第7話:商会の影
「――黒字化、完了です」
あの一言から、数日。
村は目に見えて変わっていた。
人の動きが軽い。
表情に余裕がある。
ほんのわずかな黒字。
だが、それは確かな“生存の証明”だった。
――そして。
「……来たか」
村の入口に、見慣れない馬車が止まっていた。
磨き上げられた車体。
装飾の入った紋章。
いかにも“金を持っている側”のそれだ。
「商会の連中だ」
隣に立ったエリシアが低く呟く。
「早すぎるな」
「噂は回るからね。黒字になったって話も、もう外に出てる」
なるほど。
金の匂いには敏感、か。
馬車の扉が開き、一人の男が降りてきた。
整った服装。
柔らかな笑み。
だが、目は笑っていない。
「初めまして。私はロイグ商会の者です」
丁寧な口調で頭を下げる。
だが、その視線は村全体を値踏みしていた。
「最近、この村の動きが面白いと聞きましてね」
「……何の用だ」
エリシアが警戒を隠さずに言う。
男は軽く笑った。
「そう警戒しないでください。今日は“良い話”を持ってきただけです」
そう言って、懐から一枚の書類を取り出した。
「今後の取引契約です。安定した買い取り先を保証しましょう」
差し出された紙。
村人たちがざわつく。
「安定した……?」
「今までのように、売る先に困ることはなくなります」
魅力的な言葉だ。
だが――
(甘いな)
俺は一歩前に出た。
「見せてください」
「おや?」
男がわずかに眉を動かす。
「あなたは?」
「ただの旅人ですよ」
そう言って、書類を受け取る。
紙に目を落とす。
――瞬間。
いつものように、数字が浮かび上がった。
【契約価格:低】
【拘束期間:長期】
【違約金:高額】
【利益構造:商会側に偏重】
【村側収支:長期赤字】
……なるほど。
分かりやすい。
表面上は“安定”。
だが実態は、完全な囲い込み。
しかも逃げられないように、違約金で縛っている。
典型的な搾取契約だ。
「どうでしょう」
男がにこやかに言う。
「これで村の未来は安泰ですよ」
周囲の村人たちがざわつく。
「安定して売れるなら……」
「今より楽になるんじゃ……」
――そう思うのも無理はない。
だが。
俺は紙を軽くめくりながら言った。
「これ、よくできてますね」
「ありがとうございます」
「特にこの辺」
該当箇所を指で叩く。
「価格設定と違約金」
「ええ、双方にとって公平な――」
「公平じゃないですね」
ぴたり、と男の言葉が止まった。
周囲も一瞬で静まる。
「この価格、今の市場より明らかに低い」
「それは安定供給の対価で――」
「その代わりに、他と取引できない」
淡々と重ねる。
「しかも期間は長期。途中解約には高額な違約金」
「……」
「つまり、一度入ったら抜けられない」
空気が張り詰める。
男の笑みが、ほんのわずかに崩れた。
「長期的に見れば、村側の利益は削られ続ける構造です」
「……証拠は?」
低い声だった。
だが、もう余裕はない。
「全部書いてありますよ」
俺は紙を軽く振る。
「数字、読めば分かるでしょう」
沈黙。
村人たちの視線が、一斉に商会の男へ向く。
疑いの目だ。
さっきまでとは逆の。
「……ふ」
男は小さく息を吐いた。
だが、すぐに表情を整える。
「なるほど。面白い方だ」
視線がこちらに向く。
「ですが、あなたの言う通りだとしても」
一歩、踏み出してきた。
「この村に、他に選択肢があると?」
静かな圧力。
“現実を見ろ”という目だ。
だが。
俺は肩をすくめた。
「ありますよ」
「……ほう?」
「少なくとも、これよりはマシなやり方が」
男の目が細くなる。
完全に、興味が移った。
いい流れだ。
俺は書類を閉じて、軽く返した。
そして、はっきりと言い切る。
「その契約、全部赤字ですよ?」




