和平条件に日本人戦犯と国民党戦犯の処罰をふくむべきことについての中国共産党スポークスマンの声明 (一九四九年二月五日)
和平交渉の問題にかんする先月三十八日の中国共産党スポークスマンの声明にたいして、先月三十一日に国民党反動売国政府スポークスマンから回答があった。国民党反動売国政府のスポークスマンはその回答のなかで、中国共産党スポークスマンの提出した各項の問題について言いのがれをしている。中国共産党が国民党反動売国政府にたいし、責任をもって日本の中国侵略の主犯者岡村寧次をあらためて逮捕して人民解放軍のもとに護送する準備をするとともに、責任をもってその他の日本人戦犯を監禁して逃がしたりしないことを要求した項目について、同スポークスマンは、これは「司法上の問題である。和平交渉とはまったく関係がないし、まして和平交渉の前提条件とはなりえない」といっている。そして、中国共産党が国民党反動売国政府にたいし、責任をもって蒋介石ら戦争犯罪人を逮捕せよと要求した項目については、「真の和平には前提条件などあるべきではない」といっている。そのうえ、中国共産党スポークスマンの声明は「態度のうえに慎重さを欠くきらいがある」といい、しかも「事態を複雑にする」ものだともいっている。これにたいして、中国共産党スポークスマンはつぎのように声明するものである。一月二十八日というあのような時になってもまだ、われわれは国民党反動売国政府を一つの政府とよんでいた。この点からいえば、われわれの態度にはたしかに慎重さに欠けるところがあった。このいわゆる「政府」はいったい、いまでもなお存在しているのだろうか。それは南京に存在しているのだろうか。南京には行政機関がない。広州に存在しているのだろうか。広州には行政の首脳者がいない。上海に存在しているのだろうか。上海には行政機関もなければ、行政の首脳者もいない。奉化に存在しているのだろうか。奉化には「引退」を宣言したにせ総統がいるだけで、ほかには何もない。したがって、慎重にいうならば、それはすでに一つの政府と見なすべきではなく、せいぜいのところ、仮定の、あるいは象徴的な政府にすぎない。しかし、われわれはなお、そういった一つの象徴的な「政府」があるものと仮定し、またこの「政府」なるものを代表して発言できる一人のスポークスマンがいるものと仮定する。それなら、このスポークスマンは、この仮定の、象徴的な国民党反動売国政府がいま和平交渉になんの貢献もしていないばかりか、たしかに事態をたえず複雑にしている、ということを知るべきである。たとえば、諸君があれほどあせって交渉を要求しておきながら、そのさなかに突然岡村寧次に無罪を言いわたしたということは、事態を複雑にするものでないといえるだろうか。中国共産党があらためて逮捕するよう要求したあとで、なお、かれを日本に送り、おまけにほかの二百六十名の戦犯まで日本に送ったということは、事態を複雑にするものでないといえるだろうか。日本はいま、だれが支配しているのか。まさか、日本人民が支配していて帝国主義者が支配しているのではない、とはいえまい。日本は、諸君がことのほか熱愛しているところである。それで諸君は、日本人戦犯たちが諸君の支配する地区でくらすよりも、日本でくらしたほうがより安全で、より快適で、より正当な待遇をうけられると信ずるまでになっている。これは司法上の問題だろうか。この司法上の問題はなぜおきたのだろうか。日本侵略者とわれわれがまる八年間戦ってきたということまで、諸君は忘れてしまったのか。これは、まったく和平交渉とは関係がないのだろうか。一月十四日に中国共産党が八ヵ条を提出した時には、まだ岡村寧次の釈放ということはおこっていなかった。一月二十六日にそれがおこった。それで、このことが当然もちだされることになり、和平交渉と関係をもつことになった。一月三十一日、諸君はマッカーサーの命令をうけて、さらに、日本人戦犯二百六十名を岡村寧次といっしょに日本に送った。それで、なおさら和平交渉と関係をもつことになった。なぜ諸君は和平交渉を要求するのか。それは諸君が戦争に負けたからである。諸君はなぜ戦争に負けたのか。それは諸君が反人民の国内戦争をおこしたからである。諸君は、どういう時に、この国内戦争をおこしたのか。日本が降伏したのちにである。諸君はだれをやっつけるためにこの戦争をおこしたのか。抗日戦争に大きな功績をたてた人民解放軍と人民解放区をやっつけるためである。どういう力によってやっつけようとしたのか。アメリカの援助のほかには、諸君の支配地区で人民のなかから拉致した人力、しぼりとった物力によってである。中国人民と日本侵略者との一大決戦が終わり、対外戦争が終わるとすぐ、諸君は、こんどの対内戦争をおこした。