陝西・甘粛・寧夏辺区参議会における演説 (一九四一年十一月二十一日)
参議員の諸先生、同志諸君。きょう、辺区参議会がひらかれたことは大きな意義をもっている。参議会の目的はただ一つ、日本帝国主義を打倒して、新民主主義の中国、すなわち革命の三民主義①の中国を建設することにある。いまの中国にはこの目的以外に、他の目的はありえない。なぜなら、いまのわれわれの主要な敵は、国内の敵ではなくて、日本とドイツ、イタリアのファシズムだからである。いま、ソ連赤軍はソ連と全人類の運命のために奮闘しており、われわれは日本帝国主義とたたかっている。日本帝国主義はなお侵略をつづけているが、その目的は中国を滅ぼすことにある。全国のすべての抗日勢力を結集して日本帝国主義を打倒すること、全国の抗日するすべての政党、階級、民族と協力し、民族裏切り者でないかぎり、みなが一致連合してともに奮闘すること、これが中国共産党の主張である。共産党のこの主張は終始一貫したものである。中国人民はすでに四年あまりも勇敢な抗戦をつづけており、この抗戦は国共両党の協力および各階級、各政党、各民族の協力によってささえられている。しかしまだ勝利していない。勝利するためには、なおひきつづき奮闘し、革命の三民主義を実行にうつさなければならない。
なぜ、われわれは革命の三民主義を実行するのか。それは孫中山先生の革命の三民主義が、いまでもまだ全中国で実現していないからである。なぜ、われわれはいま社会主義の実行を要求しないのか。社会主義はもちろんよりよい制度であり、ソ連では早くからこの制度が実行されているが、こんにちの中国ではまだそれを実行する条件がそなわっていないのである。陝西・甘粛・寧夏辺区②が実行しているのは革命の三民主義である。われわれはどのような実際問題の解決についても、革命の三民主義の範囲をこえていない。現在についていえば、革命の三民主義のうちの民族主義とは日本帝国主義を打倒することであり、その民権主義、民生主義とは一部の人だけの利益をはかるのではなく、全国の抗日するすべての人民の利益をはかることである。全国人民はすべて、人身の自由の権利、政治参与の権利、財産保障の権利があたえられなければならない。全国人民はすべて、ものをいう機会があたえられ、着るものや食べるもの、仕事や勉学が保障されなければならない。要するに、おのおのその適所があたえられなければならない。中国の社会は両端が小さく、中間が大きい社会であって、プロレタリア階級と地主・大ブルジョア階級はともに少数をしめるにすぎず、人民の大多数は農民、都市小ブルジョア階級およびその他の中間階級である。どの政党の政策でも、もしこれらの階級の利益を無視するなら、もしこれらの階級の人びとにその適所をあたえないなる、もしこれらの階級の人びとにものをいう権利をあたえないなら、国の政治をりっぱにやろうとしてもそれは不可能である。中国共産党の提起している諸政策は、抗日するすべての人民を結集するためのものであり、抗日するすべての階級、とりわけ、農民、都市小ブルジョア階級およびその他の中間階級のことを配慮したものである。各界人民のすべてにものをいう機会をあたえ、仕事をあたえ、食べてゆけるようにするという共産党の提起している政策は、真の革命の三民主義の政策である。土地関係では、われわれは一方で、農民が食べてゆけるよう小作料と利子の引き下げを実行し、他方ではまた、地主も暮らしてゆけるよう小作料と利子の部分的な納入を実行している。労資関係では、われわれは一方で、労働者が仕事をもち食べてゆけるよう労働者を援助し、他方ではまた、資本家も利益かえられるよう実業を発展させる政策を実行している。これらはすべて、全国人民を結集し、力をあわせて抗日するためである。このような政策を、われわれは新民主主義の政策とよんでいる。これは中国のいまの国情にほんとうに合った政策である。われわれは、たんに陝西・甘粛・寧夏辺区だけでなく、また、たんに敵後方の各抗日根拠地だけでなく、全国でもこれが実行されることをのぞんでいる。
