中国革命の新しい高まりを迎えよう (一九四七年二月一日)
これは、毛沢東同志が中国共産党中央のために起草した党内指示である。
(一)いまの各方面の状況は、中国の時局が新しい段階にはいろうとしていることをはっきりと示している。この新しい段階とは、全国的な反帝、反封建の闘争が新しい人民大革命に発展した段階のことである。いまはその前夜である。わが党の任務は、この高まりの到来とその勝利をかちとるためにたたかうことである。
(二)いまの軍事情勢は、人民に有利な方向に発展している。昨年七月からことし一月までの七ヵ月間の戦いで、われわれは、解放区に攻めこんできた蒋介石の正規軍五十六コ旅団を殲滅した。月平均八コ旅団の殲滅である。このなかには、殲滅された大量のかいらい軍と保安部隊、撃破された正規軍はふくまれていない。蒋介石の攻勢は、山東省南部、山東省西部、陝西・甘粛・寧夏辺区、北平=漢□《ハンコウ》鉄道北部区間、南満などでまだつづいているが、昨年の秋にくらべると、ずっと弱くなっている。蒋介石軍は配置すべき兵力に不足しており、徴兵も規定の数にたっしていない。このこととその戦線が広く兵員の消耗が多いこととのあいだには深刻な矛盾がうまれている。蒋介石軍の士気は日ましにおとろえている。さいきん江蘇省北部、山東省南部、山東省西部、山西省西部などでおこなわれた数回の作戦における蒋介石軍の多くの部隊の士気のおとろえは、はなはだしいものであった。わが軍はいくつかの戦場で主動権をにぎりはじめ、蒋介石軍は主動権をうしないはじめた。これから数ヵ月のうちに、まえに殲滅したものとあわせて蒋介石軍を百コ旅団殲滅するという目標がたっせられるであろう。蒋介石は、かいらい軍、警察、地方保安部隊、交通警察部隊、後方勤務部隊、技術兵科などをのぞいて、正規軍の歩兵と騎兵を九十三コ師団(軍団)―二百四十八コ旅団(師団)、百九十一万六千人もっている。このうち解放区を攻撃しているのは七十八コ師団(軍団)―二百十八コ旅団(師団)、百七十一万三千人で、蒋介石の正規軍兵力のほぼ九〇パーセントをしめている。蒋介石支配区の後方にとどまっているのはほぼ一○パーセントで、十五コ師団―三十コ旅団、二十万三千人にすぎない。したがって、蒋介石はもはや、その後方から戦闘力のある部隊を多く解放区の進攻にさしむけることができなくなっている。解放区を進攻した二百十八コ旅団のうち、わが方に殲滅されたものはすでに四分の一をこえている。一部の部隊は殲滅されたのち補充をうけ、もとの部隊名で復活したが、その戦闘力はひじょうに弱い。一部は補充されたのちにまた殲滅され、一部はぜんぜん補充されていない。わが軍がこれから数ヵ月のうちに、さらに四十ないし五十コ旅団を殲滅して、まえに殲滅したものとあわせてその数が百コ旅団前後にたっすれば、軍事情勢にはかならず重大な変化がおこるであろう。
(三)同時に、蒋介石支配区では偉大な人民運動が発展している。昨年十一月三十日国民党が露店商人に圧迫をくわえたことからおこった上海市民の騒動〔1〕と、昨年十二月三十日アメリカ兵が中国の女子学生を強姦したことからおこった北平の学生運動〔2〕は、蒋介石支配区における人民闘争の新しい高まりをしめしている。北平からはじまった学生運動はすでに全国の各大都市にひろがり、参加者は数十万にたっし、「一二・九」抗日学生運動〔3〕の規模をこえている。
(四)解放区の人民解放軍の勝利と蒋介石支配区の人民運動の発展は、中国における反帝、反封建の新しい人民大革命がまちがいなく到来し、また勝利をおさめるであろうことを予告している。
