イギリスの記者バートラムとの談話 (一九三七年十月二十五日)
中国共産党と抗日戦争
バートラムの問い 中国共産党は中日戦争のおこる前後に、どんな具体的な意思表示をしたでしょうか。
毛沢東の答え 中国共産党は、こんどの戦争がおこるまえ、対日戦争はさけることのできないものであり、日本帝国主義者の「平和的解決」といった言論や日本の外交家の耳ざわりのよいことばは、すべてその戦争準備をおおいかくす煙幕にすぎないことを、再三全国にむかって警告してきました。われわれは、民族解放戦争を勝利のうちにおしすすめるには、統一戦線をつよめ、革命的な政策を実行しなければならないことをくりかえし指摘してきました。革命的政策のなかでとくに重要なのは、全民衆を抗日戦線に動員するため、中国政府が民主的改革を実現しなければならないということです。日本の「平和の保証」を信じて、戦争はさけちれるかもしれないと考えている人びとや、民衆を動員しなくても日本侵略者に抵抗できると信じている人びとにたいして、われわれはくりかえしかれらのあやまりを指摘してきました。戦争の勃発とその経過は、われわれのこうした意見の正しさを証明しています。蘆溝橋事変がおこった翌日、共産党はただちに全国に宣言をだして、各党、各派、各階層が日本侵略者の侵略に一致して抵抗し、民族統一戦線を強化するようよびかけました。それからまもなくわれわれはまた、『抗日救国十大綱額』を発表して、抗日戦争において中国政府がとるべき政策を提起しました。国共合作が成立したときにもまた、重要な宣言を発表しました。これらのことはすべて、統一戦線の強化と革命的政策の実行によって抗日戦争をすすめるという方針を、われわれがたゆまず堅持していることを証明しています。この時期におけるわれわれの基本的スローガンは、「全面的、全民族的な抗戦」でした。
抗日戦争の状況と教訓
問 あなたのみるところでは、戦争はいままでにどんな結果をもたらしているでしょうか。
答 主として二つの面があります。一つの面は、日本帝国主義の都市攻略、国土占領、強姦、略奪、放火、虐殺によって、中国人には、亡国の危険が最後のところまできていることです。もう一つの面は、中国の大多数の人びとがこのことから危機を救うにはいっそう団結し、全民族の抗戦を実現しなければならないという深い認識をえたことです。同時に世界の平和諸国にも、日本の脅威に抵抗する必要性を悟らせはじめたことです。以上がすでにもたらされた結果です。
問 日本のねらいはなんであるとお考えになりますか。そのねらいはどのくらい実現しているでしょうか。
答 日本の計画は、第一歩が華北地方と上海を占領すること、第二歩が中国のそのほかの地域を占領することです。日本侵略者がどの程度その計画を実現したかという点についていえば、中国の抗戦がいまのところまだ政府と軍隊だけによる抗戦にとどまっているため、日本侵略者は短期間にすでに、河北、察哈爾、綏遠の三省を手にいれたし、山西省もまた危険な状態にあります。この危険な局面を救うには、民衆と政府が一致して抗戦するよりほかにありません。
問 あなたのご意見によれば、中国の抗戦には成果もあるのではないでしょうか。もし教訓があるとすれば、それはどういうものでしょうか。
答 この問題については少しくわしくお話しいたしましょう。まずなによりも、成果はあがっており、しかもそれが偉大だということです。それはつぎのことにあらわれています。(一)現在の抗日戦争は、帝国主義の中国にたいする侵略がはじまっていらい、かつて見られなかったものだということです。それは地域的にいってほんとうに全国的な戦争です。この戦争の性質は革命的なものです。(二)戦争は、全国のばらばらに分裂していた局面をわりあいに団結した局面に変えたことです。この団結の基礎になっているのが国共合作です。(三)国際世論の共鳴をよびおこしたことです。国際間では、これまで中国の無抵抗をけいべつしていたのが、いまでは中国の抵抗に敬意をはらうようになっています。(四)日本侵略者に大きな消耗をあたえたことです。日本侵略者の物的消耗は日に二千万円といわれています。