18 夕食
その日の夕食。
俺とマチルダはマリアナに誘われて、スクワード家の食事に同席することとなった。
その日は家長であるシード=スクワードと細君のフェル=スクワードの二人も一緒に食事を摂るらしく、駄々広い食堂に通された。
相変わらず目に染みるようなキラキラした装飾品が五月蝿い。
燭台から食器から、ずらりと並ぶもの全てが意匠の凝った奢侈品。
そして食事机が長いこと長いこと。
上座に座るシードとその斜向かいに座る奥様の遠いこと遠いこと。
「今日は楽しんでくださいましね」
遠くの席から、フェルがにこやかに言った。
そしてそれきり、彼女は何も喋らなかった。
顔も真顔に戻り、まるで人形のように機械的に食事を済ませた。
シードに至っては挨拶をすませると後は完全な黙食だった。
俺たちに一言もかけることもなく、ただ酒を飲んでいた。
それから途中で何やらお付きの人間と耳打ちしたあと、中座して戻って来なかった。
こんなに絵に描いたような形骸化したもてなしがあるだろうか。
反対側に目をやると、今度は比較的近くにスクワード三姉妹が座っていた。
3人並ぶとなんとも華やかだった。
街一番の美人姉妹というのは過称ではなかった。
しかし彼女たちもまた、誰一人会話をしなかった。
長女のマリアナはうっとりとマチルダに見惚れていた。
次女のシャーロットはほとんど食事に手をつけず、ただただその時間が過ぎるのを待っている、という感じ。
三女のフランシーヌはというと――
「何よ、この冷めたスープは!」
ヒステリックな声を上げ、バン、とスプーンをテーブルに叩きつけた。
「今日の料理長は誰なの!? いいえ、料理を作った人間が誰かは関係ないわ! あなた! あなたの運び方に問題があるのよ! いつも言っているでしょう! スープは出来立てを持って来なさいと! あなたがチンタラ運んでるから冷めてしまうのよ!」
若いメイドが、フランシーヌの前ですいませんすいませんと繰り返し頭を下げている。
フランシーヌの怒りは収まらず、手にしていたワインを彼女の顔めがけてぶちまけた。
俺は思わず「あ」と声に出した。
フランシーヌは俺の方を一睨みすると、「もういいわ。あなた、後で私の部屋に来なさい」とメイドに命じて席を立った。
一人残されたメイドは泣きそうな顔をしながら、床を拭いていた。
そして何よりも異常だったのは。
そのことに誰も言及しないことであった。
よほど日常的で当たり前の出来事なのだろう。
うーん。
澱んでる。
澱みきってる。
こんなつまんねー食事もなかなか無い。
「……おい、カワカミ」
横に座るマチルダが、俺の袖を引っ張った。
「なんですか?」
「この訳のわかんねー料理、クソうめーぞ」
「マジですか。ちょっとください」
俺はマチルダの皿にあった、なんかハンバーグみたいなやつにフォークを刺して口に放り込んだ。
マジで美味かった。
ハンバーグでは無いようだったが、とにかく、野菜から肉から調味料から、色んな味がした。
色んな旨味が詰まっていた。
「うんま!」
思わず、そのような言葉がこぼれた。
親指を立てると、マチルダもサムズアップを返して「だろ!?」と八重歯を見せた。
「おい、カワカミ! お前のそれも美味そうだな!」
マチルダはそう言うと、俺の皿からひょいと料理をつまんで口に放り込んだ。
それからホクホク顔で「うめー!」と言いながら咀嚼した。
そして、指についたソースをチュパチュパと舐め取る。
「こら、行儀悪いですよ。ちゃんとナイフとフォークを使ってください」
「うるせー! こうやった方がうめーだろ!」
「ほら、ドレスも汚れちゃうし」
「良いんだよ! 服ってのは汚れるもんだ!」
「めちゃくちゃなこと言わないでください。あと、声を落として」
「なんでだよ! 黙って食ってても美味くねーだろ!」
「ここは貴族の家ですから」
「つか、足らねーよ! 量が! ぜんっぜん、足らねー! なんでここのメシは全部こんなちょっとづつなんだよ! もっといっぺんに出せや! あたしらを鳩かなんかだと思ってんのか! おかわり! おかわりー! クルックー!」
「ほら、そんながっつかない。スクワード家の皆さんに失礼でしょ」
どうもすいませんねぇ、と俺は目を上げて、彼らに目をやった。
すると――
マリアナ以外、誰も俺たちを見てなかった。
「うん。そうっすね。おかわり、もらいましょうか」
俺はそのように言うと。
マチルダと一緒に、人目を気にせずたらふくご馳走を食いまくったのだった。