(五)この情勢は、アメリカ帝国主義とその手先蒋介石が、日本帝国主義とその手先汪精衛にとってかわり、中国をアメリカの植民地にする政策、内戦をおこす政策、ファッショ的専制支配をつよめる政策をとっているという状況のもとでうまれたものである。米・蒋のこうした反動政策のもとでは、全国人民は闘争する以外に生きる道はない。独立のため、平和のため、民主のためにたたかうことは、依然として、現在の時期の中国人民の基本的要求である。すでに一昨年の四月、わが党の第七回全国代表大会は、米・蒋がこうした反動政策を実施する可能性のあることを見通し、こうした反動政策にうちかつための完ぺきな、まったく正しい政治路線をうちだした。
(六)上述の米・蒋の反動政策によって、中国各階層の人民は、団結してみずからを救う立場に立たざるをえなくなった。これには労働者、農民、都市小ブルジョア階級、民族ブルジョア階級、開明紳士①、その他の愛国者、少数民族、海外の華僑がふくまれている。これはきわめて広範な全民族的な統一戦線である。抗日時期の統一戦線とくらべると、その規模が同様に大きいばかりでなく、いっそう強固な基礎をもつようになっている。全党の同志はかならず、この統一戦線の強化と発展のために奮闘しなければならない。解放区では、耕すものに土地を、という制度を、ためらうことなく、だんこ実現することを前提として、ひきつづき「三三制」の政策〔4〕をとる。政権機関と社会団体のなかには、共産党員のほかに、広範な党外の進歩的な人びと、中間的な人びと(開明紳士など)をひきつづき吸収して活動に参加させなければならない。解放区では、民族裏切り者や、人民の利益にそむいて人民から深い恨みをかっている反動分子をのぞいて、階級、性別、信仰のいかんにかかわりなく、すべての公民が選挙権と被選挙権をもつ。耕すものに土地を、という制度を徹底的に実現したのちでも、解放区の人民の私有財産権はこれまでどおり保障される。
(七)蒋介石政府が長いあいだ反動的な財政経済政策を実施してきたため、また蒋介石の官僚買弁資本が悪名たかい売国条約――中米通商条約〔5〕でアメリカの帝国主義資本と結びついたため、悪性インフレは急速に発展し、中国の民族商工業は日ましに破産し、勤労大衆や公務員、教員の生活は日ましに悪化し、中流階級にぞくする多数の人びとは日ましにそのたくわえをうしない、ぜんぜん財産をもたなくなり、その結果、労働者スト、学生ストなどの闘争がたえず発生している。中国にかつてなかった重大な経済危機が、すでに各階層の人民をおびやかしている。蒋介石が、内戦をつづけるために、抗日時期のきわめてあくどい徴兵制度、食糧徴発制度を復活させたので、広範な農村の人民、まず第一に貧しい農民は生きていけなくなり、そのため、民衆騒動がすでにおこっており、ひきつづき発展するであろう。こうして、蒋介石反動支配集団は、広範な人民にたいする威信を日ましにうしない、重大な政治危機と軍事危機にみまわれようとしている。この情勢は、一方では蒋介石支配区における反帝、反封建の人民運動を日ましに発展させており、他方では蒋介石軍の士気をさらに低下させ、人民解放軍の勝利の可能性を増大させている。
(八)わが党と他の民主勢力の孤立化をねらってひらかれた、蒋介石の不法な、分裂をめざす国民大会と、そこでつくられたにせ憲法は、人民にたいしてなんの威信ももっていない。それは、わが党と他の民主勢力を孤立させることはできず、逆に、蒋介石反動支配集団じしんを孤立させている。わが党と他の民主勢力はにせ国民大会への参加を拒否する方針をとったが、これはまったく正しかった。蒋介石反動支配集団は青年党〔6〕、民社党〔7〕という、これまで社会的にまったく信望のなかった二つの小党派と一部のいわゆる「賢明達識の士」〔8〕を自分のほうにだきこんでおり、そのうえ、中間派の隊列のなかから今後も一部のものが反動派の側に投ずる可能性のあることが予想される。中国の民主勢力が日ましに大きくなり、反動勢力が日ましに孤立してきたため、敵味方の二つの戦線がこのようにはっきりわかれざるをえなくなったのである。民主戦線の内部にかくれて人民を欺瞞するものどもは、結局は、その正体をさらけだして人民から唾棄されるであろうし、人民の反帝、反封建の隊列は、かくれた反動分子と一線を画すことによって、いっそう強大になるであろう。
