第28話:商会ボス登場
「正面から来ない、か」
その認識から、さらに二日。
状況は、静かに――確実に悪化していた。
取引先は戻らない。
市場の歪みも続いている。
そして何より――
(動きが読めない)
これが一番、厄介だった。
◇
「また一件、契約が飛んだ」
エリシアが報告書を机に叩きつける。
「これで五件目」
「……想定内ですね」
俺は淡々と答えた。
「想定内って、これ結構まずいよ?」
「ええ」
視線を落とす。
【取引量:減少】
【収益:圧迫】
【流通:不安定】
確実に削られている。
しかも――
(ギリギリを攻めてくる)
致命傷にはならない。
だが、無視できない。
その絶妙なライン。
「ねえ」
エリシアが腕を組む。
「これ、完全に舐められてない?」
「ええ」
俺はあっさり頷いた。
「舐められてますね」
「……否定しないんだ」
「事実ですから」
感情ではなく、状況。
それだけだ。
そのとき。
扉が、静かにノックされた。
「失礼します」
入ってきたのは、見慣れない男だった。
整った服装。
無駄のない動き。
そして――妙に落ち着いている。
「どちら様です?」
エリシアが警戒した声で問う。
男は一礼した。
「本日はご挨拶に参りました」
「挨拶?」
「はい」
ゆっくりと顔を上げる。
その目が、こちらを正確に捉えた。
「我々の代表が、ぜひ一度お話をと」
――来たな。
「代表、ですか」
「はい」
男は一歩横にずれる。
その背後。
いつの間にか、もう一人立っていた。
気配がなかった。
本当に、“そこにいた”だけのように。
「……」
エリシアが息を呑む。
無理もない。
空気が違う。
圧があるわけではない。
だが――
(軽い)
存在が、異様に軽い。
そこにいるのに、掴めない。
「初めまして」
男は穏やかに笑った。
「噂は聞いているよ」
声は柔らかい。
だが、その奥にあるものが違う。
「この街を回しているのは、君だね?」
視線が、こちらに向く。
逃げ場はない。
「ええ」
俺は短く答えた。
「そうです」
「なるほど」
男は小さく頷く。
「確かに、面白い」
その言葉に、違和感を覚える。
評価でも、警戒でもない。
“観察”だ。
「自己紹介がまだだったね」
一歩、前に出る。
「私は、いくつかの商会をまとめている者だ」
「いわゆる」
わずかに口元を緩める。
「“商会ボス”とでも呼ばれている」
空気が、一瞬で凍った。
エリシアの肩が強張る。
だが俺は、動かない。
(やはり、本人か)
この規模の動き。
現場の商人では無理だ。
なら――
出てくるのは当然だ。
「で」
俺はそのまま言った。
「何の用です?」
探りは不要。
時間の無駄だ。
男は少しだけ目を細めた。
楽しそうに。
「単刀直入だね」
「ええ」
「嫌いじゃない」
軽く笑う。
「今日はね、確認に来たんだ」
「確認?」
「そう」
視線が、わずかに動く。
部屋。書類。空気。
すべてを一瞬で見ている。
「どこまでできるのか」
その一言で、理解した。
(テストか)
ここまでの攻撃は、“前座”。
本番は、ここから。
「結論は?」
俺は聞いた。
男は少しだけ考える素振りを見せてから――
あっさりと言った。
「まだ伸びるね」
エリシアが息を呑む。
「でも」
一拍。
「不安定だ」
その指摘は、正確だった。
「あと一押しで、崩れる」
「……」
反論はできない。
事実だからだ。
「どうする?」
男は首を傾げる。
「このまま、潰される?」
穏やかな口調。
だが、内容は露骨な挑発だ。
「それとも」
少しだけ、身を乗り出す。
「手を組む?」
沈黙。
完全に、主導権は向こうにある。
――いや。
(あえて、渡している)
そう見せているだけだ。
「条件は?」
俺は短く聞いた。
男は、楽しそうに笑った。
「聞く前から乗る気だね」
「情報収集です」
「いいね」
軽く頷く。
そして――
「条件はシンプルだ」
「君たちは、そのまま続ける」
「我々は、それを“利用する”」
エリシアの眉が跳ねる。
「……それ、協力って言わないでしょ」
「言い方の問題だよ」
男は平然と返す。
「お互いに利益が出れば、それでいい」
完全に、上からの発言。
対等ではない。
(……なるほど)
ここまで露骨に来るか。
だが。
それでも一つ、分かった。
(まだ、本気じゃない)
余裕がある。
だから遊べる。
つまり――
まだ“殺しに来ていない”。
「……少し考えさせてください」
俺はそう言った。
即答はしない。
その方が情報が取れる。
「もちろん」
男はあっさり引いた。
そして、踵を返す。
去り際。
ほんの一瞬だけ、こちらを見る。
その目は――
完全に、“楽しんでいた”。
そして、軽く口を開く。
「君、面白いね」




