表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミステリー短編集  作者: 倉木元貴


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

55/64

雪山の山荘 第6話

 黒崎の手の中のカード。その白い紙片に書かれた名前を見た瞬間、時間が止まったように感じた。黒崎は、ほんの一瞬だけ表情を崩した。だがすぐに元に戻す。そのわずかな変化を、俺は見逃さなかった。


「……誰だ」


 声が出ない。代わりに、藤堂が低く言った。


「見せろ」


 黒崎は無言でカードを差し出す。藤堂が受け取り、目を落とした。そして――息を止めた。


「やはりか」


 その一言で、答えはほぼ確定した。俺はカードを奪うようにして見る。そこにあったのは――藤堂 恒一郎。


 視線が一斉に藤堂へ向く。藤堂は、わずかに笑った。


「来たか」


 妙に落ち着いている。恐怖ではなく、諦めに近い表情だった。


「どういう意味だ」


 俺が問うと、藤堂は肩をすくめた。


「順番通りなら、次は俺だと思っていた」


「……順番を知ってるのか?」


 黒崎が鋭く聞く。


「完全にはな。ただ、予想はつく」


 藤堂は一度だけ目を閉じ、静かに言った。


「三年前、俺は――“手を出した”」


 沈黙。御影が小さく頷く。


「ええ、そうね」


 空気が凍る。


「手を出したって、どういう意味だ」


 俺の問いに、藤堂は視線を逸らしたまま答えた。


「あのとき、止められた。でも、止めなかった。むしろ――」


 そこまで言って、口をつぐむ。黒崎が続けた。


「むしろ、事態を悪化させた」


 藤堂は否定しなかった。


「つまり」


 御影が静かに言う。


「“順番”は合ってる。最初に嘘をついた相馬。見て見ぬふりをした岸本。止めなかった西園寺。そして――関わった藤堂」


「次は?」


 俺は思わず口にした。御影はこちらを見る。


「最後に残るのは――」


 言葉は続かなかった。だが、全員が理解していた。俺と黒崎。そして御影。誰が、どこに位置するのか。


 そのとき、藤堂がふっと息を吐いた。


「……いいだろう」


「何がだ」


 黒崎が問う。藤堂は静かに立ち上がった。


「どうせ来るなら、待つ必要はない」


「おい、やめろ」


 俺は思わず手を伸ばす。だが藤堂は一歩引いた。


「近づくな」


 その声には、はっきりとした拒絶があった。


「……俺はな。“殺される側”であることに、納得してる」


「狂ってるのか」


 黒崎が吐き捨てる。


「かもしれないな」


 藤堂は苦笑した。


「でも、これで少しは――」


「何だ」


 俺が問うと、藤堂は初めてまっすぐこちらを見た。


「罪が、軽くなる気がする」


 その瞬間、俺の中で何かが引っかかった。


 ……軽くなる?

 なぜ、そんな言い方をする。まるで――もう結果を知っているみたいに。


 黒崎も同じことを感じたらしい。


「……お前」


 低く言う。藤堂は何も答えない。ただ、ゆっくりとリビングの奥へ向かった。


「どこへ行く」


「決まってるだろ。“用意されてる場所”だ」


 その言葉で、背筋が凍る。用意されている? 誰が?


 そのとき、御影がくすりと笑った。


「やっと気づいたのね」


 全員が彼女を見る。御影は暖炉の前に立ったまま言う。


「この山荘。“最初からそういう構造”なのよ」


「構造?」


「ええ。人を閉じ込めて、順番に壊していくための」


 黒崎が一歩踏み出す。


「……お前が、やってるのか」


 御影は首を傾けた。


「さあ、どうかしら」


「はぐらかすな」


「でも」


 御影は続ける。


「少なくとも――“誰が最後に残るか”は、決まってる」


 その言葉の意味を考える間もなく、奥の廊下から音がした。重いものが倒れる音。全員が凍りつく。


「……藤堂」


 俺は走り出した。黒崎も続く。廊下の突き当たり。扉がわずかに開いている。中を覗く。


 そして――言葉を失った。


 藤堂が倒れていた。胸に深く突き刺さったナイフ。周囲に広がる血。だが、それ以上に異様だったのは、その表情だった。苦しみではなく、どこか安堵したような顔。


「……四人目」


 背後で、御影の声がした。静かに。確実に。ゲームは、終盤へ進んでいた。


 藤堂の死体の前で、黒崎はしゃがみ込んだまま動かなかった。視線はナイフではなく――床を見ている。


「何を見てる」


 俺が問う。黒崎は答えない。代わりに、ゆっくりと立ち上がった。


「……終わりだな」


「何がだ」


「全部だ」


 そう言って振り返る。その目は、完全に“答えに辿り着いた人間”のものだった。


「御影。あんたの仕込みは、ここまでだ」


 御影は微笑む。


「あら、早かったわね」


「とぼけるな。全部、あんたがやった」


 沈黙。否定はなかった。


「……御影。本当に、お前が?」


 俺の問いに、御影は少しだけ考えるような仕草をしてから、あっさりと言った。


「ええ、そうよ」


 空気が完全に止まった。


「どうして」


 絞り出すように言う。御影は肩をすくめた。


「簡単な話よ。“順番通りに、罰を与えただけ”」


「ふざけるな」


 黒崎の声が鋭くなる。


「相馬はどうやってここに運んだ。あの密室はどう作った。全部説明しろ」


 御影は楽しそうに目を細めた。


「いいわ。せっかくだし、答え合わせをしましょうか」


 そして語り始める。


「まず、相馬。彼は三日前に死んでいる。事故に見せかけてね。もともと、ここに来る予定はなかった。でも“来たことにする”ことはできる」


「どうやって」


「運ぶのよ。簡単でしょ?」


「この雪山に?」


「ええ。私一人じゃないもの」


 その言葉で、空気が張り詰める。


「……共犯がいるのか」


 黒崎が低く言う。御影は答えず、続けた。


「死体は事前に部屋へ。ロープも設置済み。あとは“見せるタイミング”を作るだけ」


「ノックは?」


「単純な仕掛けよ」


「糸か」


「正解。ドアの内側に軽い打撃装置をつけて、廊下側から引けるようにしておいた」


「密室は?」


「鍵は最初からかけておいた。外から細工できるタイプだったしね」


「……なるほど」


 黒崎が呟く。


「次に、岸本。毒はワインに仕込んでおいた」


「最初からか」


「ええ。でも誰が飲むかは操作できる。席順、会話、グラスの位置。人間は思ってる以上に誘導できるのよ」


「そして西園寺」


 御影の声がわずかに低くなる。


「彼女には、事前に“傷”を与えておいた」


「……いつだ」


「夕食のあと。全員が部屋に戻ったタイミング」


 確かに、完全に監視はしていなかった。


「致命傷ではないが、放置すれば死ぬ程度の傷。そして、トイレで倒れた」


「刺さっていた金属は?」


「あれは“後付け”。密室らしく見せるための演出」


「……藤堂は?」


 俺が問うと、御影は少しだけ目を細めた。


「彼は、予想通りの行動を取った」


「どういう意味だ」


「“自分から向かった”でしょう?」


「ああ」


「罪悪感が強い人間ほど、ああいう動きをするのよ。そこで、用意してあった。罠を」


「罠?」


「床と、ドア。入った瞬間に作動する仕組み」


 黒崎が息を吐く。


「……完全に、計画的だな」


「当然でしょう。これは“偶然の連続殺人”じゃない。最初から最後まで――全部、決めていたんだから」

おもしろかったら評価、ブックマークよろしくお願いします

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