(九)国際情勢は中国人民の闘争にとってきわめて有利に発展している。ソ連の力が増大し、その外交政策が勝利をおさめていること、世界各国の人民が日ましに左翼化し、自国ならびに外国の反動勢力にたいするかれらの闘争が日ましに発展していること、この二大要因は、すでにアメリカ帝国主義と各国におけるその手先を日ましに孤立させているし、またひきつづき孤立させるであろう。これにアメリカの不可避的な経済危機という要因がくわわるなら、アメリカ帝国主義と各国におけるその手先はいっそう窮地に追いやられるにちがいない。アメリカ帝国主義とその手先蒋介石の強大さは一時的なものにすぎず、かれらの進攻は粉砕することができる。反動派の進攻は粉砕できないといったおとぎ話が、われわれの隊列内に存在するのを許してはならない。党中央はたびたびこの点を指摘してきたが、国際・国内情勢の発展はこの判断の正しさを日ましに証明している。
(十)息つぎの時間をかせいで軍隊を補充し、ふたたび進攻に乗りだすため、アメリカから新しい借款と武器を手にいれるため、人民の怒りをやわらげるために、蒋介石はまたもやわが党にたいしていわゆる和平交渉の復活をもとめる〔9〕という新しい欺瞞策を弄している。わが党の方針は、和平交渉を拒否せず、それによってその欺瞞性を暴露するということにある。
(十一)蒋介石軍の進攻を徹底的に粉砕するために、これから数ヵ月のうちに、さらに蒋介石軍を四十ないし五十コ旅団殲滅しなければならない。これがいっさいを決定する鍵である。この目的をたっするには、昨年十月一日づけで党中央から出された三ヵ月の総括の指示と、昨年九月十六日づけで軍事委員会から出された、兵力を集中して敵を各個に殲滅することについての指示をよく実行しなければならない。ここではとくにあらためて、いくつかの点を重点的に指摘して、各地の同志の注意をうながすことにする。
(1)軍事問題。この七ヵ月間の苦難にみちた奮戦の過程は、わが軍に蒋介石の進攻を粉砕して最後の勝利をおさめるだけのじゅうぶんな自信があることを証明した。わが軍の装備と戦術にはともに進歩がみられる。軍事建設の面での今後の中心任務は、全力をあげて砲兵と工兵の建設を強めることである。それぞれの大小軍区、それぞれの野戦兵団は、砲兵と工兵を強化するためにおこっている諸問題、おもに幹部の訓練と弾薬の製造との二つの問題を具体的に解決しなければならない。
(2)土地問題。各区とも、ほぼ三分の二の地域が、中央の一九四六年五月四日づけの指示〔10〕を実施して、土地問題を解決し、耕すものに土地を、という制度を実現した。これは偉大な勝利である。しかし、あとの三分の一の地域は、今後ひきつづき努力し、思いきって大衆を立ちあがらせ、耕すものに土地を、という制度を実現しなければならない。耕すものに土地を、という制度をすでに実現した地方にまだ解決の不徹底という欠点があるのは、主として、思いきって大衆を立ちあがらせなかったからである。そのため、土地の没収と分配が不徹底で大衆の不満をかっている。こうした地方では、しんけんに点検し、不均衡を調整し〔11〕、土地のない農民や土地の少ない農民がすべて土地をえられるようにしなければならず、また豪紳、悪覇には制裁をくわえなければならない。耕すものに土地を、という制度を実現する全過程をつうじて、断固として中農と団結しなければならず、中農の利益(富裕中農もふくむ)をぜったいにおかしてはならない。もし中農の利益をおかしたばあいには、賠償し、陳謝しなければならない。このほか、一般の富農と中小地主にたいしては、土地改革の期間でも土地改革のあとでも、大衆の同意にもとづく適切な配慮をくわえるべきであり、すべて「五・四指示」にしたがって処理すべきである。要するに、農村の土地改革運動では、土地改革に賛成する九〇パーセント以上の大衆を結集し、土地改革に反対する少数の封建反動分子を孤立させて、耕すものに土地を、という制度を実現する任務をすみやかに達成するようにしなければならない。