人的消耗についてはまだ統計がありませんが、それもきっと大きなものでしょう。日本侵略者は、まえにはほとんど骨もおらずにやすやすと東北四省を手にいれることができたが、いまでは血戦なしに中国の土地を占領することはできません。日本侵略者はもともと中国でその野望をみたそうとしていたのですが、中国の長期にわたる抵抗によって、日本帝国主義そのものが崩壊の道に追いやられるでしょう。この面からいえば、中国の抗戦は、自分を救うためばかりでなく、全世界の反ファシズム戦線のなかでも偉大な責務をはたしているのです。抗日戦争の革命性はこの面にもあらわれています。
(五)戦争から教訓をえたことです。この教訓は土地と血によってあがなわれたものです。
教訓についていえば、これも大きなものです。数ヵ月の抗戦で、中国の多くの弱点が暴露されました。それはまず政治の面にあらわれていまも。この戦争にくわわっているのは、地域的には全国的ですが、くわわっている層は全国的ではありません。広範な人民大衆はやはり以前とおなじように、戦争へ参加することを政府から制限されているので、現在の戦争はまだ大衆性をもった戦争とはなっていません。日本帝国主義の侵略に反対する戦争であっても、大衆性をおびていなければ、けっして勝利できるものではありません。一部の人は、「いまの戦争はすでに全面的な戦争だ」といっています。これは戦争にくわわっている地域が普遍的であることをいいあらわしているにすぎません。抗戦はまだ政府と軍隊だけの抗戦で、人民の抗戦とはなっていないので、戦争にくわわっている層からいえば一面的です。この数ヵ月のあいだに、多くの土地がうしなわれ、多くの軍隊が敗北をなめていますが、おもな原因はここにあります。したがって現在の抗戦は、革命的なものではあるが、その革命性が不完全なのは、まだ大衆的な戦争となっていないからです。これは同時に団結の問題でもあります。中国の各政党は、まえよりは団結していますが、必要としている程度までにはまだほど遠いものがあります。政治犯の大多数はまだ釈放されていず、政党禁止もまだ完全には解除されていません。政府と人民のあいだ、軍隊と人民のあいだ、将校と兵士のあいだの関係は、依然として非常にわるく、そこにあるものは団結ではなくて離隔です。これはもっとも基本的な問題です。この問題が解決されなければ、戦争の勝利など話にもなりません。そのほか軍事上のあやまりも、軍隊と土地をうしなった大きな原因の一つです。これまでの戦いの大半は受動的な戦いで、軍事用語で「単純防御」とよばれるものです。このような戦いかたでは勝利する可能性はありません。勝利するには、政治上、軍事上で、いまとは大いにちがった政策をとらなければなりません。これがわれわれのえた教訓です。
問 では、政治上、軍事上の必要な条件とはなんでしょうか。
答 政治上からいうと、第一には、現政府を、人民の代表が参加する統一戦線の政府に改造しなければならないことです。この政府は民主的であり、また集中的でもあります。この政府は必要な革命的政策を実行します。第二には、戦争に大衆性をもたせるために、人民に言論、出版、集会、結社、武装抗戦の自由をゆるすことです。第三には、人民の生活の改善が必要で、その改善の方法としては、苛酷で雑多な税金の廃止、小作料・利子の引き下げ、労働者と下級将兵の待遇改善、抗日軍人家族の優遇、被災者や避難民の救済などがふくまれます。政府の財政は合理的な負担、つまり金のあるものが金をだすという原則のうえにたてるれるべきです。第四には、外交政策の積極化をはかることです。第五には、文化教育政策を改革することです。第六には、民族裏切り者をきびしく弾圧することです。この問題は現在すでにきわめて重大なものになっています。民族裏切り者はだれはばかるところなく横行しています。つまり戦区では敵をたすけ、後方ではほしいままに攪乱し、うわべは抗日の格好をよそおって、愛国的人民を逆に民族裏切り者よばわりして逮捕するものさえいます。だが、民族裏切り者をほんとうに弾圧するには、人民が立ちあがって政府に協力しないかぎり不可能です。