経済活動に習熟しなければならない (一九四五年一月十日)
これは、毛沢東同志が陝西・甘粛・寧夏辺区の労働英雄と模範活動家の会議でおこなった講演である。
労働英雄のみなさん、模範活動家のみなさん。
みなさんは会議をひらき、経験を総括した。われわれはみな、みなさんを歓迎し、尊敬している。みなさんは三つの長所をもっており、三つの役割をはたしている。第一は、率先的役割である。つまり、みなさんがとくに努力し、多くの新しいものをうみだしたので、みなさんの活動は一般の人びとの模範となり、仕事の基準はたかまり、人びとがみなざんをみならうようになっているのである。第二は、骨幹の役割である。みなさんはほとんどがまだ幹部ではないが、すでに大衆の骨幹であり、大衆の中核であって、みなさんがいるから仕事が推進しやすくなっているのである。みなさんは将来幹部になるだろう。いまは幹部の予備軍なのである。第三は、かけ橋の役割である。みなさんは上の指導者と下の広範な大衆とのあいだのかけ橋であって、大衆の意見はみなさんをつうじて上につたえられ、上の意見はみなさんをつうじて下につたえられているのである。
みなさんには多くの長所があり、大きな功労があるが、しかし、傲慢にならないよう十分に注意しなければならない。みなさんが人びとから尊敬されるのは当然のことなのだが、このために傲慢にもなりやすい。もしみなさんが傲慢になって、謙虚さをうしない、努力をつづけず、他人を尊重せず、幹部を尊重せず、大衆を尊重しないようになれば、みなさんは英雄にも模範にもなれなくなるだろう。これまでこういう人がいくらかいたが、そのまねをしないよう希望する。
みなさんの経験はこんどの会議で総括された。この総括は非常にりっぱなもので、この地方に適用できるだけでなく、各地にも適用できるが、これらについてはふれないでおこう。 ここでは、われわれの経済活動について少しのべてみようとおもう。
ここ数年らい、われわれは経済活動に習熟しはじめ、経済活動のなかで大きな成績をあげているが、これはほんの序の口にすぎない。われわれは、二、三年のうちに、陝西・甘粛・寧夏辺区と敵の後方にある各解放区で食糧と工業品の全部または大部分を自給でき、さらに余裕をもてるまでにならなければならない。われわれは、農業、工業、貿易の三つの面で、いまよりもっと大きな成績をあげるようにしなければならない。そのときになってはじめて、より多く学び、よりりっぱに学んだといえるのである。もし、軍隊と人民の生活が改善されず、反攻のための物質的基礎がまだ不安定で、農業、工業、貿易が年ごとに上昇するのではなく、停滞し、さらには低下しているような地方があるとすれば、それは、その地方の党、政府、軍隊の活動家がまだ経済活動に習熟していない証拠であり、その地方はきわめて大きな困難にあうだろう。
ここに、みんなの注意をもういちど喚起しなければならない問題がある。それは、われわれの思想をいまわれわれのおかれている環境に適応させるということである。いまわれわれのおかれている環境は農村であり、この点にはなんら問題がないようにみえる。われわれが農村にいるということを知らないものはいないだろう。だが、実際にはそうではない。われわれのなかの多くの同志は、まいにち農村におり、そのうえ自分では農村のことがわかっているつもりでいるが、しかし、かれらは農村のことがわかっていないか、すくなくとも深くはわかっていないのである。かれらは、小私有経済を基礎とした、敵に分割された、したがってまた、遊撃戦争がおこなわれている農村という環境から出発しないために、政治問題、軍事問題、経済問題、文化問題、党活動の問題、労働運動、農民運動、青年運動、婦人運動などの問題で、しばしばその処理が適切でなかったり、あまり適切でなかったりしている。かれらは、都市の観点で農村を処理し、多くの適切でない計画を主観的につくりあげてむりやりに実施するので、しばしば壁につきあたっている。ここ数年らい、整風運動によって、また活動のなかでつまずいたことによって、われわれの同志たちは大きく進歩した。だが、われわれの思想をわれわれのおかれている環境に完全に適応させるよう、なお注意しなければならず、そうしなければ、われわれはどの分野の活動でも効果をあげることができず、しかもすみやかにあげることができない。もし、われわれのおかれている環境が、小私有経済を基礎とした、敵に分割された、したがってまた、遊撃戦争がおこなわれている農村根拠地だということをほんとうに理解したなら、もしわれわれのする仕事がすべてこの点から出発したなら、一見、効果のあがるのがおそく、はなばなしくないようにみえるだろうが、この点から出発しないで、他の点、たとえば都市の観点から出発したばあいにくらべて、実際には、仕事の効果はどうだろうか。それはけっしておそくはなく、むしろはやいのである。なぜなら、もしわれわれがこんにちの実際の状況からはなれて、都市の観点から出発したなら、それは効果のあがるのがはやいかおそいかという問題ではなく、しょっちゅうつまずき、さっぱり効果があがらないという問題になってしまうからである。
