最終話【秋】
言っちゃった。言ってしまった。
いや、私はこの話をしに来たんだからこれでいいんだけど……こんなに心臓がバクバクしているのはいつぶりだろうか?
ヒメには悪いけど、ヒメを置いて向こうに帰っちゃった時よりもバクバクしてる気がする。
「サネ、それは……」
「あ!お団子もいっこ貰うね!」
「あ、うん」
ヒメの反応が怖くって、私はついお団子でお茶を濁してしまう。
でもそれ以上に……期待している自分もいる。私は何を期待しているんだろう?
私はヒメに、なんて言って欲しいんだろうか。
「いやー!お祭りを見下ろしながら食べるお団子は格別だねぇ!」
「……ねぇサネ?なんでそんな明後日の方ばっか見てるわけ?」
「え、い、いやぁ?景色が綺麗だなぁって思って!」
「さっきからおんなじことしか言ってないじゃないの。サネなんか……ヘンよ」
「うっ」
「もしかして……私に気を使って言ってる?向こうに帰るって」
「え、や、ちがっ、ちがうよ……」
「じゃあこっち見て」
「おぶ」
ヒメにほっぺを挟まれて、無理やり顔を向けさせられる。
でも、何故か私はヒメの目を見れない。な、なんか……なんでかわかんないけどめっちゃ逃げ出したいぞ!
……でも。
『サネは受け止めないといけない。外に出してあげた自分が、どこにたどり着くのかを』
————私は、この結果を受け入れないといけないから。
「ねぇ……さっきの話がホントなら、ちゃんと私の目を見て言って」
「サネはこれから……どうしたいの?」
そうだ。私はそれをヒメに伝えに来たんだ。これから……どうしたいのかを。
私は意を決してヒメの眼を見る。
まじまじと対面したヒメの表情は……思ったよりも真剣だった。
私はそれに、ちょっとだけ安心する。
「私……ヒメと一緒にいたい……」
「————ひょっ?」
……安心したせいか、私の口からストレートが飛んで行った。
ヒメから素っ頓狂な声が出る。鳩が豆鉄砲を食ったような顔ってのはこんな感じなのかもしれない……じゃなくって!
まずい!段階をすっ飛ばしすぎた!
「ど、どどどどっ、どういう意味ですかそれは……えっ?!」
「えっと……私は、ヒメとバイバイしてこっちに残るんじゃなくて、一緒に帰ってこれからもよろしくやっていきたいなって……」
「あ、なんだそっちか……じゃなくって!」
「……それは、どうして?」
私の突然の告白にも、ヒメはそうやって聞き返してくれた。
よ、よかった。興味ないって別の話はじめられなくて。
そうなってたら多分……また傷が増えてたところだったよ。
「私の話、聞いてくれる?」
「サネの話を聞かないなんて選択肢は私の中にはないわ」
「そ、そっか」
……やばい。ちょっとにやけそうになったじゃん。流石にそれはキモいぞ私!