軍事上からいうと、これも全面的な改革を実行しなければなりません。それは主として、戦略上戦術上の単純防御の方針を敵にたいする積極的攻撃の方針にあらためること、ふるい制度の軍隊を新しい制度の軍隊にあらためること、強制動員の方法を、人民が前線におもむくよう激励する方法にあらためること、不統一な指揮を統一的な指揮にあらためること、人民から遊離した無規律な状態を、自覚の原則のうえにうちたてられた少しも人民の利益をそこなわない規律にあらためること、正規軍だけで戦う局面を、広範な人民遊撃戦争を発展させて正規軍の戦いに呼応させる局面にあらためることなどです。以上にのべた政治的、軍事的条件は、すべてわれわれの発表した十大綱領のなかで提起されているものです。これらの政策は、孫中山先生の三民主義、三大政策およびその遺言の精神に合致するものです。こうしたことを実行しなければ、戦争に勝利することはできません。
問 共産党はどのようにしてこの綱領を実行しますか。
答 われわれの活動は、抗日民族統一戦線を拡大強化し、すべての力を動員して、抗戦の勝利をかちとるためにたたかうよう、うむことのない努力をはらって現在の情勢を説明し、国民党およびその他すべての愛国的諸政党と連合することです。いまの抗日民族統一戦線は範囲がまだ非常に狭いので、これを拡大しなければなりません。つまり孫中山先生の「民衆をよびさます」という遺言を実行し、社会の下層民衆をこの統一戦線に参加させるよう動員することです。統一戦線の強化についていえば、共同綱領を実行することであり、この綱領によって各党各派の行動を制約するのです。われわれは、孫中山先生の革命的三民主義、三大政策およびその遺言を各政党、各階層の統一戦線の共同綱領とすることに同意します。しかし、この綱領は、いまでもまだ各政党から認められていず、なによりもまず国民党がまだこうした全面的な綱領を発表することを認めていません。国民党は現在すでに孫中山先生の民族主義を部分的には実行しており、それは対日抗戦の実行にあらわれています。しかし、民権主義は実行されていず、民生主義も実行されていず、こうしたところから現在の抗戦に重大な危機がうまれています。戦争がこのように緊迫している現在こそ、国民党が全面的に三民主義を実行すべきときであって、これ以上実行しないでいるならば、後悔してもおよばないでしょう。共産党の責務は、抗日民族統一戦線の拡大と強化のために、真の革命的三民主義、三大政策および孫氏の遺言がかならず全国的範囲で全面的、徹底的に実行されるよう、声を大にして、国民党と全国人民にうむことなく説明し説得することにあります。
抗日戦争における八路軍
問 八路軍の状況、たとえばその戦略戦術の面、政治工作の面などについてお聞かせください。これには多くの人が関心をよせています。
答 赤軍が八路軍に編成がえされて前線におもむいてのち、その行動にはたしかに多くの人が関心をもっています。ではそのおおよそを説明しましょう。
まず、戦闘の状況についてお話ししましょう。戦略的には、八路軍は山西省を中心に戦争をしています。ご存知のように、八路軍はこれまでに多くの勝利をえました。たとえば平型関の戦闘、井坪、平魯、寧武の奪回、[シ+來]源、広霊の奪還、紫荊関の占領、大同と雁門関、蔚県と平型関、朔県と寧武のあいだの日本軍の三つの主要な輸送道路の切断、雁門関以南の日本軍後方にたいする攻撃、平型関、雁門関の二回にわたる奪回、そしてさきごろの曲陽、唐県の奪還などがそれです。山西省にはいった日本の軍隊は、いま戦略的には、八路軍やその他の中国の軍隊に四方から包囲されています。日本軍は今後華北でもっとも頑強な抵抗にであうものと、われわれは断言できます。日本軍が山西省でのさばろうとするなら、きっといままでにない困難にみまわれるでしょう。
