中央通信社、掃蕩報、新民報〔1〕の三記者との談話 (一九三九年九月十六日)
記者の問い いくつかの問題について教えていただきたいとおもいます。きょう、『新中華報』①で、あなたの九月一日の談話を拝見しました。一部の問題についてはすでにふれられていますが、一部の問題はいますこし補足していただきたいとおもいます。書いてさしあげたとおり、問題は三つの部分にわかれていますから、一つ一つお教えください。
毛沢東の答え みなさんの質問表にしたがって、一つ一つお話ししましょう。
みなさんは、抗戦の対峙段階がきたかどうかという問題をだしています。わたしは、対峙段階が条件づきできているとおもいます。つまり、新しい国際情勢のもとでは、また日本がますます困難になり中国が断じて妥協しないという条件のもとでは、すでにきているといえます。だからといって、敵はまだ比較的大きな戦役的進攻をおこなう可能性があるということを、けっして否定するものではありません。たとえば北海、長沙を攻撃し、西安さえ攻撃するなどの可能性もあります。敵の大規模な戦略的進攻とわれわれの戦略的退却とが一定の条件のもとで基本的に停止したというのは、なにもすべての進攻の可能性と退却の可能性がなくなったというわけではありません。新しい段階の具体的内容はといえば、反攻を準備するということであって、すべてがこの概念にふくまれています。つまり、中国は将来の反攻にそなえて対峙段階ですべての力を準備しなければならないということです。反攻を準備するというのは、なにもすぐに反攻することではありません。条件がそなわらなければ反攻することはできないのです。しかも、ここでいっているのは、戦略的反攻であって、戦役的反攻ではないのです。戦役的反攻、たとえばわれわれが山西省東南部における敵の軍事的「掃討」を撃退したような戦役的反攻はありうるどころか、どうしてもなければならないものです。しかし、戦略的な大挙反攻の時期は、いまはまだきていません。いまはこのような大挙反攻を積極的に準備する時期です。この時期にはまた、予測される正面の敵の何回かの戦役的進攻を撃退しなければなりません。
新しい段階の任務を一つ一つのべると、敵の後方では、かならず、遊撃戦争を堅持し、敵の「掃討」を粉砕し、敵の経済侵略をきりくずすこと、正面の戦場では、かならず、軍事的防御をかため、予測される敵の戦役的進攻を撃退すること、大後方では、主として積極的に政治を改革することです。これらはすべて反攻準備の具体的な内容です。
国内政治の改革が非常に重要なのは、現在、敵が主として政治的攻勢にでており、われわれとしては政治的抵抗をとくにつよめなければならないからです。つまり、民主政治の問題はできるだけ早く解決しなければなりません。そうしてはじめて、政治上の抵抗力をつよめ、軍事力を準備することができます。中国の抗戦は主として自力更生によるのです。これまでも自力更生をとなえてきたのですが、新しい国際的環境のもとでは自力更生がいっそう重要になってきます。自力更生のおもな内容は民主政治です。
問 いま、あなたは抗戦の勝利を自力更生で達成するには民主政治が必要だといわれましたが、いまの環境のもとでは、どんな方法でこの制度を実現するのですか。
答 軍政、訓政、憲政という三つの時期の区分〔2〕は、もともと、孫中山先生がいわれたことです。しかし、孫先生が逝去直前に書かれた『北上宣言』〔3〕では、もう三つの時期にふれておらず、中国はすぐ国民会議をひらかなければならないとのべております。これをみても、孫先生自身が早くから情勢に応じて主張を変えていたことがわかります。いま、抗戦という重大な局面のもとで、亡国の惨禍をまぬがれ、敵をたたきだすには、一日も早く国民大会を招集し、民主政治を実行しなければなりません。この問題については、さまざまのちがった意見があります。一部には、民衆は無知だから民主政治を実行することはできない、という人がいます。これはまちがいです。抗戦中、民衆は非常に急速な進歩をとげていますし、そのうえ、指導と方針があれば、きっと民主政治を実行することができます。たとえば、華北地方ではすでに民主政治が実行されています。そこの区長、郷長、保・由長は、多くが民衆によって選ばれた人たちです。県長のなかにも民衆によって選ばれた人があり、多くの先進的な人びとや有為な青年が県長になっています。このような問題は、みんなに討議させるべきです。