「夢……だったのよね?こういうファンタジーな世界で生きるのが。私はてっきり、サネは帰りたくないもんだと思ってたんだけど……」
「……」
それはそうだ。私もそう思ってた。
……途中までは。
「この祠トリップでのことは、どれもこれもが忘れられない、捨てられない大切な思い出だよ?……でも」
「————私ね。別に、物語の主人公になりたかったわけじゃなかったんだなって」
「えっ」
『その話、なにがおもしろいんだよ』
瞼を閉じれば今でも思い出せる。
小さい頃の、傷ついた記憶が。
それはふとした瞬間にフラッシュバックして、私の心に影を落としてくる。
何度も何度も何度も。
そのたんびに、私の心は冷えついていくんだ。
だから、私はそれを振り払う『光』が欲しかった。
誰にも汚されない、ピカピカの宝物が……
————でもほんとは、宝物が欲しかったわけじゃなかったんだ。
「……」
瞼を開けるとそこにはヒメがいた。
ヒメが私を、じっと見ている。
私の話に……私に、耳を傾けてくれている。
「偶然だったけど、ずっと欲しがってた不思議な世界が私の目の前に現れて……私が想いを馳せていた素敵な空想は確かにここにあった」
「それだけじゃなくて、私はそれを体験もできた。忍者になって術なんか使ってみたり、異世界のものを見たり触れたり食べたりして……」
「ヒメをめぐって大立ち回りもした。ヒメと一緒に冒険もした。そんで、最後には神様と賭けで勝負なんかしたりしちゃって……」
「それは、まさに幸ちゃんから教えてもらった不思議なお話そのものだった。そしてその物語は、今まさにハッピーエンドで幕を閉じようとしてる」
「……」
「でも、私の人生はそれで終わったわけじゃない。私はこのまま第二部に入ることだってできた。だから、そうやってこれからのことを考えた時に……」
「私、気づいたんだよ。私が本当に欲しかったものについて」
「それは……私にも教えてくれるの?」
「うん。私は、私はねヒメ————」
それは口に出してしまえばなんてことない事。だけれど私が、ずっと目を背けてきてたことだ。
スズちゃんが言ってた『立ち向かう勇気』ってのは、これのことだったんだね。
————怖い。
それを口に出すのが。それを認めるのが。
それを……ヒメに否定されるのが。
「私は、ずっと、ホントは————」
もしかしたら話したことを後悔するかもしれない。あの時みたいに。
それでも、それを受け入れられる日が、いつかきっとくると信じて……
私は、ずっと。
ずっとずっとずっと————
「————友達が、欲しかっただけなんだよ」
私と同じものを見て、聞いて、感じて、想いを馳せてくれる。
私と同じようにそれを楽しんで、私にその気持ちを話してくれて、私の話にも付き合ってくれるような、そんな友達が————
「トレジャーハンターになりたかったのだって、世界の秘密を見つけ出して、みんなを夢中にさせたかっただけなんだ」
私はあの時、自分の世界を否定されて傷ついた。宝物を汚されて、貶されて傷ついた。
————別に、私もみんなのことを受け入れてたわけじゃないくせに。
友達になりたくて近づいて、友達になれなくて距離を置いた。
みんなが夢中になっているものに目を向けないで、宝物だけ抱えて自分の世界に引きこもった。
『なにか面白いことないかな』なんて。
私はそこで、『底』から外を羨ましがってただけだ。
自分から外に出て行かずに……不思議な非日常が向こうからやってくるのを、私の所に来てくれるのを、ただ口を開けて待ってただけなんだ。
『————ねぇ、それなら一つ私と勝負しない?』
そしてそれは現れた。
私の世界に降ってわいて、私の渇きをいやしてくれた。
その時の私は、それに気づいてなかったけれど……
でも、今はもう知っている。
本当に欲しかったものは、もうそこにあったんだ。
「私は、私と同じところに居てくれる友達が欲しかった。私はただ、誰かとそうやって……」
「————こうやって、一緒に話したかったんだよ」
「……」
戦友だなんて軽々しく口にして、そうなってほしかったのは私のほうだ。
ヒメに楽しんで欲しかったのだって、ずっと私と同じ場所に来て欲しかっただけだ。
構って欲しかっただけだ。遊んで欲しかっただけだ。話したかっただけなんだ。
「私は世界の秘密を知ったし経験もした。でも、それをひけらかす気にはなれなかった。そんなことよりも……」
気づいたんだ。本当に満たされたかった気持ちが、オモイがどこにあるのかを。
私は物語を当事者として味わいたかったわけじゃない。隠された秘密を見つけ出して、探求したいわけじゃない。
私は————
「ヒメと、この思い出を語り合いたい。たまに思い出して、ああだったこうだったって、言い合いたいんだ」
私にとってはあの日々が。
ヒメと勝負して遊ぶ、あの日々こそが。
かけがえのない日常であり、愛すべき非日常だったんだ。
それをどう捉えるかを決めるのは、私自身だった。
日常を楽しむのは、世界を色づかせるのは……自分の物語を、輝かせるのは!
