↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
131/236

晉綏日報の編集部の人たちにたいする談話 (一九四八年四月二日)

 われわれの政策は、指導者に知らせ幹部に知らせるだけでなく、広範な大衆にも知らせなければならない。政策にかんする問題は、一般に、党の新聞または出版物で宣伝しなければならない。われわれはいま土地制度の改革をおこなっている。土地改革にかんする諸政策は、すべて新聞に発表し、ラジオで放送して、広範な大衆に知れわたるようにしなければならない。大衆は、真理を知り、共通の目的をもてば、心を一つにしてやるようになる。これは戦争をするのとおなじで、戦争に勝つには、幹部が心を一つにしなければならないばかりでなく、戦士も心を一つにしなければならない。陝西シャンシー省北部地区の部隊は、整備・訓練と訴苦をおこなってから、戦士たちの自覚が高まり、なぜ戦うのか、どんなふうに戦うのかがはっきりとわかり、みんな手ぐすねひいて待ちかまえ、士気が大いにあがり、出陣するやたちまち勝利をおさめた。大衆の心が一つになれば、なにごともうまくいく。大衆が自己の利益を認識し、また団結して自己の利益のためにたたかうようにさせること、これがマルクス・レーニン主義の根本原則である。新聞の役割と力は、党の綱領・路線、方針・政策、活動任務および活動方法をもっとも迅速にもっとも広範に大衆のまえにしめすことができる点にある。

 われわれの一部の地方の指導機関のなかには、党の政策は指導者だけが知っていればよい、大衆に知らせる必要はないと考えているものがいる。これは、われわれの一部の活動がうまくいかない根本原因の一つである。わが党は、二十数年このかた毎日大衆活動をおこない、十数年このかた毎日大衆路線を口にしてきた。われわれはこれまでずっと、革命は人民大衆にたより、みんなでやることを主張し、少数のものの号令だけにたよってやることに反対してきた。だが、一部の同志は活動のなかで、やはり大衆路線をつらぬくことができず、あいかわらず少数のものだけにたよってひっそりと活動している。その原因の一つは、かれらが、なにか一つのことをやるばあい、いつも指導される人たちにはっきり説明しようとせず、指導されるものの積極性と創造力を発揮させることを心得ていない点にある。かれらも、主観的には、みんなに手足を動かしてやってもらおうとはするのだが、いったいどういうことをやるのか、どういうふうにやるのかということについては、なにも知らせない。これでは、どうしてみんなが動きだせるだろうか。どうして事がうまくはこべるだろうか。この問題を解決するには、根本的にはもちろん思想の面から大衆路線の教育をすすめなければならないが、同時にまた、同志たちにいろいろの具体的な方法を教えなければならない。その方法の一つは、新聞をじゅうぶんに活用することである。よい新聞をつくって、魅力のあるものにし、新聞紙上で党の方針・政策を正しく宣伝し、新聞をつうじて党と大衆との結びつきをつよめることは、党の活動のなかで軽視することのできない、大きな原則的意義をもつ問題である。

 同志諸君は新聞の仕事をしている。諸君の仕事は、大衆を教育すること、つまり大衆に自己の利益、自己の任務、党の方針・政策を理解させることである。新聞の仕事も、ほかの仕事とおなじで、しんけんにとりくまなければよいものはできないし、いきいきとしたものにはならない。われわれは新聞をつくるにも、みんなの力にたより、全人民大衆の力にたより、全党の力にたよるべきであって、少数のものだけが部屋に閉じこもってつくってはならない。われわれの新聞は毎日大衆路線を説いているが、新聞社自身の仕事では、往々にして大衆路線を実行していない。たとえば、新聞によく誤植があるが、これは、誤植をなくすことを一つの仕事としてしんけんにとりくんでいないからである。もし大衆路線の方法をとるとすれば、新聞に誤植があったら、新聞社の全員をあつめて、ほかのことはとりあげず、このことだけをとりあげ、あやまりの状況、あやまりがうまれた原因、あやまりをなくす方法をはっきりさせて、みんなにしんけんな注意をはらわせるようにしなければならない。こうして三回、四回ととりあげていけば、あやまりはかならずなおすことができる。小さなことでもそうであるし、大きなことでもそうである。

 党の政策を大衆の行動に変えることに習熟し、われわれの一つ一つの運動、一つ一つの闘争を、指導的幹部に理解させるだけでなく、広範な大衆にも理解させ、把握はあくさせることに習熟すること、これがマルクス・レーニン主義の指導の芸術である。われわれが活動のなかであやまりをおかすかおかさないかの境目もここにある。大衆がまだ自覚していないときにわれわれが進撃するなら、それは冒険主義である。大衆がやりたがらないことを無理にやらせるよう指導するなら、その結果はかならず失敗する。大衆が前進をもとめているときにわれわれが前進しないなら、それは右翼日和見主義である。睫独秀の日和見主義のあやまりは、大衆の自覚の度合いから立ちおくれ、大衆を前進させるよう指導することができず、しかも大衆の前進に反対したことにある。これらの問題については、多くの同志がまだよくわかっていない。われわれの新聞はこれらの観点をよく宣伝して、みんなにわからせるようにしなければならない。