諸君は戦争に負けて交渉を要求していながら、突然また日本人の最重要戦犯岡村寧次の無罪を宣告した。われわれが諸君に抗議し、諸君にたいして、岡村寧次をふたたび監禁し、人民解放軍にひきわたす準備をするように要求するとすぐ、諸君はまたあわててかれをほかの二百六十名の日本人戦犯といっしょに日本に送ってしまった。国民党反動売国政府の先生がた、諸君のこうしたやり方はあまりにも道理にはずれており、あまりにも人民の意志にそむいている。われわれはいま諸君の肩書にとくに売国という二字を添えているが、このことは諸君も当然認めるべきである。諸君の政府はずっと前から売国政府だったが、ただ文字を節約するために、われわれは時にはこの二字を省略した。しかし、いまは省略することはできない。諸君はこれまでのたびかさなる売国罪のほかに、またもや売国罪をおかしたのである。しかも、こんどの罪は重大である。この問題は和平交渉の会議でかならずとりあげなければならない。諸君が、それは事態を複雑にするものだといおうというまいと、このことはかならずとりあげなければならない。というのは、これは一月十四日以後におこったことで、われわれがもとから出している八つの条件のうちにふくまれていないからである。したがって、われわれは、第一の条件のなかに、日本人戦犯の処罰という一項目をぜひくわえなければならないと考える。そこで、この一ヵ条はつぎの二項目になる。つまり(1)日本人戦争犯罪人の処罰、(2)国内戦争犯罪人の処罰、である。われわれがこの項目をかかげるのは理由のあることであり、全国人民の意志を反映したものである。全国人民はみな日本人戦犯の処罰を要求している。国民党の内部にさえも、岡村寧次ら日本人戦争犯罪人を処罰するのは、蒋介石ら国内戦争犯罪人を処罰するのと同様に当然のことだと考えている人がたくさんいる。諸君がわれわれをさして、和平への誠意をもっているといおうと、もっていないといおうと、この二種類の戦犯の問題はどちらもとりあげなければならないし、この二種類の戦犯はどちらも処罰しなければならない。諸君にたいし、交渉に先立って一群の内戦犯罪人を逮捕し、これらの戦犯の逃亡をふせぐよう命じた問題について、諸君は「前提条件などあるべきではない」と考えている。国民党反動売国政府の先生がた、これは前提条件ではない。これは、諸君が戦犯処罰の一ヵ条を交渉の基礎とすることを認めたために、当然うまれてきた要求である。諸君に逮捕するように命じたのは、戦犯たちが逃亡するおそれがあるからである。われわれに交渉の準備がまだできていないのに、諸君はまるで足もとに火がついたように交渉をあせり、暇で困っているようなので、それではと、諸君に、筋のとおった仕事をやってもらうことにしたわけである。これらの戦犯は、どんなことがあっても逮捕する。たとえ、かれらが地のはて海のはてまで逃げていこうとも、かならず逮捕する。諸君は「戦争の期間を短縮し」「人民の苦しみを軽減し」「人民を救うことを前提とする」ことをねがう大慈大悲、救苦救難の方がたであり、やさしい心を山ほどもっている方がたなので、幾百万の同胞を虐殺したこれらの責任者にたいしては、当然なんの愛着も感じないはずである。諸君に戦犯の処罰を交渉の基礎の一つとする用意があるという点からみても、諸君はそうしたしろものにあまり愛着を感じていないようである。しかし諸君の声明では、いますぐそうしたしろものを逮捕せよというのではいささか困るといっているようにみえるが、それもよかろう。それならば、諸君はかれらの逃亡をふせぎたまえ。ぜったいにこれらのしろものを逃がしてはならない。先生がた、考えてもみたまえ。諸君がさんざん苦労して代表団を派遣し、われわれと戦犯処罰の問題を討論しているその時に戦犯たちが逃げてしまったとしたら、いまさら何を話し合うというのか。諸君の代表団の人たちの顔がそれでも立つというのか。諸君がそれほどたくさんもっている「和平への誠意」が、何によって示されるというのか。先生がたが真に「戦争の期間を短縮し」「人民の苦しみを軽減し」「人民を救うことを前提とする」ことをねがっており、しかもそれにすこしのいつわりもないことが、どうして証明できるというのか。このほか、同スポークスマンは、まだいろいろとくだらないことをいっているが、そうしたくだらないことばでは、だれもだますことはできないし、われわれは回答する必要はないと考えている。南京、あるいは広州、あるいは奉化、あるいは上海にある、仮定の、象徴的な国民党反動売国「政府」(政府の二字が括弧つきである点に注意すること)の先生がた、もし諸君がわれわれのこの声明の態度になお慎重さを欠くものがあるとおもわれるならば、どうかご了承ぬがいたい。われわれは諸君にたいしては、こうした態度しかとれないのである。