————いつだって、自分自身なんだ。
「私は!……これからもこの異世界で暮らしていくよりも、ヒメと一緒に居たい。これからもヒメと話していたいって、そう思ったんだよ」
私のことを友達だって言ってくれた、ヒメの隣で。
くだらないことで勝負したり、くだらないことを話したりしながら……
これからも。
オモイを、分かち合いたい。
キラキラじゃなくたっていい。古びたガラクタだっていい。なんだっていいんだ。
大事なのは……
一緒にそれを、語り合えることなんだから。
それはきっと、こっちでこれから経験するであろう、どんな大冒険よりもずっと……
ずっとずっと、私を満たしてくれる。
「だから……こっ、これからも仲良くしてください……」
言っちゃった。言ってしまった。言いきった!
……ヒ、ヒメの反応は————?
「……そ、それはまた……随分と大胆な『告白』ね」
「うん……ふぅ、話すのにけっこう勇気いったよ。あんまり自分の事話すのには慣れてなくて……」
「あ、いや、そういうことじゃなくって……ああもう!調子狂うわね……」
「?」
なんかヒメが……て、照れてる?
うっ、そんな反応されるとこっちまで恥ずかしいっていうか気恥ずかしいっていうかだいぶこっぱずかしいことを口走っちゃったなっていうか……
……けど、これが私の偽らざる本音なのだ。だからこの反応も甘んじて受け入れよう。うん。
「んんん……サネってなんか危なっかしいわね。サネの話にノってくれる男がいたら、すぐにコロっと騙されてそう」
「うーんちょっと否定できないかも……けど、あんまりそういうのってイメージつかないんだよね。男女間の恋愛に興味なかったから……」
「そういう子が一番危ないのよ……ま!でももうその心配もないけどね!」
「え?」
「……だって、これからサネの隣には私がいるんだから」
「っ!……こ、これからも友達でいてくれる?」
前は親友って言ってくれたけど、今はまた状況が変わってるし……大丈夫かな!?引かれてないかな!?陰キャすぎて!
私がちらっとヒメの様子を伺うと……ヒメは物凄い勢いで髪の毛をくるくると指で回していた。な、なんだなんだ?
「————サネ。呼び方は重要じゃないの」
「へ?」
「友達でも恋人でも親友でもカップルでも家族でも夫婦でもなんでもいいけど、大事なのは私たちの関係を私たちがどう解釈するかってことなのよ」
「な、なんかいま恋人二つあったけど……」
「気のせいよ」
ヒメはがっしりと私の肩を掴んで、真っすぐな眼でそう言った。
な、なんというか圧を感じる……けど、確かにそうなのかもしれない。
重要なのは、二人の共通認識だもんね。
「その点で言えば、私はサネのそばを離れる気なんてサラサラないわ!だって、サネは私の人生で出会ってきたどんなヒトよりも価値があるもの!」
「ええ!?そ、そんなに……?過言じゃない?」
「過言じゃない過言じゃない」
「……さ、サネこそ私みたいな存在がまた現れるだなんて思わない事ねっ!そもそもサネと祠トリップしたのはこの私なんだから、私はサネにとっての唯一無二たる完全無欠の究極絶対存在といっても過言じゃないはずよ!!」
ヒメは顔を赤くしながらそう言ってくれた。
————端から見れば聞くに堪えない青臭い会話なんだろうけど……私はそれが嬉しかった。
「あはは、もう、なにそれ」
「でも……うん。そうだね。私もそう思う」
例えいつかこの選択に後悔する時がこようとも。
きっと、それを受け入れて次に進んで見せる。
曲がったっていい。戻ったっていい。私の道は、まだまだどこにでも続いているんだから!
