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ミステリー短編集  作者: 倉木元貴


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ガラスの亡霊 第8話

 鷹野修司が“消えた”という知らせは、町に新たな恐怖をもたらした。

 病院の監視カメラには、彼が部屋を出る姿は映っていない。


 だが――床には、ガラス片で作られた亡霊のマーク。


 透は案内所を飛び出し、朔也とともに病院へ向かった。

 霧はさらに濃くなり、街灯の光が白い膜に吸い込まれていく。


(……影が動いた)


 その確信が、透の胸を締めつける。


 病院に着くと、廊下には看護師たちが集まり、ざわついていた。

 朔也が職員を押しのけ、鷹野の病室へ入る。


 透も続いた。


 部屋は静かだった。

 ベッドは乱れておらず、争った形跡もない。


 ただ――床に、ガラス片が円形に並べられている。


 透は息を呑んだ。


(……まただ)


 朔也が低く言った。


「三崎さん。あなた、何か知っているんじゃないですか」


「知らない。ただ……影が動いた気がするだけだ」


「影? あなたの影が、鷹野を連れ去ったとでも?」


 透は言葉を失った。


(……俺の影? そんなはずは……)


 だが、倉庫で見た“自分の姿をした影”が脳裏に焼き付いて離れない。

 朔也はガラス片を拾い上げ、透に見せた。


「これ、見覚えありませんか」


 透は首を振った。


「ない。でも……どこかで見たような……」


 朔也は言った。


「これは、古賀家の倉庫にあったガラスと同じだ」


 透は息を呑んだ。


(……古賀家? 町長の家?)


 朔也は続けた。


「古賀家は、この町の“影の噂”の中心にいる。亡霊の話が広まったのも、古賀家の先代が死んだ頃からだ」


 透は眉をひそめた。


「古賀家が……亡霊を?」


「わからない。だが、古賀家には“何か”がある。町の人間はみんな知っているのに、誰も口にしない」


 透は胸がざわついた。


(……町全体が、何かを隠している)


 そのとき、病室の窓が“コン”と小さく鳴った。

 透は振り返った。

 霧が窓に張りつき、ゆっくりと形を変えていく。


 そして――霧の中に、影が浮かび上がった。


 透は息を呑んだ。


(……まただ)


 影は動かない。

 ただ、透の姿を模したまま、ゆっくりと首を傾けた。


 その瞬間――透の耳元で、声が囁いた。


 ――探せ。


 透は凍りついた。


(……探せ? 何を?)


 影は霧に溶けて消えた。

 朔也が透の顔を覗き込む。


「三崎さん、何が見えた」


 透は震える声で言った。


「……影が……“探せ”と言った」


 朔也は眉をひそめた。


「探せ? 何をだ」


 透は答えられなかった。

 だが、胸の奥で何かが動いた。


(……影は、俺に“何かを見つけろ”と言っている)


 その“何か”が、この町の秘密の核心にある。

 透は立ち上げた。


「朔也さん。古賀家の倉庫を、もう一度調べたい」


 朔也は驚いた顔をした。


「なぜだ」


 透は窓の外の霧を見つめた。


「……影が、そう言っている気がする」


 朔也はしばらく透を見つめ、やがて小さく頷いた。


「わかった。だが、危険だ。影が動いている今、何が起きてもおかしくない」


 透は言った。


「もう逃げられない。影は……俺を見ている」


 霧が揺れ、遠くでガラス片が“カラン”と鳴った。


 それはまるで、亡霊が“次の一手”を促しているようだった。


 古賀家の裏庭は、昼間だというのに薄暗かった。

 霧が庭木の間を流れ、まるで屋敷そのものが息をしているように見える。


 透と朔也は、倉庫の前に立っていた。

 扉は半開き。中からは、冷たい空気が流れ出している。


 朔也が低く言った。


「……三崎さん。何があっても、絶対に奥へ走り込むな」


 透は頷いた。

 だが胸の奥では、影の囁きがまだ響いている。


 ――探せ。


(……何を探せと言うんだ)


 透はゆっくりと倉庫の中へ足を踏み入れた。


 倉庫の中は、まるで時間が止まったように静かだった。


 古い木箱、割れたガラス瓶、埃をかぶった棚。


 だが――透はすぐに気づいた。


(……昨日と、配置が違う)


 棚の位置がわずかにずれている。

 床のガラス片も、昨日より“整って”いる。

 まるで誰かが夜の間に片付け、“見せたい形”に整えたように。


 朔也が呟いた。


「……誰かがここを使っている」


 透は倉庫の奥へ目を向けた。


 そこには――昨日と同じ“円形のガラス片”があった。


 だが、その中心に“何か”が置かれている。


 透は息を呑んだ。


「……手紙?」


 古い封筒だった。

 黄ばんだ紙に、黒いインクでこう書かれている。


『三崎透へ』


 透の心臓が跳ねた。


(……俺宛て? なぜ古賀家の倉庫に?)


 朔也が警戒しながら言った。


「触るな。罠かもしれない」


 だが透は、影の囁きを思い出していた。


 ――探せ。


(……これだ)


 透は封筒を手に取った。


 紙は湿っており、霧の匂いが染みついている。

 封を切ると、中には一枚の紙が入っていた。

 震える文字で、こう書かれていた。


『あなたの影は、あなたの罪ではない。この町の罪が、あなたを選んだ。』


 透は凍りついた。


(……町の罪? 俺を選んだ?)


 朔也が紙を覗き込み、眉をひそめた。


「……どういう意味だ」


 透は答えられなかった。


 だが、紙の下にもう一枚、写真が挟まっていることに気づいた。


 取り出してみると――そこには、自殺した男の写真があった。


 透は息を呑んだ。


(……なぜ、ここに?)


 写真の裏には、短いメッセージが書かれていた。


『彼は“影”を見ていた。あなたが来る前から。』


 透の手が震えた。


(……俺が来る前から? じゃあ……あの男は……)


 透は思い出した。

 男が最後に言った言葉。


 “あなたの影が、ずっと後ろに立っているんです”


 あれは――透の影ではなかった。

 透は呟いた。


「……俺じゃない。あの男が見ていた影は……俺じゃなかったんだ」


 朔也が鋭く言った。


「どういうことだ」


 透は震える声で言った。


「影は……俺の罪を追ってきたんじゃない。俺が追ってきた“事件”のほうが、影を連れてきたんだ」


 朔也は目を見開いた。


「つまり……影は、この町に元々いた?」


 透は頷いた。


「そうだ。俺は……影に“呼ばれた”んだ」


 その瞬間――倉庫の奥で、ガラス片が一斉に震えた。


 カラン……カラン……カラン……


 透と朔也は身構えた。


 霧が倉庫の奥から流れ込み、円形のガラス片の上に集まっていく。


 そして――霧の中に、影が立ち上がった。


 透の姿を模した影。

 だが、その目は真っ黒ではなかった。


 今度は――誰か別の人間の目をしていた。


 透は息を呑んだ。


(……誰だ? この目……どこかで……)


 影はゆっくりと首を傾け、透に向かって囁いた。


 ――思い出せ。お前は、まだ“全部”を知らない。


 霧が爆ぜ、影は消えた。

 倉庫には、ガラス片の音だけが残った。


 透は震える声で言った。


「……影は、俺の罪だけじゃなく……この町の罪も知っている」


 朔也は低く言った。


「三崎さん。あなたは、この町に“呼ばれた”んだ」


 透は悟った。


 亡霊の正体は、まだ見えていない。だが――この町の罪と、俺の罪はつながっている。

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