第43話:仕込み
「穴、見つけました」
その一言から、動きは一変した。
◇
「……で、何するの?」
エリシアが腕を組みながら言う。
期待と、不安が混ざった表情。
「潰すの?」
「いいえ」
俺は首を振った。
「利用します」
「……利用?」
「はい」
「相手の構造を、そのまま返す」
机の上に契約書を並べる。
これまでのもの。
そして――
これから使うもの。
「今回の相手は」
「操作しているわけじゃない」
「誘導している」
「つまり?」
「選ばせている」
エリシアが小さく頷く。
「なら」
一拍。
「選ばせます」
「……え?」
◇
「条件はシンプルです」
新しい契約書を指で叩く。
「一見、有利」
「だが実際は――」
「縛る」
「……ああ」
エリシアが理解する。
「前と同じことをやるの?」
「ええ」
「ただし」
「精度を上げます」
◇
条文を一つずつ示す。
「価格連動」
「供給義務」
「優先契約」
「……全部、見たやつだね」
「はい」
「ですが、違います」
「どこが?」
「“出口”です」
一行を指でなぞる。
「契約解除条件」
「……これ?」
「ここが核心です」
エリシアが目を細める。
「どういうこと?」
「相手は、これを軽く見る」
「今までそうだったから」
「でも今回は」
一拍。
「ここに全部を仕込む」
◇
「例えば?」
「供給停止時のペナルティ」
「価格乖離時の再計算」
「違反時の強制譲渡」
「……強くない?」
「強いです」
「ですが」
「表面上は見えません」
「……え?」
「条件が発動するのは“特定の状況”だけです」
「普通にやっていれば問題ない」
「だから通る」
「でも?」
「誘導すると、踏む」
沈黙。
そして――
「……うわ」
エリシアが顔をしかめる。
「完全に罠じゃん」
「ええ」
否定しない。
「罠です」
◇
「でもさ」
エリシアが言う。
「相手、そんな簡単に乗る?」
「乗ります」
「なんで?」
「勝っていると思っているからです」
即答する。
「現状、優位は向こうにある」
「こちらは崩壊寸前からの再建中」
「つまり?」
「警戒が薄い」
「……」
「そして」
「この条件は“魅力的”です」
利益が出るように見える。
安定するように見える。
だから――
選ぶ。
自分から。
◇
「準備は整ってます」
書類をまとめる。
「後は流すだけです」
「流すって?」
「いつも通りです」
「こちらから提示する」
「選ばせる」
「そして――」
一拍。
「待つ」
エリシアが苦笑する。
「地味だね」
「ええ」
「でも」
「一番効きます」
◇
その日の午後。
契約は提示された。
特別なことは何もない。
いつも通りの交渉。
いつも通りの条件。
いつも通りの流れ。
だが――
中身は違う。
完全に。
◇
「……通る?」
エリシアが小さく聞く。
「通ります」
「なんでそんなに自信あるの」
「理由は三つです」
指を立てる。
「魅力的」
「自然」
「そして――」
最後の一本を立てる。
「“いつも通り”だからです」
それが一番強い。
違和感がない。
だから、通る。
◇
夜。
報告が届く。
「契約、締結されました」
短い一言。
だが、それで十分だ。
「……ほんとに通った」
エリシアが呟く。
「ええ」
頷く。
これで、条件は揃った。
後は――
時間の問題。
相手は必ず動く。
誘導する。
いつも通りに。
そして――
踏む。
自分から。
◇
俺は静かに書類を閉じた。
もう、準備は終わっている。
あとは、崩れるのを待つだけだ。
今回は――
こちらが仕掛けた。
だから。
はっきりと言い切る。
「これで詰みです」




