灰色の残響 第5話
鐘の音が止んだあと、ホールには重い沈黙が落ちた。
誰もが息を潜め、互いの顔を見回している。
佐伯はソファに横たえられたまま、意識を取り戻す気配はない。
胸の“1”の印だけが、薄暗い光の中で不気味に浮かび上がっていた。
澪は僕の隣で小さく震えていた。
その震えは寒さではなく、確かな恐怖から来ている。
「……“二人目”って、誰なんでしょう」
澪の声はかすれていた。
「まだ分からん」
三枝が低く答える。
「だが、“偽の主”は確実に俺たちの誰かを狙っている」
その言葉に、場の空気がさらに重く沈んだ。
そのとき、ホールの奥で何かが揺れた。
カーテンがわずかに膨らみ、すぐに元に戻る。風はない。窓も閉まっている。──誰かが、そこにいた。
僕は無意識に一歩前へ出た。
「……今、動きましたよね」
「見間違いじゃない」
三枝が言う。
「この館には、俺たち以外の“誰か”がいる」
その“誰か”が、僕たちを見ている。
そして、次の標的を選んでいる。
その気配が、館全体に満ちていた。
城戸が苛立ったように叫んだ。
「もうやってられねぇ! こんなとこにいたら、全員殺されるぞ!」
「落ち着け」
三枝が冷たく言う。
「無闇に動けば、それこそ“二人目”になる」
「じゃあどうしろってんだよ!」
城戸は叫びながら、ホールの中央をうろつく。
その動きは落ち着きがなく、まるで何かから逃げようとしているようだった。
そのとき、澪が小さく息を呑んだ。
「……ねぇ、気づきませんか?」
「何を?」
僕は振り返る。
「“偽の主”は、私たちの行動を見てる。佐伯さんを助けたら、次はその人を狙う……だったら、“二人目”は──」
澪は言葉を飲み込んだ。
だが、その視線は僕に向けられていた。
僕は息を呑んだ。
──確かに、佐伯を助けようとしたのは僕たちだ。
──“偽の主”の邪魔をしたのも、僕たちだ。
そのとき、ホールの照明が一瞬だけ揺れた。
薄暗くなり、すぐに戻る。
だが、その一瞬の暗闇の中で、僕は見た。
二階の手すりの上に、黒い影が立っていた。
顔は見えない。
ただ、こちらを見下ろしている。
「……また……!」
澪が叫ぶ。
影はすぐに消えた。
だが、確かにそこにいた。
その直後、ホールの奥から、かすかな音が聞こえた。
カサ……
カサ……
紙が擦れるような音。
僕たちは一斉に振り向いた。
ホールの中央に、白い紙が落ちていた。
いつの間に置かれたのか分からない。
三枝が慎重に拾い上げる。
そこには、赤いインクでこう書かれていた。
『二人目は、もうすぐそこにいる』
澪が青ざめる。
「……“そこ”って……どこ……?」
その問いに答えるように、館内の照明が再び揺れた。
今度は長く、何度も明滅する。
影が床を走り、壁を這い、天井を滑る。
そして──ホールの奥の扉が、ゆっくりと開いた。
ギィ……と軋む音が、館中に響く。
扉の向こうは暗闇だった。
だが、その暗闇の奥で、何かが動いた。
白いものがふっと揺れた。
人影のようにも見える。
「……誰だ!」
三枝が叫ぶ。
返事はない。ただ、暗闇の奥から、低い囁き声が聞こえた。
「──二人目は、もう決まっている」
澪が僕の腕にしがみつく。
「……誰……? 誰が狙われてるの……?」
僕は答えられなかった。
だが、胸の奥で確信していた。
“二人目”は、この中にいる。
そして、その死は──もう避けられない。
そのとき、暗闇の奥から、何かが床に転がり出てきた。
コロ……コロ……
それは──黒いボタンだった。
僕は息を呑んだ。
──また、ボタン。
──犯人の服から落ちたもの。
そして、そのボタンの横に、赤いインクで描かれた数字があった。
『2』
澪が震える声で言う。
「……“二人目”が……ここに……?」
僕はその数字を見つめた。
“二人目”の死は、もうすぐそこまで迫っている。
