中国共産党中央委員会毛沢東主席の時局にかんする声明 (一九四九年一月十四日)
一九四六年七月、南京国民党反動政府がアメリカ帝国主義者の援助のもとに、人民の意志にそむいて、休戦協定と政治協商会議の決議をふみにじり、全国的な反革命の国内戦争をおこしてから、すでに二年半になる。この二年半の戦争のあいだに、南京国民党反動政府は、民意にそむいて、にせ国民大会を招集し、にせ憲法を発布し、にせ総統を選挙し、「反乱鎮定のための動員」というにせ政宅を公布し、大量の国家権益をアメリカ政府に売りわたして、アメリカ政府から数十億ドルの借款を手にいれ、アメリカ政府の海軍と空軍をひきいれて中国の領土、領海、領空を占拠させ、アメリカ政府とのあいだに多くの売国条約を結んで、アメリカの軍事顧問団を中国の内戦に参加させ、アメリカ政府から大量の飛行機、戦車、重砲、軽砲、機関銃、小銃、砲弾、銃弾その他の軍用物資を手にいれて、これを中国人民虐殺の武器にしてきた。南京国民党反動政府は、上述のさまざまな反動的、売国的な内政、外交の基本政策を土台にし、その数百万の軍隊を指揮して、中国人民解放区と中国人民解放軍にたいする残酷な進攻をおこなった。華東、中原、華北、西北、東北の各人民解放区で、国民党軍に蹂躙されなかったところは一つもない。解放区の中心部市延安、張家口、淮陰、菏沢、大名、臨沂、烟台、承徳、四平、長春、吉林、安東などはいずれも一時、国民党匪賊軍に占領された。匪賊軍はいく先ざきで人民を殺害し、婦人に暴行をくわえ、村落を焼きはらい、財物を略奪するなど、暴虐のかぎりをつくした。南京国民党反動政府の支配地域では、いわゆる「反乱鎮定・匪賊討伐」に供するため、労働者、農民、兵士、知識層、商工業者など各界の広範な人民大衆を抑圧して食糧を出させ、税金を出させ、人力を出させるなど、最後の血の一滴までしぼりあげている。南京国民党反動政府は、人民のあらゆる自由と権利をうばっており、あらゆる民主政党や人民団体を抑圧してその合法的地位をうばっており、青年学生の、内戦に反対し飢餓に反対し迫害に反対し、アメリカの中国内政干渉・日本侵略勢力育成に反対する正義の運動を抑圧しており、法幣や金円券を濫発して、人民の経済生活を破壊し、広範な人民を破産の状態につきおとしており、また、さまざまな収奪の方法によって、国家最大の富を、蒋、宋、孔、陳の四大家族をはじめとする官僚資本の系列に集中している。要するに、南京国民党反動政府がその反動的、売国的な内政、外交の基本政策を土台としておくなってきた国内戦争は、すでに全国人民を生き地獄につきおとしており、南京国民党反動政府はその当然おうべき全責任からけっして逃がれることはできない。国民党とは反対に、中国共産党は、日本の降伏後、あらゆる努力をはらって、国民党政府にたいし、国内戦争を防止し停止して国内平和を実現するよう要求してきた。中国共産党はこの方針にもとづいて、あくまで奮闘をつづけ、全国人民の支持のもとに、まず一九四五年十月の国共両党会談記録要綱の調印をかちとった。一九四六年一月には、さらに国共両党の休戦協定に調印するとともに、各民主政党と協力して、政治協商会議で国民党に共同決議をうけいれさせた。それ以後、中国共産党は、各民主政党、各人民団体とともに、これらの協定や決議をまもるために奮闘してきた。だが、残念なことには、国内の平和をまもり、人民の民主的権利をまもるこれらすべての行動は、いずれも国民党反動政府から尊重されなかった。逆に、それは、目をくれる価値もない弱さのあらわれとしてうけとられた。国民党反動政府は、人民はあなどりうるものと考え、休戦協定や政治協商会議の決議は勝手にふみにじりうるものと考え、人民解放軍は一撃にもあたいしないものと考え、かれらの数百万の軍隊は全国を横行しうるものと考え、かれらにたいするアメリカ政府の援助は無限につづくものと考えた。こうした考えから、国民党反動政府は、あえて全国人民の意志にそむいて、反革命戦争をひきおこしたのである。こうした状況のもとに、中国共産党は、だんこ立ちあがって国民党政府の反動政策に反対し、国家の独立と人民の民主的権利をまもるために奮闘せざるをえなくなった。一九四六年七月いらい、中国共産党は英雄的な人民解放軍を指導して、国民党反動政府の軍隊四百三十万の攻撃に抵抗し、のちには、反攻に転じて、解放区のすべての失地を回復し、石家荘、洛陽、済南、鄭州、開封、瀋陽、徐州、唐山などの大都市を解放した。