つぎは、戦略戦術の問題です。われわれは中国の他の軍隊がとったことのないような行動をとっており、それは主として敵軍の側翼および後方で戦うことです。この戦法は単純な正面防御にくらべて大きなちがいがあります。一部の兵力を正面に使用するのは必要なことで、われわれはそれに反対するものではありません。だが自分の力を保存し敵の力を消滅するには、主力をかならず側面に使用して包囲迂回の戦法をとり、独立自主的に敵を攻撃しなければなりません。そのうえ若干の兵力を敵の後方に使用すれば、敵の輸送線や根拠地を攪乱するので、その威力はとくに強大です。正面作戦の軍隊にしても、主として「逆襲」の戦法をとるべきで、単純防御の戦法をとってはなりません。この数ヵ月のあいだの軍事上の敗北は、作戦方法のまずさがその重要な原因の一つです。われわれは、いま八路軍がとっている戦法を、独立自主による遊撃戦および運動戦と名づけています。これは、われわれがまえに国内戦争のさいにとった戦法と、基本原則はおなじですが、多少のちがいもあります。いまのこの段階の状況からいうと、兵力を集中して使用するばあいは比較的すくなく、兵力を分散して使用するばあいが比較的多いのですが、これは広大な地域で敵の側翼や後方を襲撃するのに都合よくするためです。全国の軍隊のばあいは、その数が非常に多いので、一部で正面をまもり、他の一部で分散的に遊撃戦をおこなうべきで、その主力もつねに敵の側翼で集中的に使用すべきです。軍事上第一に重要なことは、自己を保存し敵を消滅することであって、この目的をとげるには、すべての受動的な、型にはまった戦法をさけて、独立自主による遊撃戦と運動戦をとるべきです。もし大量の軍隊が運動戦をとり、八路軍が遊撃戦でこれをたすけるなら、勝利の切り札はかならずわれわれの手ににぎられるでしょう。
つぎは、政治工作の問題です。八路軍にはさらに、きわめて重要な、きわめて顕著なものがあります。それは政治工作です。八路軍の政治工作の基本原則は三つあります。すなわち第一は将兵一致の原則であり、これは軍隊のなかで、封建主義を一掃し、なぐったりどなりつけたりする制度を廃止し、自覚的規律をうちたて、苦楽をともにする生活をしていることで、これによって全軍は一致団結しています。第二は軍民一致の原則であり、これは民衆の利益を少しもそこなわない規律、民衆への宣伝、民衆の組織化、武装化、民衆の経済的負担の軽減、軍隊と人民に危害をくわえる民族裏切り者、売国奴への打撃で、これによって軍隊と人民が一致団結していて、いたるところで人民の歓迎をうけています。第三は敵軍を瓦解させ、捕虜を寛大にとりあつかう原則です。われわれの勝利は、たんにわが軍の戦闘によるばかりでなく、敵軍の瓦解にもよるものです。敵軍を瓦解させ捕虜を寛大にとりあつかう措置は、いまのところまだ顕著な効果をあげていませんが、将来は成果があがるにちがいありません。このほか、第二の原則から出発して、八路軍の補充には人民を強制する方法をとらず、前線におもむくよう人民を激励する方法をとっていますが、この方法は強制する方法にくらべて、ずっと大きな効果があります。
現在、河北、察哈爾、綏遠の諸省と山西省の一部はすでにうしなわれていますが、われわれはけっして落胆せず、すべての友軍と呼応して、山西省の防衛と失地の回復のために最後まで血戦をするよう、全軍に断固としてよびかけています。八路軍は中国の他の部隊と一致した行動をとり、山西省の抗戦の局面を堅持するでしょう。これは戦争全体、とくに華北地方の戦争にとって大きな意義をもつものです。
問 あなたのみるところでは、八路軍のこれらの長所は、中国の他の軍隊にも適用できるでしょうか。
答 完全に適用できます。もともと国民党の軍隊は、一九二四年から一九二七年までの時期には、こんにちの八路軍とほぼおなじような精神をもっていました。当時、中国共産党は国民党と協力して新しい制度の軍隊をつくり、はじめのころは二コ連隊しかなかったのに、多くの軍隊をそのまわりに結集して、陳炯明をうちやぶるという最初の勝利をえました。その後拡大して一コ軍団となり、より多くの軍隊に影響をおよぼし、そこではじめて北伐戦争がおこなわれたのです。当時の軍隊は、将兵のあいだでも、軍民のあいだでも、だいたい団結していて、勇往邁進の革命精神が軍隊にあふれるという新しい気風がありました。