————できればその隣に、ヒメもいて欲しいけど。
「ヒメは……私の親友だよっ!」
「……なら、もっと良きに計らいなさいな。私にも……自分にもね」
「————私も、そうするから!」
ヒメは私からお団子の皿を奪い取ると、残ったお団子をみんな食べてしまった!
「あああ!私のお団子ちゃんたちが!」
「試食は終わり!また食べたかったら……私に『懇願』する事ね!なぜならシロコン直伝秘伝のレシピは私の頭の中にしかないのだから!」
「なぬーっ!それは私が大の和菓子好きと知っての狼藉かー!」
「……ふふふ」
「あはは!」
バカみたいな軽口を叩き合って、私たちは笑い合った。
でもきっと、この選択は後悔しないと思う。
だって……
「ねぇヒメ?ヒメは帰ったら何したい?」
私がなんとなくそう聞くと、ヒメは何故かまた顔を赤くした後……
「————肝試し!だって、まだ勝負の途中だったでしょ!」
そう言って、にっかりと笑った。
「……あは、もう勝負はついたと思ったけど?」
「あんなのノーカンよノーカン!ちゃんと帰ったら仕切り直すんだからっ!」
ヒメがそうやって言ってくれたことが、私はどうしようもなく……
————どうしようもなく、嬉しかったんだから。
* * *
「なんか、この制服に袖を通すのも久しぶりだね」
「うんうん!やっぱ私たちはこうじゃないとね!体が軽いこと軽いこと!」
久方ぶりの制服にヒメもご満悦だ。
くるくると腕を広げて回りながら、スカートが翻るのを楽しんでいる。
こら、はしたないぞー。
流石に忍装束とかは持って帰れないから、私たちは女子高生の装いに戻ったのである。
私のはともかく、ヒメの制服が捨てられてなくて良かったよ……いやホントに。
無くなってたら裸で帰るとこだったよ。
「はー!ようやくただの女子高生に戻れた気分よ」
「こうやって元の格好に戻ると……実感するね、非日常からの帰還を。私は夏休みが終わった気分だよ」
「何言ってんのよサネ。林間学校はまだ明日もあるんだから。まだ半分非日常みたいなもんでしょ?」
「おお、そういやそうだった」
「……サネの誕生日も祝ってあげないとだしね」
「あ、そっちも完全に忘れてたよ……この場合年齢カウントはどうなるんだろ?私はもう十八なのか否か……」
こっちに来てからそこそこ立ってるし……それこそ気分的にはもう過ぎてるんだけどね。
「そんなん向こう準拠でいいでしょ。なんか変な体になってたし……この数日間のことは全部ノーカンよ!ノーカン!老化も食事もなにもかも!」
「あはは、コンさんのごはんおいしかったもんねぇ」
ヒメは自分の腹回りを探りながら戦々恐々としている。
コンさんが張り切って張り切って、昨日の晩御飯はそりゃあもう豪勢な食卓だったのだ。
胃袋が無限になってるのか、私もヒメも食べまくりだったし。
「帰ったら二番目には体重を測らないと……!」
「今でも十分軽いのに?……というか、たしか来週ってテストだったよね?私祠トリップのせいで全然勉強できてないんだけど……」
文系科目はともかく、最近の数学はちょっとお手上げモードに突入しつつある……ヒメに教えてもらおっかな?
「……いや、それとこれは関係なくない?どうせ林間学校に浮かれて勉強してなかったんでしょ?」
「てへ、ばれたか」
なんというか、帰ったら勉強も頑張ってみようかな。今の私は活力マックス!
