三年三月二十六日、イクチァオ盟の蒙古族保安隊と人民大衆は、ついに武力による反抗にたちあがった。同年四月、国民党は軍隊をさしむけてこれを弾圧し、地元の蒙古族人民にたいして血なまぐさい虐殺をおこなった。

⑫ 一九四四年九月、新疆省北部イリ地区の各少数民族の人民は、国民党反動派の民族的抑圧と経済的収奪に反対して、大規模な武装蜂起をおこなった。これらの蜂起軍は、阿山、塔城一帯で蜂起した武装組織とあい前後して連合し、新疆省北部の大部分の地域を占領した。国民党は甘粛省と新疆省の各地から多くの反動軍隊をまわして、蜂起軍にたいし長期にわたる大規模な武力弾圧をくわえた。蜂起軍は、新疆省各民族の広範な人民の積極的な支持のもとに英雄的に抵抗し、一九四九年に新疆省が解放されるまで抵抗をつづけた。

⑬ ここでは主として、一九四二年から一九四三年にかけて国民党反動派が甘粛省南部の回族人民にたいしておこなった虐殺事件をさす。一九四二年の冬、甘粛省南部の臨[シ+兆]県、岷県一帯の回族人民は、国民党反動派の横暴きわまるとりたて、兵隊狩り、人夫狩り、イスラム教寺院の破壊などの反動的な措置に反対して、大規模な武装蜂起をおこなった。一九四三年四月以後、蜂起地区は二十余県にひろがり、参加者は一時は十万人をこえた。国民党反動派は、六コ師団の軍隊をあい前後してさしむけ、飛行機までもくりだして、地方の反動武装組織に呼応し、蜂起した大衆にたいして残酷な虐殺をおこなった。


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