 新聞関係者は、大衆を教育するためにはまず大衆に学ばなければならない。同志諸君はみな知識人である。知識人はとかく物事にうとく、実際の物事についてはとかく経験がないか、あるいは経験がすくない。諸君は、一九三三年にさだめられた『農村の階級をいかに分析するか』についてのパンフレットを見ても、よくはわからないだろう。この点では、農民のほうが諸君よりまさっており、ちょっと話して聞かせればすぐわかる。[山+享]クォ県の二つの区の百八十人あまりの農民は、五日間の会議で、土地分配のなかでの多くの問題を解決した。もし諸君の編集部がこれらの問題を討議するとしたら、おそらく二週間かかっても解決できまい。理由はごく簡単で、それらの問題が諸君にわかっていないからである。わからないことをわかるようにするには、やったり見たりしなければならない。それが学習である。新聞社の同志は交替で外にでかけ、ある期間、大衆活動に参加し、ある期間、土地改革の活動に参加すべきである。これは、ぜひ必要なことである。外へ大衆活動にでかけないときでも、大衆運動についてなるべく多くのことを聞いたり読んだりし、またこれらの材料をじっくり研究すべきである。われわれの軍事訓練のスローガンは、「将校が兵士に教え、兵士が将校に教え、兵士が兵士に教える」というものである。兵士たちは戦争の実際経験がひじょうに豊富である。将校は兵士に学ぶべきで、ほかの人の経験を自分のものにすれば、その能力はたかまる。新聞社の同志もつねに下からあがってくる材料について学び、実際についての知識をしだいに豊富にし、経験のゆたかな人間になっていかなければならない。そうすれば、諸君の仕事はうまくいくようになるし、諸君は大衆を教育するという任務をになっていけるようになる。

 晉綏日報は、昨年六月の地方委員会書記会議以後、大きな進歩をとげた。豊富な内容をもち、鋭くてはきはきしていて、生気にあふれ、偉大な大衆闘争を反映し、大衆のために発言していた。わたしはこの新聞を読むのが好きだった。ところが、ことしの一月に「左」翼的傾向の是正がはじまってからこのかた、諸君の新聞はいくぶん気がぬけたようで、明確さに欠け、はきはきしたところがたらず、材料もすくなくなって、あまり読む気がしなくなった。諸君はいま仕事を点検し、経験をしめくくっているが、これはたいへんよいことである。右に反対し、「左」に反対した経験をしめくくって、頭をすっきりさせれば、諸君の仕事は改善されていくにちがいない。

 晉綏日報が昨年の六月以降おこなった右翼的偏向に反対する闘争は完全に正しいものであった。右翼的偏向に反対する闘争にあたって、諸君はそれにしんけんにとりくみ、大衆運動の実際状況をじゅうぶんに反映させた。諸君があやまっていると考えた観点や材料にたいしては、編集者のことばという形式で評語をつけた。あとになると諸君の評語にも欠陥がうまれたが、しんけんにとりくむという精神はりっぱである。諸君の欠陥は主として、弓を強く引きしぼりすぎたことにある。あまり強く引きしぼると、弓のつるは切れてしまう。古人も、「文武の道は一張一弛いっし」〔1〕といっている。ここで少し「ゆる」めてみたら、同志諸君も頭がすっきりするにちがいない。いままでの仕事には成果があったが、欠陥もあった。それは主として「左」翼的傾向であった。こんど全面的なしめくくりをおこなって、「左」翼的傾向を是正すれば、いっそう大きな成果をあげることができるにちがいない。

 われわれがまちがった傾向を是正していたとき、ある人たちは、いままでの活動は少しも成果がなく、完全にあやまっていたと考えた。これは正しくない。こういう人たちには、党の指導のもとにあのように多くの農民が土地を獲得し封建主義をうちたおしたこと、党の組織を整頓し、幹部の作風をあらためたこと、こんどまた「左」翼的傾向を是正し、幹部と大衆を教育したことが見えないのである。これは大きな成果ではないだろうか。われわれの活動については、また大衆の事業については、分析の態度をとるべきであって、なにもかも否定すべきではない。まえに「左」翼的傾向がうまれたのは、みんなに経験がなかったからである。経験がなければ、あやまりはまぬかれない。経験のないものが経験をもつようになるには、一つの過程が必要である。昨年六月からこんにらまでのごく短いあいだに、右に反対し「左」に反対する闘争をへて、右に反対し「左」に反対するというのはどういうことであるかがみんなにわかってきた。こうした過程がなければ、みんなもわからなかったにちがいない。

 仕事の点検と経験のしめくくりをつうじて、諸君の新聞がいっそうりっぱになるものとわたしは信じている。諸君の新聞はかっての長所を保持すべきで、鋭くて、はきはきしていて、鮮明でなければならないし、しんけんに仕事にとりくまなければならない。われわれは真理を堅持しなければならず、真理は旗幟鮮明でなければならない。われわれ共産党員はいつも、自分の観点をかくすのは恥すべきことだと考えている。わが党のだす新聞、わが党のおこなうすべての宣伝活動は、少しのあいまいさもなく、いきいきとして、鮮明で、鋭くなければならない。これが、われわれ革命的プロレタリア階級のそなえなければならない戦闘的風格である。われわれが人民に真理を認識させるよう数育し、人民を自己の解放のためのたたかいに立ちあがらせるには、このような戦闘的風格が必要である。なまくら刀では、いくら切っても血はでない。




〔注〕

〔1〕 『礼記』の「雑記下」にみられる。原文は、「張って弛めざるは文武もあたわざるなり。弛めて張らざるは文武もさざるなり。一張一弛は文武の道なり」とある。「文武」とは、周の文王、武王をさす。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。