どこに"おもしろ"が転がってるかわかんないしね。
「ねぇ、わかんないとこあったら勉強教えてくれる?ヒメって確か学年一位だったよね?」
「残念ながら三位よ……というか、そういやサネは進路どうするの?私はもちろん進学だけど」
話を広げていると、ヒメがやおらそんなことを聞いてくる。
「ふっふっふ……それについては一個思いついてることがあるんだよねー!」
「おおー!いいじゃないの。新しい夢?」
「夢ってか……趣味かな?やってみたいこと!」
「私はこの祠トリップをお話にする!」
「おお……お?それってつまり小説家ってこと?」
「……や、そこまでは考えてないけど!」
「いや考えてないんかいっ」
とりあえずは、この『物語』を文字として残すところからだ。
「ふーん……となると、小説サークルとかがある大学がいいのかな?それか民間伝承を調べる研究室があるところ?」
「……そんな、『どこの』大学に行くのかまで考えてるのはヒメぐらいだと思うよ?」
「え?そう?」
えらく『先』を見据えているヒメを横目に、私は置いてた樹霊さんクナイをしっかりと首からぶら下げる。
『その樹霊具なら持って帰ってもいいよ。向こうじゃただの木だし』
とのことで、私はバネさんに頼んで樹霊さんを首掛けアクセサリーにしてもらったのだ。
全体的なサイズはダウンしたけど、これでどこにでも持っていきやすくなった。向こうに帰ったらカバンにでもつけてあげようかな。
これで、最後までお傍にという樹霊さんの願いは叶うはずだ。
……事主さまといい、これからの人生は色んな人に見守られているということを意識していかないとね。
————私は、この世界で一人ぼっちじゃないのだから。
『やぁやぁ二人とも。準備は出来たかい?』
「はい事主さま!ばっちりです!」
私たちが外に出ると、帰りの支度はもう整っていた。
『あとはあの祠をぶっ壊せばいいからねー』
「来たときはともかく、なんで帰りもそのスタイルなわけ?」
『んー……雰囲気?』
私たちの目の前には左衛門さんの手によって作られた、出来立てホヤホヤの祠がちょこんと建っていた。
その周りにはこの『旅』で出会ったみんながお見送りに来てくれている。
竹帝はいないけど……まぁ、多分鏡越しに事主さまと一緒に見てるんだろう。さっきちらっと緑髪が写ってたし。
「「みなさん!お世話になりました!」」
私たちは声を合わせて、みんなにお辞儀をする。
顔を上げれば、みんなそれぞれの表情で私たちに目線をくれた。
私にとっては、それだけで十分だった。
別れは昨日のうちにもう澄ませてある。
みんなの別れの言葉は、私の胸の中に。
————これからもずっと、残り続けるから。
「ヒメ!」
「うん!」
私はヒメと手をつなぐ。
離れないように、離さないようにしっかりと。
秋の涼しさが冷やした私の指先を、ヒメの温もりが温めてくれる。
「ねぇサネ?せーので行くんだからね?せーのの、"の"の部分で!」
「わかってるよぉ……それじゃいくよ?」
「えっ!?もう!?予行演習は!?」
「そんなものは~~……ないっ!」
————和賀の里に一筋の風が吹き抜ける。
まるで、二人の門出を祝うように。
風に合わせて落ち葉が舞い上がり、青のキャンパスに秋の色どりを添えてゆく。
四方の空は、今日も秋晴れの快晴であった。
「いくよー!————せーのっ!」
『オン、ソワカー!』
祠トリップ!