たとえば、われわれが現在の形の軍民生産運動を提唱して、非常に大きな効果をおさめているのは、そのあきらかな証拠である。
われわれは、日本侵略者に打撃をあたえなければならず、また都市を攻略し、失地を回復する準備をしなければならない。だが、小私有経済の、分割された、遊撃戦争の農村という環境のなかで、どうすればこの目的を達成できるだろうか。われわれは、自分では労働せず、もっぱら外国人にたより、綿布などの日用品まで外国に依存している国民党のようなまねをしてはならない。われわれは自力更生を主張する。われわれは外からの援助をのぞむが、それに依存してはならず、自分の努力にたより、軍民全体の創造力にたよる。それでは、どのような方法があるだろうか。われわれは、軍民が同時に大規模な生産運動をおこすという方法をとる。
農村であり、人力も物力も分散しているから、われわれの生産と供給は「統一指導、分散経営」の方針をとっている。
農村であり、農民はみな分散した小生産者で、おくれた生産用具を使用しており、しかも、大部分の土地は依然として地主が所有し、農民は封建的な小作料による搾取をうけているから、われわれは、農民の生産意欲と農業労働の生産性をたかめるために、小作料と利子を引き下げ、労働の相互援助を組織するという二つの方針をとっている。小作料の引き下げは農民の生産意欲をたかめ、労働の相互援助は農業労働の生産性をたかめている。わたしは、華北、華中各地の資料を手にいれたが、これらの資料によると、小作料を引き下げたのち、農民は生産意欲が大いにあがって、われわれのところの変工隊とおなじような相互援助団体をすすんで組織しており、そのため三人分の労働能率が四人分のそれに匹敵するようになったという。そうだとすれば、九千万人が一億二千万人に匹敵することになる。そのほか、二人が三人に匹敵するようになったところもある。もし、強引に命令したり、急いて事を仕損じたりするような方針をとらずに、辛抱づよく説得し、典型によって模範をしめす方針をとるなら、数年のうちに、大多数の農民を農業生産と手工業生産の相互援助団体に組織することができるだろう。このような生産団体がみんなのものになれば、生産量が大幅にふえ、さまざまな新しいものがうみだされるだけでなく、政治も進歩し、文化もたかまり、衛生も重んじられ、のらくら者も改造され、風俗習慣もあらためられるだろうし、遠からぬうちに生産用具も改良されるだろう。そのときには、われわれの農村社会は、新しい基礎のうえに一歩一歩うちたてられていくだろう。
われわれの活動家たちがこの仕事を熱心に研究し、大きな精力をさいて農村の人民が生産運動をくりひろげるのをたすけるなら、数年のうちに、農村は食糧と日用品が豊富になり、戦闘を堅持し、凶作に対処することができるだけでなく、将来のために大量の食糧と日用品をたくわえることもできるようになるだろう。
農民の生産を組織するだけでなく、部隊と機関もいっせいに生産をおこなうよう組織しなければならない。
農村であり、つねに敵からふみにじられている農村であり、長期にわたって戦争がおこなわれている農村であるから、部隊と機関は生産をしなければならない。また、分散した遊撃戦争であるから、部隊と機関は生産をすることもできる。ましてわが陝西・甘粛・寧夏辺区では、辺区の人口にくらべて部隊と機関の人数のしめる割合が大きすぎるので、自分で生産しなければ飢えてしまうし、人民に求めすぎれば人民が負担しきれなくなり、人民も飢えてしまう。だから、われわれは大規模な生産運動をくりひろげることにきめたのである。陝西・甘粛・寧夏辺区を例にとると、部隊と機関は毎年食糧(粟)二十六万担(一担は三百斤①)を必要とし、そのうち人民に求めているのは十六万担、自分で生産しているのは十万担であるが、もし自分で生産しなければ、軍隊と人民のうちどちらか一方が飢えることになる。生産運動をくりひろげたために、われわれはいま飢えていないばかりか、軍隊と人民のどちらも十分に食べている。
わが辺区の機関では、食糧、被服の二項目をのぞいて、他の経費は大部分を自分でまかなっており、一部の部門では、その全部を自分でまかなっている。また、他の多くの部門では、食糧の一部と被服の一部をも自分でまかなっている。
辺区の部隊の功績はいっそう大きい。多くの部隊では、食糧、被服、その他すべてを完全に自給している。すなわち一〇〇パーセント自給しており、政府からは何一つもらっていない。これは最高の基準であり、第一の基準であって、数年かかってしだいに達成されたものである。
前線では戦わなければならないので、この基準を採用することはできない。前線では第二、第三の二つの基準をもうければよい。第二の基準は、食糧、被服の二項目を政府が支給するほか、その他のもの、たとえば油(一人一日半両)、塩(一人一日半両)、野菜(一人一日一斤ないし一斤半)、肉(一人一ヵ月一斤ないし二斤)、薪炭費、事務費、雑費、教育費、保健費、武器手入れ費、葉タバコ、靴、靴下、手袋、手ぬぐい、歯ブラシなどはすべて生産によって自給するというもので、それは全費用のほぼ五〇パーセントをしめるが、二年ないし三年のうちにしだいに実現することができる。現在、すでにそれを実現したところもある。この基準は根拠地内の強固な地区では実行できる。