当時の軍隊には党代表と政治部がもうけられたが、このような制度は中国の歴史にはなかったもので、軍隊はこれによって面目を一新しました。一九二七年以後の赤軍、さらにこんにちのハ路軍は、このような制度をうけつぎ、発展させています。一九二四年から一九二七年までの革命の時期には新しい精神の軍隊があったので、その作戦の方法もおのずからその政治精神に即応するものとなり、受動的な、型にはまった作戦をするのではなくて、主動的な、はつらつとした、攻撃精神にとんだ作戦をやり、これによって北伐の勝利がえられたのです。現在の抗日戦場は、まさにこのような軍隊を必要としています。このような軍隊は、かならずしも何百万も必要なわけではなく、中核として数十万あれば、日本帝国主義にうち勝つことができるのです。抗戦がはじまってから、全国の軍隊が勇敢に身を犠牲にして戦ったことには、われわれは十分敬服していますが、血戦のなかからなんらかの教訓をひきだすことが必要です。
問 捕虜を寛大にとりあつかう政策は、日本軍隊の軍律のもとでは、かならずしも効果があるとはいえないでしょう。たとえば釈放して帰らせても日本側が殺してしまうなら、日本軍全部はあなたがたの政策の意義がわからないでしょう。
答 それは不可能なことです。かれらが殺せば殺すほど、日本軍兵士の中国軍にたいする共感をますますひきおこすでしょう。こうしたことは、兵士大衆の目をごまかせるものではありません。われわれはこの政策をかたくまもっていきます。たとえば、現在日本軍は八路軍にたいして毒ガスを使用すると公言していますが、たとえかれらがそれを実行しても、捕虜を寛大にとりあつかうわれわれの政策は変わりません。われわれはやはり、捕虜になった日本の兵士や戦うことを強要された下級幹部たちを寛大にとりあつかい、はずかしめたりどなりつけたりせず、かれらに両国人民の利益が一致していることを説明して、かれらを釈放してやります。帰りたくないものがあれば、八路軍のなかで勤務してもいいのです。将来、抗日戦場に「国際部隊」があらわれれば、この軍隊に参加して武器をとって日本帝国主義とたたかうこともできるでしょう。
抗日戦争における投降主義
問 わたしの知っているところでは、日本は戦争をしながら、同時に上海では和平の空気をふりまいています。いったい日本のねらいはどこにあるのでしょうか。
答 日本帝国主義は、ある段どりを達成すると、三つのねらいからもういちど和平の煙幕をはるでしょう。その三つのねらいとは、(一)すでに手にいれた陣地を、つぎの進攻の戦略的出発点とするために強化すること、(二)中国の抗日戦線を分裂させること、(三)世界各国の中国援助の戦線をきりくずすことです。現在の和平の空気は、和平の煙幕をはる手はじめにすぎません。危険なのは、こともあろうに中国で一部の動揺分子が敵の仕かけたわなにとびつこうとしており、そこで民族裏切り者、売国奴が中国を日本侵略者に投降させようと、その間をぬっているいるのデマをふりまいていることです。
問 このような危険について、あなたの見通しはどうでしょうか。
答 見通しは二つしかありません。一つは中国人民が投降主義を克服していくことです。もう一つは投降主義が優勢になって、中国が混乱におちいり、抗日戦線が分裂していくことです。
問 この二つの状況のうち、どちらの可能性が多いでしょうか。
答 中国人民はすべて最後まで抗戦することを要求しています。たとえ中国の支配者集団の一部が行動のうえで投降への道をすすんでも、他のしっかりしたものはかならず立ちあがってこれに反対し、人民とともに抗戦をつづけるでしょう。このような事態は、もちろん中国の抗日戦線にとって、不幸なことです。しかし、投降主義者は大衆から相手にされず、大衆は投降主義を克服して、戦争をやりぬき、戦争の勝利をかちとるものとわたしは信じます。
問 投降主義をどのように克服されますか。
