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ミステリー短編集  作者: 倉木元貴


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鍵のかかった教室 最終話

 翌日の放課後、佐伯は図書室に向かっていた。

 授業中もずっと胸の奥がざわついていた。

 密室の鍵、破片、日記の最後のページ、三浦の涙――どれも断片的で、ひとつの線につながらない。

 だが、何かがある。

 その確信だけが、佐伯を動かしていた。


 図書室は静かで、窓から差し込む夕陽が机の上に淡い影を落としていた。

 佐伯は奥の席に座り、昨日ロッカーから見つけた日記を取り出した。

 破り取られた最後のページの断面を指でなぞる。

 紙の繊維がまだ新しく、つい最近破られたことが分かる。


 ――誰が破った?


 三浦自身か。

 それとも、誰かが三浦の“最後の言葉”を隠したのか。


 ページをめくると、ある一文が目に留まった。


 ――「あれを見られたら終わりだ」


 佐伯は息を呑んだ。

 その一文は、他のページよりも筆圧が強く、文字がわずかに震えていた。

 まるで、書いたときの三浦の手の震えが、そのまま紙に残っているようだった。


 そのとき、図書室の扉が開き、上野が入ってきた。


「……ここにいたんだ」


「うん。ちょっと確認したいことがあって」


 上野は佐伯の前に座り、日記を見つめた。


「それ……昨日の?」


「そう。三浦が書いてたやつ」


 上野はしばらく黙っていたが、やがて小さく言った。


「……三浦、何を見られたくなかったんだろうな」


「分からない。でも、日記には“終わりだ”って書いてある。何か決定的なものを隠してたんだと思う」


 上野は眉をひそめた。


「でも、そんなもの……どこに?」


 佐伯は日記を閉じ、机の上に置いた。


「それを探してる。三浦が隠していた“何か”が、まだ学校のどこかにある気がする」


 上野は不安そうに佐伯を見た。


「……危なくない?」


「分からない。でも、放っておけない」


 上野はしばらく考え込んでいたが、やがて決意したように言った。


「僕も手伝うよ。三浦のこと……知りたい」


 その言葉に、佐伯は小さく頷いた。

 ふたりで探す方が、きっと見落としが少ない。


 図書室を出て廊下を歩いていると、ふと佐伯の足が止まった。


 ――三浦が倒れていた場所。


 あの机の上には、書きかけの紙切れがあった。

 だが、机そのものはどうだったのか。

 昨日は警察がいて、近づくことすらできなかった。


 上野が不思議そうに佐伯を見る。


「どうしたの?」


「……三浦の机、見たい」


「でも、立ち入り禁止だよ?」


「分かってる。でも、外からなら見えるかもしれない」


 ふたりは教室の前まで行き、窓から中を覗き込んだ。

 夕陽が差し込み、机の影が長く伸びている。

 警察が調べたあとなのか、机の上は片付けられていた。


 だが――


 佐伯は目を凝らした。


「……あれ、何だ?」


 机の端に、小さな黒い跡が残っていた。

 焦げたような、擦れたような跡。

 昨日は気づかなかった。


 上野が驚いた声を上げた。


「焦げ跡……?」


「いや、違う。これは……摩擦の跡だ。何かを強く押しつけたみたいな」


 鍵の破片。

 不自然な施錠。

 そして、この摩擦跡。


 佐伯の胸の奥で、ひとつの仮説が形を持ち始めた。


 ――三浦は、鍵を“普通の方法ではないやり方”で閉めたのかもしれない。


 上野が不安そうに言った。


「佐伯……何か分かったの?」


 佐伯はゆっくりと首を振った。


「まだ。でも……三浦は、誰かから隠れようとしてたんじゃない。何かを“守ろうとしてた”のかもしれない」


 その言葉を口にした瞬間、胸の奥にあったざわつきが、確信に変わった。


 三浦は、ただ追い詰められていたわけじゃない。

 何かを守るために、密室を作った。

 放課後の校舎は、昼間のざわめきが嘘のように静まり返っていた。

 窓の外では夕陽が沈みかけ、廊下に長い影を落としている。

 佐伯は、立ち入り禁止のテープが貼られた教室の前に立っていた。


 ――三浦は、何を守ろうとしていた?