第三の基準は周縁地区と遊撃地区で実行するもので、そこでは、五〇パーセントを自給することは不可能だが、一五パーセントないし二五パーセントを自給することはできる。それだけできれば結構である。
要するに、特殊な事情のあるばあいをのぞいて、すべての部隊と機関が戦闘、訓練、仕事のあいまに、一様に生産に参加するということである。部隊と機関は戦闘、訓練、仕事のあいまを利用して集団的に生産に参加するほか、専門に生産に従事する人を組織して、農場、菜園、牧場、手工業場、小型工場、輸送隊、協同組合を創設したり、農民と共同で食糧や野菜をつくったりしなければならない。当面の条件のもとで困難をのりきるためには、どの機関、どの部隊もみな家計を確立すべきである。家計を確立したがらないのらくら者の習性は恥ずべきものである。さらに、質によって等級をきめた個人別利益配当制度をさだめて、直接生産に従事する人びとが利益の配当を受けられるようにし、それによって生産の発展を刺激しなければならない。また、生産活動を効果的に推進するためには、指導者が責任をもち、みずから陣頭にたって、指導的骨幹と広範な大衆とを結びつけ、一般的よびかけと個別的指導とを結びつける方法をとらなければならない。
部隊が生産をやれば作戦や訓練ができなくなり、機関が生産をやれば仕事ができなくなる、というものがいる。このようないい方はまちがっている。ここ数年らい、わが辺区の部隊は、大々的に生産をおこなって衣食をゆたかにするとともに、練兵もおこない、政治や文化の学習もおこなってきたが、それらはみな以前よりいっそう大きな成績をあげており、軍隊内の団結や軍隊と人民との団結も以前よりいっそうよくなっている。前線では昨年一年間に、大規模な生産運動をおこなったが、作戦の面でも大きな成績をあげたし、練兵運動もいたろところではじめられた。機関が生産を対こなったために、辺区でも前線でもそうだが、勤務員は生活が改善されて、仕事にいっそう腰をすえるようになり、能率もいっそうあがるようになった。
以上のことからわかるように、農村での遊撃戦争という環境におかれた機関と部隊が、もし生産自給運動をおこせば、戦闘、訓練、仕事にはいっそう力がはいり、いっそう活発になるし、規律、内部の団結、外部との団結もいっそうよくなるのである。これは、わが中国の長期にわたる遊撃戦争の産物であり、われわれの誇りである。生産自給運動に習熟すれば、われわれはどのような物質的困難をもおそれなくなる。われわれは、年とともにますます活気と力にあふれ、戦えば戦うほど強くなり、敵を圧倒することはあっても、敵に圧倒されるおそれはまったくなくなる。
ここでもう一つ、前線にいるわれわれの同志たちの注意を喚起しなければならない点がある。われわれの一部の地区は創設されてから日が浅く、かなりゆたかなので、そこの活動家たちはこれをたのみにして節約しようとせず、生産しようともしないことである。これは非常によくないことで、将来、かれらはかならずひどい目にあうだろう。どの地方でも、十分に人力、物力をたいせつにしなければならず、けっして目先のことだけにとらわれて濫用、浪費してはならない。どの地方でも、仕事をはじめたその年から、将来の長い年月のことを計算にいれ、長期にわたって戦争をやりぬくことを計算にいれ、反攻のことを計算にいれ、敵を追いだしてからの建設のことを計算にいれておかなければならない。一万では、けっして濫用、浪費せず、他方では、生産の発展につとめることである。これまで一部の地方では、遠い先のことを考えず、人力、物力の節約にも生産の発展にも注意しなかったために、たいへんひどい目にあった。こうした教訓があるので、いま注意を喚起しなければならないのである。
工業品については、陝西・甘粛・寧夏辺区は、二年以内に、綿花、綿糸、綿布、鉄、紙、その他多くのものを完全に自給することを決定している。これまで全然生産しなかったか、わずかしか生産しなかったものを、まったく外部にたよらずにすべて自分で栽培し、自分で製造し、自分で供給するようにする。これらの任務はすべて、公営、私営および協同組合経営の三者によって遂行する。すべての生産物は量をふやすだけでなく、質もよくし、長もちするようにする。辺区政府、八路軍連合防衛司令部、党中央西北局がこれらの点に大きな力をそそいでいるのは非常に正しい。前線の各地でもこのようにするよう希望する。多くの地方ではすでにこのようにしているが、その成功を期待する。
わが辺区でも、解放区全体でも、すべての経済活動に習熟するにはまだ二年ないし三年の時間が必要である。われわれが食糧と工業品の全部または大部分を自分で栽培し、自分で製造し、自分で供給し、なおそのうえに余裕ができるようになったときこそ、われわれが農村で経済活動をどうおこなうかということにすっかり習熟したときである。また将来、都市から敵を追いだしたときには、われわれは新しい経済活動もやれるようになるだろう。中国の建設はわれわれにかかっており、われわれは学習につとめなければならない。
〔 ##訳注## 〕
① 本選集第一巻の『湖南省農民運動の視察報告』訳注⑩を参照。