中国人民解放軍はこのうえない困難を克服して、自己を強大にし、アメリカ政府が国民党政府にあたえた大量の兵器によって自己を装備した。そして、二年半のあいだに、国民党反動政府の主要な軍事力とすべての精鋭師団を殲滅した。現在、人民解放軍は、数のうえでも、士気のうえでも、また装備のうえでも、国民党反動政府の残存軍事力をしのいでいる。ここにいたって、中国人民ははじめて気を吐いたのである。現在、状況はひじょうにはっきりしている。人民解放軍が国民党軍の残存部隊にさらに何回か大きな攻撃をくわえさえすれば、国民党の反動支配機構はすべて崩壊し、消滅するであろう。いまや、国民党反動政府はその内戦政策によって自業自得の結果をまねき、みなにそむかれ身内に見はなされて、もはやもちこたえられなくなっている。このような情勢のもとに、国民党政府の残存勢力を温存し、息つぎの時間をかせいだうえで、勢いをもりかえし、革命勢力を撲滅しようとの目的から、中国戦争犯罪人の第一号、国民党匪賊一味の頭目にせ南京政府総統である蒋介石は、ことしの一月一日、中国共産党と和平交渉をおこないたいとの提案を持ちだしてきたのである。中国共産党は、この提案はいつわりのものであると考える。なぜなら、蒋介石はその提案のなかで、にせ憲法、にせの法的正統性、反動軍隊を温存するなどといった全国人民の同意できない条件を和平交渉の基礎として持ちだしているからである。これは戦争継続の条件であって、和平の条件ではない。この十日ばかりのあいだに、全国人民はすでに自己の意志をはっきり表示している。人民は一日もはやく平和のかちとられることを渇望しているが、戦争犯罪人どものいう平和には賛成しておらず、かれらの反動的な条件には賛成していない。このような人民の意志にもとづいて、中国共産党はつぎのように声明する。中国人民解放軍は、そう遠くないうちに国民党反動政府の残存軍事力を全部消滅できるだけのじゅうぶんな力とじゅうぶんな根拠をもっており、また確固とした自信をもっている。しかし、はやく戦争を終わらせ、真の平和を実現し、人民の苦痛を減らすため、中国共産党は、南京国民党反動政府および国民党のいかなる地方政府や軍事集団とも、つぎの条件を基礎にして和平交渉をおこなう用意がある。その条件とは、(一)戦争犯罪人を処罰すること、(二)にせ憲法を廃止すること、(三)にせの法的正統性を廃絶すること、(四)民主主義の原則にもとづいてすべての反動軍隊を編成がえすること、(五)官僚資本を没収すること、(六)土地制度を改革すること、(七)売国条約を廃案すること、(八)反動分子の参加しない政治協商会議をひらき、民主連合政府を樹立して、南京国民党反動政府およびそれに所属する各級政府のいっさいの権力を接収することである〔1〕。中国共産党は、上述の諸条件は全国人民の総意を反映するものであり、上述の諸条件のもとにうちたてられる平和こそが真の民主的な平和であると考える。もし、南京国民党反動政府の人びとがいつわりの反動的な平和でなく、真の民主的な平和の実現をねがうなら、その反動的な条件をすてて、中国共産党の提出した八つの条件を承認し、それを双方の和平交渉の基礎にすべきである。そうしなければ、かれらのいう和平はペテンにすぎないことを立証することになる。われわれは、全国人民、各民主政党、各人民団体がこぞって真の民主的な平和のためにたたかい、いつわりの反動的な平和に反対することを希望する。南京国民党政府関係の愛国者もまた、このような和平提案を支持しなければならない。中国人民解放軍の全指揮員、戦闘員の同志諸君、南京国民党反動政府が真の民主的な平和をうけいれ、実現するまでは、戦闘の努力をいささかもゆるめてはならない。あえて反抗する反動派にたいしては、これを断固として、徹底的に、きれいに、のこらず殲滅しなければならない。
〔注〕
〔1〕 毛沢東同志がこの声明のなかで提出した八項目の和平条件は、一九四九年四月、中国共産党代表団と張治中をはじめとする国民党政府代表団がおこなった和平交渉の基礎となった。この交渉の過程で起草された国内平和協定は、八項目の和平条件について具体的に規定している。くわしくは本巻の『全国への進軍命令』注〔1〕にみられる。