(3)生産の問題。各地とも、長期の計画をたて、生産に努力し、節約を励行し、また、生産と節約を基礎にして、財政問題を正しく解決しなければならない。ここでの第一の原則は、生産を発展させ、供給を保障することである。したがって、財政と商業ばかりを重視して農業生産と工業生産を軽視するというあやまった観点に反対しなければならない。第二の原則は、軍民双方への配慮、公私双方への配慮である。したがって、一方だけに配慮をくわえて他の一方を軽視するというあやまった観点に反対しなければならない。第三の原則は、統一指導、分散経営である。したがって、状況によって集中的に経営しなければならないものは別として、状況を考えずにすべてを集中し思いきって分散経営にふみきれないというあやまった観点に反対しなければならない。
(十二)わが党と中国人民は最後の勝利をおさめるじゅうぶんな自信をもっている。これはまったく疑問の余地がない。しかし、このことはけっして、われわれのまえにはもはや困難がなくなったということではない。中国の反帝、反封建の闘争は長期にわたるものであること、内外の反動派はひきつづき全力をあげて中国人民に反対するであろうこと、蒋介石支配区のファッショ的支配はいよいよ強まるであろうこと、解放区の一部は一時的に被占領区あるいは遊撃区となるであろうこと、革命勢力の一部は一時的に頃失をこうむる可能性があること、長期の戦争で人力物力を消耗するであろうこと、こうした数かずのことを、全党の同志はじゅうぶんに見通し、不撓不屈の気力をもって、あらゆる困難を計画的に克服する用意がなければならない。反動勢力のまえにも、われわれのまえにも、困難はある。しかし、反動勢力の困難は克服できないものである。なぜなら、かれらは滅亡にちかづいた、前途のない勢力だからである。われわれの困難は克服できるものである。なぜなら、われわれは新興の、光明にみちた前途をもつ勢力だからである。
〔注〕
〔1〕 上海の国民党当局は、一九四六年八月から黄浦、老閘両区の露店商人の営業を禁止し、十一月下旬には営業をつづけていた露店商人を千人ちかく逮捕した。露店商人は十一月三十日に三千人の請願デモをおこない、黄浦区警察局を包囲した。国民党当局はかれらを虐殺するよう命令した。そのため、露店商人は七人が殺され、多数が負傷し、逮捕された。十二月一日、露店商人はひきつづき闘争をすすめ、当日また十人が殺され、百余人が負傷したが、闘争の隊列はかえって五千余人に増大した。上海全市の商店は同情休業をおこなった。こうして、全市的な反蒋の大衆連動となっていった。
〔2〕 一九四六年十二月二十四日、北平でアメリカ兵が北京大学の女子学生を強姦するという事件がおこった。このため、蒋介石支配区の数十の大中部市の学生は、十二月三十日から一九四七年一月にかけてあいついでストをおこない、反米反蒋のデモ行進をおこなって、アメリカ軍の中国撤退を要求した。この運動に参加した学生は五十万以上にのぼった。
〔3〕 一九三五年十二月九日、北平でおこった学生の愛国運動のこと。詳細は、本選集第一巻の『日本帝国主義に反対する戦術について』注〔8〕にみられる。
〔4〕 「三三脚」の政策は、中国共産党の、抗日戦争の時期における統一戦線政権についての政策である。この政策によれば、抗日民主政権の構成員の割りふりは、共産党員がだいたい三分の一、左派の進歩的な人びとがだいたい三分の一、中間的な人びとその他がだいたい三分の一をしめることになっている。