答 言論のうえでは投降主義の危険を指摘し、行動のうえでは投降運動をくいとめるよう人民大衆を組織することです。投降主義は、民族敗北主義、すなわち民族悲観主義に根ざすもので、この悲観主義は、敗北をなめた中国にはもう日本に抵抗する力がないと考えています。失敗こそ成功のもとであり、失敗の経験のなかから教訓をひきだすことが将来の勝利の基礎であることを知らないのです。悲観主義は、抗戦中の失敗を見るだけで、抗戦中の成果を見ず、ことに失敗のなかに勝利の要素がふくまれており、敵側の勝利のなかには失敗の要素がふくまれていることを見ないのです。われわれは、失敗と困難は一時的なものであり、どんな失敗にもくじけすにたたかいさえすれば、最後の勝利はかならずわれわれのものだということを人民大衆に理解させるよう、戦争の勝利の前途をさししめさなければなりません。大衆的な基礎をうしなえば、投降主義者も細工を弄する余地がなくなり、抗日戦線は強化されてくるのです。
民主制度と抗日戦争
問 共産党が綱領のなかにかかげている「民主」とはどういう意味でしょうか。それは「戦時政府」と撞着しないでしょうか。
答 少しも撞着しません。共産党は早くも一九三六年八月に「民主共和国」というスローガンをかかげました。このスローガンにふくまれている政治的、組織的な意味はつぎの三点です。(一)ある一つの階級の国家と政府ではなくて、民族裏切り者、売国奴を排除したすべての抗日階級の同盟による国家と政府であり、そのなかには労働者、農民、その他の小ブルジョア階級がふくまれていなければならないということです。(二)政府の組織形態は民主集中制で、それは民主的であるとともに集中的でもあり、民主と集中というこの二つの撞着しあうかのように見えるものを一定の形態に統一したものです。(三)政府は人民に必要なすべての政治的自由、とくに組織、訓練、武装自衛の自由をあたえるということです。この三つの面からみると、それはいわゆる「戦時政府」となんら撞着するものではなく、これこそ抗日戦争に有利な国家の制度、政府の制度です。
問 しかし、「民主集中」はことばのうえでは矛盾したものではないでしょうか。
答 ことばを見るだけでなく、実際を見なければなりません。民主と集中のあいだには、こえることのできない深いみぞはなく、中国にとっては、二つとも必要なものです。一面では、われわれの要求する政府は、真に民意を代表できる政府でなければならず、この政府はかならず全中国の広範な人民大衆から支持され擁護されなければなりませんし、人民もまたかならず自由に政府を支持することができ、政府の政策に影響をあたえる機会を十分にもたなければなりません。これが民主制の意味です。他面では、行政権力の集中化が必要です。人民の要求する政策がいったん民意機関で採択されて自分たちの選出した政府の手にわたったときには、政府がそれを執行するのですが、執行のさい、民意によって採択された方針にそむきさえしなければ、それはかならず順調に、支障なく執行できます。これが集中制の意味です。民主集中制をとらなければ、政府の力をとくに強大にすることはできず、抗日戦争中、国防的性質をもった政府は、かならずこのような民主集中制をとらなければなりません。
問 それは戦時内閣の制度とは合致しないでしょう。
答 それは歴史上のあるいくつかの戦時内閣制度とは合致しません。
問 合致するものもあったでしょうか。
答 合致するものもありました。戦時の政治制度は、だいたい二つの種類にわけることができます。一つは民主集中的なもの、もう一つは絶対集中的なもので、それは戦争の性質によってきまります。歴史上のすべての戦事は、その性質から、一つは正義の戦争、一つは不正義の戦争の二つの種類にわけることができます。たとえば二十数年まえの欧州大戦は、帝国主義的性質の不正義の戦争でした。当時、帝国主義諸国の政府は、帝国工義の利益のために戦うことを人民に強制し、人民の利益にそむきました。こうした状況のもとで必要とされるのは、イギリスのロイド・ジョージのような政府です。ロイド・ジョージは、イギリス人民に、帝国主義戦争反対というようなことばを口にすることをゆるさず、そうした民意を表明するいかなる機関や集会の存在もゆるさないといった抑圧をくわえました。たとえ国会が存続していたとしても、それはやはり命令どおり戦争予算を通過させるためのものであり、帝国主義者一味の機関であったのです。