われわれはこのような政策を実行して、成果をあげ、全国人民の賛同をえている。しかし、欠点もある。一部の共産党員はまだ、党外の人びとと民主的に協力することに習熟しておらず、せまい閉鎖主義またはセクト主義の作風をもっている。かれらはまだ、共産党員には党外の抗日する人びとと協力する義務があり、これらの党外の人びとを排斥する権利はない、という道理がわかっていない。つまり、人民大衆からはなれてはならず、人民大衆の意見に耳をかたむけ、人民大衆と結びつかなければならない、という道理がわかっていない。『陝西・甘粛・寧夏辺区施政綱領』に、共産党員は独断専行、一手請負であってはならず、党外の人びとと民主的に協力すべきであると規定した条項があるのは、まだ党の政策がわかっていないそうした同志たちのことをさしたものにほかならない。共産党員は、党外の人びとの意見に耳をかたむけ、人にものをいう機会をあたえなければならない。人のいうことが正しければ、われわれはそれを歓迎すべきであり、また、人の長所を学ばなければならない。人のいうことがまちがっていても、しまいまで話させてから、ゆっくり説明すべきである。共産党員は、けっして、なにごとにつけても自分は申し分なく、人はよくないと考えて、ひとりよがりであったり、いたけだかであってはならない。また、けっして、自分を小さなからにとじこめて、自画自賛をし、暴君ぶりを発揮してはならない。日本侵略者、民族裏切り者と結託し、抗戦と団結を破壊する反動的な頑迷派などの連中には、ものをいう資格がないのは当然であるが、そのほかの人はだれにも、ものをいう自由があるのであって、たとえまちがったことをいってもさしつかえない。国の政治は、一党一派の私事ではなく、国家の公事である。したがって、共産党員には、党外の人びとと民主的に協力する義務があっても、人を排斥し、すべてを独占する権利はない。共産党は、民族のため、人民のために利益をはかる政党であって、それ自身はけっして私利をはかるものではない。共産党は、人民の監督をうけるべきで、けっして人民の意志にそむいてはならない。その党員は、民衆のなかに身をおくべきで、けっして民衆のうえにたってはならない。代表の諸先生、同志諸君。党外の人びとと民主的に協力するという共産党のこの原則は、確固不動のものであり、永遠に不変のものである。社会に党が存在するかぎり、なんといっても入党するものは少数で、党外の人が多数である。したがって党員はどうしても党外の人びとと協力しなければならず、いま、参議会でこのことをよく実行すべきである。わが共産党の参議員はわれわれのこのような政策のもとに、参議会でよくきたえられ、自分たちの閉鎖主義とセクト主義を克服することができるとおもう。われわれは、ひとりよがりの小さな派閥ではなく、かならず、門戸をひらいて党外の人びとと民主的に協力する方法を身につけ、ほかの人と相談することに習熟しなければならない。人と協力するのなら、自分たちは辞める、という共産党員が、こんにちでもまだいるかもしれない。しかし、このような人びとはきわめて少ないと、わたしは信じる。わたしは、わが党の圧倒的多数の党員がかならずわが党中央の路線を実行できることを、みなさんに保証する。同時にまた、党外の同志のみなさんもわれわれの主張を理解し、共産党は私利だけをはかるような小さな派閥や小さな団体ではないことを理解していただきたい。共産党はそういうものではなくて、誠心誠意、国の政治をりっぱにやっていきたいと考えている。しかし、われわれにはまだ多くの欠点がある。われわれは自分の欠点をみとめることを恐れないし、かならず自分の欠点をあらためる。われわれは、党内教育をつよめてこれらの欠点を一掃し、さらに、党外の人びととの民主的協力をつうじてこれらの欠点を一掃する。このような内外からのはさみうちによってこそ、われわれは自分たちの欠点をなおすことができ、ほんとうに国の政治をりっぱにやっていくことができるのである。
参議員の諸先生は労苦をいとわず、この会議に参加された。わたしは、心からこの盛会を祝い、その成功をのぞんでやまない。
〔 ##訳注## 〕
① 本選集第二巻の『新民主主義論』第十節にみられる。
② 本選集第二巻の『陝西・甘粛・寧夏辺区政府、第八路軍後方留守本部布告』注〔1〕を参照。




