雪山の山荘 第6話
黒崎の手の中のカード。その白い紙片に書かれた名前を見た瞬間、時間が止まったように感じた。黒崎は、ほんの一瞬だけ表情を崩した。だがすぐに元に戻す。そのわずかな変化を、俺は見逃さなかった。
「……誰だ」
声が出ない。代わりに、藤堂が低く言った。
「見せろ」
黒崎は無言でカードを差し出す。藤堂が受け取り、目を落とした。そして――息を止めた。
「やはりか」
その一言で、答えはほぼ確定した。俺はカードを奪うようにして見る。そこにあったのは――藤堂 恒一郎。
視線が一斉に藤堂へ向く。藤堂は、わずかに笑った。
「来たか」
妙に落ち着いている。恐怖ではなく、諦めに近い表情だった。
「どういう意味だ」
俺が問うと、藤堂は肩をすくめた。
「順番通りなら、次は俺だと思っていた」
「……順番を知ってるのか?」
黒崎が鋭く聞く。
「完全にはな。ただ、予想はつく」
藤堂は一度だけ目を閉じ、静かに言った。
「三年前、俺は――“手を出した”」
沈黙。御影が小さく頷く。
「ええ、そうね」
空気が凍る。
「手を出したって、どういう意味だ」
俺の問いに、藤堂は視線を逸らしたまま答えた。
「あのとき、止められた。でも、止めなかった。むしろ――」
そこまで言って、口をつぐむ。黒崎が続けた。
「むしろ、事態を悪化させた」
藤堂は否定しなかった。
「つまり」
御影が静かに言う。
「“順番”は合ってる。最初に嘘をついた相馬。見て見ぬふりをした岸本。止めなかった西園寺。そして――関わった藤堂」
「次は?」
俺は思わず口にした。御影はこちらを見る。
「最後に残るのは――」
言葉は続かなかった。だが、全員が理解していた。俺と黒崎。そして御影。誰が、どこに位置するのか。
そのとき、藤堂がふっと息を吐いた。
「……いいだろう」
「何がだ」
黒崎が問う。藤堂は静かに立ち上がった。
「どうせ来るなら、待つ必要はない」
「おい、やめろ」
俺は思わず手を伸ばす。だが藤堂は一歩引いた。
「近づくな」
その声には、はっきりとした拒絶があった。
「……俺はな。“殺される側”であることに、納得してる」
「狂ってるのか」
黒崎が吐き捨てる。
「かもしれないな」
藤堂は苦笑した。
「でも、これで少しは――」
「何だ」
俺が問うと、藤堂は初めてまっすぐこちらを見た。
「罪が、軽くなる気がする」
その瞬間、俺の中で何かが引っかかった。
……軽くなる?
なぜ、そんな言い方をする。まるで――もう結果を知っているみたいに。
黒崎も同じことを感じたらしい。
「……お前」
低く言う。藤堂は何も答えない。ただ、ゆっくりとリビングの奥へ向かった。
「どこへ行く」
「決まってるだろ。“用意されてる場所”だ」
その言葉で、背筋が凍る。用意されている? 誰が?
そのとき、御影がくすりと笑った。
「やっと気づいたのね」
全員が彼女を見る。御影は暖炉の前に立ったまま言う。
「この山荘。“最初からそういう構造”なのよ」
「構造?」
「ええ。人を閉じ込めて、順番に壊していくための」
黒崎が一歩踏み出す。
「……お前が、やってるのか」
御影は首を傾けた。
「さあ、どうかしら」
「はぐらかすな」
「でも」
御影は続ける。
「少なくとも――“誰が最後に残るか”は、決まってる」
その言葉の意味を考える間もなく、奥の廊下から音がした。重いものが倒れる音。全員が凍りつく。
「……藤堂」
俺は走り出した。黒崎も続く。廊下の突き当たり。扉がわずかに開いている。中を覗く。
そして――言葉を失った。
藤堂が倒れていた。胸に深く突き刺さったナイフ。周囲に広がる血。だが、それ以上に異様だったのは、その表情だった。苦しみではなく、どこか安堵したような顔。
「……四人目」
背後で、御影の声がした。静かに。確実に。ゲームは、終盤へ進んでいた。
藤堂の死体の前で、黒崎はしゃがみ込んだまま動かなかった。視線はナイフではなく――床を見ている。
「何を見てる」
俺が問う。黒崎は答えない。代わりに、ゆっくりと立ち上がった。
「……終わりだな」
「何がだ」
「全部だ」
そう言って振り返る。その目は、完全に“答えに辿り着いた人間”のものだった。
「御影。あんたの仕込みは、ここまでだ」
御影は微笑む。
「あら、早かったわね」
「とぼけるな。全部、あんたがやった」
沈黙。否定はなかった。
「……御影。本当に、お前が?」
俺の問いに、御影は少しだけ考えるような仕草をしてから、あっさりと言った。
「ええ、そうよ」
空気が完全に止まった。
「どうして」
絞り出すように言う。御影は肩をすくめた。
「簡単な話よ。“順番通りに、罰を与えただけ”」
「ふざけるな」
黒崎の声が鋭くなる。
「相馬はどうやってここに運んだ。あの密室はどう作った。全部説明しろ」
御影は楽しそうに目を細めた。
「いいわ。せっかくだし、答え合わせをしましょうか」
そして語り始める。
「まず、相馬。彼は三日前に死んでいる。事故に見せかけてね。もともと、ここに来る予定はなかった。でも“来たことにする”ことはできる」
「どうやって」
「運ぶのよ。簡単でしょ?」
「この雪山に?」
「ええ。私一人じゃないもの」
その言葉で、空気が張り詰める。
「……共犯がいるのか」
黒崎が低く言う。御影は答えず、続けた。
「死体は事前に部屋へ。ロープも設置済み。あとは“見せるタイミング”を作るだけ」
「ノックは?」
「単純な仕掛けよ」
「糸か」
「正解。ドアの内側に軽い打撃装置をつけて、廊下側から引けるようにしておいた」
「密室は?」
「鍵は最初からかけておいた。外から細工できるタイプだったしね」
「……なるほど」
黒崎が呟く。
「次に、岸本。毒はワインに仕込んでおいた」
「最初からか」
「ええ。でも誰が飲むかは操作できる。席順、会話、グラスの位置。人間は思ってる以上に誘導できるのよ」
「そして西園寺」
御影の声がわずかに低くなる。
「彼女には、事前に“傷”を与えておいた」
「……いつだ」
「夕食のあと。全員が部屋に戻ったタイミング」
確かに、完全に監視はしていなかった。
「致命傷ではないが、放置すれば死ぬ程度の傷。そして、トイレで倒れた」
「刺さっていた金属は?」
「あれは“後付け”。密室らしく見せるための演出」
「……藤堂は?」
俺が問うと、御影は少しだけ目を細めた。
「彼は、予想通りの行動を取った」
「どういう意味だ」
「“自分から向かった”でしょう?」
「ああ」
「罪悪感が強い人間ほど、ああいう動きをするのよ。そこで、用意してあった。罠を」
「罠?」
「床と、ドア。入った瞬間に作動する仕組み」
黒崎が息を吐く。
「……完全に、計画的だな」
「当然でしょう。これは“偶然の連続殺人”じゃない。最初から最後まで――全部、決めていたんだから」
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