=異分戦国女子高生奇譚=
しのぶれど 心写すは 月鏡
駆けろ乙女よ 秋風の如く
…
…
…
「——うむむむ、ここの表現をもっと懲りたいんだけど……」
「サネー!お待たせ!」
「あ、ヒメおつかれー」
私が机の上でうんうんとうなっていると、教室の入口からヒメが声をかけてきた。
私は描きかけの原稿をカバンに詰め込んでヒメの所に駆け寄る。
私の動きに合わせて、かちゃりと樹霊さんクナイがカバンの横で揺れた。
「どお?『異分戦国女子高生奇譚』の進捗は。あれから進んだ?」
「ううーん、それが難しいんだよね……頭に思い浮かんだことを言葉として口に出すのと、文章として書き起こすのって全然違うんだよ」
「サネはどっちかというとべしゃりタイプだもんね」
「……ま、気長にやればいいでしょ。まだサネは産まれてもないんだし」
「私って卵でもなかったんだ!?」
この物語が日の目を浴びる日は、まだまだ遠そうだった。
「あ、みてみて!あれが例の————」
「生徒会も辞めたんだって?————」
ヒメと一緒に廊下を歩いていると、上級生が遠巻きからひそひそとひそついてくる。私は耳がいいから全部聞こえてるぞー。
(しっかし、こうしてみると……)
前はちゃんと分かってなかったけど、ヒメってホントにいろんな意味で注目の的だったんだなぁ。私の親友は大変だ。
「————ねぇサネ?聞いてる?」
「ボブとスミスのどっちがいいって話なら、私はボブのほうを推薦するよ」
「なんにも聞いてないじゃないの!というか誰よそれっ!」
「……ねぇヒメ、よかったの?ファンクラブ解散しちゃってさ」
私たちが祠トリップから帰ってきて早一か月がたった。
あの不思議な体験の興奮はかけがえのない日常に希釈されて、私たちは花の女子高生生活に早くも順応していっている。
そんな変わり映えしない日々を満喫する中で、変わったことがいくつかある。
「いいのよ別に。いつか精算しないといけなかったしね」
その最たる例が先日の『ヒメちゃんファンクラブ』解散宣言である。
会長である奴妻姫妃さんの、「私、普通の女の子に戻ります!」発言は実に衝撃的だった。
上級会員のみんななんかオイオイ泣いてたし……
「生徒会長選挙の出馬も取りやめたんでしょ?生徒会も抜けちゃって……」
「いろいろと肩の荷を降ろして、それこそ普通に戻ろうと思ってね。……私、みんなから愛される『ヒメ』には興味なくなったの」
「ふむ」
「……みんなから上っ面だけちやほやされるんじゃなくて、自分の事を本当に愛してくれる人が一人でもいればいいってことに気が付いたからね」
「なるほど。変わったねぇヒメも」
「実はそんなに変わってないのよ?」
「そうなの?」
まぁ、最近のヒメはなんだかイキイキしてるし、これも祠トリップが気づかせてくれたことの一つなんだろう。
かくいう私も、人生が劇的に変わったわけじゃない。でもまぁ、そんなもんだよね。
目には見えなくても、確かに変わったことがある。心に残るオモイがある。
それは秋の訪れのように静かに、だけれど確実に。
私たちの中で今も燃え続けているんだろう……なーんて。
……この一文使えるかも?
「そう!例えば私を鳥籠の中から颯爽と連れ出してくれる様な人……とかね」
「あんまりヒメが捕らわれてるところイメージつかないけどね。自分でなんとか脱出してそう」
ヒメはそう言って、頬をちょっと赤らめながらもじもじとしている。
あんたは恋に恋する乙女か!……って思ったけど、そういやそれは元からだったね。
みんなのアイドルという座から降りて普通の女の子に戻るということは……つまりはそういうことなんだろう。
恋愛かー。私にもいつか春が来るのかな?……ちょっと想像つかないや。
「これでヒメもまっとうな乙女になったってことだね。こりゃお嫁に行っちゃう日も近いかもねぇ、ヨヨヨヨヨ……」
「はぁ?」
私が泣きまねをしながらそうからかうと、さっきまでの熱っぽい表情はどこへやら。
ヒメは「何言ってんだこいつ」みたいな形相でこちらをじっとりと睨んできた。
そんなに凄んでもヒメはかわいいだけだぞーっと。
「結婚式には呼んでよね?スピーチ考えとくから」
「……当たり前じゃない。もちろんサネにも『参列』してもらうわよ。何だったら一緒に歩いてもらうし」
「それはちょっと大役すぎない!?」
「……ねえ、それより今日はどこ行く?」
「んー、カフェは昨日行ったしー……ボウリングとかどう?」
「あ、賛成!今日こそストライクを取ってやるんだから!」
ヒメが普通の女の子に戻ったことを差し置いても、最近のヒメはなんだか楽しそうだ。
こうやって毎放課後私と遊んでくれてるし……こりゃあ私も負けてらんないね!