あなたがたがだされた第二の部分の問題のなかには、いわゆる「異党の制限」にかんする問題、つまり各地での摩擦にかんする問題があります。あなたがたがこのことに関心をもたれるのは正しいとおもいます。このことについていうと、最近、いくらか状況がよくなっていますが、根本的にはなんの変化もありません。
問 共産党は、この問題について中央政府に態度を表明されたことがありますか。
答 われわれはすでに抗議しました。
問 どんな形でされたのですか。
答 わが党の代表周恩来同志が早くも七月に蒋委員長に書簡をおくりました。八月一日にはまた、延安の各界が蒋委員長と国民政府に電報をうち、秘密裏に流されて各地の摩擦の根源になっているいわゆる「異党活動制限措置法」をとり消すよう要求しました。
問 中央政府から回答がありましたか。
答 回答はありません。きくところによると、この措置法については、国民党のなかにも不賛成の人が一部いるそうです。ご承知のように、ともに抗日している軍隊は友軍といって、「異軍」とはいいません。それなら、ともに抗日している諸政党は友党であって、「異党」ではありません。抗戦陣営内には多くの政党があり、政党の力には大小の差がありますが、みなおなじように抗戦しているのですから、たがいに団結しあうのがまったく当然であって、けっしてたがいに「制限」しあうべきではありません。異党とはなんでしょらか。日本の手先汪精衛の民族裏切り者の党が異党です。なぜなら、それは抗日諸政党とのあいだに政治的にはすこしも共通点がないからです。このような党こそ制限すべきです。国民党と共産党は政治的には共通点をもっています。それは抗日です。したがって、いまの問題は、どのように反日防日と反汪防汪に全力を集中するかということであって、反共防共に全力を集中することではありません。スローガンはこのように提起するほかありません。いま、汪精衛には、反蒋、反共、親日という三つのスローガンがあります。汪精衛は国共両党と全国人民の共通の敵です。ところが、共産党は国民党の敵ではないし、自民党も共産党の敵ではないのですから、たがいに団結し、協力しあうべきであって、たがいに反対したり「制限」したりすべきではありません。われわれのスローガンは、かならず汪精衛のスローガンとちがったものでなければならないし、かならず汪精衛のスローガンと対立したものでなければなりません。けっしてかれのものと混同してはなりません。かれが蒋介石に反対するなら、われわれは蒋介石を支持する、かれが共産党に反対するなら、われわれは共産党と連合する、かれが親日をやるなら、われわれは抗日をやる。およそ敵の反対するものなら、われわれは支持する、およそ敵の支持するものなら、われわれは反対するのです。いま、多くの人びとの論文には、「味方を悲しませ、敵をよろこばせるようなことをしてはならない」ということばがよく出てきます。このことばは、東漢の劉秀の将軍朱浮という人が漁陽の大守彭寵におくった手紙に、「なにごとをするにも、味方や親しいものを悲しませ、仇をよろこばせるようなことをしてはならない」と書いたことから出たものです。朱浮のこのことばは一つの明確な政治原則を提起しています。われわれは、けっしてこれを忘れてはなりません。
みなさんの質問表には、もう一つ、いわゆる摩擦に対処する共産党の態度についての質問があります。卒直にいって、われわれは、たがいに力をすりへらしあうような抗日政党間の摩擦にはあたまから反対します。しかし「もしあまりにも人をあなどり、圧迫をくわえるというように、あくまで横暴な行動をとるなら、それがどの方面からのものであろうと、共産党はかならず厳然たる態度でこれに対処します。その態度とは、相手がこちらを侵してこなければこちらも侵さない、相手が侵してくればこちらもかならず侵す、というものです。しかし、われわれは厳格な自衛の立場に立つものであり、共産党員ならだれであろうと自衛の原則をこえることはゆるされません。
問 華北の摩擦の問題はどうなのでしょうか。
答 あそこの張蔭梧、秦啓栄のお二人は、摩擦の専門家です。張蔭梧は河北省、秦啓栄は山東省でまったく無法のかぎりをつくしており、民族裏切り者の行為とほとんどちがいがありません。かれらは、敵を攻撃していることが少なく、八路軍を攻撃していることが多いのです。たとえば張蔭梧がその部下にあたえた八路軍攻撃の命令など、動かせない証拠がたくさんあります。われわれはそれをすでに蒋委員長のもとにおくりました。
問 新四軍の方には摩擦はありませんか。