黒いボタンと赤い 『2』 の数字が床に転がっている。
それは、まるで“死の順番”を示す札のようだった。
澪は僕の腕にしがみつき、震える声で言った。
「……“二人目”って……誰なんですか……?」
僕は答えられなかった。
だが、胸の奥で確信していた。
──この中の誰かが、もうすぐ死ぬ。
そのとき、ホールの奥の扉がゆっくりと閉まった。
ギィ……と軋む音が、館中に響く。
誰も触れていない。
風もない。
だが、扉は確かに“誰か”に押されたように閉じた。
「……今の、見たか?」
三枝が低く言う。
「誰かが……いるんですよね」
澪が呟く。
その“誰か”は、僕たちのすぐ近くにいる。
そして、次の標的を選んでいる。
城戸が苛立ったように叫んだ。
「もう無理だ! 俺は部屋に戻る! こんなとこにいたら、殺される!」
「待て、城戸さん!」
僕が呼び止めたが、彼は聞かずに階段へ駆け上がった。
その背中が闇に消えると、ホールは再び静寂に沈んだ。
澪が不安げに言う。
「……一人で行かせて大丈夫なんでしょうか」
「大丈夫じゃない」
三枝が即座に答える。
「だが、追いかければ“二人目”が増えるだけだ」
その言葉に、僕は息を呑んだ。
──“偽の主”は、僕たちの行動を見ている。
──助けようとすれば、その人が狙われる。
だからこそ、動けない。
そのとき、ソファに横たわる佐伯が微かに身じろぎした。
「……う……」
「佐伯さん!」
澪が駆け寄る。
佐伯は薄く目を開け、焦点の合わない瞳で僕たちを見た。
喉が擦れ、声にならない音が漏れる。
「……に……げ……ろ……」
「逃げろ? 誰から?」
僕は身を乗り出した。
佐伯は震える手を上げ、ホールの奥を指さした。
その指先が示した先──暗闇の中で、何かが動いた。
白い影がふっと揺れ、すぐに消える。
「……また……」
澪が息を呑む。
その瞬間、館内の照明が一斉に揺れた。
薄暗くなり、すぐに戻る。
だが、その一瞬の暗闇の中で、僕は見た。
二階の手すりの上に、黒い影が立っていた。
顔は見えない。
ただ、こちらを見下ろしている。
「……っ!」
澪が叫ぶ。
影はすぐに消えた。
その直後、二階の奥から悲鳴が響いた。
「ぎゃあああああああっ!!」
城戸の声だった。
「城戸さん!」
僕たちは一斉に階段へ駆け上がった。
廊下に出ると、空気が冷たく張りつめていた。奥のほうで、何かが倒れる音がする。
僕たちはその音を頼りに走った。
廊下の突き当たり──城戸の部屋の扉が開いていた。
中は暗く、カーテンが揺れている。
風はない。
だが、揺れている。
「……城戸さん……?」
澪が震える声で呼びかける。
返事はない。
僕はゆっくりと部屋に足を踏み入れた。
その瞬間、足元で何かを踏んだ。
コロ……と転がる音。
黒いボタンだった。
そして、その横に──赤いインクで描かれた数字。
『2』
澪が青ざめる。
「……ここに……“二人目”が……?」
僕は息を呑んだ。
部屋の奥──窓際のカーテンが、ゆっくりと開いた。
その向こうに──人が倒れていた。
城戸亮介だった。
彼は床に仰向けに倒れ、目を見開いたまま動かない。
胸には赤いインクで描かれた数字。
『2』
澪が悲鳴を上げた。
「いや……いや……! 城戸さん……!」
三枝が駆け寄り、脈を確かめる。
そして、低く言った。
「……死んでいる」
その言葉が落ちた瞬間、部屋の空気が凍りついた。
僕は城戸の胸の“2”の印を見つめた。
──“二人目”は、城戸亮介。
そのとき、部屋の奥の暗闇から、低い囁き声が聞こえた。
「──次は、もっと近くにいる」
澪が僕の腕にしがみつく。
「……“近く”って……誰……?」
僕は答えられなかった。
ただ、胸の奥で確信していた。
“三人目”は、もう選ばれている。
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