〔5〕 「中米通商条約」とは「中米友好通商航海条約」のことで、一九四六年十一月四日、蒋介石政府とアメリカ政府が南京で調印したものである。中国の主権を大量に売りわたしたこの条約は三十ヵ条からなり、おもな内容はつぎのとおりである。第一、アメリカ人は中国の「全領土内」で、居住し、旅行し、商業、製造業、加工業、科学、教育、宗教、慈善事業にたずさわり、鉱産資源を調査・開発し、土地を貸借・所有し、各種の職業にたずさわる権利をもつ。アメリカ人は中国において、経済上の権利の面では、中国人と同等の待遇をうける。第二、アメリカ商品の中国における課税、販売、分配または使用については、いかなる第三国あるいは中国の商品にもおとらない取り扱いをうける。中国はアメリカのいかなる植物、物産または製品の輸入にたいしても、また中国からアメリカに輸送されるいかなる物品にたいしても、「いっさい、禁止または制限をくわえてはならない」。第三、アメリカの船舶は、中国の開放しているいずれの港湾、地方または領水内をも自由に航行することができ、その人員または物品は、「もっとも便利な経路」をとって中国の領土を通過する自由をもつ。アメリカの船舶は軍艦をもふくめて、「なんらかの危険」に遭遇したということを口実に、中国が「外国の商業または航運業のために開放していない、いずれの港湾、地方または領水」にもはいることができる。当時、蒋介石政府の駐米大暁顧維鈞は恥知らずにも公然と、この条約は「全中国の領土をひとしくアメリカの商人のために開放する」ものである、とのべた。
〔6〕 本選集第一巻の『中国社会各階級の分析』注〔1〕を参照。
〔7〕 民社党とは「民主社会党」の略称で、一九四六年八月、「民主憲政党」と「国家社会党」が合併してできたものである。この政党のおもな成員は、いずれも北洋軍閥時代の反動政治家と封建勢力の残党である。
〔8〕 「一部のいわゆる賢明達識の士」とは、無党無派の看板をかかげて、蒋介石の「国民大会」のためにその外観をかざりたてた恥知らずのやから、たとえば王雲五、傳斯年、胡政之らのことである。
〔9〕 国民党政府は、その軍事進攻があいついで失敗し、軍事情勢が日ましに悪化したので、息つぎの時間をかせいで新しい進攻を準備するため、一九四七年一月十六日、アメリカの国民党政府駐在大使スチュアートをつうじて、中国共産党にたいし、「和平交渉」のため代表を延安におくることについての同意をもとめた。米・蒋のこの新しい欺瞞策は、すぐ中国共産党によって徹底的に暴露された。中国共産党は、交渉を復活させるには二つの最低条件が実現されなければならないことを指摘した。すなわち、(一)国民党が政治協商会議の取り決めにそむいて制定したにせ憲法を廃止すること、(二)国民党の軍隊が、一九四六年一月十三日の休戦協定発効ののちに占領した解放区のいっさいの土地から撤退すること、そうでなければ、これからの交渉で取り決めが成立しても、国民党はもうそれを破棄しないという保証かない。国民党政府は、「和平」の欺瞞策がつかえないことを見てとると、二月二十七日と二十八日、南京、上海、重慶などに駐在して交渉と連絡にあたっていた中国共産党の代表全員に引き揚げるよう通告し、国共交渉の全面的な決裂を宣言した。
〔10〕 一九四六年五月四日の、中国共産党中央の「土地問題についての指示」のこと。本巻の『三ヵ月の総括』注〔5〕にみられる。
〔11〕 「不均衡を調整する」とは、土地改革か比較的徹底しておこなわれた旧解放区で、一部の貧・雇農の土地その他の生産手段が不足している問題、そのほか土地改革中にのこされた問題を解決するため、比較的小さな範囲で、よいほうからさいて悪いほうをおぎない、多いほうからさいて少ないほうをおぎなうという方法で、土地その他の生産手段の合理的な調整をおこなったことをさす。
〔訳注〕
① 本巻の『民族ブルジョア階級と開明紳士の問題について』、および本選集第二巻の『当面の抗日統一戦線における戦術の問題』訳注②を参照。