答 やはりあります。例の平江虐殺事件②は全国をおどろかせた大事件です。
問 一部には、統一戦線は重要だが、統一ということからすれば辺区政府を廃止すべきだという人があります。この点についてどう考えておられますか。
答 いたるところで、いろいろとでたらめなことがいわれています。辺区の廃止などというのがその一例です。陝西・甘粛・寧夏辺区は民主的な抗日根拠地で、全国でも政治的にもっともすすんだ地域です。廃止する理由など、どこにあるでしょうか。まして、辺区は蒋委員長が早くから承認しているし、国民政府行政院もすでに民国二十六年の冬、正式にそれを採択しているのです。中国はたしかに統一が必要です。しかし、抗戦に統一し、団結に統一し、進歩に統一していくべきです。もしもこれと反対の方向に統一していくなら、中国は滅びてしまいます。
問 統一についての理解がちがっていることから、国民党と共産党の分裂する可能性があるのではないでしょうか。
答 可能性だけについていうなら、団結と分裂のどちらの可能性もあります。それは、国共両党の態度いかん、とりわけ全国人民の態度いかんによってきまることです。協力の方針については、われわれ共産党側は早くから明らかにしていますが、われわれは長期の協力をのぞむばかりでなく、このような協力をたたかいとるために努力するものです。きくところによると、蒋委員長も、国民党中央執行委員会第五回全体会議で、国内問題は武力で解決してはならない、といったそうです。大敵をまえにしているし、国共両党にはこれまでの経験もあるので、おたがいに、ぜひとも長期にわたって協力し、分裂をさけなければなりません。しかし、分裂の可能性を完全になくすには、長期にわたる協力のための政治的保障がなければなりません。それは、最後まで抗戦を堅持することと民主政治を実行することです。もしそうすることができれば、団結をつづけ、分裂をさけることができます。それは両党と全国人民の共同の努力にかかっているし、また、かならずそのように努力しなければなりません。「抗戦を堅持し、投降に反対する」、「団結を堅持し、分裂に反対する」、「進歩を堅持し、後退に反対する」、これはわが党が今年の『七・七宣言』③でかかげた三大政治スローガンです。こうしてこそ、中国は亡国をまぬがれ、敵をたたきだすことができるのであって、これ以外に第二の道はないとおもいます。
〔注〕
〔1〕 中央通信社は国民党の通信社、『掃蕩報』は国民党政府の軍関係の新聞、『新民報』は民族ブルジョア階級を代表する新聞の一つである。
〔2〕 孫中山はその著『建国大綱』のなかで、「建国」の順序を第一「軍政」、第二「訓政」、第三「憲政」というように三つの時期にわけた。蒋介石をかしらとする国民党反動派は、反革命の独裁を実施し、人民のすべての自由を剥奪する口実に、長いあいだ、孫中山のこの「軍政」、「訓政」という説を利用した。
〔3〕 一九二四年冬、第二次直(河北省の旧名――訳者)奉(遼寧省の旧名――訳者)戦争のとき、もと直隷系の馮玉祥か前線をはなれ、軍をひきいて北京に帰り、そのため、直隷系の軍閥呉佩孚はたおれた。憑玉祥は孫中山の北京入りを電報で要請した。孫中山は、十一月十二日、これにこたえて北上した。広州をはなれる二日まえ、孫中山は『北上宣言』を発表して、帝国主義と軍閥に反対するという主張をかさねてあきらかにし、国家の方針を解決するため国民会議を招集するようよびかけた。この宣言は全国人民から歓迎された。
〔訳注〕
① 『新中華報』は、一九三七年一月二十九日、前身の『赤色中華』を改称して、陝西・甘粛・寧夏辺区政府の機関紙となり、一九三九年二月七日、中国共産党中央の機関紙に変わったが、一九四一年五月、『解放日報』の創刊によって停刊となった。
② 本巻の『反動派を制裁せよ』注〔1〕を参照。
③ 『七・七宜言』とは、中国共産党中央委員会が一九三九年七月七日に発表した『抗戦二周年を記念するための時局にたいする宣言』である。宣言は、当時の中国の内外の情勢を分析するとともに、国民党反動派が日本侵略者の投降勧誘とイギリス、アメリカ帝国主義の投降勧告のもとで投降と分裂の策動に拍車をかけ、抗戦の情勢のなかで中途での妥協と内部の分裂という重大な危険をもたらしたことを指摘している。宣言では、「最後まで抗戦を堅持し、中途での妥協に反対せよ。国内の団結を強固にし、内部の分裂に反対せよ。全国の進歩に尽力し、後退に反対せよ」とよびかけている。




