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Ⅹ:ただ、楽になりたい

 その日、タルトというケーキを食べていた。

 マナーを知らない私なので、誰が見ても美しくないだろう。所作が綺麗と言い難いのは今に始まった事では無い。そんなことを考えながら、持っていたフォークがポトリと落ちた。やっと上半身だけだが、ベッドから起き上がることが出来るようになって、使用人に食べさせてもらっていたケーキが自分でなんとか食べられるようになった、ところだった。


「直ぐに新しい物をお持ちします」


 公爵家の使用人さんが側で控えていたので、落としたフォークに気づいてサッと退室をしようとしたところで、私は呼び掛けた。


「あの」


「なにか」


「すみません。フォークを拾ってくださりありがとうございます。ですが、新しい物はもう必要ありませんから」


 ベッドの上の簡易テーブルの上に乗った皿。その皿の上のタルトはまだ半分以上残っているのに、フォークは要らない、と言った私のことを怪訝に思っただろうに、使用人さんは何も言わずに、頭を下げた。


「あと、残してすみませんが、もう下げてもらってよいでしょうか」


 それにも頭を下げる使用人さん。

 それから私は上半身をドサリとベッドに預けた。

 そっとデューベイを私に掛けようとしてくれた使用人さんに頼み事をする。

 もう、目は開かない。


「それから。ネイティアン様に伝えてください。短い間でしたがお世話になりました。あなたのおかげで小さな願いは叶いましたって」


 何も尋ねない使用人さんが側を離れた気配がする。


 ああ、もう体力が尽きている。

 ただ、楽になりたい。

 それだけだった人生。

 でも、最後の最後に、あの部屋から外に出て死ぬことが出来そうで、良かった。

 なんの恩返しもネイティアン様には出来なかった。でも公爵家の人が、私の恩返しを必要とすることも無いか。あとは、私が死んだあとの後始末をお願いすることに申し訳ない気持ちがあるけれど、そこは割り切ってもらおう。


「小さな願いだけで、良かったのか?」


 その声は、ここ最近聞き慣れた声で。一日の何処かで必ず聞く声だった。


「はい。ありがとうございました」


 私が目を開けないことを訝ることも無い声が、続ける。


「もう、力、尽きたか?」


 ああ、目を開けないのではなく、目が開かなくなったことに気づかれていたのか。


「はい。こんな突然に力が抜けるとは、思ってみませんでした。これが千里眼のスキルを使い続けた代償なんでしょうね」


 先程、フォークを落としたときに気づいた。もう、フォークが持てないくらい、力が無い、と。そこに気づいたら上半身を起こしていたのに、その力も急激に落ちた。デューベイを自分で掛ける余力も無く、目を開ける余力も無い。腕も足も上げる力が無い。口を閉じる余力が無いから、口の端から唾が垂れ流しになった。手洗いに行く力も無いだろうから、そちらも垂れ流しになってしまうのだろうか。

 それは、公爵家にも使用人さんたちにも、何より私をあの場から連れ出してくれたネイティアン様にも、申し訳ないことだ。


「最後の最後までご迷惑をおかけします」


「それが私の役目だ。墓の手配も終わっている。気にするな」


 なんだかネイティアン様らしいような気がして、少し笑ってしまった。


「千里眼で他国を見たとき、生まれ変わりを信じる国が、ありました。もし、うまれかわれるのなら、ネイティアンさまと、ともだちになりたいですね。あと、せんりがんのスキルは、いらない」


 声を出す力がもう無い。

 意識が混濁する。

 そして、闇の中に、落ちた。




「死んだか。愚か者が。生まれ変わる、だと? 既に私とお前は友という間柄だったぞ。気づいていなかったとは、全く。最後まで無知だったな」


 私が呟くように、囁くように、溜め息を繰り返すことで感情を逃しながら、アルフォンスに言ってやれば、聞こえたかのように微笑むような、口元が弛んだような表情だった。気のせいかもしれぬがな。

 使用人たちに給金を弾んで予定通り、寝具ごと遺体を燃やして墓に入れろと言ってある。


 普通、死者の身体を燃やすことはしない。そのまま墓で棺に入れて眠らせるものだ。それをしないのは、特殊なスキル持ちの遺体を聖なる何かに仕立て上げようと、教会、いや、神官長が手薬煉を引いて画策して来るだろうからだ。

 アルフォンスの死まで教会側、神官長の駒にする気は無い。

 貴重な特殊なスキル持ちを使い潰した代償は、国王陛下がそろそろ時期を見計らって、沙汰を下すと言っていた。

 神官長をその座から引き摺り下ろすのも、時間の問題だ。


 その時は、アルフォンスの墓に報告してやろう。


 私は遺体を運び出すように使用人たちに命じて、その場を立ち去る。数人の特殊なスキル持ちを見送って来たが、アルフォンスほど無知ゆえに望みも少ない者は居なかったな、と思う。

 感傷に浸っている場合では無い。

 私は調停者というスキルゆえに、他の特殊なスキル持ちの観察を行う役目があるのだから。だが、役目を終えた後、死んだ先だか、生まれ変わりだか、アルフォンスとケーキを食べるのを楽しみにするのは、良いかもしれない。



(了)

お読みいただきまして、ありがとうございました。


これにて完結です。


特殊なスキル持ちは、良くも悪くも大変な人生なのでしょう。

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