戦争のなかでの政府と人民の不一致が、民主のない集中だけの絶対集中主義の政府をうみだしたのです。しかし歴史上には、またフランスの革命戦争、ロシアの革命戦争、現在のスペインの革命戦争などのような革命的な戦争もあります。このような戦争では、人民がそうした戦争をつよくのぞんでいるので、政府は人民が戦争に賛成しないようなことを心配する必要はありません。また政府の基礎は人民の自発的意志による支持のうえにきずかれているのですから、政府は人民をおそれないばかりでなく、積極的に戦争に参加させるため、人民を立ちあがらせ、人民に意見を発表させるようみちびかなくてはなりません。中国の民族解放戦争は人民が完全に賛同しており、また戦事の遂行には人民の参加がなければ勝つこともできませんから、民主集中制が必要になるのです。中国の一九二六年から一九二七年までの北伐戦争も、民主集中制に依拠して勝利をえました。これを見てもわかるように、もし戦争の目的が直接人民の利益を代表するときには、政府が民主的であればあるほど、戦事は順調にすすめられます。こうした政府は、人民が戦争に反対しはしないかと危惧すべきではなくて、反対にこの政府は、人民が立ちあがらないことと、戦争に冷淡であることを心配しなければなりません。戦争の性質が政府と人民の関係を決定するということ、これは歴史の法則です。
問 ではあなたがたは、どんな段どりで新しい政治制度を実現しようとしておられるのですか。
答 その鍵は国共両党の協力にあります。
問 なぜですか。
答 十五年らいの中国の政局では、国共両党の関係が決定的な要因となっています。一九二四年から一九二七年までの両党の協力は、第一次革命の勝利をもたらしました。一九二七年の両党の分裂は、十年らいの不幸な局面をつくりだしました。しかし、分裂の責任はわれわれの側にあったのではなく、われわれはやむをえず国民党の抑圧に抵抗する方向に転じたのであり、われわれは中国解放の光栄ある旗じるしをまもりつづけてきたのです。いまは第三の段階にはいっており、抗日救国のために、両党は一定の綱領にもとづいて徹底的な協力をおこなわなければなりません。われわれのたえまない努力をつうじて、この協力はどうやら成立しましたが、問題は、双方が共同綱領を認め、その綱領にもとづいて行動することであります。新しい政治制度の確立がこの綱領の重要な部分です。
問 両党の協力をつうじて新しい制度を確立するにはどのようにしますか。
答 われわれはいま、政府機構と軍隊制度の改革を提案しています。われわれは当面の緊急事態に対処するため、臨時国民大会を招集するよう提案しています。この大会の代表は、だいたい孫中山先生の一九二四年の主張をとりいれて、各抗日政党、抗日軍隊、抗日民衆団体、抗日実業団体から一定の比率で推選されなければなりません。この大会は国家の最高権力機関としての権限をもつもので、これによって救国方針を決定し、憲法大綱を採択するとともに、政府を選出します。抗戦がすでに緊迫した転換点にたっしているので、政治を一新させ、時局の危機を救うには、権力をもち、また民意を代表できるこのような国民大会を早急に招集する以外にはないものと、われわれは考えています。この提案については、われわれは国民党と意見を交換中であり、かれらの賛同がえられることを期待しています。
問 国民政府は、国民大会の招集停止を公表したではありませんか。
答 その停止は正しいのです。停止したのは、国民党がまえに招集を準備していた国民大会であって、国民党の規定によると、あの大会は少しも権力をもたず、その選挙はなおさらのこと民意に全然かなっていないものです。われわれおよび各界は、あのような国民大会には賛同しません。われわれがいま提案している臨時国民大会は、さきに停止されたものとは根本的にちがったものです。臨時国民大会がひらかれれば、それによって全国はかならず面目を一新し、政府機構の改革、軍隊の改革、人民の動員にとっての必要な前提がえられます。抗戦の局面の転機は、じつにこのことにかかっているのです。