 その問いが、胸の奥でずっと燻っている。

 スマホ。

 日記の最後のページ。

 鍵の破片。

 摩擦跡。


 どれも、ひとつの線でつながりそうで、つながらない。


 そのとき、廊下の向こうから足音が近づいてきた。


「……佐伯?」


 振り返ると、担任が立っていた。

 表情は疲れているが、どこか決意のようなものが宿っている。


「警察から連絡があった。少し話せるか?」


 佐伯は頷いた。

 担任は周囲を確認し、声を落とした。


「三浦のスマホ……中身が確認されたらしい」


 佐伯の心臓が跳ねた。


「何が……入ってたんですか?」


 担任は言葉を選ぶように、ゆっくりと口を開いた。


「……動画だ。三浦が、誰かに責められている動画だ」


 佐伯は息を呑んだ。


「責められて……?」


「詳しい内容は聞かされていない。ただ……三浦が“何かをした”と決めつけられ、強い言葉で追い詰められていたらしい」


 胸の奥が冷たくなる。

 三浦が怯えていた理由。

 “見られたら終わり”と書いた理由。

 “逃げるの?”というメッセージ。


 すべてが、ひとつの方向へ収束していく。


 担任は続けた。


「その動画を撮った人物は……まだ特定できていない。だが、三浦はそれを誰にも見せたくなかったんだろう」


 佐伯は震える声で言った。


「じゃあ……三浦は、その動画を守るために……?」


 担任は静かに頷いた。


「おそらく、そうだ。誰かに見られたら、自分だけじゃなく、誰かが傷つくと思ったのかもしれない」


 その言葉は、佐伯の胸に深く沈んだ。

 三浦は、自分を守るためではなく――

 誰かを守るために、密室を作った。


 その瞬間、昨日見た摩擦跡の意味が、はっきりと形を持った。


 ――三浦は、鍵を“外側から閉められたように見せかけるため”に、無理やり鍵を回した。


 鍵の破片。

 摩擦跡。

 不自然な施錠。


 すべてが、三浦自身の手によるものだった。


 佐伯は呟いた。


「……三浦は、自殺に見せかけたんだ」


 担任は驚いたように佐伯を見たが、すぐに表情を曇らせた。


「そうかもしれない。だが、警察はまだ断定していない。動画の内容次第では、別の可能性もある」


 別の可能性――

 つまり、誰かが三浦を追い詰めたということだ。


 佐伯は拳を握りしめた。


「三浦は……ひとりで抱えすぎたんだ」


 担任は静かに言った。


「佐伯。君が悪いわけじゃない。誰も気づけなかったんだ」


 だが、その言葉は佐伯の胸には届かなかった。

 昼休みの三浦の表情が、何度も頭の中で再生される。

 あのとき声をかけていれば――

 そんな後悔が、胸を締めつける。


 担任は続けた。


「動画の内容は、いずれ明らかになるだろう。だが……三浦が最後に守ろうとしたものは、きっと“誰か”だったんだと思う」


 佐伯は目を閉じた。

 三浦の笑顔が浮かぶ。

 優しくて、誰よりも気を遣う人間だった。


 ――迷惑をかけたくない。


 日記に何度も書かれていた言葉。

 その意味が、今ようやく分かった気がした。


 佐伯はゆっくりと目を開け、教室のドアを見つめた。


「……三浦。守りたかったんだな」


 その声は、誰に向けたものでもなく、ただ静かに廊下に溶けていった。


 夕陽が沈み、校舎に夜の気配が満ちていく。

 その中で、佐伯はひとり立ち尽くしていた。


 三浦が残した“密室”は、誰かを守るための最後の選択だった。


 その事実だけが、静かに、しかし確かに胸に残った。

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