ヒメのも自分の人生も、どんどん盛り上げていくんだから!
————だから、まずは手始めに……
「ここでお楽しみを一つまみ!ねぇヒメ、久しぶりに『勝負』しない?」
「おおー、いいわね!……なんだかんだであの肝試し以来じゃない?あれも不完全燃焼だったし」
「あれは初の引き分けだったからねぇ」
『ドキ!二人っきりの肝試し大会~肝を試されるのは私か先生か~』は、私たち史上初のタイムアウトで幕を引いたのだ。
あの後二人して主任に怒られたのもいい思い出だよ。
「あっ、でももうファンクラブはないのか……副会長の座もなくなっちゃったし」
「それは元よりなかったけどね」
「——じゃあさ、勝負に勝った方が相手の言うことを何でも聞いてあげるってのはどう?」
「なっ!?ん……でもっ?!」
これは勝負を再会するにあたって、私が考えていたとっておきの案だ。
神賭けならぬ……まぁただの賭けだね。
やっぱ、こういうご褒美とリスクがあった方が勝負に熱が入るものだ。
私が勝ったらヒメに何してもらおっかなー?……いいねいいね、楽しくなってきたよ!
「な、何でもはなんでもよね!?言質取ったからね!?」
「もちろん!私に二言はあんまりないよ!」
「いやそこは確約しなさいよっ!」
いつもの口上いつものやり取り。
これをすると、私たちの勝負が帰ってきた感じがする。
うんうん、やっぱり私たちはこうじゃないとね!
「なんか期待してるとこ悪いけど……なーんで勝てる前提なのかな?」
「むっ!」
「もちろん勝負は逆もまた然り!私が勝ったらヒメにはしっかりと『対価』を払ってもらうんだからね!」
「っ!ご、ごくり……」
まぁまだ何も思いついてないんだけど……こういうのは盛り上げとくに限る!
「それでもノって来るかな?挑んで来るかな?ほぼ全戦全勝を誇るこの私にっ!」
「……ここでノらなきゃ女がすたるっ!もちろん全力全ベットよ!!」
「へへ、そうこなくっちゃ!」
ヒメはすっかりロングになったツヤツヤの髪を指でくるくるとしだした。
あれはヒメが思考を回転させてる時の手クセだ。
よしよし、エンジン掛かってきたみたいだね。
「それじゃあボウリングで勝負だ!……と、その前に余興を一つ……」
「え、なになに?何かあるの?」
「ささ、こちらへどうぞ……」
「?」
純粋な顔で私に近づいてくるヒメの……その膝裏をすくい上げるっ!!
「そぉい!!!」
「え!?すごい!サネいつのまに!?」
私はヒメを久しぶりにお姫様抱っこした。
ふっふっふ……これがこの一か月の特訓の成果なのだ!
「最初の勝負はこのまま自転車置き場まで『持つ』かだよっ!私は『持たない』に両腕の筋肉を賭けるっ!」
「なるほど……ん?いやちょっと待って!?なにそれ!?」
「早く決めた方がいいよ~!勝負ってのは一瞬の出来事だからねっ」
「震えてる震えてる!というか一歩も動けてないじゃないのっ!」
「これじゃ賭けになんないじゃないのよぉ~~~!!」
ヒメの叫びが学び舎にこだまする。
なんとか踏ん張りながら二人で見上げた秋の空は、どこまでもどこまでも透き通っていた————
Fin.




